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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
聖なる集い編
206/256

第187.5話 ロゼアンとハイネル(1)


 大陸会議派遣団の帰還と共に各国の使者が訪れ、城内は大忙しとなっている。

 ゾフィー帝国の聖女の来訪は予定の内だったが、アルジェア王国の国王までも来訪するとは誰も思ってはいなかった。

 皇帝夫妻が外交や接待に忙しい中、クラディナは内政に注力して皇室の執務をサポートしていた。


「あら、ハイネル。至急の用件です」


 文官から届けられた書類や文を確認していたクラディナは、手に取った書状を流し読みして控えていたハイネルを振り返った。

 多忙を極める中、楽しげにも見える表情を浮かべたクラディナに側近たちはどうしたのかとそわそわする。

 ハイネルもなんだろうと疑問に思いながら差し出された書状を受け取った。

 

「気付くのが遅れて申し訳ないわ。外出を認めますから、早くいってらっしゃい」


 差出人はロゼアン・ダイナ。連名でエルリック・カーストンの名が並べられていた。

 定型の前置きの後、ハイネルと急ぎ話をしたいとクラディナに許可を求める文章が続き、話し合いの場所に城下のカフェが指定されていた。

 書かれた時間に目を瞬かせて、そっと部屋に飾られている時計を振り返る。


「ハイネル。いってらっしゃい。焦る気持ちがあるかもしれませんが、城内ではなるべくお淑やかにね」


 急かすように言われて、ハイネルは勢いで返事をして執務室を出た。

 時間はとうに20分以上過ぎている。この書状は昨日の夕刻に届けられた書類と一緒にされていた。

 大陸会議派遣団の帰還後すぐに差し出されたことを考えれば本当に急ぎなのだろう。

 聖オリヴィエール帝国第一皇女の筆頭護衛騎士として取り乱している様子を見せないように、しかし早足で城内を移動する。

 途中、他国の使者が移動する列に会い、足を止めざる得なくなりハイネルは焦りを濃くした。

 城を出た後は指定されたカフェまで風の魔術を使って駆け出した。

 1時間近く待たせてまだ店にいるかもわからない。一体今更自分に何の用だろうと、諦めたはずの気持ちが沸き上がってくる。


「ぁ、あのっ!」

 

 お店に入ると、店員がにこやかにハイネルを階段へと促した。

 

「ハイネル様。お待ちしておりました。2階の1番席にてロゼアン様がお待ちです」


 1階はテーブルとイスが並べられているだけだが、2階席は個室になっている。カフェの客層もあって利用者は恋人同士や夫婦が主。

 ハイネルは呼吸を整えてから2階に上がり、1番と番号札の掛かった部屋に入った。

 部屋には椅子に座って窓の外を眺めるロゼアンの姿があった。私服というより正装に近く、紅いジャケットを羽織っている姿が見慣れず違和感を覚えた。


「良かった。来て頂けないかと思っていました」


 ハイネルに気づいて振り返ったロゼアンは安堵した表情で立ち上がり、ハイネルを向かいの席に促した。

 

「クラディナ殿下が書状を確認したのがつい先程のことだったのよ。回りくどい方法で呼び出したそっちが悪いわ」


 ふんっと強気に言ってからハイネルは後悔した。

 ロゼアンの向かいの席に座ると、店員がお茶とお茶菓子を運んできた。この店でハイネルがいつも頼むメニューだが、ロゼアンが先に注文していたことに驚いた。

 窓は開けられているがドアが閉められると二人きりの空間と意識してしまい、緊張で表情が強張る。


「エルリック様に、クラディナ殿下の許可なくハイネルに声を掛けるのは今は難しいと言われまして。城内が忙しなく、護衛として警戒すべき時に呼び出してしまって本当に申し訳なく思っています」

