解除と排除
「君はどうしてここにいるんだい?」
「そっくりそのまま返してやるよ。お前は退学したと聞いたが?」
「だって退学しないとこんな禁呪なんてまともに使えないじゃん!」
真っ当な理由。だが普通に考えれば歪な言葉。エドワードの目に映る九鬼原とは、もはやルームメイトでも、クラスメイトでもない。
裁きの対象となる悪人。それが今の九鬼原惣治郎だ。
「……ちっ」
「おやおや? 僕としてはてっきり魔法省の人間として捕まえに来たんだと思ってたんだけど」
「っ!? エドワードさん、貴方は――」
「俺は……魔法省刑務部で執行人も務めている……今目の前にいる奴は、俺にとって執行対象だ」
エドワードは呪文の詠唱を始める。
「朽ちた誘い数知れず、擱いた月夜が動き出す――」
自身の足元に魔法陣が現れ始め、エドワードは九鬼原に訣別の一撃を加えることを決意する。
「――旋律も再び相対し、契りて我が身に力を与えん!!」
「へえ、面白い呪文を覚えているね」
九鬼原は笑いながらも、その呪文へ警戒の色を強めていた。
相手は唯一自分が認めた敵。それ相応に相手をしなければならないことは九鬼原自身が知っている。
「そう言えば君は言ってたよね? 詠唱している時点で話にならないってことをさあ!」
九鬼原は地面を強く蹴り、足元に黒いヒビを入れた。
「――黒線刀剣」
「あれはっ!?」
炎刃葬射を成すかのような、黒い剣がヒビから飛び出す。
「嘘だろ!? アタシの炎刃葬射と同じ――」
「はぁ? 冗談止めてよ。あんな玩具と一緒にしてもらっちゃ困るんだけど」
九鬼原は周りに浮かぶ黒剣の撃ちん一つを手に取ると、それを軽く振るう。
「……まあ、こんなもんか」
エドワードが背にした壁が、横一文字に切られる。
もし誰かが立っていたとなれば、それすなわち死を意味している。つまり、九鬼原はエドワードを殺すつもりで振るったのである。
「あ、ありえねぇ」
驚くサラとは対照的に九鬼原はそれを想定内ではなく、威力が低いという意味で想定外といった様子であった。
「……君たちはさあ、魔法の本来の力ってやつを知らなさすぎるんだと思うんだよ」
九鬼原は静かに口を開く。
「どうして魔法ができたかを、君たちは知らない」
「……またいつもの狂言か?」
「今回は割と真面目な方かな」
あの一撃をかわしたのか、無傷となっているエドワードに対し苦笑しながらも、九鬼原は依然として話を続ける。
「もともとこれは、魔法族が人間に対して防衛手段として取っていたものなんだよ」
「つまり――」
「殺しのための手段って所だよ」
九鬼原はそう淡々と告げ、残りの黒剣をその手に集約し始める。
「禁呪って言うのは、まだ人間と魔法族との間に溝がありかつとある大戦の時に大量殺戮しすぎたせいで、人間側から止めてくれるようお願いされたものなんだよ。これらの魔法全てが君達の予想をはるかに上回るってことは、ある意味正しいことなんだよ」
そんな事を知っているのは、九鬼原惣治郎ではない。唯の学生がここまでの事を知っているはずがない。
「君達が使う魔法なんて、、これら禁呪をスケールダウンした物。炎刃葬射だってもとはというと黒線刀剣が正式な魔法なんだ」
九鬼原は手元の全ての剣を集約させ、にっこりと笑う。
余裕を持つ九鬼原を前に、エドワードは術式を完成させて立ちはだかる。
「それを知ってるってことは、少なくともお前は九鬼原惣治郎じゃねぇってことだろ?」
青い光が、エドワードの両手に絡みつく。既に術の仕込みは終えたようだ。
「…………じゃあ僕は一体誰でしょ――」
「お前は魔導書の副作用でできた、衝動だろ」
間髪入れずに答えたエドワードを前にして、九鬼原は自らの顔を両手で覆った。
「…………」
もはや隠すことなど無いだろうと、エドワードは九鬼原惣治郎を乗っ取った何かに対し、吼える様に正体を言った。
「お前は九鬼原じゃねえ。あの時学長の目の前で見せたアレも違う。本物の九鬼原惣治郎なんざもはやいないんだよ」
「惣ちゃんはいます!」
斑鳩がエドワードの言葉をさえぎって、九鬼原について否定する。
「惣ちゃんはまだいます! 私は学長と一緒に見たんです! 苦しそうにしている、本当の九鬼原惣治郎さんを!」
「……それもまやかし――」
「違います! はっきりと見たんです!!」
「その子の言う通りだよ。僕はまだ九鬼原惣治郎を壊しきっていない」
その言葉を聞いてもなお、エドワードは方針を変えることは無い、
「だからどうした」
今の自分に与えられた使命は、目の前の罪人を裁く事。
もはや彼のまぶたの裏に、煩わしい魔法陣など存在しない。
「お前は本気で潰す。衝動に駆られていようが、お前自身が被った事だ」
エドワードの右目から、立体的な魔法陣が展開される。
そしてそれは、これから起きる戦いの火ぶたを切る合図ともなった。




