第182話 聴取と謀略
正面と左右に長机が並べられた会議室に通されると、レスティオは上座へと促された。
両端に部隊長以上が並び、正面にハミルが床に膝をついて座るとその両脇をヴァスクール小隊が剣を手に警戒する。
「エリザ。記録は後ほど取るべき内容を指示する。今は立ち会うに留めてくれるか?」
「御心のままに」
手帳を開かずに直立する姿勢に頷いて、レスティオはハミルへと向き直った。
「順を追って状況を整理していきたい。一応意向を確認しておくけど、どの名前で呼んで欲しい?」
「混乱の元になるだろうから、ミア・アンノーンでいい」
「了解。ちなみに、ミア・アンノーンってなに。戦時中行方不明の未確認生命体?」
諦めた様子の声音に苦笑して、場の空気を和らげる意味も含めて真っ先に浮かんだ名前の由来を口にしてみる。
最初名前を聞いた時から違和感を感じていたが、口にした通りなら何とも言えないネーミングセンスだと思わず笑いを堪える。
確信が無かったからシェスカに対してこの世界で名乗っている名前を言わなかったが、きっと聞いたなら大爆笑に違いない。
「ハミル・ワトソンは特務上の表の名で、俺の本名はミハエル・イーニス・アレイシスだ」
頭文字のM・I・Aを取って、ミア。
アンノーンは、騎士団の者たちにとってはそういう存在だろうという自嘲。
「アレイシスというと国連の諜報機関の筆頭か。そういう英才教育を受けて特務隊入りしてたんだ。通りでカスタムステータスが異常な訳だな」
「ステータスなんて良く知ってるな。流石、レドランド家の次期当主というところか?」
「レディ・レッドがそのあたりの情報に精通してたからね」
「……ルーニル・ドーンか。レドランドに通じる情報筋として姉が重宝していたようだが、俺は関わったことがない」
間を置いて出てきた名前にレスティオは目を細めた。
――…… ロジエーナ・カーストン。とは言わないんだな。
唇だけで問いかければ、ミアはふっと笑った。
――…… お前と関りがあるレディ・レッドといえば……
「まさか……?」
途中で目を見開いたミアは、レスティオの笑みに息を呑んだ。
「通りで知っている訳だ……」
「事が片付いたら昔話でもどう?」
「……好きにしろ。俺の処遇も、身元不明と知りながら俺を囲い続けた騎士団の処遇も、今や聖騎士であるお前の手の平の上だ」
言葉を呑み込んで嘲笑する様子に騎士団の者たちの表情が辛そうに歪む。
「ミア。それは、俺が協力を望めば、厄災に共に立ち向かうことも考えている?」
「聖騎士様を殺そうとした俺をこの国が許すと思うか?」
「俺の根回し次第では。先に情報を開示しておくとね……」
――…… イグラム・マッカーフィーがお前の息子だということも俺は知っているよ。孫の成長を近くで見ているのは楽しかった?
レスティオが笑顔で唇を動かせば、ミアは舌打ちした。
エルヴィンのことを触れられたくないのは彼らの事があるから。その読みが当たったと理解してレスティオは笑みを深める。
「情報源はどこだ」
「あれ、知らなかった?俺の御祖母様の名前」
「レドランド家当主の妾ということは知っているが……まさか……」
――…… ヴィヴィアン・ドーベル。
「ちなみに、皇族には俺の血縁関係を話していて近々公表する予定だから、俺にその手の交渉は通じないよ」
項垂れたミアは、いやいやと首を振って顔を上げた。
何かを思いついて否定する素振りに、エルヴィンの妻ミランダのことを気に掛けているのだろうかと推察しつつ、続く言葉を待つ。
「先に聞かせろ。お前はこの世界に来た時、確かにこちらのことは知らなかったはずだ。何故、俺のことを知れた?」
「ヴィアンナ聖王国の神殿に連れて行かれて、そこから一時帰国が叶ったんだ。じゃなきゃ、エリシオール合衆国製のこの装備を手に入れるルートはないでしょ?」
「は?帰国が叶った?……どうやって!?本当にそうなら何故戻ってきたんだ!?」
拘束されたまま身を乗り出そうとしてバランスを崩した。
それでも答えを求めて真っ直ぐに視線を向けられる。
まだ騎士団にはエリシオール合衆国に帰還した時の話をしていない。
ミアの横に控えているネルヴィも好奇心に満ちた目で見つめて来る。
「どうやって、は一旦省略する。何故戻ってきたかは、神様と約束したから」
「約束?」
「国連軍から仕掛けられたエリシオール合衆国への戦争を終結させ、国を復興させて平和へ導いてくれるなら、俺はこちらに戻り聖騎士としての役目を果たす」
