11 ちょうどいい助け
廊下から話し声がする。差し金を動かす音に、カレンは振り向いた。
ギシギシと扉が開き、何か大きなかたまりが部屋の中に投げ込まれた。すぐ扉は乱暴に閉められる。
床のかたまりが、うめき声を上げたあと、悪態をつくのが聞こえた。
しげしげと下を見ると、リセンに行ったはずのウィルが手足を縛られて転がっている。
「ウィル!」
「ウィルなの? いったい何してんの。こんなとこで」
向こうからシャーリンが大声を出した。
「申し訳ありません、シャーリンさま。あの、捕まりました」
「そんなの見りゃわかるよ。リセンに行って連絡は取ったの?」
「いいえ。その、つまり、カレンさんがボートに乗って出かけたあと、リセンには向かいました。でも、船が川を上ってくるのが見えたので、戻って確かめに。そしたら、その川艇があの丘の下にいたんです。暗くてよくわからなかったけど、おふたりが上に運ばれていくように見えました。それで、急いでボート小屋に……」
ウィルの長い話をシャーリンが遮った。
「ダンは?」
「ああ、それが、リセンに行ったきりまだ戻ってこないです」
「ううっ、また頭痛がしてきた」
うなったきりシャーリンは黙り込んだ。
ダンが戻らないのなら、連絡できたかどうかもわからないってことね。帰ってこないのは何かあったに違いない。あの人たちに先回りされたのかもしれない。
そして、残りの三人は縛られてここに閉じ込められ、部屋の外には見張りがいる。
そういえば、レオンはどうやって出ていったのだろう?
突然シャーリンの声が聞こえ我に返った。
「ウィル、こっちに来られる? わたしのとこまで」
「手足が一箇所に縛られているんですが、何とか行けると思います。でも、その縛られてるロープには手が届きませんけど」
「いいの、届かなくても。わたしの後ろまで何とかして来て」
「はい、シャーリンさま」
「ねえ、シャル、何をするの?」
「カルの計画を実行するのよ」
「え? どの計画?」
「まあ、見てて」
シャーリンはにんまりした。
ウィルは、体を前後に揺すって床をギシギシといわせながら、シャーリンの後ろに近づいた。はあはあ言いながらしゃがれ声を出す。
「来ましたけど。次は何をすればいいんです?」
カレンが見ると、ちょうど椅子の真後ろにウィルが横になっていた。視線を上げてシャーリンの横顔に目を向ける。
まさか……かわいそうなウィル。
振り返ったシャーリンがささやいた。
「絶対に声を出さないでよ。今から椅子をそっちに倒すから」
「えっ? どういうことです?」
ウィルの声は裏返っている。
シャーリンは、つま先で床を蹴って反動をつけると、あっさり椅子を倒した。ちょっときしんだ音が出ただけだった。椅子の下でウィルがうめいているのが、かすかに聞こえる。
こちら側にごろんと転がったシャーリンは、椅子を背負ったままカレンを見上げた。満足そうな笑みが浮かんだが、すぐに顔を大きくゆがめた。
あの両手をさらに痛めたに違いない。
「シャル、そんなやり方、どこで覚えたの?」
「あのね、今日、二回目だから、これをやるの。さ、ウィル、次はカルのとこに行って。ほら、急いで」
「はい、シャーリンさま」
ウィルはうめくと、ぐるっと回って、カレンの後ろににじり寄ってきた。しばらくごそごそする音がしたあと、ささやき声を耳にした。
「カレンさん、準備できました。いいですよ。我慢していますから」
シャーリンのように、つま先で床を蹴って同じようにやったつもり。それなのに、椅子の足がちょっと浮き上がるものの、倒れようとする気配もない。
何度も繰り返すうちに汗が流れ出てきた。
「いったん、つま先立ちになってから、足を縮めて体ごと反動をつけるの」
いつの間にかすぐそばに移動してきていたシャーリンが下でささやいた。
「前の部屋でさんざんやらされたんだから……。ああ、ちょっと待って。手伝ってあげる」
体をぐるっと回して後ろを向くと、縛られた手を器用に使って椅子の足をつかむのが見えた。
「いい? 体を思い切り反らせるのよ。いち、にー、それ!」
ガタンという大きな音とともに椅子が後ろに倒れた。そのまま動けずに、廊下の気配を感じ取ろうと頑張る。今の音に気づいて入ってくるのじゃないかしら?
