性格に制限
「――ちっ、なんだってんだよ……」
「うへへ、これで僕も普通の高校生に、なれるんだね」
術式構成に時間がかかったため、外はすっかり夜の雰囲気を醸し出している。
「夜だと光球が弱まるんだな」
「ま、ちゃんと昼夜の区別がつけられているってことだね。それにしても普通の高校生、ウフフフフフフ――」
九鬼原の様子を見る限りでは、封印術式など嘘っぱちではないかとエドワードは感じていた。
「お前どこにつけられたんだっけか?」
「何が?」
「紋章」
永続型の魔法陣は『紋章』とも呼ばれており、設置されれば最後術者が解除するまで永久に残り続けてその魔法効果を発揮し続けるものである。
「僕はホラ、べぇー」
どうやら九鬼原は舌につけられたようで、口を開けば黒い紋章が浮かび上がっている。
「エドはどこにつけられたの?」
「俺は左目まぶたの裏だ。だからお前の様に見せられるもんじゃない」
目を閉じれば常に魔法陣が浮かび上がるその仕組みは不愉快であったが、意識外に飛ばす魔法を重ねることで不便さを解消していた。
「しかしどうするよ、ついでに魔法の制限までかけられちまったしよ」
「そこは解析するしかないでしょ」
九鬼原は自分の下につけられた魔法陣を見ようとしたが、どう足掻こうと魔法陣の全貌を見ることが出来ない。
「……エド、きみが見て書き起こしてよ」
「俺は面倒事が嫌いだ。だから解析の手伝いなんざしねぇよ」
「えぇー……」
九鬼原は不服そうに舌をひっこめると、再び廊下を歩きだす。
エドワード達の寮へは中庭を横切らなければならない。中庭では夜になった空と、足元を照らす最低限の照明が不思議な光景を作り出していた。
「……月が無いね」
「そりゃそうだろ。ここは下層部だぜ?」
九鬼原が突如洩らした感想を、エドワードは何気なく答えていた。
「僕達三年間地下で過ごすんだよね」
「そうだな」
「なんかさ、思わない?」
九鬼原は突如エドワードの方を振り返り口を開く。
「迫害されていた時代を」
「……そうだな」
「僕達のご先祖様は、こうして日陰者としてしか生きられなかったんだよね」
「そうだな」
「上では相変わらず魔法族が人間に同盟という名の奴隷にあっているんだよね」
「それは違う」
「どうしてさ」
「俺は魔法省で働いてきた。そこで見る限り魔法族が下に見られたりするようなことは無かった」
エドワードは魔法省時代に人間とも接触を図ってきた。しかし幸か不幸かそのような輩と出会うことが無かった。
「……きみは運がいいみたいだね」
九鬼原は言葉に濁りを混ぜて話題を終えると、中庭を渡りきって寮へと戻ろうとした。
しかし――
「……闇討ちなんて卑怯すぎない? 湊川先輩」
エドワードが屋根の方を向くと、そこには光球の光をバックに立つ湊川の姿があった。
「……俺は貴様を認めない」
「どうしてです? 今さっき学長からこってり絞られて反省している所なんですけど」
「貴様のその顔、反省など一切していない様にしか見えないが」
湊川は中庭まで降り立つと、腰元の刀に手を掛ける。
「……あのー、俺達今そんな強い魔法とか使えないんで、また今度の機会にしてくれます?」
「問答無用!」
湊川は柄に手を添えたまま高速で九鬼原に接近をする。
「――抜刀法!」
「付加呪文か!」
刀に冷気を乗せ、九鬼原の前で居合抜きをした。
「――チッ」
「危なっ! ボクの胴体真っ二つになったらどう責任を取るのさ!」
「お前昼間に人形真っ二つにしたくせによくそんなこと言えるな!」
どうやら湊川の目的は九鬼原だけの様で、エドワードには一切手出しする様子は無い。
「――ちょっと! 助けてよ!」
「やだよお前がまいた種だからお前で処分しろよ!」
九鬼原が必死で剣戟をよけるなか、限られた魔法で現状を打破する策をエドワードは練っていた。
「他の学生と同レベルにされたのなら、恐らく上級は使えないだろうな。中級も詠唱破棄を制限されているだろうしよ――」
「どうでもイイから助けてよ!」
「――抜刀法、参式――蒼天牙!」
下から突き上げる様に刀を上にかち上げ、それを鞘で叩きつける。九鬼原はこの弐段階攻撃を見事喰らい、その場に伏せてしまう。
「ゴハッ――」
「残念だったな」
刀に付いた血を振って払うと、残ったエドワードに対し、警告の意味を込めた言葉を贈る。
「貴様もこうなりたくなければ、大人しくして――」
「アハ、はははは、楽しいなあ愉快だなあ」
胴体に致命傷を負ったにもかかわらず、九鬼原は不気味にも立ち上がる。
「流石は人殺しのプロ、手加減も自由自在って事かな? でも残念だね――」
腹部の傷は癒やし、口元の血をぬぐい、九鬼原は不気味に笑う。
「――僕を殺したかったらこんなもんじゃ足りないよ。バラバラにして、ぐちゃぐちゃにして、豚のエサにでもしなくちゃ」
その言葉と同時に、九鬼原の足元に伸びていた影が自由自在に伸び始める。
「ッ!? それ上級魔法じゃなかったのかよ!?」
九鬼原は無知で哀れな子羊でも見るかのように、エドワードに向かって説明する。
「――影訊なんて骨董品をやめて、転送魔法を応用した方がいいよ」
不気味に笑い、嘲り、吐しゃ物を吐くかの様に呪文を詠唱する。
「――引きずりまわって這いずり回れ。戒め苦しめ奇よ狂え! 探し求めよ天の果て、もがき苦し地の果てで!」
影は人の姿を模って起き上がり、愛おしい相手に再開したかのように喜びを体で表現する。
「さあ出ておいで――」
――僕の大切な僕よ。