「……せん、そ、う……?」
ミアの理解しがたい言葉を聞いた様子にレスティオは頷き返す。
そして、帰国時のエリシオール合衆国の壊滅寸前の状況を語った。
「俺も停戦前後の最終決戦に加わってきた。ハミル・ワトソンの恋人だったシェスカ・グレイシーも最前線で戦っていたよ。爆撃を受けそうになっていたところを助けて、最後まで生き残らせることは出来た。まだ気持ちがあるなら感謝してくれてもいいんじゃないかな」
「それは本当か!シェスカは、まだ……生きてるんだな……」
青ざめていた表情が安堵に変わっていく。
それだけで気持ちなど聞くまでもなかった。
レスティオはポケットに入れていた懐中時計を取り出して、ミアの前に揺らした。
「俺の元々の用件は、ミア・アンノーンがここにきた経緯と今の思惑を聞きたかったのと、シェスカから預かり物をしてきたからなんだけど」
「と、けい……?」
「そう。こんなの人伝に渡すものじゃないのにね。受け取る気があるなら、俺が聞きたいことに答えてもらえる?」
時計を机の上に置くと、少しの躊躇いの後、ミアはため息をついた。
安堵と共に冷静さを取り戻した様子で姿勢を取り直す。
「お前はどこまで把握しているんだ。ゴーンウエスト市街でお前によく似た女に会ったが、アレは知り合いか?」
「アイリーンのことかな。アイオローラの分け身だね。俺がシェスカの婚約者候補になったからと先走って、お前が俺の暗殺を目論んでいたから神の許に回収したと話を聞いた。俺は生まれる前からこの世界に送り込まれることが決まっていたようだから、殺されると困ると判断されたみたいだな」
「……なるほど。厄災に対応させるためにレドランド家の後継ぎともあろう坊ちゃんを軍に入れてきたわけか」
皮肉を口にされて、それは自分の意志だと否定する。
ハミルがMIAに認定された時点ではまだレスティオは配属前だった。軍学校時代に世間の一般常識やら娯楽を教わったものの、ミアの中では世間知らずのイメージのままであることを不満に思う。
「俺は、そのアイリーンによってお前の言う神域に連れ込まれた。気づいた時には目の前に男がいて、俺に召喚されてきた者を排除するように要求してきた」
「神域の中ならば神だろうな……スヴァーンか?」
「いや、イブリスと名乗っていた。スヴァーンと共にこの世界を統べているそうだ」
「なるほど……俺を追い返したのと同じ奴かな。見返りは?」
新しい神の名前を記憶して、次に神域に入った時にそこにいる神に尋ねようと頷き、続きを促す。
いくらレスティオに殺意があれど、召喚されてきた者、という括りで考えれば、安易に許容してはいないだろう。
「アイオロスへと戻ること」
「アイオローラがそれを認めていないのに、イブリスはどうやってそれを叶えようというんだ?」
「……俺の解釈だけの話で、いずれ転生か転移を通してシェスカとまた同じ世界で出会える、という確証の無い話だったのかもしれない」
「あぁ、あくまで魂の話であって、何百年、何千年先かもわからないということか。それは大いにありえるね」
頷いて聞きながら、ふとシェスカの伝言を思い出した。
初めてシェスカが女性らしく見えて、軽く引いてしまったが、恋人同士それだけ想い合っていたのだろうと納得する。
女性の趣味では決して分かり合えないと考えていると、ミアは鼻を鳴らした。
「まぁ、話に乗った理由としては純粋にお前が憎らしかったから。大義名分を得られたというのが大きいがな」
「正直で結構。言っておくけど、正式な婚約の前に破談になってるから、シェスカの婚約者だった事実は一切ないよ」
「え?」
意趣返しをしてやりたくなって、腕を組み、椅子の背もたれに体重を預けて言い返す。
しかし、この場にいる顔ぶれを思い返して深追いは止め、「破談になる前にいなくなったから知りようがなかったのは仕方がないと思うけど」と加えて話を区切る。
「それはそうと、本気でアイオロスに帰りたい。というか、シェスカにまた会いたいと思うなら、俺に協力した方が確実だと思うよ」
「なんでそんなことがいえる?」
わずかに惚けた様子をみせたミアは、すぐに表情を引き締め直した。
「俺のバックにはアイオローラをはじめ多くの神がついてる。アイオロスに戻るにしろシェスカを連れてくるにしろ、神の協力は不可欠。中でもアイオローラは今、自分の目的に貢献してくれるならば、こちらの要望を寛容に受け入れてくれる。エリシオール合衆国を壊滅させずに復興させると約束してくれたのも、俺が要求したからこそだしね」
