主に分数についてだらだら考えています
昼食が済み、数学屋へ戻って一休み。三月氏がコーヒーを入れてくれた。
コーヒーも私の数少ない趣味・嗜好の一つで、自宅では気が向いたらサイフォンで淹れることがある。
「そういえば、サイフォンってどうしてあんなことになるんです?」
ふと思いついて口にした。
「はあ、サイフォンですか。えー、まずサーバーでお湯を沸かしますね。そのあと上にフラスコを載せます。」
「逆さまにして。そしたらお湯が上がってくるでしょう。」
「はい、サーバーの中の圧力がフラスコの中より大きいからです。サーバーの中の気体がお湯を押し出すのです。化学のアンモニア噴水の実験に似ていますよ。」
「アンモニア噴水?そんなものありましたっけ?アンモニアが臭いということはわかりますが。」
多分、中学生のときだろう。理科の実験でアンモニアのにおいを嗅いだときの衝撃。
「手であおぐようにして嗅ぐんでしたね。」
「そう、直接吸い込むと非常に危険、らしいですよ。」
「らしい、とは?」
「私は吸い込んだことがないので・・・」
~~
さて、幾何学の公理の話はもうこの辺に置き去りにして、数直線に戻ろうではありませんか。
― そうですね。別に曲がっていてもいいんじゃない、というところから話が逸れていたんです ―
公理的に考えると直線と呼び得るものはいろいろとあるのです。公理を実現するモデル、例えば球上の大円、対蹠点を考えると、実態としては曲がっているわけですね。普通の言葉で言えば。
曲がっている、いないというのは公理から始めてはるか深くまで考察して、ようやく意味が出てきます。今後は一般的なイメージの直線、連続した点の集まりで左右に無限に伸びている、そんなものを想定してください。
― 今までの長い話は忘れていい、と ―
一般・特別
・・・まあ、忘れないでいてくれた方が嬉しいですが、気にしなくても結構。特に断らない限り、図形の用語は中学、高校で習うような意味でのみ使います。
さて、直線を1本考えますよ。左右に無限に伸びている。この直線上の点は、どれも特に区別する理由はありません。
― 上、とはどちらです? ―
えーと・・・このときの「上」は、方向を表してはいません。「直線上の点」で「直線を構成する点の一つ」という意味になりますね。先ほども球上、と言っていましたが、同じ意味ですよ。球を構成する点の一つという意味です。
― ああ、そうですか。ふつうに地球の上を歩いている、というつもりでした ―
この「上」も若干日常用語とは違いますね。言い直しますが、直線を構成する点たちの中で、特別なものはない。
― はい、意味はわかりました。「直線上」で結構です。が、特別、とは? ―
他の点と何か違うところがある、ということですね。うーん、この「特別な」も普通の意味とは少し違う印象かな。「特に」ということもありますが、いずれにせよ素敵とは限らないんです。
― 特別なプレゼントがあるよ、と言われたら期待しますね ―
数学で特別という言葉は「一般」の対義語ですが・・・この「一般」も「一般論」などで使うような、幅広く概ね通用する、と言った意味ではない。もっと厳しい。具体例を挙げましょう。一般的に、奇数はk∈Zを用いて、2k+1と書けます。
― おっと。久しぶりに数式が来ましたね。Zはなんでしたか・・・ええと、整数の集合か―
整数kに対して2kが偶数になりますから、それに1を足せば奇数です。
― ちょっと確認させて下さい。整数だから、たとえば5とかでいいんですね。kが5、と。2kは2×kなので、2×5=10、ああ、はい、2をかけるから偶数であたりまえだ。それに1を足すから11で、確かに奇数ですね。
でも、整数なら負の数でも良かったのでは?kが-4だとすると・・・2かける-4は-8、それに1を足して-7、という計算で合っていますか? ―
はい。計算の詳細はいずれ説明できるはずです。順調にいけば今日中・・・?いや・・・
― これだけ寄り道しているといつになるか、という気配でしょうか。まあ、わからないまま進むより、わかる話をいろいろ聞く方が楽しいような気はします ―
進めば進むだけ面白くもなるんですが・・・
― へぇ・・・難しくなるだけでしょう、という気しかしませんが。それで、-7は負の数ですが、これも奇数という扱いになるんですか? ―
