一話 青い空の下で
徳川勢を破り、13の欠片が集まった。
世の中に感情、記憶が戻り、世界は平穏ではないが
我々のよく知る形へとゆっくりと歩みを戻していた。
所代わり、徳川に代わり満を辞して統治者となったヒデヨシ。
徳川への怒りはすっかり鳴りを潜め、豊臣勢は未だ止まぬ感情や記憶による世の中の混乱を収める業務に忙殺されていた。
ある日、ヒデヨシが日々の業務に忙殺されていると、執務室へ1人の忍びが突然現れる。
十三の欠片が揃い、世界は感情を取り戻した。
怒りも、愛も、後悔も、希望も。
凍りついていた心は溶けたが、それは同時に、抑え込まれていた欲望までも解き放つことを意味していた。
世界は平穏ではない。
だが確かに、“生きて”いる。
その混乱の渦中にある国――豊臣領。
最先端の技術と多様性を誇る都も、今は復興と調停の奔走に追われていた。
ーー執務室
「この報告書は三日前のものだぞ。現状を持ってこいと言ったはずだ」
小柄な少年が低く言う。
頭上には怒りのマークがぴこりと灯るが、声は落ち着いている。
ヒデヨシ。
現・豊臣領の当主。
「感情が戻った以上、争いも戻る。想定通りだ、慌てるな。整理して持ってこい」
部下が退室し、静寂が訪れる。
ヒデヨシは一人、窓の外を見た。
歓声と怒号が混ざる街。
喜びと混乱が同居する時代。
世界は光を取り戻したものの、平穏には程遠い。
「……眩しいな」
窓の外を眺め、目を細める。
青い空は、暗闇に慣れた目には眩いほどに明るく感じた。
思わず目を細めるヒデヨシの背後で、空気がわずかに歪む。
「失礼いたします、ヒデヨシ様」
男性の、しかし女性的な落ち着いた声。
ヒデヨシは、その特徴的な声の主に覚えがあった。
「…ウィステリアか。勝手に入るなと言ったはずだ」
「申し訳ありません。ただ、火急の用でした故」
振り返ると、紫の羽織を纏った長身の忍びが静かに膝をついていた。
ヒロカ=ウィステリア。
かつて各国を翻弄した幻術使い。
今は、武田に忍びとして属する。
「要件を申せ」
「各地で武装蜂起の兆候が確認されています。
感情の復活により、旧勢力や過激派が動き始めたものかと」
「そんなものは想定内だ」
ヒデヨシは即答する。
「ですが、問題はその規模です」
ヒロカは視線を上げる。
「いくつかの勢力が連携を試みております。
既に、豊臣の兵力と遜色ない規模の勢力を複数確認しております。豊臣の統治が揺らぐと判断すれば、一斉に動くでしょう」
ヒデヨシの額の怒りマークが、ぱち、と強く光る。
「愚かな…秩序を整える側を崩してどうする」
「仰るとおりです。ですから、こちらも今のうちに“連携”を示すべきかと」
ヒデヨシの視線が鋭くなる。
「武田と、豊臣の協力体制を公にする。
それだけで確かな抑止力になりましょう」
ヒロカは続ける。
「つまりは――」
「豊臣と武田が並び立つ姿を示す。
それだけで、軽率な蜂起は減ります」
ヒデヨシは杓を手に取り、机を軽く叩く。
「脅すのではなく、“見せる”か」
「はい。戦わずして収めるための布石です」
数秒の沈黙。
やがてヒデヨシは立ち上がった。
「よかろう」
怒りマークが静かに点滅する。
「武田領へ向かう」
ヒロカの目がわずかに細まる。
「ヒデヨシ様が直接、ですか?」
「天下を預かる者が、机に座っているだけでは示しがつかぬ」
小柄な体でありながら、放たれる威圧は重い。
「貴様は先に戻れ。武田に伝えよ。
豊臣は動く、とな」
「承知しました」
ヒロカは深く頭を下げる。
そして、ふっと姿が掻き消える。
残されたヒデヨシは、再び窓の外を見つめた。
「……平穏を守るのも、骨が折れるな」
だがその目に迷いはない。
「準備しろ。武田へ向かう」
城内に命が走る。
豊臣の旗が翻る。
少年は歩き出す。
天下を揺らす嵐の芽を、摘み取るために。
――そして、物語は武田領へと移る。




