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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
聖なる集い編
197/256

第179.5話 その頃のマリティア


 シャナの報せを受けてマリティアは馬車の中に備えられたソファから立ち上がった。

 ヴェールを被せてもらい、シャナのエスコートで馬車を降りる。


「マリティア様。魔物討伐支援、お疲れ様でございました。お変わりはありませんでしたか?」


 馬車の前でマリティアを待っていたのは聖ゾフィー帝国第二皇子のドグマ・ゾフィー。

 皇族の中でも外交に注力していることもあり、この度の聖オリヴィエール帝国の第一皇子の婚姻の儀にマリティアと共に参列することになった。

 第一皇女であり年齢も比較的近いヴィナー・ゾフィーの方が交友は深いが、社交の場においてはもっぱらドグマと行動を共にすることが多く、一部では婚約者候補とも噂される。

 お互いにそのつもりはないと皇族たちには伝えているが、ゾフィー帝国が聖を冠したことで注目されている今は周囲の牽制に利用し合うことで同意している。


「私の方は聖オリヴィエール帝国の皆様と友好を深められ、有意義な時間を過ごしておりましたわ。ドグマ殿下こそ大陸会議に続き遠征とあってお疲れでありませんこと?ささやかながら癒しを差し上げましょうか」

「お心遣い、痛み入ります」


 聖の魔術を唱え、疲弊しているだろうドグマを癒す。

 聖の魔術の効力は傷ついた兵のみならず、疲労感を募らせた者たちにも有効と知ってからは時折魔力消費も兼ねて癒しを施すようにしている。

 ドグマのエスコートを受けて、大陸会議場から同行して来た者たちにも同様に癒しを与える。


「マリティア様、あちらでお茶でも……」


 情報を共有しよう会議用の馬車を示すドグマに従おうとしたその時、野営地に悲鳴が響き渡った。

 何事かと振り返ると、宙に炎が舞っていた。


「フラムッ!我が眷属よっ!我が炎に呼応せよっ!」

「落ち着け、イグニスッ!戻れっ!」

 

