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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
聖なる集い編
196/256

第179話 髪飾りに潜む蝶



「ぁ、この味だ……」


 朝食に用意されたハニーミルクトーストにはシナモンが塗されていた。

 香りも味もクロードに作ってもらったものと同じで、レスティオは表情を綻ばせた。


「以前食べたものと味が違うな」

「うん。ちゃんとしたレシピを書いてもらってきたんだ。皆の口にも合うかな?」


 感想を窺うレスティオに口々に美味しいと応じて、朝食の時間を和やかに過ごす。

 朝食後のティータイムも程々に、マリティアは聖ゾフィー帝国の使者が合流するまで待機すべく自分の馬車に戻った。

 レスティオとロデリオ、セルヴィアの3人は天幕に残り、大陸会議派遣団の合流を待つ。

 その間にネルヴィとロゼアン、ユハニを招き入れて、セルヴィアへの褒賞のお礼も済ませた。


「私からの褒賞なんてレスティオの聖剣に比べたら、実にささやかなものよね。うちの子も聖剣を賜りたいと羨ましがっていてよ?」


 許しを得てその場で聖剣イシスと聖剣ヴェルヴェーヌを鞘から抜くと、セルヴィアの側近たちがチラチラと目を向けて感嘆を漏らす。

 実用性を考慮して華美な装飾にはしていないが、魔力を含んだ刃は美しく輝き、そこに刻まれた名が聖騎士の目に留まった証として眩しく見える。


「実は西部帝国軍から帝都に数名派遣したいと思って、総帥に申し入れるつもりなの。どれくらい戦力になれるかはわからないけれど、意欲は溢れているから正式に決まった時には教育して上げてちょうだい」


 東部派遣団のように西部に派遣してもらえたら1番だが、大人しく順番待ちをするつもりはない。

 セルヴィアの笑顔に若干の圧力を感じながら、レスティオはエルリック次第だなと反応に困るネルヴィが口を開く前に話を流した。

 どのような人員を派遣して来るのかによって対応も配属先も考えねばならない。レスティオは視線でロゼアンに先触れとしてエルリックに伝えておくように頼んで、3人を下がらせた。

 

 その後、合流後の打ち合わせ事項を整理しながら時間を過ごしていると、忙しない音が天幕の中に聞こえてきた。

 天幕の入り口がわずかに開けられ、外に控えていた者から伝言を受け取ったアズルがレスティオたちの方へと向き直る。


「大陸会議派遣団が到着致しました」


 暫くすればユリウスたちが天幕にやって来る。

 出迎えは慌ただしく野営地を整えている者たちの邪魔になりかねないので、天幕の中で彼らの座る場所を用意して備える。

 レスティオがヴィアンナ聖王国に渡ってから帰還するまでの話は、ロデリオの側仕えであり昨日馬車に控えていたローマンからユリウスたちへ報告されることになっている。


「レスティオ様。茶葉はこちらのエヴァスター?でよろしかったですか?ミルクは蜜を入れて温め、別添えするのですよね」


 緊張した様子で尋ねてきたラハトに頷く。

 エヴァスターはレスティオの世界で王室御用達とされている茶葉で、皇族との茶会用に是非とヴィヴィアンに用意してもらったもの。合うミルクまで持ち帰ることが出来なかったので定番の代用品を用意させていた。


