第二話 上杉編
地平の先、瓦礫に覆われた荒野の中を、少女と一体の絡繰が進んでいた。
「ここが……越後?」
カエデの瞳に映るのは、かつて「国」と呼ばれていたとは到底思えぬ風景だった。空気は乾き、風には鉄の匂いが混ざる。無数の壊れたカラクリがあちこちに転がり、時折まだ動くものがギィ、ギィと鈍い音を立てていた。
「生きてる人間がいない……」
「ええ、まさに『滅びた国』というやつですね」
アタラヨの冷静な声にも、どこかしら警戒の色が滲んでいた。
越後国跡地——もはや文明の面影すら希薄なこの地に、「テルトラ」なる希代の絡繰技師がいるという。
だが、先にカエデを迎えたのは、テルトラではなく、彼が生み出したであろう数多の絡繰兵だった。
「侵入者、排除……侵入者、排除……」
「っ、ちょっと、何!?話が通じないんだけど!」
カエデも咄嗟にアタラヨを構えて臨戦体制を取るも、いかんせん数が多すぎる。数多の機械兵から逃げながら、カエデは地を蹴り、瓦礫の中を駆け回った。呼吸が浅くなる。追い詰められたその時、朽ちかけた一軒の家屋を見つけ、これ幸いと飛び込んだ。
すぐさま扉を閉める。どうやら機械兵達は自分達を見失ったようだった。
静寂。舞い散る埃。しかし、そこには確かに人の「生きてきた気配」があった。
和室の隅、古びた引き出しを開けると、一冊のアルバムが出てきた。剣道場で稽古に励む少女。ページを捲れば、先ほどの写真より少し背が伸び、スーツ姿でプレゼンをする少女。アルバムの写真どれもが同じ少女のものだった。
「……もしかしてこの子が、テルトラ?」
「可能性は高いです。しかし…なるほど、彼女が——」
言い終わる前に、壁が吹き飛んだ。カラクリ達が出口を囲み、その奥からひときわ巨大な機体が姿を現す。
蒸気を纏う巨体が、ゆっくりと近づく。
『侵入者に問う。貴方達、何者?』
スピーカーから響く声は、若い女性のものだった。即座にカエデは確信した。
「あなたが、テルトラね!…お願い!私の絡繰、アタラヨを解析してほしいの!」
『興味はない』
一瞬で終わった会話。巨大な絡繰が動いた。火を吹き、地を踏み鳴らし、カエデに向かって拳を振り下ろす。
「せめて一目見てくれるだけでもいいんだけどっ…!!」
間一髪でその一撃を避けながら、周りの絡繰達の攻撃をいなす。
激突。爆音。飛び散る火花。壊れかけのように見えた絡繰達の攻撃はその外観からは想像できないほどに速く、強く、正確だった。連携した動きでカエデは阻まれ、テルトラの操る絡繰に近づく事すら許されない。
「くっそ、近づけない……!」
そんな中、アタラヨが呟いた。
「……賭けるなら、心です。彼女はきっとまだ——“剣”を捨てていない」
先ほどのアルバム、写真に映る剣道着の少女。あの眼差し。カエデはアタラヨを下ろした。
「アタラヨ、解除!テルトラ!落ちてた剣、ちょっと借りるよ!」
『……は?』
突然の武装解除に戸惑い、絡繰達の動きが止まる。
「決闘しよう!」
「剣で勝負しよ、テルトラ!もし本当に剣に未練がないなら、その絡繰で私を撃ち殺して終わりにすればいい!」
長い沈黙の後、巨大な絡繰の装甲が開いた。小柄な少女が、静かに降り立つ。彼女は煤けたブロンドの長髪をたなびかせながら、藍色の瞳をこちらに向ける。
「……あなた、本当に、馬鹿ね」
そう言うと、テルトラは落ちていた剣を手慣れた様子で構える。カエデより一回りほど小柄な体躯ではあるが、構える姿は様になっていた。
「へへっ、ありがと、降りてくれたって事は受けてくれるんでしょ?その代わり!私が勝ったら、アタラヨを調べてよ!約束だから!」
「…まぁ、別にいいけど」
「よーし!確かに聞いたからね!じゃあ、早速…私から行くよ!」
カエデが剣を振りかぶり突進する。
まだ旅に出て日が浅い彼女だが、学校での剣術の授業では毎年オール5、模擬試合も負けなしだった。なので少なからず剣術に自信はあったのだが。
「…そもそも」
テルトラがいとも簡単にカエデの一振りをいなす。
「こっちでも貴方は私には勝てない。結果は同じ」
「なっ、マジ!?…っまだまだァ!」
負けじと何度も斬りかかるカエデをテルトラは精密機械のように、最低限の動きでいなし続ける。
「…そこ」
そして、カエデの剣撃の隙に的確に反撃を打つ。
(ちょっと…!?想像の100倍強いんだけど!!)