ええと、2の倍数を偶数と呼ぶので、そうでなければ奇数です。ここでも問題になるのは、何を倍数と呼ぶか、つまり倍数をどう定義するか、ということです。
今私の立場は、整数aに対して何か整数kを掛けた数を、aの倍数と呼ぶ、というものです。この場合、例えば2に3をかけた6も2に-4をかけた-8も、どちらも2の倍数ということになりますね。だからどちらも偶数です。この流儀でいく限り、-7は奇数です。
― どう定義しても別にいい、という例のアレですか ―
はい。負の数に対しては偶奇を考えない、と言う立場もあり得ますね。たくさんあるもの、例えばゼリービーンズを二人でちょうど分けられるかどうか、それだけに興味があるならそもそも負の数が必要ありませんから。
ただ、この話の目標をですね、一応、環とその具体例、あるいは有限体における計算、みたいなところに定めようかと思い始めていまして。そうなると整数の集合を考察しておくのが都合がいい。
― まったくわからない単語が出てきましたね。でも環というのは昨日聞いた覚えが無きにしもあらず ―
えーと・・・確か、イデアルと言う言葉を出したときですね。環論、環の理論ですが、そこで大切な役割を持っているものがイデアルです。まだまだ、説明できる時期ではないですね。でもそう難しいことはなく、わかれば楽しい・・・と、思っていて欲しいです。
― 環、ねぇ・・・やはり何か丸いのでしょうか?私が今わかる範囲で何かコメントはありませんか? ―
丸くはないですね・・・英語でもringというのですが、別に指輪のように図形的に環状になっているということはないです。
そうですね・・・自然数の集合Nは、始まりがあって終わりがなく、どこまでも数えていける、そういう集合であることを話しましたね。
― ええ、それには大分馴染みました ―
環というのは、始まりはないし終わりもない、しかもまあある意味で戻ってきたりもする、そんな集合と言えなくもない。かな。
― はあ、昨日の言葉で言うとループみたいなことですか ―
別物ですけどね。数えていくわけではなく、計算すると戻ってくる、みたいな。
整数の集合は環のまさしく代表で、まだ説明にいたっていませんが、負の数同士を掛けると正の数になったりするでしょう。特に、-1を何度も繰り返して掛けると、正の数と負の数を交互に繰り返します。そのグルグル感が環という言葉につながったのかもしれません。
― 自然数の集合では掛ければ掛けるほど大きくなる一方ですもんね。整数の集合にグルグル感があることは認めましょう ―
では、環にはいずれ戻ってくることにして、話を・・・えー・・・奇数に戻しますよ。2k+1は奇数だ、ということです。言い換えると、奇数の集合は O={2k+1|k∈Z} です。
― 整数kに対して、2k+1を計算してできる数の集合、ですね。Oは何から? ―
奇数はodd number というのです。偶数はeven。これはここだけの記号で、一般的な記号ではない。この一般は普遍的、割と皆がそう書く、という意味で使いました。
一方で「一般的に奇数はk∈Zを用いて、2k+1と書ける」と言ったときは、皆が奇数を2k+1と書く、と言う意味ではありません。2k-1でもいいし、2m+3でもいい。いずれにしてもこの式によって全ての奇数を表せる、という意味なのです。「全ての場合を包括して言うと」と言い換えても良いでしょう。
― 一般的にコーヒーは黒い・・・と言う場合の意味は近いですか。でもこれは黒くないコーヒーもある、というニュアンスがあるのでやはり少し違うようですね ―
近いように思いますが、仰るとおり、少し違いますね。やはり数学用語は数学用と割り切る必要があります。同様に「一般に偶数は2k(k∈Z)と表せる」という言い方もします。この場合も、全ての偶数がこの式で書ける、というのが主張です。
これでようやく対義語「特別」の話です。一般的な式に対して、ある値を代入したなら、それが「特別」なのです。
例えば「一般の偶数2kに対して、特にk=3とすると偶数6を得る」のような言い方をします。kを3にすることに何か深い意味がなくても、特に、という言葉を使います。これから良く使うことになると思いますので、もう少し例を挙げましょう。
― 平方数でマネしましょうか。一般に平方数はn^2 (n∈N)と書ける ―
そういう感じです。全ての平方数はn^2と表せる、という主張ですね。