 荒ぶる声にロゼアンの焦った声が続く。


「聖オリヴィエール帝国で不測の事態が起きているようです。レスティオ様に関係することでしょうから、我々は安全を確保の上、対処を待ちましょう」


 事情もわからないまま前に出るのは危険だ。

 マリティアの判断にドグマは頷いて聖ゾフィー帝国の者たちに警戒と待機を命じた。

 やがてレスティオが現場に駆けつけて、炎に迫られていた聖アルジェア王国の王族と聖女は事なきを得た。


「レスティオ様の事情は聞いていることもありますが、あの炎は初めて見ました。いずれレスティオ様かロデリオ殿下にお尋ねするよりないでしょう」


 なにかしらの説明はあるだろうが、レスティオが顔色悪く下がっていったところを見ると、聖オリヴィエール帝国も冷静に対処して回る余裕はないだろう。

 聖なる者の身こそ外交よりも優先される国の大事だ。


「私、あんなに美しい人を初めて見たわっ!急に空に現れたから天使が舞い降りて来たかと思った!」

「はい。私もこんな間近で、それもヴェール越しではなく聖騎士様のご尊顔を目にすることが出来るなんて夢のようです」

「ご尊顔!確かにそう呼ぶに相応しいイケメンだったわ!」


 マリティアは去っていくレスティオを目で追いながら聞こえて来た女性の会話に眉を顰める。

 覚えのある声に視線を戻せば、ヴェールを被った女性レナ・カミキが侍女と盛り上がっている様子だった。

 まだ目の前には聖オリヴィエール帝国の皇族がいるにも関わらず、騒動の当事者の一人であった自覚がない会話に呆れる。


「そうだ、後日にでもレナ様とレスティオ様の茶会の席など設けようではないか。以前にもそのような話をしただろう」


 聖アルジェア王国の代表としてユリウスと話をしていたダルダロードが、レナの様子を見て提案すると勿論そのつもりだと聖オリヴィエール帝国の皇族たちが応じる。

 マリティアはドグマを促してそっとその場を離れた。

 今は聖アルジェア王国と距離を置きたいのに話の流れで巻き込まれたくはない。


「聖アルジェア王国との外交の予定はもうあるのかしら?」

「はい。申し入れは重ねて頂いております。申し訳ございませんが、私ではアルジェア国王陛下を抑えることは出来ず。機会は設けざる得ないかと」


 小さな声でやり取りしながら聖ゾフィー帝国の会議用の馬車に向かう途中、物陰から前に出てくる人影があった。


「ぁ……」


 マリティアが思わず足を止めると、その人は緊張した表情でマリティアに向けて姿勢を正した。

 片手でスカートの裾を摘まんで、もう一方の手を肩にあてて頭を下げる。その美しい仕草に目を細める。


「今の貴方は、私の前に立つことが許される立場ではない。そのことは承知の上かしら」

「はい。御前に立つご無礼をどうかお許しください。どうしてもお伝えしたいことがありますの」


 デイジー・アインツ。

 真っ直ぐと腰まで伸びた美しい金色の髪。つり目気味で勝気な印象を与える容貌を、愛らしく見せる桃色の瞳。

 伯爵家の令嬢にして、ルヴァイエの兄でありディアブロ王国第一王子アドヴェルト・ドーラ・ディアブロの婚約者の座を射止めた美しくも可愛らしい人。

 家格は下だが、未来の義姉妹として学校生活でも特別親しくしていた。そんな彼女の真剣な眼差しを前に、マリティアは無下に出来ないと用件を問う。


「私たちと一緒にこの世界に来たレナ・カミキという女性のことで耳に入れておきたいことがございます」

「……デイジー、貴方は私の元に来ることをどなたかに相談していて?」

「いえ、相談していては一人でここに来る許しは得られなかったでしょう」


 マリティアは少し考えてドグマを見上げた。

 

「……ドグマ様、同席して頂いて構いませんので、馬車に案内してよろしいでしょうか」

「マリティア様の御心のままに」


 馬車に入ると、マリティアはデイジーを向かいの席に促した。


「黙ってきているのなら、ゆっくりとお茶をする時間はないでしょう。話をどうぞ」

「……はい。単刀直入に申し上げます。私たちはレナ・カミキの正体は、リアナ・ユーグレスト嬢ではないかと疑っています」


 突然出て来た名前にマリティアはヴェールの下で顔をしかめた。

 

「信じられないかもしれませんが、私たちはこの世界に召喚される直前まで彼女と一緒にいたのです。ですが、この世界に来た時、一緒にいたのはリアナではなくレナ・カミキでした」

 

 リアナ・ユーグレストは、マリティアの同級生の名であり、ディアブロ王国の男爵家の娘の名前。

 妾の子であり、幼少の時には娘と認められていなかった。だが、跡継ぎを得る為に必要と判断され、貴族が王立学院に入学する齢を前に、男爵家に正式に名を連ねることになった。

 それまで別邸の使用人として粗雑に扱われていた彼女は貴族のマナーがなっておらず、社交界では笑われ、疎まれていた。

 一方で、貴族らしくない庶民に近い思考を面白いと思う者がいた。不遇ながら努力する姿に好感を持つ者がいた。明るく優しい心根に癒しを求める者がいた。まるで不思議な力に引き寄せられるように、彼らは婚約者や恋人から彼女へと関心を移していった。

 

「リアナはやはり只者ではなかった。レナ・カミキとしてその正体を現したのだと私たちは思っています!目的はわかりませんが、聖女の地位を得た今、またなにを企むかわかったものではありません」

「落ち着いてくださいませ。話を信じようにも、こちらにはレナ様の情報はほとんどありません」

「詳細はこちらに」


 デイジーから差し出された便箋をシャナを介して受け取る。

 便箋には、召喚されてからの生活やレナについて知り得た情報が書き連ねられていた。


「わざわざリアナが苦手としていた古代ファム語を使うなんて、皆さんの中では相当核心があるようね」

「えぇ、あの方は初対面とは思えない話しぶりをするのですもの。流石のホリックも目を醒ました様子で、ハンナに申し訳ないと情けなくも腰を低くしておりますのよ」


 ルヴァイエの護衛であるホリック・ストランドと伯爵家の令嬢であるハンナ・アイリーンは婚約者同士だった。

 リアナに心惹かれていたホリックに呆れていたマリティアは安堵して、便箋を一度シャナに戻した。

 

「そう……忠告は確かに受け取りました。話は以上でよろしいかしら?」

「はい。ぁ、あのっ!また、以前のようにお話しすることは、もう叶わないのでしょうか?」


 マリティアが切り上げようとすると、デイジーは先程の真剣さとは打って変わった頼りなさげな表情で身を乗り出した。


「婚約の件で、殿下と気まずいのはわかります。ですが、私たちはまだこの世界の事がよくわからず、不安で仕方ない日々を過ごしているのです。この世界で、聖ゾフィー帝国の聖騎士として戦うと御心を決めたマリティア様のお話を聞く機会を望むのは、許されぬことでしょうか」