カエデは焦っていた。体躯の違いから多少の技術の差があったとしても押し切ることが出来る採算であったが、彼女の剣の腕は想像を超えるものだったからだ。
「もうなんで…っ、こんな剣強いのに絡繰乗って…んのッ!最初から剣持てば良かったじゃん…!!」
「…強くなんてない。貴方が弱いだけ」
激しい鍔迫り合いをしながら思わず漏らすカエデに、彼女は息も乱さずぽつりと答える。
彼女は剣の峰でカエデを打ち、鍔迫り合いを解くと、ポツポツと語り出した。
「小柄な体躯。精々中の上程の剣の腕。…上杉家当主としてはどれも不釣り合いだった。私は、忌子だった」
「でも、絡繰なら誰よりも得意だったの。そんな私を周りはより嫌った。余計な才を持って生まれた私を。だから、私はいつも1人だったから、この子達が家族なの。この、『門天丸』も含めて、みんな。」
彼女は巨大な絡繰ーー『門天丸』を見あげて言う。
「上杉家は短命の一族。気づいたら私以外はみな死んだ。私だっていつ死ぬかわからない。最後の子が私のような出来損ないなんて、上杉家はツイてない」
「…このまま、絡繰達とここで…死ぬのを待ってるってこと?」
「そう。だから、もういいでしょ。私達はこのまま静かに過ごせればそれでいい。…ああ、そうだ、陽の欠片だって渡してもいい」
彼女は胸元から小さな結晶ーー陽の欠片を取り出す。
「ほら。貴方の目的はアタラヨ、という絡繰よりもこれでしょう?渡すからもう、私達に関わらないで」
淡々と無機質に。意思や願望などそこにはなく。ただ、そう述べる。
「…ダメでしょ」
カエデが立ち上がる。
まだ、やるのかーーテルトラが再び剣を構える。
「そんなのもったいないよ!そんな、私と大して歳も変わらない子が、こんな場所でただ、1人で死ぬのを待つだけなんて!!」
テルトラは面食らった。
…コイツは何を言っているのか。急に決闘を申し込んだかと思えば、初対面の自分の生い立ちを軽く話しただけで涙を滲ませるほど感情移入して。それに、別に自分は1人ではない。門天丸達がいる。
「家の事情は詳しい事はわかんないけど…体躯だとか、剣の才だとか、別に貴方が悪いわけじゃないのに!普通に生きる事すら許されないなんて、そんなの私が許せない!」
「だから、決めたよ。お願い変えるね」
剣を構える。その気迫に、テルトラも思わず構え直す。
「ねぇ、私が勝ったらさ。一緒に旅に出ようよ!私と世界を見てまわればきっと、テルトラだって生きようって思えるはずだし!」
まただ。テルトラは再び面食らう。
今度は、旅について来い、と。
うんうん、それがいい!と、当人は満足気に頷いているし。
「…好きにして」
「よぉし!それもバッチリ聞いたからね!約束だから!!絶対勝つ!行くよ、テルトラ!!」
カエデが斬りかかる。テルトラがいなす。鍔迫り合いになる。ほとんど、先ほどと同じ流れだが、違うとすればーー
「オオオオオォオ!!」
カエデがやる気に満ちた気迫と先程以上の力を持っている事とーー『生きようって思えるはずだし!』ーーカエデの一言に想いを馳せるテルトラが「たまたま」手元を誤り鍔迫り合いで剣を落とした事。
最後の一閃。
テルトラにカエデが剣を突きつける。
「ハァ、ハァ…!勝負、アリ…だよね!?」
「…それでいいんじゃない?」
ヨッシャアーー!と、息も絶え絶えに喜びの雄叫びをあげるカエデを可笑しく思いながらも、どこかテルトラは満足気に口元を緩めて負けを認めたのだった。
■ ■ ■
戦いの後、テルトラはアタラヨの内部構造を分解、解析作業を行っていた。
「いや〜助かるなぁ、テルトラちゃん!結局アタラヨまで見てもらっちゃって!」
「…気持ち悪いから、その喋り方やめて。…うん、これで飛行機能がアンロックされた。つまり、空を飛べるようになった。それにしても…この絡繰私が作るものより、相当おかしな構造してた。並の絡繰技師じゃ、メンテも無理だと思う」
アタラヨが変形し、機械の羽を広げる。風が巻き起こり、瓦礫を舞い上げた。
「凄い、アタラヨにこんな機能があったなんて…!気分はどうかな、アタラヨさんや?」
「良好です。マイスター•テルトラのおかげで形態変化だけでなく、私の演算能力も上がったようです」
「おお!そうなの?…じゃあ841×2026は!?」
「すみません、よくわかりません」
「嘘でしょ」
「…1704707、でしょ。…このAI使えるの?…オミットしようか?」
「カエデ、ワタシ、シニタクアリマセン、タスケテ」
「ちょっと!アタラヨをあんまり怖がらせないでよ!知能下がってカタコトになっちゃってるじゃん!」
「…えっ、ごめん……私が悪いの、これ?」
ーーーーーー
「さて、次の目的地は……遥か西、『七田土佐』だね!」
カエデが飛行形態になったアタラヨに跨りながら西を指差す。
同時に、風に舞ってカラカラ、と小君の良い音が鳴った。カエデの首には光の結晶がペンダントとなり揺れている。
先の国でソルベより受け取った欠片と、テルトラから譲り受けた欠片は、重なり、1つの結晶となった。
欠片は残り10つ。この結晶はより、大きさと輝きを増していくのであろう。
「門天丸、飛行形態起動。出力、上げて」
カエデの後ろには巨大な絡繰『門天丸』を駆けるテルトラが続く。
少女とその仲間たちは、空を翔ける。
——彼女の夢が、今度こそ誰かと共にあるように。