「カレンさん、早く降りてください」
下からうめき声がした。
「すごく重いし、何かが腕に食い込んでて痛いです」
「ごめんなさい、ウィル。今よけるから」
ドニは、もっと食べないと風に飛ばされちゃうとか言うのだけれど……。
不満そうな声が聞こえた。
「それで、これは何なんです? みんなで床に寝っころがって、このあといったいどうするんです? 眠りますか?」
「ちょっと待ってて、ウィル。これから、カルと繋がるんだから」
カレンは後ろ向きで手探りをしていた。
「シャル、足首をつかんだ。ここからやってみる。あとはそっちの手を……」
「わかった。ウィル、反対を向いて。体を倒してその背中の結び目をこっちに向けて、わたしの左手の真下に来るようにして」
また、背後でギシギシいう音がしばらく聞こえた。
「そうそう、よし、そこでいい。そのまま絶対に動かないでよ。今からそのロープを切るから。さあ、カル、やってみて」
カレンはいつものように、周囲に漂う精気の揺らめきを感じ取った。一気に取り込むと、握ったシャーリンの足首から中に注ぎ込もうとしたが、なかなか入っていかない。
これじゃだめ? 少し焦った。ひょっとして、足からじゃ無理なの? いや、絶対にできるはずよ。ここは細いけれど場所は関係ない。単に抵抗が大きいだけ。
何度か繰り返して、やっと流れ込んでいくのを感じた。ゆっくり息を吐き出す。シャーリンの足首が小刻みに震えるのを感じた。うまくいったみたい。あとは、作用を発動できればいいはず。
しばらくして、パシッというかすかな音が聞こえた。
後ろでごそごそするのが聞こえたあと、ウィルの声がした。
「シャーリンさま、手と足は離れました。次はどうすれば?」
「そのロープと手の間にすき間はある? 離れてないとウィルの手まで一緒に溶かしてしまうかも」
「大丈夫ですか、シャーリンさま?」
ウィルの声が震えている。
「きっちりで、すき間はないんですけど」
「わたしの腕を疑うの?」
カレンは、シャーリンの腕が血と火傷だらけだったことを思い出した。ウィルの手首の動脈を傷つけなければいいけど。
彼の観念したような小さな声がした。
「もちろん信じてますよ、シャーリンさま。どうぞ、やってください」
「カル、ちょうだい」
「はい」
今度はすんなり精気の移動を感じたが、同時にほかの流れも感じた。一瞬のことでよくわからなかったけれど、これは何かしら?
すぐに長いうめき声がした。
「ウィル、大丈夫?」
「平気です、カレンさん。手が熱くてひりひりするだけです。少し待ってください。まず、足のロープをほどかせてください」
しばらくして、ウィルに手のいましめを解いてもらったあと、残りのロープも何とかはずせた。
「どうやったんです?」
ウィルはシャーリンとカレンの顔を交互に見ながらささやいた。
「レンダーはやつらに全部取られちゃったんでしょ?」
「これは内緒よ。ほかの人には絶対言わないこと。いい?」
いつの間にか頭痛が治っていた。
「はい、カレンさん」
「次は廊下の見張りを何とかしないと。カル、外のやつはどう?」
シャーリンは床にあぐらをかいて、手首を交互に押さえながら聞いた。
「さっきと変わらないから、まだ気づいていないと思う」
「うーん、この部屋には本当に使えるものが何もないわね」
部屋を見回しながらシャーリンが呟いた。立ち上がって扉に近づいたシャーリンは、すき間から外を透かし見たあと、戻ってくるなり静かに言った。
「差し金を攻撃することもできるけど、扉をあける前に気づかれるわね。奥の手を知られてしまうし。それより、外のやつに扉をあけさせるほうがいい」