― えー、特にnを5とすると平方数25を得る。ふーむ・・・やはり多少の違和感がありますね。特に、というからには5が何か特別なような。5を選んだ理由を聞きたくなります ―
何か公式を適用する場面で使うと、あまり違和感がないと思います。例えば、足し算では交換法則と呼ばれる法則が成り立つのですが。
― どういう法則でしょう ―
式で書くと
a+b=b+a
です。これはa、bによらず、いつでも成り立つと言う意味で、一般的に書いたもの、となります。
― ああ、足し算は数を入れ替えても答えは同じ、というやつですか。これは知っています ―
さて、2+1と言う計算に、この法則を適用します。
「一般にa+b=b+aなので、特に2+1=1+2である」と、このような言い回しがよく使われます。
いつでも成り立つ、全部を表すのが一般、ある場合に適用したのが特別、ということです。
― うーん、そもそも2+1を考える機会があって、ところでいつでもa+b=b+aだから、特に2+1=1+2も成り立ちますよ、というつもり?これならまあ、特に、という言葉を使うのは許しますよ ―
ええ、いい感じです。その中で「いつでもa+b=b+aだから」という部分を「一般にa+b=b+aだから」と言い換えると完璧。
一般に=いつでも 特別な(特に)=個別のある場合では
とまとめてしまえば、ある程度正しいでしょう。
数直線
― では戻りますよ。直線上には特別な点はないそうですね ―
この場合は、他の点と区別できるという意味です。ある1点にだけもともと色がついているとか、そこだけ光っているとか、そういうことはない。
そういう区別のつかない点の中から、自由に一つの点を選びます。先ほどの奇数の集合のことは忘れて、その点にはOという名前をつけ、原点と呼ぶことにします。Oはアルファベットの大文字のオーで、英語のoriginからです。originの訳語が原点。
― 原点Oという響きには覚えがありますね。自由に選ぶといっても、あんまり向こうの点を選ぶと面倒では? ―
別に直線はどこまで行っても同じなので、選んだ点を手頃なところまで引っ張って来てください。自分がその点の近くまで移動してもいいですが。
― 移動するのは大変そうですね。引っ張るとしても、例えば100kmぐらい向こうだと時間がかかりますよね ―
いや、その辺は想像上の話ですから。秒速100kmで引っ張れば1秒しかかからないわけで。
― 秒速100km!ものすごい速さじゃないですか。そんなに速いものってありますか? ―
なくはないですよね。例えば世の中で一番速いのは光ですが、だいたい秒速30万kmでしょう。秒速100kmなんて光に比べたら動いていないようなものですよ。もう少し身近なところで考えると・・・地球の自転なんてどうでしょうね?赤道付近にいるとして、地球の中心から見た速さを計算してみましょうか。
― ほう。速さの計算ですか。それはまあ、なんだかんだで日常的に使いますし、分かりますよ。移動した距離をかかった時間で割るんです。といっても地球の自転ですか ―
1日で1回転する、というところから計算するのがいいと思いますよ。赤道1周で何kmか、ご存知ですか?
― メートル法の起源とかの話で聞いたことはありますね。正確なことは覚えていません ―
北極から赤道までを1万kmと決めた、というのがメートル法の始まりですね。4倍して地球は1周4万kmとして計算しましょう。
― 1日は24時間、1時間は60分、1分は60秒だから、1日は24×60×60秒ですね。この計算はお任せします ―
えー、86400秒です。
― あれ、計算機を使いましたね ―
まあ、いいじゃないですか。40000÷86400は大体0.463ですね。1kmは1000mですから、だいたい秒速463mです。たいして速くないですね。
― いや、十分速いでしょう。自転がそんなに速いとは。まあ、秒速100kmには及びませんね。じゃあ、公転の方はどうです? ―
えーと、太陽の光が地球に届くのに、おおよそ8分20秒かかる、とよく言われていますね。これは都合よく500秒ですので、この値を使いましょう。
― つまり地球から太陽まで30万×500=1億5千万kmですか。遠い・・・んでしょうが、数が大きすぎてよく分からないですね ―
地球はこの距離を半径、太陽を中心とする円周を回っているものとします。円周は何kmでしょう?
