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雲と風  作者: 広海智


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天慶陰陽物語 第四

  国栖(くず)(をんな)大己貴命(おおなむちのみこと)(うけい)せし(ものがたり) 第四


          一


 足尾山へ向かって飛ばせている魔物の鷹の背から、保憲は、隣を飛ばせている魔物の雁に乗せた茂樹へ、一言主から得た情報の数々を伝えた。茂樹は驚いた末に半信半疑のような顔をしている。

「一つ分からない」

 同じ鷹に乗っている晴明も背後から問うてくる。

「一言主は女神だろう? 事代主(ことしろぬし)は男神だと伝わってる。本当に同じ神なのか?」

「神の性別なんていい加減なものだ」

 保憲は笑って答えた。伊邪那岐命(いざなぎのみこと)など男神でありながら自分だけで子どもを生んでいる。性別のない独神(ひとりがみ)と呼ばれる神々もいる。

「事代主神も、玉櫛媛(たまくしひめ)の許に通ってた頃は男神で、葛城山の山姫となってからは女神になったのかもしれない」

「新しい見解ですね」

 茂樹が呆れたように言ってきた。どうも、この青年は、晴明と仲が悪いというよりは、少々口が悪いようだ。

「神のことは神に伺うしかない」

 保憲は苦笑して語り聞かせる。

「人とは全く異なる存在であらせられるからね。足尾山の神々にも伺いたいことがあって会いに行くんだ」

「何を訊くんだ」

 晴明が不審そうに質してきた。

「今朝、足尾山で地鳴りがあったらしくてね、その理由が知りたいんだよ」

 保憲が教えると、茂樹が肩を竦めた。

「それも陰陽師としての仕事ですか」

「いや、別に命じられた訳じゃないんだ。ただ、のちのちのことを考えると、調べておきたくてね」

「まあ、確かに、知っておくと不測の事態にも対処し易いですよね」

 茂樹は考える顔で言い、更に尋ねてくる。

足尾神社(あしをじんじゃ)に祭られてるのは、国常立尊(くにのとこたちのみこと)面足尊(おもだるのみこと)惶根尊(かしこねのみこと)三柱(みはしら)。大国主神と関わりはあるんでしょうか」

「あまり関わってほしくないけれどね。それこそ伺ってみないと分からないな」

 保憲は溜め息をついた。国常立尊は国土の根源の神だ。日本書紀では最初に出てくる開闢の神であり、それゆえ足尾神社の前に「日本最初」と付けるのだ。面足尊は人の体の完備を司る神、惶根尊は人の体の保全と合わせて心の健康を司る神で面足尊の妻だ。醍醐天皇の足が治ったのは、面足尊の力によるものだろう。

「まずは、足尾神社に詣でるよ。それから、油置売命にもお会いできたらと思ってる」

「地鳴りの原因は油置売(あぶらおきめ)だと思ってるのか」

 晴明が確かめてきた。

「違うかもしれないが」

 保憲は眼前に迫ってきた足尾山を見つめて微笑んだ。筑波山、弓袋山に連なる山は、雄大にそびえている。

「少なくとも、足尾山におわす神々の中では一番いろいろ教えてくれそうだと思わないか?」

「確かに、古き神々よりは気軽に現れてくれそうですね」

 茂樹が晴明に先んじて相槌を打ってきた。背後の晴明が僅かにむくれた気配をさせる。茂樹は晴明の様子に気づいているだろうか。

(気づいてて、わざと挑発して、観察してるんだろうな)

 鈍い者に陰陽師は務まらない。平野茂樹は晴明と保憲の関係性に興味を持ってしまったのだろう。

(そもそも茂樹は、()()()が女だと知らされてないのか?)

 知らずに来たのなら、晴明の保憲に対する態度に、大いに違和感を覚えていることだろう。桔梗の言葉も、どう受け止めたのだろうか。

(別に男色(なんしょく)だと思われてても問題はない……)

 貴族の間でも僧侶の間でも、ままあることだ。特に忌避もされていない。

(しかし、今後も関わっていく間柄だ。京へ帰す前に知ってるかを確かめて、知らなければ明かしておくべきだろうな)

 五年前には隠し続けていたことも、今や公然の秘密となりつつある。人生とは面白いものだ。

「さて、まずは日本最初足尾神社だ」

 告げて、保憲は魔物二体を降下させていった。



 山頂の本殿ではなく、山腹の拝殿前大鳥居の前へ、木々の枝を掠めて魔物達は降り立った。

(この方は、本当に礼儀正しいな)

 茂樹は保憲の横顔を眺めつつ、乗り慣れてきた魔物の雁から下り、大鳥居へ視線を転じる。石造りの大鳥居は苔生していて、山と一体化した佇まいだ。保憲は一礼してから大鳥居を恭しく潜って進んでいく。続く晴明の後を追って、茂樹も大鳥居を潜った。

 保憲は拝殿前に一人進み出ると、朗々と通る声で神々に語りかけた。

「掛けまくも畏き神世七代(かみよななよ)の大神達の大前(おおまえ)(かしこ)み恐み(まを)さく。(なむち)達の御心(みこころ)と大国主大神の()働きには深き()関わりはあり給うやと恐み恐みも問い(まつ)らく。大国主大神の広き厚きお恵み、その御縁(みゆかり)を深く(こうむ)り、わが身この地に仕え奉る(ゆかり)を明らかに示し給いて、その尊き教えを授け給えと、恐み恐みも白す」

 保憲の問いに、答えはない。特に何か感じることもない。それは保憲自身も同様だったようだ。本殿を目指さず、大鳥居を出て、晴明と茂樹に言った。

「こちらの神々は、今のところ、おれ達に用はなさそうだ」

 不思議な言い方に茂樹は眉を上げる。

「わたし達が神に用があるのではなく、神がわたし達に用がある、と?」

 尋ねると、保憲は魔物の鷹に乗りながら苦笑した。

「奇妙な物言いに聞こえるか。ただ、おれも晴明も神に愛でられる性だからな、実際そういうことが多いんだ。知っておいてくれ」 

(神に愛でられる性!)

 茂樹は改めて、鷹に乗った二人を見た。珍しい性だ。そして厄介な性でもある。その多くは強い見鬼の力を持ち、浮世離れしていると聞く。

(確かに、二人とも見鬼の力は並外れて強いが……、保憲様は浮世離れしてるようには見えない)

 寧ろ、陰陽寮の誰より実直な官人と感じる。事務能力も高く、対人関係も良好で、技官としての能力と実績は言うまでもない。奇矯な行ないもなく、貴族からの評判も上々、今上の信任も厚いという噂だ。加えて学識が深い。先ほどの祝詞でも、「(なむち)」という古い言葉を使っていた。今では(なんぢ)と発音が変化し、同等か目下の者に対する語となったが、そもそもは最上級の尊敬を表す「むち」を用いた尊敬語だ。

(この方が、神に愛でられる性なのか……)

 

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