閑話①
•草薙 竜也の場合
俺は中学2年の時に新しい家族ができた。
親父が再婚したのだ。
母となった人はとても笑顔が似合う陽だまりのような人で、親父はなかなか見る目があると偉そうに思っていた。
ただ、俺と同じ年だが誕生日が1日違いで妹になった琴音は正直どう扱って良いかわからなかった。
琴音は家族になった俺に最初からフレンドリーに話しかけてきた。
俺はその頃やたらと女子に付きまとわれていたから、同じ年だし困ると思っていた。
琴音にしてみれば家族になるのだから仲良くしておこうぐらいにしか思っていなかったはずなのに……あの頃の俺に会えるなら是非、全力で琴音と仲良くなってくれと土下座をしたいぐらいだ。
中学は俺と琴音は違う学校だった。
母と琴音がうちに引っ越してきたカタチだが、もともと近くに住んではいたらしくわざわざ学校を変える必要はないという話しで落ち着いた。
琴音は最初こそ俺と仲良くなろうと気を使っていたようだが、俺がそっけないので積極的に仲良くなることは早々に諦めたらしい。
いや、本当に昔の俺に会えるなら言ってやりたい。
何故琴音の好意を無駄にしたのだと!
一発殴らないと気が済まない。
もしあの頃俺が琴音と素直に仲良くなっていれば、今頃家を出て2人で暮らすことも夢ではなかったはずだ。
そうすれば人目をはばからず琴音を愛でられるのに……。
俺が琴音を気に入り出したのは意外と早かった。
でも、それでもタイミング的には遅すぎたんだけど。
きっかけはバレンタインだ。
俺は学校では絶対チョコを受け取らなかった。
もちろん机の中や下駄箱に入っていたものは全て恵まれないクラスの男子にプレゼントしておいた。
ヒドイとは思わない。
俺だって1カ月も前から予告しておいたんだ。
チョコは誰のどんなモノも受け取らない。
もしも勝手に俺の領域に置いたモノは別のヤツに渡すって。
そうでもしないと、自惚れじゃないが大変なことになる。
チョコに埋もれるなんて真っ平御免だ。
とりあえず学校でのモノは処分できたんだが、空気を読まない馬鹿が家にまで押し寄せてきた。
個人情報はどうなっているんだ?
まあ、調べればわかるか……。
しかし、アレだけ断言しておいたのにどういうことなんだ。
目の前にはやたら顔を赤らめている女子が複数。
お前らは日本語がわからんのか?
一体何語で話せば理解出来る?
わかってくれるなら今からでもその言語を習得しよう!
俺は半ば死んだ目でそいつらを眺めていた。
俺が家にいることは確認済みのようでチャイムをこれでもかと鳴らしてくれたからな……、マジで消えてくれないかな。
しかし恋する自分に酔っている奴らは俺の表情に気付かない。
これで俺を好きだって言うんだから笑わせる。
この面倒事をどうしようかと考えていた時、タイミング悪く琴音が帰宅した。
玄関先で女子生徒が俺にチョコを押し付けようとしているのを見えていないかのように、俺達の横を通り過ぎて家の中に入ろうとした。
さすがの俺もこの琴音の行動にはビックリした。
普通だったらこいつらがいなくなるのを確認してから玄関に来るもんだろう。
しかし琴音が家の中に入る前に待ったがかかった。
「あの!あなたは草薙君の妹さんですか?」
何故か集団の1人が琴音にそう問いかけた。
琴音は面倒くさそうにこう言った。
「……一応妹ですよ。」
琴音の言葉にまた別のヤツが話しかけた。
「じゃあ、草薙君に言って下さいよ。女の子がチョコを持って家まで来ているんだから受け取るぐらいはしてって。あなたも女の子だから私達の気持ちわかるでしょ?」
……アホか。
なんでこう自分達の迷惑行為を正当化してんだ。
俺は琴音もどうせ奴らの肩を持つに違いないと思いますます不機嫌になった。
しかし琴音から出てきた言葉は俺の予想を良い意味で裏切った。
「ふう、あなた達の気持ちですか?そんなもんわかりませんよ。かれこれ30分近くこんなこと繰り返して、正直邪魔です。最初は私も遠くからそっと待っていましたが、いつまでたっても終わらないこのイベントに風邪を引きそうです。お兄ちゃんがいらないって言っているのに押しつけるのが正しいんですか?恋する乙女は何をしても許されるとでも思っているんですか?はっきり言って迷惑です。とっととお帰り下さい。それからお兄ちゃんも面倒くさがらずに追い返して下さい。」
琴音はそう言うと今度こそ家の中に入っていった。
俺と奴らはあまりの勢いにぼーっとしてしまった。
その後正気に戻った奴らが琴音を罵倒していたが、俺は丁重にお帰りいただいた。
この出来事の後から俺は琴音と仲良くしようとするようになった。
俺を顔で判断しない琴音の側は気付いてみれば大層居心地が良かった。
俺は琴音を愛している。
それは家族としてではなく1人の女性としてだ。
だから琴音、俺をお兄ちゃんって呼ばないで。