― ああー、出た!それは無理です。円周率が関わるのは確かでしょうけど、覚えていません ―
では、円周率のことから確認しておきます。
― 本題が全然進みませんね ―
大丈夫です、まだあきらめてはいません。
まず、円周の定義は、ある点からの距離が等しい点の集合、です。円を描いたあと、最初のある点は中心、等しくとった距離を半径といいます。コンパスを使って円を描くには、足の開き具合をしっかり維持できないといけません。
― 緩いコンパスはいらいらしますね ―
円の中心を通る直線は円周と2点で交わります。その2点をA、Bということにしましょう。線分ABを直径といいます。
― 線分ってなんでしたっけ?直線とは違う? ―
直線上の2点をとって、その2点の間にある点全体の集合ですね。「間」という関係も本来公理的に決めるべきですが、それはスルーします。
まあ、左端、右端があるのが線分です。直線は左右にずっと伸びていますが。
さて、どんな円であっても、円周の直径に対する比、つまり直径の何倍になっているか、という値は等しいのです。一般に「相似な図形では長さの比が等しい」ですから。その特別な場合です。
― おお、一般と特別ですか。えーと、いつでも「相似な図形では長さの比が等しい」と言えるから、個別に円についてもそうだ、と ―
はい。相似に関しては、今は気にしない方向で。
そういうわけで、その比の値を円周率といいます。つまり
円周率=円周÷直径
です。この定義から逆に
円周=直径×円周率
という公式ができますね。
― うーん、懐かしい。円周率は3.14ですよね ―
大体の値はそうですね。無理数なので、正確に小数や分数で表すことはできません。えーと・・・今の小目標は分数の話をすることですから、無理数についても後回しですね。とにかく、小数や分数で書ききれないので、ギリシャ文字のπを使って表すのが普通です。
― はいはい、πは知っていますね。円周率でしたか ―
この記号を使って公式を整理しましょうか。円の半径をrとします。rは英語のradius、半径の頭文字で、円の半径にrを使うのはよくあることです。別の文字でも構わないし、逆にrだからといって必ずしも円の半径を表すわけではありませんよ。円周は・・・とりあえずlにしましょうか。
さて、直径は半径の2倍です。r×2=2rですね。よって、円周l=2r×π=2πrとなります。つまり
半径rの円に対して、その円周lは l=2πr である。ただしπは円周率
― 何でπとrを入れ替えたんですか? ―
基本的に数と文字の掛け算では数を先に書きます。r×2=2rはそういうことです。そして、この式のrは半径で、いろいろな値をとり得ますね。1だったり5だったり、100だったり。一方でπは決まった値です。文字で書かれていますが、実際には数なのです。それでrより先に書きました。
さて、いよいよ地球の軌道です。
― 半径が1億5千万kmでしたね。これに2πを掛ければいいんでしょう。お任せします ―
まあ、いいでしょう。2πは2×3.14=6.28ということで計算します。1.5×6.28=9.42ですので、9億4千2百万kmです。
― これを1年で1周しますね。えーっと、秒に直すには365×24×60×60ですか。あ、閏年はどうします? ―
・・・閏年は無視しましょう。31536000秒ですね。割り算をすると大体29.87、誤差は大きいでしょうけど、地球の太陽に対する公転速度はおおよそ秒速30kmくらい、と言えそうです。まだ100kmに届きませんでしたね。
― なんだかもう速い遅いの世界ではないように思えてきました ―
宇宙について考えていると壮大すぎてわけが分からなくなりますね。手元の資料によると、太陽は銀河系の中心を秒速220kmくらいで回っているようですよ。
― 速い・・・?まあいいや、秒速100kmでも200kmでも、好きな速さで引っ張りますよ ―
急に戻りましたね。とにかく想像上の話なので、適度に都合のいい設定をお願いします。まだ直線上に原点Oをとっただけですよ。同様に、原点Oとは異なる直線上の点をとりましょう。こちらは点Aということにします。
― どこでもいい? ―
はい、直線上で点Oとは違うところにとってくれればどこでもいいですよ。そして、点Oと点Aの間の距離、OAと書くことにしますが、それを1と決めます。つまりOA=1とします。
― え、随分長くなりますよ。Oからかなり遠くにAをとりましたから ―
いや、別に構わないです。どうせ直線は無限に長いんだから、OとAが手頃な距離に収まるまで遠く離れて眺めたらいいですよ。
― 遠すぎて直線が見えなくなりそうです ―
もともと直線と言うのは太さを考えない、理想的なものです。点もそうで、大きさはなく、ただそこにあると考えておきます。
実際に線を引いたり、点をぐりぐりとするのはあくまで視覚的な補助であって、その太さや大きさは本質的ではありません。つまり、本来直線というのは見えないし、いくら近づいても拡大されることはないんです。逆に、いくら遠ざかっても細くなって見えなくなる、ということもない。そう思っておいてください。
― 太さや大きさがない、というのはよくわからないですね ―
だからこそ、点や直線は無定義語であって、公理によって性質を決めたのですよ。現実に描いた図は全て公理を満たすモデルに過ぎず、数学的存在としての点や直線ではないのです。
― ああ、ここで公理に戻りますか。2点を通る直線は1本・・・ ―
その公理を思い出すと、原点Oと点Aを通る直線が1本だけあることになりますね。ただ、存在するのです。見える、見えないの問題ではない。
― なんだか難しいですね。線を引いて、点OとAをぐりぐりすればはっきり見えますが、これは実際には直線や点ではない? ―
図を描くことで考えやすくなるのは確かで、直線や点のモデルとしては立派なものです。
― 先ほどもモデルという言葉が出ましたね。どういう意味ですか? ―
比喩的な意味で手にとって見ることが出来る、公理を満たしているもの、という感じですね。例えば集合Nは自然数の公理を満たすモデルだし、球上の大円は直線のモデルです。
そういう意味で、紙に書いた直線もモデルですね。直線の実物ではない。
― 実物ではない?どうもよくわからないです ―
うーん、では、数に戻りましょう。
1です。1が存在する、といって納得できますか?