「検討はしましょう。国を跨ぐことは、私の一存ではお応えしかねます」

「そう……ですよね。申し訳ございません。過ぎたことを申し上げました」


 デイジーが馬車を出ていくと、ドグマが座る場所を移動し、互いの情報共有を始める。

 今回の大陸会議では、マリティアのお披露目と聖ゾフィー帝国の港が近々正式に開港することを知らせた。

 マリティアが魔物討伐に出た後、聖ゾフィー帝国の戴冠式の日取りも決定した。アルジェア王族の移動計画も踏まえ、聖ゾフィー帝国の戴冠式は8月。

 聖オリヴィエール帝国の婚姻の儀の後、外遊期間を経てガナル港から西部都市フォンヴェールを経由する航路を利用し、戴冠式に参列する各国の外交官を案内する。


「港周辺は最後に癒しを行ってから日が経っておりますが大丈夫でしょうか?港町の建設も途中でしょう?」

「簡単なお披露目程度に建設計画を語りながらの移動になる想定です。道中の安全については、レスティオ様の同行も検討するとロデリオ殿下から申し入れを頂きました」


 聖アルジェア王国の戴冠式も同時期に行われるが、先の派遣で出来た関係とマリティアに助けられた恩義を理由にするとユリウスからも支援を約束されている。


「国の関係性は勿論ですが、マリティア様の聖騎士としての成長を期待しての事もあると思います」

「その期待、必ず応えてみせましょう」


 笑みを交わして、ドグマの話を終えた後には、マリティアから魔物討伐の報告とレスティオから聞いた話の数々を伝える。

 驚きながらも手帳に几帳面な字を並べたドグマは、先程の出来事の不可思議さもそれ故かと興奮気味に納得する。


「先程の女性が仰っていたアルジェアの聖女様の件、レスティオ様に相談しても良いかもしれませんね。世界を跨ぐことに関しては今はレスティオ様が最も理解されているように思います」

「私もそう思いました。ですが、アルジェアの目を掻い潜ってお話しする機会は望めるかしら?」

「ロデリオ殿下とは個人的に酒席を設ける関係を築きました。道中にお誘いしてみましょう」


 早速使者を出した結果、明日にも場が設けられることとなった。






「ねぇ、シンシア。このヴェールはずっと被っていなくてはならないの?」


 昼食をドグマと食べるべく馬車を降りたマリティアは聞こえてきた声に振り返らずに耳を澄ませた。


「なりませんよ、レナ様。聖女様が外を歩かれる時にはヴェールを被るものです」


 拗ねたレナの言葉に女性が控えめに笑いながら注意する。

 レスティオがヴェールを被っていなかったのは緊急事態であったが故と説明すると、レナは貴重な機会だったのねと喜ぶ。

 

「けど、折角レスティオ様から頂いたヘアスカーフが隠れてしまって残念だわ」

「そうですね。お似合いなのですから、是非ともレスティオ様のお目に掛けたいところです」


 昨日の髪飾りのやりとりもあって贈ったのだろうかと考え、マメな人だと感心する。

 寄ってきたシャナにマリティアは顔を上げて、どうしたのか声を掛けた。


「聖オリヴィエール帝国では髪飾りは夫婦や恋仲で贈るものだそうです。レスティオ様がきっかけとのことなので、もしやとは思いますが」

「本来のスカーフの用途を考えなさいな。レスティオ様のことだから、髪に巻けるようなデザインを選んだのかもしれないけれど、スカーフはスカーフに過ぎないでしょう」


 そうでしょうか、と疑う様子のシャナにマリティアは苦笑する。


「それより、自分が髪飾りを貰うことを考えたらどう?ジェウとは話せたのかしら」

「えっ……あぁ……それは、その……」

「ジェウはまだ妻も婚約者もいないそうですよ。ゾフィー帝国への遠征の後、レスティオ様から護衛の解任を受けていないから保留にしてもらっていたと聞いた」


 シャナが言い淀む中、オルフェが訓練の合間に聞いたと教える。

 わかりやすく輝いた瞳にマリティアの側近たちの表情は緩み、合流したドグマの後ろに控えるシャナの兄のブルートは、妹の赤く浮かれた表情に呆れた顔をした。

 

