人形と現状
「ヒヒヒ、アハハハハ、キャハハハハ!」
九鬼原は目の前の愉快な光景に笑いをこらえることが出来なかった。屍鬼は目の前の新鮮な肉を前に、空腹を抑えることが出来なかった。
「キヒヒ、たんとおあがりよ。あっ、残したら殺すからね」
九鬼原は笑みをたずさえ言葉を放つ。それと同時に屍鬼が一斉に少女に飛び掛かった。
「きゃああ!」
屍鬼は足を止めることは無い。むしろ獲物の悲鳴に食欲そそられている様にも思えた。
「おい九鬼原! お前何を――」
「分かっているでしょ? そのくらい」
九鬼原は挑発的な声と、歪んだ思考をエドワードに押し付けた。
「キヒヒ、じゃあバイバーイ」
九鬼原は勝利を悟ったのか、もはや相手に目をくれてやることも無くその場から退場をし始める。
「いやぁ、いやああああぁ!」
少女がいくら魔法で打ち倒そうが、何度でも何度でも蘇り、何度でも何度でも襲い掛かる。屍鬼とはそういう魔法生物なのだ。
「きゃあ!」
少女の防護陣が破られ、試合に決着がつく。しかし屍鬼はとどまることを知らない。
「おい! 屍鬼止めてこい! 決着ついただろ!」
「はて、あんなの始めて見たんだけど止め方誰か知らない?」
すっとぼけた動作で九鬼原は屍鬼の方を見やる。エドワードは九鬼原の両肩をゆするが、九鬼原は一向に止める気配がない。
「ちっ、俺が止めて――」
「――解呪!」
二階の方から声が響き、フードを被った少女がフィールドに降り立つ。そして解呪の声と同時に屍鬼崩れ去り、残ったのは土と灰だけとなった。
「あーあ、もう少し面白くなると思ってたのに」
「馬鹿じゃないのあんた!? 今の殺す気っしょ!? てかなんで死霊装填知ってんのさ!?」
「古本屋で買った漫画本に呪文紙が挟まってた」
「ふざけんじゃないでしょ!」
「いやいやホントだって」
九鬼原がありもしない言い訳をしている中、もう一人今度は日本刀を持った青年が飛び降りてくる。
「……」
「湊川先輩じゃん。いつも仏頂面して、面白くない人で有名な」
「……それ以上問題を起こすのならばこの場で斬る」
「こーわ、さっすが人殺しで有名な湊川家」
「ッ! 貴様――」
「ちょちょと、ここで怒っちゃダメっしょ!」
「どけ夕闇、そいつは俺が始末する」
湊川は九鬼原の言葉に怒りをあらわにしたが、夕闇が必死で湊川を抑えている。そんな中で二階から斑鳩が声を掛ける。
「惣ちゃーん、悪いことしたらダメですよー」
「えぇー、なんでー?」
「めっ! ですよー」
斑鳩が人差し指を前に付きだし九鬼原を怒っている様だが、それにしても一切怖さが無い。
それでもそれを見た九鬼原はどこか諦めたかのようにため息をつくと、棒読みで生徒会に対し謝罪の言葉を述べる。
「……はぁ、分かりましたよ、すいませんねぇ死霊装填なんて生徒会の威厳を損なわせるような上級呪文をポイポイ使っちゃって」
「くっ……!」
「怒っちゃダメっしょ! また柳生会長に怒られちゃうって!」
「しかし――」
「ここは生徒会として、きちんと処分を伝えないといけないってコトよ」
夕闇は九鬼原の前で止まると、コホンとわざとらしいせき込みをして処分を言い渡す。
「とりあえず、今ので『勇敢な翼竜』の平常点を十点ほど下げさせてもらうからね」
それを聞いて驚いたのは氷坂だった。
「一体どういうことです? 各組に点数があるのですか?」
「そゆコト。まあうちら『狡猾な猫』が相変わらず平常点一位だけど」
「ごますりがうまいだけだがな」
「あぁー! ふざけんなよジョージ!」
湊川がボソッと言った言葉に、今度は夕闇が異様に反応をする。
「大体あんたら『勇敢な翼竜』生は無駄にアクティブすぎんのよ! 結局そのせいでひとりでに点数落としてっているだけっしょ!」
「黙れ!」
湊川と夕闇がなぜか口論になる中、九鬼原は何事も無かったかのように場外へと退出する。
それを待ち構えるかのように、エドワードは九鬼原が通り過ぎる際に警告をする。
「……次はねぇからな」
「おお、怖い怖い。流石は光属性」