「わかってるならいいわ。それで、用件は何かしら。祝宴でのダンスパートナーなら、まぁ、受けてあげても構わないけれど」

「それもそうなのですが、その前に、聞いて欲しいことがあります」


 ロゼアンの真剣な眼差しに、ハイネルは姿勢を正す。

 以前より更に頼もしい顔をするようになったものね、と思いながら、続く言葉を待った。


「今朝、ハイネルも参列していたようなのでご存じと思いますが、私は、手続きが済み次第、エルリック・カーストン様の養子となります。そして、後日行われる就任式にてカーストン家当主の座をエメラルナ・カーストン様から引き継ぎます」


 最初知った時は何事かと思った。

 ロゼアンの魔力が高く、炎を得意としていることは知っていたが、それが聖女の魔力なんて話はこれまで聞かなかった。ドーベル家がカーストン家を聖女の家系を認めず、特に気に留めていなかったから情報が入ってくることがなかったのだ。

 だが、事実ならば、カーストン家への養子は当然の流れとも納得してしまった。魔術の腕前を見ればロゼアンは騎士にしておくのが勿体無いくらいに優秀だ。

 

「貴方はレスティオ様の下で特待生として励んでいくのではなかったの?」


 つい嫌味めいた言葉が口先に出てしまう。

 我ながら可愛げのないことだと内心自嘲する。

 だが、ロゼアンがレスティオに付いたことでダイナ家から勘当されるに至り、婚約破棄となったのだ。

 ずっと感じて来た忌々しさは未だ解消されてはいない。


「レスティオ様からの勧めでもありましたので。私の中には、カーストン家の出である母から継いだ旧アザムガイトの聖女に由来する炎の魔力が色濃く宿っています。火の病で身を焦がし、近い内にも死に至ると覚悟していました」

「え?」


 火の病は魔力に纏わる症状のひとつとして文献に稀に出てくる。

 火の属性を得意とする者に限定された魔力異常の症状なのでさほど知られていないし、それこそ魔術師の大半は意識する必要がないと言われる。

 それが聖女に由来すると言われてハイネルは重要視されてこなかった理由を理解した。

 

「レスティオ様が、カーストン家に伝わる聖女のペンダントを持ち帰って下さったおかげで火の病は収まったのです。私は、幾度もレスティオ様に命を救われて、その恩になんとか報いたいと思い、その為にカーストン家当主となることを決めました」

「……カーストン家の当主は、女性が務めるものではなかったかしら?」


 何度も出てくるレスティオの名前にもやっとする。

 なんとも表現しがたい胸の内を誤魔化すように、ぶっきらぼうに言葉を投げかける。

 しかし、そんな態度にロゼアンは穏やかな表情で頷き応じる。

 

「聖女ではなく聖騎士が召喚される時代です。女性当主レディ・レッドではなく男性当主ロード・レッドが誕生しても不思議はあるまい。と、レスティオ様の後押しを受けました。エルリック様もエメラルナ様も、イグニスに認められた者こそ当主に相応しいと理解してくださっています」


 既にレスティオの口から聞いた説明と思い出す。

 ロゼアンの存在がどんどんと遠のいていく気がして途中から話を聞くのが嫌になって、ちゃんと耳を傾けていなかった。

 クラディナの側近として知っておくべき情報だったのにロゼアンのこととなると冷静でいられない自分を自覚してしまう。

 

「婚姻の儀より前に、カーストン家当主の就任式に皇族の皆様も立会ってくださることになっています。近い内にクラディナ殿下の元にも正式に話が行くかと思います」

 

 もう届いている。レスティオに関わる情報共有に抜かりはないのだ。

 大陸会議派遣団の帰還から婚姻の儀までは皇族は他国の使者の受け入れと外交に大忙しだというのに。

 もう少しすればドレアと共に婚姻の儀の後にラビ王国から聖オリヴィエール帝国に移住する者の受け入れと、今回の要人としてラビ王国の王族や使者たちの持て成しが始まる。

 そんな中、聖女の血を継ぐ名家とはいえ皇族が立ち会うとは異例が過ぎると眩暈を感じたものだ。


「別に急ぐ必要は無いでしょうに」

「そこには色々な思惑があるようなのですが……先代ロジエーナ・カーストン様は先の召喚の儀によりレスティオ様の世界へ転生を果たしたそうです。そして、レスティオ様の従兄弟として共に育ってきたのだとか」