「ヴァレンティが普段使いで、クゥーンがドーベル家との茶会用」


 茶葉の包みは当然のことながら全てレスティオの世界の文字で書かれている。

 それも、外国産の茶葉はその国の言葉で書かれているので文字で覚えるのは難しい。

 紙に名前を書いて添えておくことを勧めて、お茶菓子の用意も確認する。


「茶葉ひとつにしても色々な種類を持ち帰っているのね?」


 興味深そうにするセルヴィアにレスティオは頷いた。

 茶葉だけで10種類は持ち帰ってきている。その時々で好む茶葉が変わるし、圧縮されている物が多く、そこまで嵩張らなかったことが大きい。


「城に着いたら側仕えたちに分けて、この世界に類似する茶葉がないか確認してもらうつもりです」

「あぁ、なるほどな。お前の好みを把握する上でも良い材料になるだろう」


 皇族の側近たちが住まう宿舎に持ち帰ってもらう予定なので皇族たちに給仕されるお茶にも変化が見られる可能性が高い。

 セルヴィアは西部の側仕えも混ぜて欲しいと笑顔で要望した。

 茶器を一度下げてもらったタイミングで、ユリウスたちが天幕へと入ってきて一斉に立ち上がる。


「もう待ちくたびれましたわ。先にレスティオと交友を深めさせてもらっていてよ?あぁ、大陸会議、お疲れ様でした」


 気やすい言葉を投げかけるセルヴィアにユリウスは苦笑した。


「レスティオ。病み上がりというのに、セルヴィアが面倒をかけてすまなかったな」

「もう体調は良いようで安心したわ」


 形式ばった挨拶もなくレスティオに声をかけたユリウスとリアージュは特に返答を待つこともなく用意された席に腰をかけた。

 後ろに続いていたレナルドとヴィアベルも、レスティオの体調の回復と魔物討伐の労いの声をかけるだけで席に着く。

 皇族と言えど気安い関係になったのだから、こんなものでよいのだと思い出す。


「失礼致します。本日の茶葉はレスティオ様が皇族の皆様のためにとご用意くださったエヴァスターになります」

「まぁ、良い香りだこと」


 ヴィアベルがにこやかに反応する。ラハトと目が合うと笑みは一層深くなる。


「東部派遣団の活動にあたって東部の皇族の皆様から手厚い支援を賜ったと報告を受けています。私の側仕えも世話になったようで、お礼を言わせて下さい」

「俺たちはもっと気楽に話せる関係になったんじゃなかったか?」

「親しき仲にも礼儀有りという言葉がある。東部派遣団の者たちは一時的に派遣しただけで、安易に引き抜かせるつもりはないからね」


 はっきりと牽制するとレナルドとヴィアベルは肩をすくめた。

 セバンとラハトだけでなく、東部派遣団のそれぞれに引き抜きの話が一度や二度でなく持ちかけられたと聞いていた。

 人は育ったはずなのだから、今後はその人を成長させることに東部で注力してほしいと念押しして、話題をエヴァスターの由来や飲み方に変える。


「実に美味しい茶だ。心遣いに感謝する」

「これはお祖母様からの心遣いだけどね」

「あぁ、ヴィヴィアン・ドーベルの件は先ほどローマンから聞いた。まさか、召喚の儀で他の世界に人を送っていたとは思ってもみなかった。実に驚かされた」


 ユリウスが気難しそうな顔で唸ると、ヴィアベルが本当にそうですよねと前のめりになった。

 

「当時の召喚の儀で生きたまま贄になったのは魔力を注ぐ役目を担った魔術師が数十名。レスティオの世界に移ったのはヴィヴィアン・ドーベルとロジエーナ・カーストンの2人だけ?」


 好奇心に満ちた瞳の輝きに、レスティオは考える。

 ゆっくりと視線をユリウスへ移し、レスティオの護衛も兼ねて天幕の中に立っているイグラムを見た。


「俺が知っている存命の人は2人だけ」

「存命は、ということは他にもいたのね」

「……その話はまた後でゆっくりと聞かせてくれ。先ほど、ジンガーグ隊と共に一足先に帝都へ帰還したいと望んでいると聞いた。先に話すべきことを話そう」


 何かを察した様子のユリウスにレスティオは頷いて、話題を変えることに応じた。

 ヴィアベルは残念そうに拗ねた顔をしたが、皇族と話さなければならない話題は多くある。


「帰還したいということに関してだが……」

「詳細な事情は後で構わん。魔物の発生を抑えてもらうに越したことはないからな。筆頭護衛騎士はセバン・ビーニッシュ。他はジンガーグ隊からつけてもらうということでいいな?ベイルートとイグラムもつけるか?」


 レスティオが言い訳するより先にユリウスは話を進めた。

 そのことに驚きながら、事情を話さないことに理解を示してくれるユリウスに感謝して、ベイルートとイグラムの護衛は断る。

 皇族の護衛を同行させては先行する意味が無くなりかねない。同じ理由でエルリックの同行も断った。


「出立は明朝の朝の鐘の前がいいだろう。朝の鐘の前に外に出る客人はまずいないからな」

「有難う。じゃあ、俺は明朝ジンガーグ隊と共に魔物討伐に向かう。ラハト、準備を頼むよ」

「かしこまりました」


 レスティオとの面会を望むだろう諸外国への対策として、馬車ごとラハトは残していくことになった。

 対外的には、魔力の成長期による体調不良の為、引き続き療養中とする。アイオローラのおかげで特に不調なく回復したが、魔力の成長期というのも嘘ではない。


「それはそれとして、東部派遣団の報告書は目を通したか?」

「あぁ。レナルドとしても申し分ない働きだったのだろう?」


 報告書とは別にベイルートとイグラムから皇族の見解についても聞いていた。

 東部で何があったかはザンクで気兼ねなく語ってもらったので、報告書に書かれていない部分まで把握済み。

 レナルドはそれが伝わっているならと頷いて、派遣に感謝を告げ、任務完遂につき東部派遣団の帝都への帰還が正式に認められることになった。

 レナルドから褒賞を用意することも内定して、東部派遣団の話題を終える。


「レスティオからはマリティア様への聖騎士就任祝いと感謝の品の贈呈についても相談を受けています」


 ロデリオが切り出すと、ラハトが用意していた品を奥から持ってきてユリウスたちに見せた。

 化粧箱に入った皮の手袋が聖騎士就任祝い。感謝の品としては砂糖菓子を一包み。

 

