9話
「で、どうやって見るんだっけ」
「念じるだけですよ。まさか忘れたのですか?」
「忘れたんじゃなくて教えて貰ってないだけだ」
さらに一週間経ち、クロノはようやくステータスを確認していないことを思い出す。
今の今まで特訓や説得でゆっくり確認する時間が取れなかったのだ。
――ステータス。
【――クロノ・オルテンシア――】
・レベルⅠ/勇者《神権代行》
・魔力量:二一四八
・片手剣攻撃スキル〈斬撃〉〈神速・一連〉〈デュランダル〉【封】
・両手剣攻撃スキル〈重撃〉〈アーマーブレイク〉
・槍攻撃スキル〈ドゥリンダナ〉【封】
・剣防御スキル〈流転〉〈ソードガード〉
・補助スキル〈能力向上〉〈剣速上昇・小〉〈幸運の証〉
「……なんか思ってたのと違うな」
クロノの視界に、ゲームのような画面でステータスが表示される。もう少し細々しているものを想像していたクロノは、必要最低限のことしか書かれていないそれをじっと見つめる。
「それは本人以外は見えませんので私は確認できませんが、汎用性の高いステータスになっていると思います」
「汎用性か。確かに手数は多いに越したことはないが、槍は使ったことないぞ?」
「聖剣ですよ。デュランダルの別名はドゥリンダナ、神話に登場する英雄の槍でもありますから」
「ああ、兜きらめくヘクトールか。つまり、俺がデュランダルを所有しているから、スキルとして〈デュランダル〉と〈ドゥリンダナ〉が表示されているってことでいいんだよな?」
「そうなります」
ステータスの恩恵――要するにスキルだが、それはクロノの予想以上に身についていた。
毎日剣を振って努力を続けたせいかだと言えるだろう。
「この〈幸運の証〉ってのは何だ? 何に対して補助するスキルなのかぐらいは教えてくれるんだろ?」
「その前にレベルについて知っておいた方がいいでしょう」
シーリンは虚空からタブレットらしきものを取り出し、何らかの操作をするとその画面をクロノに見せる。
「そもそもレベルは、神々がステージ――段階と称しているソレを誰にでも適用できるよう格落ちさせたものです。詳しくは話せませんが、Ⅹを克服しなければならないとだけ言っておきます。スキルもレベル同様、神々の持つ権能を人が扱えるよう格落ちさせたものです。ですが、例外天職のスキルは限りなくオリジナルに近いので、使い方を間違えれば廃人になります。なので、使うときは細心の注意を払ってくださいね」
「……神々の都合で格落ちさせたものか。とにかく、《神権代行》は易々と使ってはいけないとだけ覚えておけばいいか」
「それがいいでしょう。それと、レベルとスキルは密接な関係にはありませんので、努力次第でどんなスキルも手に入りますよ」
「じゃあ努力を続けるのは変わらないな。そろそろ〈幸運の証〉と、あと【封】の意味を教えてくれ」
クロノは自室のベッドに改めて腰掛け、鞘から抜いたデュランダルを眺める。
手に馴染ませるために何度も素振りを繰り返したが、その度にこの剣の素晴らしさをクロノは実感していた。正しく聖剣に相応しい逸品だと。
「先に〈幸運の証〉の説明をしましょう。そのスキルは幸運を手にした者にだけ与えられる特別なスキルです」
「特別な……」
「転生しましたからね。あれ以上の幸運はありますか?」
「人によっては不幸だとか言いそうだけどな。そうか、普通に考えればあれは幸運か」
確かに記憶を有したまま別世界に転生するのは幸運と言えるだろう。
自分のお陰だと自慢げな顔をしているシーリンには一切触れず、クロノは渡されたタブレットとステータスを見比べる。
とても似ているその画面を訝しながら読み進めていくと、〈証〉系のスキルは持っているだけで物事がプラスに働くものもあれば、マイナスに働くものもあるため注意と書かれていた。
「安心してください。〈幸運の証〉は幸運を引き寄せやすいと言うだけのスキルなので」
「じゃあいいか」
タブレットを端まで読み進めたクロノはそれをシーリンに返す。
「【封】はそのままの意味です。それがついているスキルはレベルが足りなくて扱えないスキルなので、レベル上げを優先した方がいいですよ」