「それが?」

「その事実を受けて、カーストン家はレスティオ様との縁戚関係が認められました。そのことと、私が他国の聖女とはいえ聖女の力を受け継ぐ者として、皇族と聖騎士が認めた事を広く周知したいそうです」


 今は皇族の婚姻の儀を前に多くの人が帝都に集まっている。

 国内外に聖オリヴィエール帝国には聖なる力が満ち溢れていると示し、厄災で落ち込む国民たちを盛り立てられるのだろう。

 諸外国も聖オリヴィエール帝国の発展に期待し、今後を見据えても関係を深く持ちたがるはずだ。となれば、他国との縁を広く持つロデリオの婚姻の儀のタイミングに合わせるのが最も効果的に違いない。

 

「色々と貴方の身の回りの環境が変化していることはわかりました。それで、私への用件というのは?」


 まだ本題には入っていない。

 いくら許可を得ているとはいえ、いつまでもクラディナの側を離れている訳にはいかないのだと、ロゼアンをじっと睨みつける。

 その視線に、ロゼアンは表情に緊張を覗かせて、脇に置いていたらしい箱をテーブルの上に置いた。


「ハイネル。私は……ロゼアン・ダイナは、貴方の婚約者には相応しくはないといつも思っていました。魔力は認められながらも一介の騎士でしかない私に、第一皇女殿下の筆頭護衛魔術師の婚約者は不相応であり、貴方も本心では望んでいないだろうと思い込んでいました。なので、私はダイナ家を勘当されて、婚約も破棄となったことに安堵していたのです。貴方が婚約破棄に怒りを見せるとは思いもしていませんでした」


 突然の告白に、返す言葉に迷う。


「剣魔術の研究に協力を申し出て頂いた時にも、ダンスを共にした時にも、特待生である限り自ら交際を望むことは許されないものであり、貴方の婚約者になることは最早あり得ないと思っていました」

「そう、ですね。私も、そう思っていました」


 ハイネルもロゼアンと再び婚約者という関係になることはないと思っていた。

 だからこそ、クラディナが今後西部に移動すると聞いて、迷いなく同行を志願した。


「ですが、私はロゼアン・カーストンと名を変え、カーストン家当主ロード・レッドとして聖女の力を継ぐ者と認められます。聖女の血筋に生まれ、第一皇女殿下の筆頭護衛魔術師を務めるハイネル・ドーベルの婚約者にようやく相応しくなれるのではないかと思います」


 テーブルの上に置かれた箱が開けられると、中には小ぶりだが鮮やかな赤い花が輝く髪飾りが収められていた。


「近く、カーストン家から正式にドーベル家に婚約の申し入れが届くと思います。政略的な思惑で話を進められてしまう前に、直接私から貴方にお伝えしたく、急遽お時間を頂きました」


 箱ごと髪飾りを差し出されてハイネルは顔が熱くなるのを感じながらロゼアンへと視線を上げた。

 ロゼアンも照れるように顔を赤くさせていた。このようなことは不慣れなのだと知っている。


「ハイネル。改めて、私の婚約者となっていただけませんか」

「う、受け取れません!」


 嬉しい気持ちを押し殺すように膝の布地をぐっと握りしめて、きっぱりと言い放った。


「わっ、私はっ!クラディナ殿下と共に、西部へ移る予定なのですっ……いっ、今更そのようなことを言われても困ります!それとも貴方も共に来てくださるというのですか!?」


 諦めきれずに何度も考えてきたことを、上擦った声でぶつける。

 泣きたくなるほど胸が苦しい気持ちをどうしたら逃がせるのか、唇を噛んで睨みつけた。

 

「申し訳ございませんが、帝都に残ることを前提にエメラルナ様ではなくエルリック様との養子縁組は決定しました。私が西部に移ることはありません」

 