― ええと、まあ。1はあるでしょうね ―
では、ちょっと私に1を下さい。
― ほう。どうしましょうか。このメモに書きますよ。はい ―
えー、これはですね、紙とその上に書かれた1という文字に過ぎません。1そのものではない。もっというと、ただのインクの染みです。
― 屁理屈では?そういうのを言うのは私の役目のはずです ―
いや、別に役割分担はしていませんよ。私もときには駄々をこねるのです。とにかく1をください。
― じゃあ、このペンを1本・・・ ―
もう自分でもペンって言ってるじゃないですか。それはペンです。
― おお。英語の教科書みたいですね。そんな台詞を聞くことがあろうとは。しかし、どうやら1をお渡しすることはできないようですね ―
そうなんです。1というのは物質としては存在しない。
1という文字はあるし、1本のペンはあります。しかし1自体はどこにもない。
これは、例えば「きれいさ」のような抽象名詞に似ています。
― 掃除の行き届いたきれいな部屋、甘く香るきれいなバラ、きれいで元気な女の子、これらは存在するけれど「きれいさ」そのものはモノとしては存在しない、ということですね ―
そう、「きれいさ」とは、きれいなモノたちから抽出した概念なのですね。
1も同じです。1本のペン、1羽のカラス、1番目に並んでいる人、こういうモノたちから抽出した概念が1。
ペアノの公理を振り返るなら、自然数の集合の中で、初めの数として存在が約束されている元を1と書くことにするわけです。
― ふむ・・・1についてはいいでしょう。初めの数と言う概念 ―
では、直線も同じだとおわかりいただけるのではないでしょうか。
― ・・・そう、かもしれません。2本あれば1点で交わるという概念。なるほど、概念としての存在と思えば、遠く離れても確かにあるような手応えを感じなくもないし、どこの点でも瞬時に手元に持って来られそうかな ―
ついに進めそうですね。何とまだ直線上に2点O、Aをとっただけなのですよ。ああ、OA=1とも定めましたか。ちなみに、この場合の1は初めの数というよりは、長さを計る単位という意味で使っています。厳密に話を進めるなら距離空間の公理というものの出番なのですが、今は気にしません
― はい、私もそろそろ本題に進みたくなってきたので、あまり突っ込みません ―
次に、OからAに向かう方向、これをとりあえず正の方向と呼ぶことにしましょう。正の方向に向かって長さ1ずつ計って、どんどん点をとっていきます。現実的にはコンパスを使うと楽ですね。
― OAの長さをコンパスでとって、Aに針をさしてクルッと。直線と交わったところを新しい点にするということですね ―
より正確にいうなら、Aを中心とする半径OAの円と、直線OAとの交点のうち、Oでない方の点、ということになりますね。反対側も同じように長さ1ずつ点をとる。
そして、点Oに数0を、点Aには1を対応させます。
― あとは順番に2、3、4、ですね。反対側は-1、-2 ―
OAの長さを1として、OからAの向きに測ったとき長さが2、3、4、となる点に、数2、3、4、を対応させる、というと正確でしょう。
― 対応させるというのが引っかかりますが ―
直線上にあるのはあくまで点だ、というアピールですね。数は数の集合の中に存在しているんだけど、点と数を結び付けてみようよ、という提案です。数が大きさ順に一直線に並んでいると思っても別に構わないのですが。
― 分けて考えるメリットはありますか? ―
メリットですか・・・
・・・デメリットならなんとか一つ思いつきます。
そもそも数が一直線に並んでいる、と考えてしまうと、別の並べ方の可能性を受け入れにくくなることがあるかもしれません。例えば整数でも0、1、-1、2、-2、・・・というように並べていけば自然数と同じ構造を持たせられます。数がそもそも大きさ順に並んでいるものと思っていると、こういう例を不自然に感じてもおかしくはないでしょう。
― 並べ方は自由だ、ということですね。久しぶりの数学の自由さが出てきましたね ―
分数
では続けましょうか。いよいよ分数に戻ります!