 午後の道中には、聖オリヴィエール帝国の会議用の馬車にドグマとマリティアが招かれ、ユリウスとリアージュ、セルヴィアと対面した。

 ユリウスからの魔物討伐への協力の礼に始まり、ドグマは先日のゾフィー帝国来訪の礼を告げて、挨拶を交わす。

 形式ばった挨拶を終えると、それぞれの前にティーカップとお茶菓子が用意された。


「本日のおもてなしは、レスティオ様が御用意くださいましたの。茶葉は薫り高くほの甘い味わいが特徴的なサラン。お茶菓子はレスティオ様手ずからおつくりになられたスコーンに果実のソースを添えております」

「お心遣い、有難く頂戴いたします。レスティオ様の体調はまだすぐれないのでしょうか?」


 ドグマが説明を受けて礼を言いながら、この場にレスティオがいない理由を問う。

 

「レスティオ様と共闘したマリティア様の前では、隠し立ては無用ね」

「そうだな。実は、レスティオ様には国内の厄災対応に当たっていただくべく、早朝の内に別ルートにて出立していただいたのです」

「なるほど。長らく不在と聞いておりましたから、急ぎ対応が必要な地域もあることは理解します。ご挨拶出来ず残念ですが、またの機会には是非席を設けさせてください」


 マリティアは先日レスティオが話していた件かと納得した。

 温められて柔らかくなったスコーンにナイフを入れて、ソースを絡めて頬張る。

 上品な甘さが口に広がると思わず表情が和らいだ。


「実に美味しいですよね。レスティオ様ったら、御自身の世界に戻られた際に、私たちに振る舞うべく料理の腕を磨いていらしたのですって」

「流石レスティオ様ですね。母国を守るためにこちらの世界へ戻られたと聞きましたが、御心は聖オリヴィエール帝国に根付いているように思います」


 だと良いのですが、と謙遜しつつも、聖オリヴィエール帝国の皇族たちの表情は嬉しそうに綻んでいた。

 

「マリティア様もこちらの生活には少しずつ慣れることが出来そうでしょうか?」

「はい、レスティオ様のおかげで、私の心もまた聖ゾフィー帝国と共にと思えるようになりました。憂うばかりの私を掬いあげて下さった御恩は忘れることは無いでしょう」

「私からも聖ゾフィー帝国を代表して皆々様に感謝致します。厄災の苦難の中、聖オリヴィエール帝国と強い結びつきを得られたことは我が国にとって僥倖でした」


 マリティアの言葉にドグマも喜びを噛みしめるように続く。

 馬車内がすっかり和やかな雰囲気になったところで、ユリウスの筆頭側仕えであるローレンス・ゴルゴーンがトレイを手にユリウスの横に立った。


「レスティオ様からマリティア様に、先日の癒しの御礼と聖騎士就任祝いの品を預かっております」

「レスティオ様には頂いてばかりなので、こちらこそお返しをと思っておりましたのに。お気を遣わせてしまったなら恐縮ですわ」


 贈り物を前にマリティアが肩を竦めると、リアージュが少し考えてから微笑んだ。

 

「元よりマリティア様に贈るつもりで御用意されていた土産物だそうです。国が違う以上、我々としても建前無く贈り物をするのは、諸外国の手前難しいものでして。マリティア様は親しき友人からの旅の土産物程度に思って受け取ってくれたらよろしいかと」

「私も貴族社会を生きて来た身ですから、建前が必要という事情は理解致しますわ。公的な場で遠慮の言葉もなく受け取るのは、淑女のマナーに反するものですから」

「あぁ、そうでしたか。そのようなマナーはこの世界にも通じるところがあります」


 贈り物をする際のやりとりについて話をする横でシャナが贈り物を受け取る。

 すぐに中身を改められるように包装はされていない箱を開けてドグマの確認を受けてからマリティアへと差し出される。


「まぁ、手袋ですか」

「マリティア様は聖騎士として乗馬をされますし、剣も手にされるということで、お選びになられたそうです」

 

 早速手に嵌めてみればぴったりと馴染む。

 

「素晴らしい肌触りですね……レスティオ様の世界のものは衣類も食べ物もどれをとっても一級品といえるものばかり。私の世界で触れていたものと比べても、格段に上質な品々に心が躍ります」


 続けて差し出された砂糖菓子をきっかけに、互いの世界の砂糖事情や、スイーツの話で盛り上がった。

 マリティアは他愛ない話で時間を過ごしてしまったことを申し訳なく思ったが、交友を深めることに勝る目的はないと、また場を設ける約束をして解散した。

 

マリティアがいた世界の世界観が多少伝わればと。

いずれ番外編的な話を書きたい気はしています。


次回、お盆休み中なので明日8/13(火)21時に更新予定です。

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