「ゾフィー帝国への派遣で既に親交がある上に、重傷を癒してもらったわけだからな。用意をするのは構わないが……」

「聖女の就任祝いとしては、アルジェアの聖女様にも用意が必要かな?」


 レスティオが苦笑して尋ねると、ユリウスは明言を避けるように唸った。

 その様子にレスティオはハンカチくらいなら用意出来るけれどと提案する。

 肩をすくめて礼を言うユリウスに頷いて、ジェオに土産に用意していた布地からリアージュに選んでもらおうと考える。その時、悲鳴が聞こえてきて僅かに開けられた天幕の出入り口を振り返った。

 防音仕様の天幕の中、外に控えていたネルヴィの求めに応じて側仕えが腕で布を押し上げていた。ネルヴィはこわばった表情でレスティオと目を合わせると意を決して天幕に入ってくる。


「ご報告致します!炎の精霊イグニスが暴れ出しましたっ!」


 本来ならばこの場の護衛の中で最高位である皇帝の筆頭護衛魔術師ディット・ガイストに耳打ちするところ。だが、ネルヴィはレスティオの方を向くと姿勢を正して報告した。

 レスティオは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がると、ネルヴィの横を通り過ぎて天幕から飛び出した。

 宙にはイグニスだろう炎が舞い、各国の魔術師が水を浴びせて討伐しようとしている。

 イグニスの名を叫ぶロゼアンの声に、なんだあれはと聖オリヴィエール帝国の者に詰め寄る声も聞こえて来る。


「我が眷属を返さぬかぁっ!」


 イグニスの怒りの叫び声に一層悲鳴が高まる。

 レスティオは馬車を飛び越えながら、騒ぎの中心へと駆けた。


「イグニスっ!俺が話を聞こうっ!」


 イグニスの正面を見つけると、レスティオは宙で風の魔術を使い静止した。

 炎の姿を乱していたイグニスはその姿を人型に整えていき、レスティオに向き直った。


「そこの娘が我が眷属たるフラムを離さぬのだ」

「フラム?」


 なんだそれは、と思いながら、イグニスに示された方を見下ろす。

 そこには、アルジェアの王族と、ヴェールを被った白いドレスの女性が身を寄せ合っていた。


「レスティオ様!どうかその魔物から我らをお守りください!」


 国王であるダルダロード・アルジェアが動転した様子で叫ぶ。

 魔物ではないのだけどと思いながら説明の面倒さに溜息をついたレスティオは、周囲の者から耳打ちを受けているヴェールの女性に目を向ける。そして、ヴェール越しに後頭部に飾られた髪飾りを見つけると、顔を顰めてゆっくりと地面へ降り立った。


「緊急時ゆえ挨拶を省く無礼をお許しください。貴方のその髪飾りは私がイグニスを宿したペンダントと共に持ち帰ったものと酷似しているようにお見受けします。どちらで入手されたのでしょう」


 青褪めたのはヴェールの女性の横に立っていた侍女だった。

 視線を移すと恐怖に震え上がった表情で唇を声もなく動かす。


「ぁ、あの、大陸会議場の屋上に落ちているのを見つけて、私が拾ったんです」


 侍女を庇うようにヴェールの女性がレスティオの問い掛けに応じる。


「拾得物はアルジェアが管理するので、気に入ったならば譲って貰えると言われて是非とお願いしたのは私です」


 ヴェールの中で後頭部に手を回すと、女性は髪が乱れるのも構わず髪飾りを外してレスティオへと差し出した。

 レスティオは確かにレディ・レッドから貰った髪飾りであることを確認して受け取る。


「確認もせず、申し訳ございませんでした」

「いえ、聖女様ならば、この世界の人間の考え方を鵜呑みにしてしまうのも致し方ないでしょう。拾って頂いたことには感謝致します」


 最低限の声掛けだけをしてレスティオはイグニスを振り返り、受け取った髪飾りを掲げた。


「お前の言うフラムは、これのことか?」

「如何にも」


 レスティオは次にロゼアンを振り返った。


「ロード・レッド。炎の精霊イグニスは眷属フラムとの再会を願っている。旧アザムガイドの聖女の炎を継ぐお前にしか出来ないことだろう。頼む」

「は、はいっ!」


 レスティオの元に駆け寄ったロゼアンは、髪飾りを手に取ると深呼吸をして魔力を注いだ。

 その瞬間髪飾りから炎が溢れ出る。いくつもの火の塊がイグニスの元へ向かって羽ばたいていく。


「フラムは炎の蝶だったのか……綺麗だな」


 形を成していくフラムは蝶の姿となってイグニスの周りを飛び回ると、レスティオとロゼアンの周囲に感謝を告げるように舞い広がる。


「この髪飾りはレディ・レッドの形見として持っていようと思ったのだけど、ロード・レッドに持たせていた方が良さそうだな」

「それは……」


 ロゼアンが答えに迷うようにイグニスへと目を向けると、機嫌を直したらしいイグニスはふわりとロゼアンの背中に回った。

 