ミアは口を開きかけて呻いた。
敵意を持つ理由が完全になくなった。それどころか、協力せざる得ないのだと突きつけられた。
「お前を殺せば、アイオローラはエリシオール合衆国を護る理由がなくなり壊滅させかねない。そうなれば、最前線に駆り出されるくらいだ。シェスカの命もないだろう。逆に、俺がお前に協力することで、エリシオール合衆国は護られ、いずれ帰還が叶う可能性が高くなる」
「うんうん。そういうこと。ミアが協力してくれたら、戦力は格段に上がるし、対応が進めやすくなると思うんだ」
和解の空気にレスティオはようやく肩の力を抜いた。
「だから、大事になる前に庶務官の事を含め、面倒なことは全て揉み消して、こちらのいいように取り込みたい。乗ってくれる?」
笑顔で告げたレスティオに、エリザは静かに天を仰いだ。
ミアも軽く言われた言葉をなんとか呑み込んで、「これだから坊ちゃんは」と呆れ顔で呟いた。
厨房勤めのリシェリ・ユーランが様子を窺うように会議室のドアをノックし、差し入れのアルメア水を持って来たところで小休憩を取ることになった。
レスティオは机を飛び越えてミアの元に近づくと、手足を拘束していた魔力結晶を吸収する。
「レスティオ。今俺が魔力結晶に魔力を注いでいたら、お前が中毒症状に陥る可能性があったぞ」
「ぁ、なるほど。忠告有難う。以後気を付ける。ちなみに、聖の魔力は?」
「ない。その力を警戒しているのに授けてくれるわけがない」
正直に答えたミアにもう一度聖の魔術を施して、ネルヴィにヴァスクール小隊の警戒を解くように指示する。
「ジンガーグ隊総員、厳戒態勢を解きますか?」
「そうか、俺が良しとするまでという指示をしていたな。ソリッズ、伝令を」
「はっ!……あの、レスティオ様。この度は御心を理解することが出来ず、誠意を欠く言動を晒してしまいました……心より深くお詫び申し上げます。申し訳ございませんでしたっ!」
名前を呼ばれてすぐ立ち上がったソリッズは、指示を飛ばす前に項垂れ頭を下げた。
「まぁ、ミアがそれだけ騎士団に入り込んでいたということだろう。とはいえ、警戒を向けられたのは哀しかったな。ジンガーグ隊に貸し1としておこう」
「カシイチ?」
「いずれ、俺の我が儘を聞いてもらうよ。拒否権無しだ」
「か、畏まりました。なんなりとお申し付けください」
ひとまずの許しにソリッズはまだ落ち着かない様子で廊下に控えるクラエスに厳戒態勢を解くように指示した。
その間にレスティオは机に置いていた懐中時計をハミルに差し出した。
「生きてんだったらちゃんと帰って来いよ、ばーか。こっちだって最前線にいるんだから。生きてまた会うつもりがあるなら、私の時間預けたげるから無くすんじゃないよ」
受け取ろうと手を伸ばしたハミルは、シェスカの口調を真似たレスティオの言葉に驚き固まる。
「シェスカからの伝言。もう言わないから。オズヴァルド隊でずっと一緒だっただけに、アイツの女みたいな顔思い出すと鳥肌が立つ」
「おいこら。人の恋人相手にどういう言い草だ」
ミアの文句に耳を貸さずに両腕を擦りながら自分の座っていた席に戻る。
シルヴァから毒見を済ませたアルメア水を勧められて、久しぶりの甘い味わいに笑みがこぼれた。
「レスティオ様。ミアの恋人ってどんな人なんですか?」
興味本位のネルヴィの問いかけにレスティオは顔をしかめた。
「男より男らしいって女によくモテてたね。基本男装で女装してるところまともに見たことないし、戦闘訓練での戦績は俺と五分五分。酒が強いのは仕様としても、男相手の飲ませ方が豪快で平気で酔い潰そうとするから厄介だったな」
「ミアは男らしい女性が好きってこと?」
「誤解だ。シェスカは美人でスタイルもよく、頭も良ければ身体能力も高い、才色兼備。休日はロングスカートのシックな服装が主だったし、動物と触れ合ったり、カフェ巡りも好んで良くしていた。女性らしい女性だよ」
ミアが張り合うように言い返すと、レスティオは顔をゆがめたまま首を横に振った。
「想像できないというかしたくない。俺、シェスカより女装似合うし、女子力高い自信あるよ」
「それは否定しない。そもそもお前、元が女だろ」
「それいったらシェスカは元が男だから」
「どゆこと?」
レスティオとミアの軽口の応酬にネルヴィが混乱した様子で口を挟む。
それにミアはふっと意地の悪い笑みを浮かべた。
