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魔法を見せるよりも、他愛ない会話の方が多いとチハヤが気づいたのはジェラルドと過ごすようになって、一週間ほど経過した頃のことだった。
「ジェラルドさんって、お昼食べてないですよね?」
「面倒だから」
「……材料費くれるなら作ってきましょうか?」
「え?」
「はい?」
「いや、何を作るって?」
「材料費をくれるなら、二個も三個も一緒なのでジェラルドさんのお弁当も作りますよ」
「誰が?」
「私ですけど。
正直なこと言うと、食べない人の前で自分だけ食べるのって気まずいといいますか」
思ったほど、ジェラルドは怖くはなかった。
昔、森で飼っていた黒龍に少し似ていることもあって、チハヤはかなり気を許していた。
「いや、別に腹減ってないし」
いらない、気を使うなと口にしそうになり、しかし不安げな彼女の表情に絆されてしまった。
「……せっかくだし、ならお願いするかな。
つっても、俺小遣い多くないから」
「どれくらいなんですか?」
失礼とは重々承知だったが、予算が分からなければ献立の組み用もないのでチハヤは訊ねた。
金額を聞いて、覚悟していたもののチハヤの目が驚きで見開かれる。
「十分ですよ!
えーと、とりあえず一月銀貨一枚分ですかね。
何か食べたいものとか、ありますか?
というか、言い出しておいてアレですけど、口に合わなかったらすみません」
「いや、特には」
「じゃあ、肉と魚。どっちが好きですか?」
「肉、かな」
と、そんなやり取りがあった翌日。
まるでパン屋で買ってきたかのような、ベーコン入りのベーグルサンドがジェラルドの目の前に置かれた。
お昼休み、場所は初めてジェラルドがチハヤを見つけた花壇のある庭のベンチだ。
「おー!」
「パンは叩き売りされてたものですけど、ここのパンは美味しいんですよ。
月に1回、お小遣いをもらったらここのチョコデニッシュを食べるのが、楽しみで」
「へえ、チョコ好きなのか?」
「少し苦めの味のが好きですね。
さ、どうぞ」
そうして、二人は食べ始めた。
チハヤは、自分の分をゆっくり食べながらジェラルドの反応を待つ。
口に合わなかったら嫌だな。
くそ不味いって言われたら、どうしよう?
そんな不安でドキドキしながら、ジェラルドを見る。
貴族なので上品に食べるかと思いきや、ジェラルドは豪快にかぶりついた。
咀嚼する。
その表情の変化を見逃さないように、チハヤはジェラルドを凝視した。
「おー、美味いな」
「良かった。あ、お茶もあるのでどうぞ」
用意していた水筒から、わざわざ二つ用意していたらしいカップにお茶を注いで、チハヤはジェラルドに渡した。
「あ、ありがとう」
「いえいえ」
そうして、他愛ない会話をしながら昼休みは過ぎていく。
「なぁ、今度どっか遊びに行くか?」
「良いですね!
今なら公園で花が見頃ですよ。
休息日には大道芸人が公園にきていろいろショーをやっているんです。
私も時々、お手伝いさせていただいています」
「手伝い?」
「はい。たとえば」
おもむろに、チハヤはメモ紙を取り出したかと思うと、それを小さく畳んで握りしめる。
そして、ぎゅうっと握っている手に力を込める。
「んーっ!
えいやっ!」
そして、現れた彼女の手の中にはコインがあった。
先程のメモ紙は姿形もない。
「子供たちに人気なんですよ、私のマジックショー」
「これも、魔法?」
「いいえ、種も仕掛けもある手品です」
「へぇ、今度はそれも見せてくれよ」
冗談のつもりだったが、チハヤは、その言葉にとても嬉しそうに笑った。
「良いですよ」
それから数日後の休息日。
少し早く待ち合わせ場所である、時計塔に着いたジェラルドは時間を確認してから持参した文庫本を読んで時間を潰す。
けっして、初めての異性とのお出かけに浮かれて昨夜は眠れずにいたとか、早く起きてしまったとかそういう訳では無い。
言い出しっぺが遅れるわけには行かないからだ。
そう言い聞かせながら、チハヤが最近ハマっていると言うことでオススメしてきた文庫本の内容に、意識を集中させる。
冒険小説だった。
内容は、赤い髪の男勝りなヒロインが、全く別の世界から召喚され約立たずの烙印を押されて追放された少年を拾ってあちこちを旅して、失われた古代の宝物を探していくというものだった。
面白いかどうかと問われたら、好みではない内容だった。
あと、チハヤが言うような面白さは感じられなかった。
彼は推理小説が好きなのだ。
しかし、憎からず思っている相手の好きな物くらいは把握しておいて損はないだろう。
会話にも繋げられるし。
「おや、デートかい?」
ジェラルドに影が差したかと思うと、座る彼の目の前に金髪の少年が立っていて面白そうに見下ろしていた。
その人物は、さも当然のようにジェラルドの横に座った。
「これはこれは兄上様。
貴方のような方がこの様な場所になんの用ですか?」
芝居かかった口調で、嫌味ったらしくジェラルドが言う。
彼の横に座った人物は、困ったように笑った。
「大事な弟が、妙な虫を愛でていると聞いてね。
冗談だ、そう睨むなよ。
まぁ、愛でているのは虫ではなく可憐な華だったようだけど」
「…………」
「だから、睨むなって。
取りやしないから」
「お前はそう言いながら、俺の好物をかっさらうだろいつもいつも」
「可愛い弟の悔しがる表情を見るのが好きなんだ」
「この悪趣味野郎」
「褒め言葉だ」
彼の兄であり、次代皇帝候補の一人であり、というか皇位継承権第一位であるその少年、パーシヴァルはやはり笑みを浮かべた。
「……気をつけろ」
笑みを浮かべたまま、パーシヴァルはそんなことを言った。
「?」
「それなりの距離を保っておけ。
妾腹とはいえ、お前にも俺と同じ血が流れてる。
お前は、皇族であり継承権は低いものの、所有してる。
お友達は、選べってことだよジェラルド。
お前は、俺の派閥と見られてる。
この意味、わかるよな?」
「僕は落ちこぼれの不良なので理解できませーん」
ジェラルドの棒読みの返しに、パーシヴァルがおそらく彼の今の教育係が見たら卒倒しそうなほど盛大に笑った。
それから、表情と声を真剣なものにして続けた。
「お前、目を付けられてるの自覚しとけよ」
「誰にだよ」
「俺を嫌いな奴に」
「公爵家か。
もう、継承権なんて厄介なもの放棄しちまえよ」
「そういうわけには、いかないよ。
リーサに誓ったからな」
言いたいことは言ったのか、パーシヴァルは立ち上がると帰って行った。
入れ替わりで、チハヤが現れる。
「遅れてすみません!」
「いや、時間ピッタリだ。
俺が先に来てただけだから、気にするな」