― おお・・・大分道に迷っていましたね・・・ ―
分数の定義はどこまで話しましたっけ?
― えーと、例えば 1/3 とは、1を3等分した量である、というところです ―
ではその続きです。2/3 は、1/3 の2つ分の量、と定めます。3/3 なら3つ分、 4/3 なら4つ分、以下同様。
― 3/3 は1ですよね ―
そうです。定義によって1/3 は3つごとに1になります。1を3等分した量を3つ合わせたら1に戻りますから。
― ほう、言われてみればそりゃそうだ、という感じです。なんとなく、分母と分子が同じなら1だ、と思ってはいましたが ―
なんとなく、とりあえず、ですませていた計算などの理屈がはっきりわかると、ある種の感動がありますね。もしできるなら数学の全ての事項について、そのレベルで理解したいものです。まあ、とりあえず計算できればそれでいい、という側面があることも事実ではありますが。
さあ、一般に分数を定義してしまいましょう。
1/m は1をm等分した量、n/m は1/m のn個分の量
しつこくいいますが「1を」という部分が致命的に大切です。
― 命にかかわるほどですか・・・ ―
さて、定規を思い浮かべましょうか。大抵1cmが10等分されて、1mmごとの目盛りがついていますね。
― 5mmごとに少し長くなっていたりします ―
10等分なのだから、1mmは1cmの 1/10 です。0から1目盛り進むと1/10 、その次の目盛りは2/10 ということになります。1cm5mmのところは15/10 です。
― 1/10 の目盛りが15個分ですからね ―
同様に、実際の定規にはまず無いと思いますが、1cmを3等分した目盛りがついている定規を想像することも出来るでしょう。
― 3等分するのって難しくないですか? ―
3等分出来たとしたら大体この辺、という見当は付けられませんか?
― いや、なんでしょう、3だと割り切れないじゃないですか。1÷3=0.3333… でしょう。定規の目盛りで測りきれないし、なんだか落ち着つかないというか ―
ああ、なるほど、そういう方面ですか。
実はですね、割り切れる・割り切れないという二つの間には、まったく本質的な違いはないのです。
例えば、時計です。1時間を3等分すると何分でしょう。
― 20分ですね ―
割り切れるでしょう?
