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腹痛

 どんなに腹が痛くても、約束の時間には遅れないのがケンジらしいよな。ギリギリにやって来たってことは、ギリギリまで家のトイレに入ってたってことだ。ケイコとカナエは遅刻しちゃうからと先に行ったよ。俺はヨシオと二人、トイレの前でケンジを待っていた。電車が二本、行き過ぎてしまったよ。しかしまぁ、遅刻は免れた。ケンジの歩きが遅くて焦ったが、予鈴には間に合わずとも、本鈴には間に合った。

 トイレから出てきたケンジは、真っ青な顔を真っ白に変化させていた。頬の肉が削ぎ落とされていて、まるで減量中のボクサーのようだった。まぁ、ケンジの場合、その眼光もボクサーのように鋭かったんだけど、理由が違う。ケンジは身体も顔も全てに力を入れていないと立ってはいられなかったんだ。少しでも気を緩めれば、トイレに逆戻りか、あわやの大惨事が待っていたんだよ。

 ケンジはどうしても、遅刻をしたくなかった。あいつはたまに、妙なところでこだわるんだ。その理由はいまだに謎だよ。ケンジは小学校に入ってから今までずっと、無遅刻無欠勤だからな。

 ケンジは授業中にも何度かトイレに駆け込んでいた。その甲斐あってか、お腹の調子も良くなっていたみたいだな。ジュースを飲もうっていうのは、その兆候だよ。その日は昼飯を抜いていたようだから、柔らかい味のジュースでお腹を労ろうと考えたはずなんだ。そこへもって牛乳が運ばれてきた。ケンジは手に取った瞬間、その牛乳をそいつに投げつけた。

 ふざけんなよ! 今日の俺は腹痛なんだぞ! ジュースって言えばりんごだろ! それがなけりゃ気を利かせてお茶でも買ってこい!

 本気でそう怒鳴っていた。俺はその現場を廊下から眺めていたんだ。腹痛で苦しんでいるあいつをからかうつもりで、隣の教室に向かっていたんだ。その日は休み時間になっても顔を出さなかったからな。

 俺は思ったよ。ケンジの今日の気分はりんごだったのか? ってな。俺だったらきっと、オレンジを買ってきただろうなとも思ったよ。頼まれたのが俺じゃなくてよかったよ。きっとあの日のケンジは、オレンジを買ってきた俺にも怒鳴っていただろうからな。

 その友達とケンジは、今でも表向きはだが仲がいい。少なくとはケンジはそうと感じている。俺は正直苦手なんだよな。高校生のくせに、背中まで伸ばした髪の毛にストレートパーマをかけている。耳にはピアスだよ。人の見かけなんてどうでもいいんだけれど、あいつの外見はどうにも嘘くさいんだよな。長髪もピアスも、まるで似合っていない。自分らしさがない奴って、つまらないんだよな。


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