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魔導と衝動

「――ここは」


 九鬼原が次に目覚めた時に見た光景は、すでに目にした事のある場所であった。


 自分たちの寮とは比べ物にならない、厳格な雰囲気がその場を満たしている。


「学長室。ボクの部屋だ」


「あれ? 学長さんいつの間に?」


「悪いがキミを拘束させてもらっているよ」


 九鬼原の両手には魔法陣によって拘束され、九鬼原の舌には改めて魔法陣が張られている。


「今度はさっきのように破ることができない様に、積層式多重魔法陣を仕込んでいるからね」


「……一体僕が何をしたって言うんですか」


「禁呪を使っただろう」


 学長からそう問い詰められると、九鬼原は黙りこくった。


「正直言って、失望したよ。まさか禁呪を使うとは思っていなかった」


「……ハァ?」


 九鬼原は開き直るかのようにケタケタと笑っては学長に対し対等に会話を始める。


「最初にあんたの方から俺を指名してこの学校に入れたんだよなあ? それを勝手に失望するたあ面白い事言ってんじゃねーの」


「……あの時の答えを返してもらっていなかったね……それがキミの本来の性格かい?」


 九鬼原は今度は大笑いをすると、学長を指さして挑発する。

「そうだよ、これが俺の本来の性格だよ! あのクッソつまんねぇペラッペラの性格が俺な訳ねぇだろ。あれは俺が読んだ破滅の魔導書が俺に擦り付けた、イカレ野郎なんだよぉ!!」


「……なるほどね」


 学長はコーヒーを飲み直して気分を整理すると、九鬼原についての情報を整理する。


「つまり、今のキミが本来の性格ってことでいいんだね?」


「そうに決まってんだろ! 何抜かして――」


「――心装真理ハートブレイカー


「ッ!? てめぇマジで殺――ッ!」


「二人、か……これで出てこれるはずだよ」


 学長は更に心に住み着く破壊神を取り除き、本当の九鬼原惣治郎を呼び出し始める。


「……」


 目の下のクマが良く似合う、表情が死んだ少年が学長の目の前に現れた。


「……」


「……随分と苦労しているみたいだね」


「……」


「……何も言うことは無い。ボクには分かる」


「……」


 九鬼原は返事を返すことも無く涙を流し、ただ力なく首を振るだけである。


「……かなり進行しているみたいだけど、もう少しだけ踏ん張っていてくれ。僕が必ず取り除く方法を見つけ出すから。そして――」


「あららー? 惣ちゃんにしては元気がありませんねー? どうしたのですかー?」


 今まで出るタイミングが無かったが、それを空気も読まずにドアから斑鳩が突如現れる。そしていきなり無防備な九鬼原の頭を撫で始めた。


「キミはもう少し外で待っていてくれと言ったはずだぞ」


「しかし惣ちゃんが心配で――」


「はぁ、ならば今の彼の顔をよーく見てみなよ」


 猫背に目の下のクマがひどく、目に光など宿っておらずに死んでいる。


 これが九鬼原惣治郎の、本来の姿。


 流石の斑鳩もこの様子に何時ものふわふわとした気分でいるわけにはいかなかった。


「……惣ちゃん」


「いいかい? これがキミの知らない本当の九鬼原惣治郎だ。あのへらへらとした九鬼原は魔導書の作りだした偽の人格、本当の人格はこうして崩壊を始めている」


「魔導書の……」


「破滅の魔導書――それを読んだ者に現れる衝動は自壊衝動。本来の自我は抑えられ、本が作り出した別の人格がどんどん肉体を支配し始める。その作り出された人格が望むものは常に混沌、崩壊、破滅。故に周りを巻き込んで一緒に壊れようとするんだ」


 学長は淡々と魔導書についての説明を述べ、それを聞いた斑鳩は恐怖に震えた。


 目の前に魔導書を読んだ者がいることに、この学校にS級犯罪者がいることに。


 しかしある一つの疑問が斑鳩の胸に浮かび始める。


「それじゃあ、どうしてあの時私を助けようとしたのですか?」


「それは分からない。今目の前にいる九鬼原惣治郎本人に聞いてみたらどうかな」


 斑鳩は恐々としながらも、呆けている九鬼原の耳元でささやく。


「……あの時に助けてくれたのは貴方なのですか?」


「……違う」


「えっ……」


「禁呪を使ったのは僕じゃない…………僕は……禁呪を使ったあいつを止めただけなんだ……!」


 九鬼原は怯える様に両肩を振るわせ、その場にうずくまる。


「また出てくる……! あいつが、僕を壊しにやってくるんだ……!」


「あいつって――」


「う、うわぁああぁああぁっぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁあああ!!」


 九鬼原は突然悲鳴を挙げると、ぱたりと事切れるかのようにその場に倒れ伏せてしまう。


 斑鳩は倒れた九鬼原を心配して抱き起そうとしたが――


「――あーあ、ばれちゃったか」


「……一人目か」


「これだけ長い間九鬼原惣治郎を出すことができたのはアンタぐらいかな? 黒剛ハクト」


「フン、そっちの方を覚えているとはな」


 九鬼原が普段の人格に戻って立ち上がる中、学長は静かに怒りを募らせる。


「全く、止めてほしいんだよね! 彼に無駄な希望を持たせないでよ! 僕達がしっかり壊してあげないといけないってのにさ!」


「……ふざけた言葉を発するなよ、古本風情が……!」


「おーこわいこわい。魔導書のせいにしちゃうなんて。僕がそもそも生まれたのはこれを呼んだ九鬼原惣治郎のせいなんだよ」


「『読まされた』の間違いだろうが!」


 大気を震わせ、パチパチと雷の音を立て始める。


 学長――黒剛ハクトの怒りがあらわになる。


「貴様もエドワード=ヴィクターも! 全てあの事件の被害者に過ぎない!」


「本当にあの事件を――エメリアの遺産事件を知ったつもりかい?」


 九鬼原は普通の魔法族ソーサラーにとって聞きなれない言葉を発する。


「……」


「アハハッどうやら学長さん勉強不足みたいだねー?」


 九鬼原は不敵に嘲り笑い、影を司法へと伸ばし始める。


「ッ! 何をするつもりだ!」


「何も? ちょっと退学するだけだよ」


 九鬼原は影に沈んでゆき、学長は急いでそれを追おうにも間に合わない。


「――ハハッ、もうちょっと遊んであげたかったなー」


 ――あの不幸なエドワード君とも。



ここらへんくらいからパワーコードと繋がってくると思います。

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