エドワードの警告を受けても、九鬼原はケラケラと笑うばかりであった。
「すいませんが、生徒会の方々はフィールドよりご退場ください! 大将戦はまだ終わっていません!」
「ちっ、この決着はあとでつけるっしょ」
「いいだろう」
思っていたより素直に退場した生徒会を見て、エドワードは大きく息を吐いた。
「ったく、生徒会に目ぇ付けられるしよぉ」
「クスクス、まあまあいいんじゃない?」
「さて、私の出番ですね」
まるでファッションモデルが歩くかのような綺麗な姿勢で、氷坂はフィールド中央へと歩み寄る。
対戦相手は大男。少々興奮気味であるのか全身から蒸気が立ち昇っている。
「……なんだありゃ、戦る前からあんなに漲ってやがるけどよ」
「気持ちワルーイ。ムサい人ってモテないよねー」
口元に手を当て、九鬼原は侮辱の言葉を相手の耳に届くように送った。
だが相手に言葉は通じていない様で、目の前の氷坂だけをロックオンしていた。
「……」
気味が悪い――氷坂の脳裏に浮かんだ言葉はこれだけだった。目の前の相手は試合前から、更に言うならこの会堂に入ってから自分の方しか見ていない。
氷坂は対戦相手がそのような人物だということに不気味さを覚えていた。
「……っ」
「試合前から緊張するなよ。お前の実力ならそれくらい倒せんだろ? 全勝かかってんだから気張れよー」
「……はい、分かっています」
先崎はエドワードの言葉に憤慨していた。
「くぅー! 言いおってからに……あんさん勝てる自信あんのかいな! 絶対に勝って相手チームの鼻を明かしてやろうや!」
先崎の激励は大男に届いているのであろうか。
「……ヴァレンタイン……」
「っ!?」
大男はとある名家の名を呟く。
「ヴァレンタイン……死すべし!!」
突如大男の右腕は振りかぶられ、氷坂の頭上へと振り下ろされる。
「っ!? はっ!」
氷坂はすんでの所でそれを回避、状況を把握するのに必死だった。
「ちょ、ちょっと! 試合はまだ開始されていませんよ!」
審判の声を無視して、大男は右掌に炎を集める。
「――爆鉄塊!」
突如大男の右腕が炎上、炎を纏った拳が氷坂を襲う。再びすんでの所で氷坂はそれを回避し、杖を持って今度は反撃に掛かる。
「――大気よ怒れ! 水よ荒ぶれ! ――雹霊弾 !」
次々と撃ち出される氷塊だが、大男の爆鉄塊はそれをものともせずに氷坂に突っ込んでくる。
「天誅!」
――氷坂の腹部に、右ストレートが突き刺さる。
「が……っはぁ」
氷坂はそのままエドワード達が待機している場所まで、肉体を吹き飛ばされる。
「――っとぉ!」
エドワードは飛んできた氷坂を上手くキャッチするが、大男が今度はエドワードごと狙いを定める。
「ふぅぅ、ふごおおああああぁぁぁぁ!!」
大男が右腕を振りかぶりながらその場で足踏みする姿は闘牛を髣髴とさせる。しかしエドワード達にはそれ以上の破壊力を持った存在にしか見えない。
エドワードは気絶した氷坂を左手に抱え、右手に魔力を集中させ始める。
「チッ、――死天雷――」
「ハイハーイ、ここから先は僕が相手するからねー」
対峙する二人の間に割って入ったのは九鬼原であった。
「……ジャマを……するなぁ! ……失敗作がぁ!!」
「ハ? 何言ってんの? 失敗作は――」
――てめぇの方だろ?
「――擂輪縛撃!!」
ドーナツ状の重力場が、大男の身体を捉える。
「な、ナニ……!?」
九鬼原は擂輪縛撃で大男を捉えると、まるで拷問でも行うかのようにぐりぐりと押しつぶし始める、
「グ、グアァ……」
「……可哀そうなお人形さん」
九鬼原はサークルで何かを感じ取ったのか、相手を人間のように扱うのをやめてしまった。
「駄作は壊さなくちゃね……!」
ブチリ――その音が響くと同時に、その場にいた誰もが目を疑った。
「――あいつやりやがった……!」
大男の胴体が、擂輪縛撃を境目に綺麗に分かれてゆく。
「ウソでしょ……!?」
「あり得ねえだろうが……!」
「い、いやああああぁぁぁぁぁああああぁ!!」
対戦相手の少女の悲鳴が、再び会堂内に響き渡った。