 遠征はあるかもしれないが、移住するならば養子先はエメラルナの方が話は早い。

 だが、あえてそうはしなかったのは、多方面の思惑あってこそのことだ。


「ハイネル。貴方に筆頭護衛魔術師としての立場があることは承知でお願いします。私との婚約を今一度考えてみてはいただけないでしょうか」

「ですからっ!」

「明日の昼、改めて返事を聞かせてください。考えて頂いた上で受け取れないと仰るならば、貴方の望むように事を進められるように尽力します」


 またこの場所で、と指定されて、話は終わった。

 城に送るというロゼアンに断って、ハイネルは全速力で城に戻り、クラディナの執務室へと急いだ。


「遅くなり、」

「おかえりなさい」

「おかえり、ハイネル」


 部屋に入ったハイネルは、応接セットの方でクラディナとレスティオが向き合って話していることに気づいて固まった。

 そして、我に返ると手にした箱を背に隠して一礼する。

 

「遅くなりまして申し訳ございません。職務に戻ります」

「あぁ、その前にこちらにいらっしゃい」


 少し困ったような微笑みを見せるクラディナにハイネルはきょとんとして、レスティオに失礼にならないように移動してクラディナの後ろに立つ。

 レスティオの後ろには筆頭護衛騎士となったばかりのクォートが静かに立っていた。秘書や側仕えの姿がないので気安く立ち寄った非公式の席と理解する。


「明日の午後にレスティオ様がドーベル家の皆様を招いてお茶会を予定しているそうなの。折角ですから貴方も参加させて頂きなさい」

「ぇ、レスティオ様が主催のお茶会にお招きくださるのですか?」

「あぁ。どうしても話しておきたいことがあってね。ハイネルにも同席してもらいたいとクラディナに頼みに来たところなんだ」


 にこやかに言うレスティオは以前より随分柔らかい雰囲気を纏うようになった気がする。

 参加を前提に護衛の調整を任されたハイネルは二つ返事で引き受けた。


「それと、ロゼアンからどのような話が貴方にあったのか、おおよそのことはレスティオ様より伺いました」

「えっ!?」

「貴方は私と共に西部に移ると言ってくれたけれど、貴方がどのような決断をしても、悔いの無い判断を下したならばその心を受け止めて欲しい。とレスティオ様に頼まれたのです」


 ハイネルは顔が熱くなっていることを自覚して視線を泳がせる。

 控えているのがクォートだけなのは、話の内容に対する配慮もあってのことだったと気づいた。感情だけで判断できない思惑にまで思考が至ったところで、クラディナに名前を呼ばれる。


「今晩、側近たちとの酒席を設けましょうか。望まぬ結果にはならないようにレスティオ様も協力してくださるそうですから」

「は、はい……」

「ハイネル。言っておくが、俺は他の誰より君の望みを優先したいと思っている。だから安心して、自分の気持ちに向き合ったらいい」

「え?」

「明日のお茶会でちゃんと話すけれど、ハイネルは正真正銘俺の血縁者だからね」


 ハイネルは言葉を失い、クラディナも口元を手で覆い驚きを見せる。

 そして、クラディナは徐々に表情を厳しいものへと変えて行った。


「レスティオ様……それは、様々な思惑が行き交うことでしょうが、本当にハイネルを応援してくださっているのですか?」

「勿論。こちらの世界で見つけた縁を蔑ろにはしませんよ」

「ロゼアンとは、明日の昼にまた話す約束をしました……が、私がすぐに返事をしないことを読んでいたのですか」

「そりゃ、一人で決断できる立場にないことを自覚していない限りは、その場で返事なんて出来ないだろう」


 あまり長居をしてもいけないなと言ってレスティオはソファから立ち上がった。

 どこか悪戯にも見える笑顔に、一体周囲では何が起きているのかと、ハイネルは側近仲間に助けを求める視線を送った。


 


次回更新は、祝日なので9/16(月)です。

ロゼアンとハイネル(2)を更新予定です。

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