― ん?いや、時計は別じゃないですか?1時間は60分なんだから・・・ そう、300円の3等分は100円でしょう、と言うのと変わらない ―
えーと、いや、時計の場合は300円とは違って正しい例なんですが・・・
十進法の話をするといいわけで、その話は無駄ではないのですが、あとに回しましょう。
― ほう、まあ、あとに回すことには同意しましょう ―
3等分が難しそう、とはいっても、ある線分を3等分する具体的で現実的な方法があるなら、別に問題にはならないはずですよね。定規を使えば1cmを10等分するのは簡単ですが、その前に誰かが1cmを10等分してくれているはずで、我々はその恩恵に与っているだけですから。
― ああ・・・そりゃそうだ、定規職人は10等分出来るんでしょうね。どうやるんでしょう? ―
数学的には、線分を10等分する点を作図できるか、という問題です。が、これはまあまあ簡単。しかも10等分でも3等分でもやり方は一緒です。ですから、当初の予定通り3等分してしまうことにしましょう。線分OAがあるとして、Oを通る適当な直線を引きます。
― 「適当な」直線とは「しかるべき」直線ですか?「いいかげんでなげやりな」直線? ―
「しかるべき」直線です。
実際にはOを通るならほとんどどんな直線でもいいんですが、ただ線分OAと重なってしまうとまずい。そういった特にまずいものを避けてくれればいいよ、という意味ですね。
― さすがにもともとある線分に重ねて新しい直線を引こうとは思いません ―
一応、あらゆる可能性を想定しないといけないんです。さて、次にコンパスを適当な幅に広げて固定しましょう。・・・この適当も「しかるべき」ですよ。Oに針をさして、新しいほうの直線に印を付けます。印にまた針をさして次の印をつける。
― 数直線上に整数に対応する点をとったのと同じですね ―
今度は等分したい分だけ印をつけたら終わりです。今したいのは3等分なので3回。3つの点をOの側から順にP、Q、Rとでもしましょう。そしてAとRを結びます。
― 三角形ができますね。Aの方にすこしはみ出てしまいましたが ―
別に端を止めて線分ARにする必要はありません。直線ARを引けばいいです。あとはP、Qを通る、ARに平行な直線を引きましょう。OAとの交点が、3等分する点になります。
― 平行線・・・三角定規2枚で・・・こう、ずらして引くんでしたね。懐かしい。確かに三等分できてそうですね ―
・・・あー・・・どうしようかな・・・いや、それで構わないんですが・・・
やはり、ちょっとコメントするべきことが。普通、数学で作図と言ったら定規とコンパスしか使わないんです。しかも定規は2点を結ぶ線を引くだけで、目盛りを使ってはいけません。
― へぇ、どうしてですか? ―
前提がはっきりしないと議論がすすみませんからね。公理を設定するようなものだと思えばいいでしょう。例えば定規とコンパスだけだと、今線分を3等分しましたが、一般の角を3等分することはできないのです。でも「角の3等分器」があれば角の3等分は当然出来ますね。それでもやっぱり作図できない図形はある。
― 定義のいたちごっこと似ていますね ―
逆に、定規とコンパスを使うだけで随分いろいろな作図ができます。どんな作図が可能か、まずは定規とコンパスだけで追求しよう、というのが今の我々の立場です。
平行線に戻りますと、3点A、R、Qを頂点とする平行四辺形を作図するといいのですが、それはコンパスと定規で簡単にできます。だから、別の方法で平行線を引いたとしても特別問題になりません。
しかも、平行四辺形を利用して平行線を作図すると、誤差が大きすぎて全然平行じゃないなんてことがよくあります。三角定規を使うほうがきれいで楽です。
― とりあえず、三等分はよしとしますが、これで十等分は面倒ですね ―
百等分、千等分になったらもっと面倒です。ただ、実行可能だと納得していただければ。
― 千等分!紙が足りないでしょう。それに定規も絶対に届かないですよ。いや、出来たとしてもOA間が真っ黒になってどこに点があるんだかわからない ―
現実にはそうですね。まあ、必要なだけ大きな紙、十分に長い定規、理想的に鋭く細いペン先・・・そういうすばらしい道具が揃っていると思ってください。
― お金がかかりますね ―
いや、想像するだけなのでタダです。
さて、可能性として線分は何等分でも自由にできます。今OAを3等分しましたね。Oは0に、Aは1に対応しますから、1/3 2/3 に対応する点ができたことになります。
ここで大切なことを一つ。今構成している数直線上には、1/3 2/3 に対応する点はここにしかありません。
― ああ・・・1を3等分したのが1/3 だから、ということですか ―
そうです。はじめに言ったとおりで「1を」3等分した量、が1/3 の定義である限り、原点Oからの長さが1/3 になる点は二つだけです。
― 二つ? ―
Aの側と反対側です。Aの側には1/3 、反対側には-1/3 を対応させます。
あとはこの調子で 3/3 、4/3 と対応させていけばいい。
― 4/3 はまた1と2の間を3等分の作図ですか? ―
