制限と権限
「――本当にあるとはな」
エドワードが苦労の末に探しだした――というよりも探索魔法を活用した結果見つけ出したのは、何もない空間であった。
「……」
ドアを開ければ一切が排除された真っ暗な空間が広がっており、外の様な照明の光球すら設置されていない。
「……すいませーん、学長から言われてきたんすけど……」
真っ暗な空間にはよく声が響き渡るものだが、返事の声が返ってくることはない。
「おかしいな……」
エドワードが首を傾げながら数歩中へと足を進めると――
「――ッ!?」
きしむ音を立てて、教室の扉がひとりでに閉まり始める。
「ちっ!」
きびすを返して飛び込もうにも、既に戸は固く閉ざされ開く気配がない。
エドワードは自分がまんまと罠にはまってしまった事に対しため息をついた。
「はぁ、市来さんの言う事だからって信頼しすぎちまったじゃねぇか……」
「そう悲観することでもないでしょうぼっちゃん」
エドワードの影は教室の闇と一体化し、そこに改めて形をもって顕現を始める。
「じじいのおせっかいなんざ必要ねぇよ」
「まあまあそう言わずに、事態は良くない方へ常に進むものなのですから、老人の戯言くらいは聞いてもよろしいのでは?」
老いていてなお腰を曲げずに姿勢よく立ち、礼服を模したスーツをぴちっと着こなし、あごに蓄えた髭はきちんと手入れしてある――そんな紳士と呼ぶにふさわしい老人がエドワードの目の前に現れる。
「……それが影訊で創った肉体か?」
「ぼっちゃん、いくらじいとて老いには敵いませんわい。肉体ぐらい作って当然」
「だったら家でおとなしくしていたらどうなんだ?」
目の前に現れた祖父に対し、エドワードは攻撃的な態勢を崩すことは無い。老人はそれを知ってなお、顔を怒りに歪めることも無く、懐柔的な態度を取り続けている。
「ぼっちゃんが心配で心配で、こうして卑怯な手を使ってでも見守り続けなければ落ち着くことができないのですよ」
「そうかよ……親父は?」
「相変わらずぼっちゃんに関する事には顔をしかめておられますよ」
「だろうな」
跡継ぎが魔導書によって穢されたという意味で、エドワードの存在が忌み嫌われるというのは、本人も十分に分かっている。
「しかしどうでもいいだろ実際。俺が居なくなった後にちゃんといるだろうが」
とうに跡継ぎの選択肢から外された身にどんな用があるのであろうか。エドワードは訝しみながらも元祖父の言葉に耳を傾ける。
「ヴィクトール家から出ていったものの、ぼっちゃんはじいにとって、ぼっちゃん以外の何者にもございません」
「……そうかよ」
清々しい程に率直な事を言われてはエドワードも返す言葉も無かった。
「それにしても、どういう事だ? 急に呼び出したりしてよ」
「それが、例の九つの魔法家を狙う連中について、少々気になる情報を得ましてな」
「どういうものだ?」
老人は笑みから真剣な表情へと切り替わり、その真摯な眼差しをエドワードに向ける。
「九つの魔法家を狙う者について調べていたところ、どうやら予想していた組織とは違ったものが浮かび上がりましてな」
「いいからさっさと答えろよ」
老人は一呼吸おいて、脳に刷り込む様に言葉を吐き出す。
「『遺産を狙う者』と、ここでは仮定して呼びましょうか」
「『遺産を狙う者』……」
そんな組織など、魔法省でも聞いたことがない。エドワードは話を聞いてやろうと腕を組んで、耳を傾ける。
「して、この遺産が指すものが、どうやらぼっちゃんの左目に関するもののようで」
「……魔導書か」
衝動に犯された左目に手を当て、エドワードは魔導書を読んだ時のことを思い出す。
「……師匠はとっくの昔に投獄されている」
「それはじいも知っております」
「まだ出てこられないはずだ」
「死刑に近い年月を宣告されては本人は出てこれますまい。じゃがそうでなくとも、その噂を聞きつけた者が、興味本位、あるいは何らかのたくらみをもってぼっちゃんを狙っていても何らおかしくはありますまい」
「だったらねじ伏せるだけだ」
エドワードの自信満々な様子に、老人は笑いをこらえるかのように口元に手を添える。
「何が可笑しい?」
「いえいえ、普段のぼっちゃんであれば可能でありましょうが、今はどうでありましょうか」
左目の紋章の事についてもとうにバレバレの様で、エドワードのあまりにまの抜けた返事に対し、老人は笑いをこらえることが出来なかった。
「ッ……確かに集天裂光弾 が使えないことはきついが、それでもまだ使える魔法があるはず――」
「ぼっちゃんの使う魔法のほとんどが上級以上。しかし今つけられている紋章のおかげで、全て使えないではございませんか」
既に手の内は見え見えの様で、エドワードは大きく息を吐くと、その意見に同乗した。
「……使えないならどうするんだよ」
「簡単な事です」
意外にも老人はエドワードの問いに対し簡単に言葉を返す。
「呪文の圧縮、もしくは簡易化をすればよろしいのですよ」
しかしその答えはエドワードの予想の範疇らしく、問題は振り出しに戻るだけとなる。
「とっくに簡略化は試したよ」
「ほう、で?」
「結論から言えば、集天裂光弾は無理だった」
「ほう、天廊崩幻柱から構築しなおしても?」
「駄目だった」
「ふむ、それはそれは大変良く出来た紋章でありますな。一体誰がこしらえたもので?」
「分かっているだろ。三賢人だよ」
老人はやはりといった様子であるとともに、着ていた上着を脱ぎ捨て、真っ白な手袋をはずしにかかる。
「おい何してんだよ」
「何って、今からぼっちゃんに指導をしようと思っておりましてな」
「ハァ?」
老人は上着と手袋を脱ぎ捨て身軽な格好になると、影の中から今度は籠手を取り出して手袋の代わりに身に着け始める。
「さて、久しぶりのレッスンと行きましょうか」