「切り札になるからか?」
「ええ」
「――そういや、シーリンは敬語以外は使わないのか?」
「……敬語以外ですか。この話し方に慣れてしまったので、使わないでしょうね」
シーリンはそう言うと、ふふっと笑う。
女神の微笑だけあって、見る者を惹きつける魅力があるが、クロノはそっぽを向いていたので惹きつけられなかった。
一夜明け、クロノは早速スキルの使い方を確認するため庭に出ていた。
「別に特訓に付き合うのはいいんですけど、こんな早朝から叩き起こさないで欲しいですね」
「理解があって気兼ねなく頼める上で仕事がない暇な人はシーリンしかいないからな」
「さり気なく罵倒された気がしますが、まあいいでしょう」
若干眠たげなシーリンは片手間に魔法を起動し、普段クロノが特訓に使っている庭にゴーレムを作り出した。
ゴーレムの形は様々な魔獣だったり人型だったり、バリエーションは豊富だ。
クロノは鞘からデュランダルを抜き、精神を集中させる。
スキルの基礎は散々特訓して身につけてきた。剣の振るい方も、手に馴染む聖剣からはっきり伝わっている。
「――〈斬撃〉ッ!」
片足を引き、真横から斬りつける。
デュランダルは一切の抵抗なくゴーレムを切断し、ずるりと上半分が倒れ崩れる。
「基礎は十分ですね。ゴーレムは強度がありますので、〈斬撃〉でこれなら実戦でも問題ないでしょう」
「そうか」
「習いたての剣士では腕を切り落とすことすら難しいはずなので、クロノは十分強いですよ。自信を持ってください」
美女に褒められているが、完全に自分の世界に入っているクロノには聞こえない。
何度か素振りを繰り返してから、今度は別のスキルを使う。
「〈重撃〉ッ! 〈神速・一連〉ッ!」
努力を続けたクロノの技量は立て続けに破壊されたゴーレムを見れば明らかだ。
切断面はとても綺麗であり、とても五歳の少年がやったとは思えない結果だ。
その後、自分で起動した魔法を〈流転〉で斬り返してスキルの確認は終わった。
次にクロノが行ったのは、スキルの技術の確認。
この世界では、戦闘に携わる者はスキルを非常に重要視している。
覚え立てのスキルの場合、身体がスキルに引っ張られる形で攻撃することになるのだが、鍛錬すれば引っ張られることなく動かせるからだ。
無理矢理動かされるのと自分の意思で動かすのではかなり違う。
この世界には多種多様な魔獣がいる。当然、スキルに身体を引っ張られるド素人では強い魔獣なんて相手に出来ない。
対人戦でも――というより、むしろ対人戦が一番顕著である。
同じスキル、同じ武器でなら誰でも分かるだろう。引っ張られずに自分の自由に使えるほうが強い。
「〈斬撃〉、〈重撃〉ッ!」
例えば、真横から片手剣スキルを発動し、振り切る直前で柄に左手を添えることで両手剣スキルを無理矢理発動、そのまま一回転しての二連撃とすることもできる。
スキルの組み合わせをすぐに思いつくのはやはり天才といえるのだが、それについて行ける体力はまだ無かった。
一時間経つ頃には大の字で倒れている。
「さて、手紙の返事はどうしようか」
昼食後、クロノは庭でなく自室で机と向き合っていた。天候が悪いわけではない。むしろ快晴だ。
では何故自室にいるのかというと、そう、手紙だ。手紙である。
フローラから届いた手紙の返信を考えているのである。
クロノが受け取った手紙には、〇〇が楽しかった、つまらなかった、もう一度会ってお話したい等、他愛のないことが書かれていた。
しばらく悩み、クロノは筆を執る。
クロノはいずれ旅に出なければならない。自分が勇者だとは思っていないが、女神と共に聖剣を持つ者として世界を巡ること、そのために一〇歳になったら王都の冒険者組合が運営する学校に入学することばど、今伝えられることをびっしりと書き込み、封をする。
このことはクロノの両親も納得している。
むしろ、冒険者組合の学校に入学することは母親であるカレンが勧めたことだ。
冒険者の知識は必ず役に立つからと、女神にそう言って認めさせたのだ。
『――世界で一番君を愛するクロノより』
差出人としてそう付け加えるのは忘れない。