いえ、一度OAの3等分をしてしまえば、1/3 の長さをコンパスでとれますから。整数に対応する点をとったときと同じように繰り返し点を取ることができます。
これでもう、どんな分数でも数直線上のどの点に対応するか、はっきりしたはずです。3/7 はOAを7等分してOから数えて3つ目。 13/4 ならOAを4等分して、等間隔に点を増やしていって、Oから13個目です。
このように、どの分数も、数直線上できちんと決まったただ一つの点に対応しているのです。
― ほう。そう聞くと分数もきちんとした数に思えなくもない・・・ あれ、そういえば、分子が分母より大きい分数はダメ、だったのでは ―
小学校ルールですね。ダメなわけではありませんよ。
小学校では、1より小さい半端な量を表すときどうしようか、と問いかけて、その答えの一つとして分数を導入するのです。
分子が分母より小さい分数は、1より少ない量を表しますよね。それで、まずそういう分数を「真分数」と呼びます。1/3 2/3 は真分数です。
そして真分数でない分数は「仮分数」と呼びます。3/3 4/3 は仮分数。
4/3 なら1になる分をまとめると 1/3 余りますから、1と1/3 を合わせた量と捉えることができます。そういう意味で 1 1/3 と書きますが、このような整数+真分数という形の分数は「帯分数」といいます。読むときはそのまま 1と1/3 です。
小学校では仮分数は帯分数にしましょう、と習いますね。整数になる分は整数にしておきましょう、分数で書くのは1より少ない量だけにしましょう、と提案しているのです。
― なんのためです? ―
大きさがわかりやすいからでしょうね。56/3 と言われてもピンと来ませんが、56÷3=18…2 ですから、1になる3つのまとまりを18セット作れて2個余る。この計算で18 2/3 に書き直せば、18ちょっとの量か、とすぐわかります。
― ああ、それなら数直線上でどこにあるかもパッとわかりますね。帯分数なんてそういえばそんなものもあったなあ、と言う感じですが・・・。中学校からは使わなかったのでは? ―
帯分数は計算には不向きなんです。特に掛け算に向いていない。2乗や3乗を帯分数のままで行うのはかなり面倒なことになります。だからほとんど使わなくなりますね。大きさをきちんと考えたいときなど、必要なら自主的に使ってください、という感じです。
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「さて、これでなんとか朝から続けてきた、分数のあいまいさを無くそうキャンペーンが終わりました。」
「そんなキャンペーン中でしたっけ?いや、でも確かにすっきりしましたよ。」
自分で引いた数直線、その上に整数や分数がきちんと意味を持って並ぶ。恥ずかしながら、学生時代には出来なかったことだ。
「今日はそろそろ生徒たちが来る時間なんです。いつまで滞在されるか決めましたか?」
そういえばまだ今日は宿を決めてもいなかった。
「いえ、まったく。実は今日泊まるところもまだです。昨日の旅館は少し駅に近すぎて寝にくかったんですが、近場に他の宿泊施設はありますか?」
「東に少し歩けば国道に出ます。国道沿いに民宿やユースホステルなんかがありますよ。多分、この辺よりは静かでしょう。」
「ありがとうございます。明日はどんなご予定ですか?」
「明日は授業が休みなんですよ。よろしかったらまた今日と同じ頃にいらして下さい。」
「おや、休日でしたら私の相手なんかしないでお休みになったらいかがです?」
「いえ、私もこういう話をするのが好きですから。楽しんでいますよ。」
「でしたら遠慮なく。また明日来ます。」
宿は国道を渡ってさらに東、少し坂を上がったところの温泉旅館に決めた。手頃な料金で食事も付く。
道中、役場、公民館、体育館などの前を通ることになった。公の施設がまとまっている、小ぢんまりとした町だ。体育館の周りには球場やパークゴルフ場も見えた。三月氏の言うとおり、スポーツ関係の施設は充実しているようだ。
さあ、今日も復習しよう。
・一般的 全ての場合を包括していうと
・特別 一般的な表現をある場合に適用すると
・交換法則 a+b=b+a
・円周率πの定義 π=円周÷直径
・半径rの円の円周 2πr
・数直線 直線上に原点Oと点Aをとり、Oに0を、Aに1を対応させる。
さらにOA=1とし、OからAの向きに測った長さが2、3、4…となる点に数2、3、4…を対応させる
・分数の定義 1/m は1をm等分した量、n/m は1/m のn個分の量
・作図には定規とコンパスだけ使う
・どの分数も、数直線上できちんと決まったただ一つの点に対応している
・適当 大体なんでも良いが、ときどきあるまずいものは避けて
今日は言葉遣いの話が多かった。明日はまず割り切れる割り算、割り切れない割り算に本質的な違いはない、という辺りから聞いていこうか。
そういえば、角の3等分ができないとも言っていた。軽く聞き流したが、別にそんなに難しいことではなさそうな気もする。
少し考えてみるか・・・
いや、コンパスがないからまた今度・・・