「其方が持っていても構わぬ。レディ・レッド……いや、ロード・レッドが其方にフラムを託したのならば、我は意を唱えぬ。許し無き者の手に渡ることだけは許容せぬがな」


 イグニスはアルジェアの者たちの方を向くなり、その身の炎を大きくして威嚇した。

 ひっと息を呑む声にレスティオはロゼアンにイグニスを鎮めさせる。


「イグニス。お前が暴れ回ると聖オリヴィエール帝国もカーストンも、当然ロード・レッドにも責が及びかねない。以後、ロード・レッドの許可無く勝手な行動は控えなさい」

「ふむ。主に責が及ぶのは我が本意ではない。努めよう」


 炎が収束していき、イグニスはロゼアンのペンダントの中へと収まっていく。

 同時にフラムもロゼアンの手のひらの上の髪飾りへと戻っていった。

 レスティオは事態の収束を見届けてから、様子を見守っていたユリウスたちに目を向け、頷き合う。


「申し訳ありません、アルジェア陛下。レスティオ様が持ち帰ったあらゆる物事については、我々も把握に努めているところでして、管理が行き届かずお騒がせ致しました」


 お怪我はありませんか?と問い掛けながらユリウスが前に出る。

 レスティオも挨拶をと思ったがその前にラハトに寄り添われて、ふらりとその腕に手を当てる。


「レスティオ様!まだ本調子ではないのですから無茶はされないでください」

「すまない。気が抜けてしまったようだ」

 

 リアージュとヴィアベルに駆け寄られて、レスティオはつらそうに長く細く息を吐く。


「重ねて申し訳ございませんが、レスティオ様は魔力の成長期もあり体調が優れません。先にお休みいただいてもよろしいでしょうか」

「そうかそれは大事だな。無理を押して駆けつけて頂き感謝致します。どうぞおやすみください」


 ダルダロードの認めを受けてレスティオは自分の馬車へと下がる。

 前に出てレスティオを庇うように話を進め出したのは皇族たちなので、遠慮なく後始末を任せる。事情を把握しきれていない中での交渉を回避したいならば、迷惑をかけている以上、それに合わせてしかるべきだ。


「レスティオ様、ロゼアンから髪飾りをお返しすると預かって参りました」


 後を追ってきたセバンは馬車に乗り込んでくると、レスティオに赤い髪飾りを差し出した。


「すぐに身につけるのは聖女様の手前やめたほうがいいだろうな」


 レスティオが肩を竦めるとラハトは苦笑して頷いた。

 今は赤いリボンを絡めて髪を結い纏めている。手軽に髪をまとめようと思えばヘアクリップもあるし、ヘアゴムも持っているからヘアセットには困らない。


「髪を乱させてしまったし、贈り物には髪を纏められるものでもいいかな」

「髪飾りは夫婦や恋仲で贈るものと言われていますから、お勧めはできません」


 ラハトに注意されて、レスティオはヘアアレンジにも使えそうな花柄のスカーフを取り出した。

 使い方を委ねられる物ならば問題ないだろうと、アルジェアの聖女への贈り物候補を決めたところでロデリオが馬車に入ってくる。

 場所を空けるべくセバンが馬車を降り、ラハトはお茶の準備を始めた。


「アルジェアの聖女が王族たちを宥めてくれたからイグニスの件は不問で収まった。お前にはご自愛をとお言葉までくださったぞ」


 小さいテーブルを挟んで椅子に座るとロデリオはため息をついた。

 体調不良を訴えた以上、今日は明日の出発まで大人しく過ごすことになる。

 マリティアとレナへの就任祝いの品は皇族に預けておいて、渡してもらう運びとなった。

 帝都に戻った後に、お茶会の場で祝いの言葉と御礼を交わし合うことになるだろうと話を受けて、レスティオは頷く。

 


聖アルジェア王国の聖女レナ・カミキ登場です。

日本に近い世界の出身なつもりですが、本格的な出番はまだ先です。


次回は山の日ということで、8/12(月) 21時に更新予定です。

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