「俺たちが生まれたエリシオール合衆国では、子供の性別も色彩も思うままなんだ。レスティオは女として生まれるはずだった性別を、後継者確保の為に男に変えてる。だからこそ、聖女ならぬ聖騎士なんて異例の事態を引き起こしたわけだ。元を正せば聖女様で間違いないのに」
男が召喚されたと騒ぐ必要はそもそもなかったと嘲笑う様にレスティオは視線を逸らす。
散々その異例の事態に振り回された者たちは驚きに目を見開く。
「この世界にそんな科学的なこと言って通じるわけないだろ。それに俺は生まれてこの方男として生きてるから。女扱いしようものなら不敬を主張する」
「俺は事実を言ったまで。つまらないことに振り回された連中が馬鹿だなとずっと思っていたんだ。どうせ、お前がロゼアンに構うのも、戦力としての期待半分、プライドに巻き込んだ申し訳なさ半分だろう?」
ユハニから魔力中毒の薬を貰って一気に飲み干す。
その様子を眺めながらレスティオは深くため息をついた。
「別に。俺は性別なんか気にして馬鹿馬鹿しいと思うだけで、そこに罪悪感なんてないよ。この世界のくだらないルールに対する反発が半分、が正しい」
「なるほど。まぁ、向こうの世界を思えば、この世界には文明発展の兆しも無く、偏った常識ばかりで生きづらく見えるのも無理はない」
身体の調子を確認するミアの顔色が随分と回復した様子だった。
セバンに貫かれた裂け目から覗く腹筋に、鍛錬を欠かしてはいないんだなと目を細め、レスティオはジャケットの中を探ってコンパクトに畳まれた赤いワイシャツを放り投げた。
受け取ったミアは一言礼を言って羽織る。
「この色……軍の支給品じゃないな」
「レディ・レッドが手配してくれた。アイツが用意する物は大概何かしら赤いんだ」
「まぁ、着られればなんでもいい」
懐中時計のチェーンを首にかけたミアは、乱れた髪も結い直して姿勢良く立ち直す。
「さて、次はこれからどうするか、か?聖騎士様」
「そうだね。とりあえず、ミアは俺が一時帰国した際に協力者として連れてきたことにしよう。それで身元不明だろうが俺の名の元で衣食住の保証が利く。騎士団に置いておくのは面倒になりそうだから特待生寮に部屋を用意しよう。ロゼアンの部屋も空くし丁度いい」
エリザに記録を取らせ、ドレイドたちに話を合わせてねと笑顔を向ける。
「レスティオ様。ロゼアンの部屋が空くとは?ノースヴェン森林の魔物討伐に救援要請がありましたが、彼に何かあったのですか?」
タイミングを図りながらシャブルが顔をしかめて問う。
ミアも訝し気な顔をするのを見て、レスティオは苦笑しながらカーストン家への養子縁組が決まったことを伝えた。
そういえばと、ついでにセバンにヴィムとメノンへの伝言も頼んだ。
「そうか、彼らが今はお前の屋敷にいるんだったか……」
「ん?」
思わずつぶやいたミアは声を出さず唇だけを動かした。
――…… 俺の妻ミランダの旧姓はグランツ。メノン・グランツの妹だ。
唇の動きを読み取ったレスティオは驚きに声を出しそうになるのを口元を手で覆って抑えた。
視線で本当かと窺えば、こくりと頷き返される。
「あの、レスティオ様?」
「なんでもない、気にするな」
「先程からお二人で声を出さずに意思疎通を図っている場面が見受けられますが、なにか内密なお話を?」
「あぁ。ミア、後で二人で話したい。警戒をなるべく早く解かせるために協力してくれ」
「そうだな。お前が持ち帰った情報には俺も興味がある」
利害の一致と頷き合う。
そうと決まればと、レスティオの帰還時の状況からミアが騎士団に潜伏し訓練に至るまでのシナリオを作り上げる。
騎士団でミアが認知されていることも納得させなければならないとなれば、神という存在を便利に持ち出して不整合を埋める。
「では、そういうことで。皇族と総帥が帰還次第、ミアを正式に帝国軍の指導官として就任させよう。俺が聖騎士として動きにくい部分をカバーしてくれることを期待するよ」
「あぁ、不本意だがお前の庇護下に入るより選択肢がないからな。受ける恩恵の分はお前の指示にも従おう」
第一優先は聖オリヴィエール帝国およびエディンバラ大陸の厄災終結。そして、神ゼクス救出に向けた世界各地の厄災の動向分析。
目的を果たしたならば、その後の身の振り方について神と協議出来るようにレスティオが責任を持って請け負うことで合意した。
恋に生きる男と利害の一致で和解。
騎士団とのぎくしゃくももうなくなる筈。
次回、お盆休み中なので明日8/16(金)21時に更新予定です。




