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交渉と行動

 静まり返る職員室に、老人特有の乾いた笑い声が響き渡る。


「ひひは、こうも簡単に予定通りとなると、笑いが止まらない……!」


 その老人は、その場にいる誰もが遭遇した事のある者であった。


 ある時は叱りつける形で、またあるときは死体として。


 して、今のその表情は、罠にかかった哀れな小鳥を嘲笑うかのような、下卑て歪な笑顔であった。


「し、志垣先生……!?」


「そんなっ!?」


「ケッ、そういうことかよ……!」


 一行は思わぬ人物が現れたことに対して混乱を隠せずにいた。


 その中で唯一、サラだけが現状を察し、苦虫をかみつぶすような表情を浮かべる。


「くく、そこの小娘だけかな? 現状を理解できたのは……?」


「ふざけんじゃねぇぞじじい……」


 サラは手元に構えていたナイフに魔力を集中、攻撃体制へと移り始める。


「――あらがう炎、舞う炎じ――ッ!?」


 詠唱を始めたサラの脇腹に、鈍い痛みが襲い掛かる。


「わざわざ敵前で呪文をこさえ初めては、隙を出すのは当たり前じゃろうが」


 残念無念と言いたげに、志垣はせせら笑った。


 サラはその衝撃に真横に吹っ飛ばされ、力なく壁にもたれかかってしまった。


「サラさん!」


 氷坂がサラの元へと駆け寄ろうとしたところで、先ほどサラを殴り飛ばしたものが立ちはだかる。


「……グググ……ヴァレンタインッ……!」


 人を外れた体格と、無機質とも思える殺意が氷坂の目の前に立つ。


 人形は氷坂に対し、憎しみを持って叫びをあげる。


「九つの……魔法家……ッ! ……コロスッ!!」


「待て」


 主人の命令を受けて、人形は振り上げた拳を瞬時に止める。


「……良く出来ているじゃろう?」


 まるで息子を自慢する父親の様に、晴れ晴れとした表情で人形の表面を撫でる。


「これはわしが禁呪で作り上げた、人形ドールじゃよ」


 志垣はそう言って、懐から金属の球体を取り出す。


「これは人間ヒューマンが作った物質転送装置。それをわしはちょいと改良して、ほらこの通り」


 志垣はその球体の転送装置を展開すると、足元にぼとぼとと何かが落ちる。


「……っ!」


 それ等一つ一つは、志垣の死体のダミーであった。あるものは心臓を貫かれた形で、あるものは四肢を分断された形で。あるものは焼死体となって。そのおぞましさが、氷坂の恐怖心を煽り、しり込みさせる。


「……随分と、趣味が悪いようですね」


「まあ予定通りというべきだろうか、うまい形で九鬼原惣治郎に疑惑がかかったようで、ここにいない事は都合がいい」


 志垣はそう言って、最後に氷坂の足元へと例の死体と同じものを転がした。


「貴様らは、まんまとわしにだまされおったという事だ」


 氷坂は決定的な証拠と、この絶望的な状況に正気を保つことはできなかった。


「あ……あぁ……」


 氷坂がその場にへたり込み、乾いたような、諦めたような声で小さく笑う。


「おい! しっかりしろ氷坂!」


「あ、あはは……」


「ちっ、おい志垣先生! どんな目的でこのようなことをしたんだ!」


「どんなって言われても……まあ、元同僚という事で話してもいいでしょう……」


 志垣はそう言って、この事件を起こしたことの、その崇高な目的を話し始めた。


「この世界にあるとされる、六つの魔導書のうちの一つ――浄化の魔導書が欲しい」


 志垣はそう言って、氷坂の方を睨みつける。


「ヴァレンタイン家が保持していると言われているその魔導書で、わしはある事を成し遂げたいのだ」


 志垣はそこから憤りと興奮を交えるかのように、その浄化の魔導書がいかに必要かを熱弁し始める。


「わしには大切な娘がいた……だが数年前、『闇の一派』によって、強力な呪いを受けてしまった……何故だかわかるか?」


「……」


「わしの娘の魔法適性が、光だったからだ!! 奴等はわしの娘を生かさず殺さず、呪いにかけて苦しめておるのだ!!」


 志垣はその怒りをぶつける様に、壁に手を当て血を滴らせる。


 『闇の一派』が不幸を振りまくなど、この世界では時々ある話だ。今回の志垣の様に、光属性の適性がある子供などを狙って、呪いをかけるといったことも良くある話だ。


「娘の呪いを解くには浄化の魔導書が必要なのだ! その魔導書さえあれば、わしは娘を助けられる!」


「しかし魔導書を読めば衝動が――」


「衝動なんぞ!!」


 志垣は千景の言葉をさえぎり、氷坂に向かって吠える。


「娘が治るならばなんてことは無いわ!!」


「へぇー?それってこういうのでも大丈夫なカンジ?」


「あ――」


 ――志垣が次の言葉を発するまでも無く、首と胴体は離れ離れになった。


 後ろに立っているのは、邪悪に笑う少年が一人。


「くっだらなーい。それにしても、衝動を舐めて貰っちゃ困るなぁ」


「九鬼原……! どうして殺した!?」


「え? 学園に不穏な空気を生み出すなんてあってはいけない――でしょ? むしろ僕は正しいことをしたんだから、先生として誇って欲しい位だよ」


 歪な表情――笑顔を浮かべて九鬼原惣治郎は立っていた。


「そんなことよりさぁ、僕のお願い聞いてくれるかい――」


 ――浄化の魔導書を、僕にちょうだいな。




「――交渉決裂か」


 先ほどより荒れた教室の真ん中で、市来は立っていた。


「仕方がない。よくある事だ」


 市来はスーツについたほこりを払い、この場から消えて行った九鬼原を追おうとした。だが――


「市来刑務長官――で今はいいのかな?」


「……三賢人が、何用で?」


 現三賢人の一人であり、この学園の長も務めている黒剛ハクトが、市来のすぐそばにまで歩み寄っていた。


「キミの手腕をもってしても、あの子は捕まりそうにないかい?」


「はい。なにせ相手の実力が私を上回っていたようで」


「そっか。キミで無理なら、ボクでも無理だろうね」


 ハクトの言葉に、市来はクスリと笑う。


「逆ですよ。そもそも師匠が無理なら、私がかなう訳無いでしょう?」


「うーん、ボクは打尽網ワイドウェブみたいな技術系の呪文が苦手だから、もしかしたらキミならと思ってね」


 ハクトは自分の弟子に対し、ニコニコとしながら笑いかける。


「本当に、師匠のそのまた師匠の予言は当たるのでしょうか?」


「今の所、半分は当たっているからね……後は、九鬼原かれがどちら側に付くか」


「それとそろそろ、師匠の想い人が出所しますからね」


 ハクトはそこで顔を真っ赤にして市来を睨む。


「もぉっ! そうじゃないからね!」



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