二話目【掴んだのは胃袋と心】
かくして国王の命で当時は隣国が独占していた。密かに異世界から世界を救う存在を召喚する魔法を優秀な間諜が調べ上げて異世界というか。日本からさつまいもの苗が農家の娘さんと共に召喚された。
この農家の娘さんと国王は共に趣味は農作業。共に荒れた大地を開墾する内に意気投合。からのフォーリンラブで農家の娘さんは王妃になって二男一女を産み、夫を支え。時に尻に敷き。
様々な公共事業を主導し。更には国民の識字率を上げ。福祉を充実させ。賢妃として歴史書に刻まれた。さつまいもは王妃さまのポテトというブランド名で流通するようになり我が国の特産品となった。
さつまいもは今でも定期的に新たな品種を召喚。交配し独自の品種も作っている。
そのさつまいもを濡れた新聞紙に包み。じっくりじーっくり低温で焼き上げていたのさ!
「じゃじゃーん。焼き芋です。先ずは一口。」
ぽっくりとふたつに割ると湯気と共にさつまいも特有のあまーい匂いが立ち上る。
目に鮮やかな黄色の果肉はねっとり系で。ようは蜜芋。
はぐっと食べると優しい甘みが舌に広がる。おっかなびっくり熱々のさつまいもを受け取って先にさつまいもをかじった私を真似てルースさんはさつまいもを食べて、ぷわわっと雰囲気を明るく綻ばせて。もぐもぐもぐもぐ。無言だけど幸せそうに食べ。
しみじみと美味い。こんなに美味いモノがあったのかと柔く柔く喜びに満ちたあどけない笑みを見せた。美人さんの笑顔って心臓にクるなと胸を押さえ、目をしぱしぱさせる。
だってルースさんの笑顔はすごく眩しいんだもん。私は二つ目のさつまいもを取り出して味変しましょうと割ったさつまいもにバターを惜しみ無くソイヤッと塗ったくる。
バターのしょっぱさとさつまいもの甘さのハーモニー。うーん、美味い!何時もは気にするカロリーも今日は気にせずに頂こう。
ルースさんもどうぞとさつまいもを渡すとルースさんは躊躇いなく一口。カッと目を見開き、私とさつまいもで何度も視線を行き来させて。
絞り出すようにこれはいけない。美味すぎる。こんなに美味いモノを食べて良い資格は俺にはないと悲しいことを言い出すので私はわざと悪どく笑い。ルースさんはこれからもっと美味しいモノを食べて貰いますよぉ。
いざゆかん悪の道。堕落への第一歩!!一緒にわるいことたっくさんしましょうねぇ~。イーヒッヒッヒッヒと童話に出てくる悪い魔女のように笑うとルースさんは目をパチリと瞬かせて嬉しそうに頬を柔く染めていとけなくはにかんだ。
《あーっ!ずるいにゃずるいにゃー!!美味しそうな匂いがするにゃ!タマにもさつまいも食べさせて欲しいんだにゃあー!!》
偵察に行っていたタマがヨダレを垂らしながら突撃して来たので。タマの分もあるよとちょうど良い感じに冷ましたさつまいもを渡せば、うまうまとさつまいもを食べるタマ。
さつまいもだけじゃ足りなさそう。ということで満を持してシチューの出番ってわけですよ。
「あー、染みるぅ。寒い時期にはシチューですよルースさん。···ルースさん?かちんこちんに固まってる!!何故!」
「···美味しい。美味しいんだ。食事というものはこんなにも胸を温めるものなのだな。食事はただの作業でしかなかった。身体を動かす為に仕方なく口に運ぶだけだったんだ。」
美味いという感覚があるのは騎士団の人間が酒場や食堂を語る会話の中で知っていた。麦酒が美味い。ポトフが最高に美味かった。また食べに行こう。
「そう語る彼らは満ち足りた顔をしていた。だが、俺は心からなにかを美味いと思うことはなかった。代わり映えのない何時もの食事を味わう度に。きっと俺は憧れていたのだろう。」
万人が美味いとそう思うモノを。何時か、何時か。自分も口に出来たらと···。嗚呼、これが。これこそが万人が美味いと笑う真の食事なのだな。
「描くことすらも許されなかった夢が叶った。マシロのお陰だ。君はまるで幼い頃に聞いた絵物語に出てくる聖女のようだな。」
嗚呼、このひとは本当になにも知らない無垢な子供のようだ。与えられなければいけないことをなに一つ与えられないまま武器として。冷徹に管理され、研磨され。抜き身の剣のようにされたのだと思い知らされる。
私が作ったありふれたシチューを美味しいと顔を綻ばせて大事に味わいながら食べるルースさんに目が熱くなった。
ギョッとしたルースさんが。おろおろと腰掛けた倒木から立ち上がって私の前に座り、どうして泣いているんだと私の目元を擦る。
私は気を抜くとルースさんを無垢で無知な子供で居させようと仕向けた大勢の誰かに対してあらんかぎりの罵詈雑言を言ってしまいそうだったから口をへの字にして。
ルースさんの頬を両手で挟んだ。間近になったルースさんの目は宝石みたいに透明で焚き火の炎を映してキラキラしてて、あまりにも綺麗だったから余計に私は哀しくなった。
ひとが泣いていたら当たり前のように心配し、気遣うことが出来る優しいひとが何故辛い目に遭わなくてはいけないのだろう。何故このひとは誰も恨もうとしないのだろうか。
辛いと、苦しいと。
これは可笑しいと思うことすら出来ない程にこのひとはなにも知らないのだ。声を上げる、助けを求める方法すら知らない無垢で無知ないとけない子供。
私は涙を拭うことなくルースさんを見詰める。痛ましいルースさんの過去から目を逸らさずに。その目を見ながら私が貴方に生きていく術を教えると告げた。
「生きていく術を、」
「私がルースさんの先生になる。」
もう二度と誰かに利用されることがないように、二度とその優しさが搾取されないように生き抜く術を教える。私はひとに生き方を語れるほど人生経験がある訳じゃないし。
「間違うことも躓くことも、派手に失敗することもあるけどルースさんの先生になりたいんだ。良いかな?」
頬に添えた手を大きな手が覆う。その手は隙間なく傷だらけ。何度も、何度も肉刺が潰れた厚くて硬い男の人の。大人のひとの手なことに緩んだまま涙腺が涙を流す。
ルースさんは物覚えの悪い生徒かもしれないがよろしく頼むと。やっぱりいとけなく笑うから。私がルースさんを一人前の冒険者に育てるんだとべそべそ泣いて。
うー、うーと唸りながら決意した。誰からも個を持つ人間として大事にされないまま生きてきたこのひとを私は大事にしたい。
世の中にはルースさんが知らない美味しいもので。楽しいこと、嬉しいこと、幸せなことで溢れ返っているんだと私がルースさんに教えてあげたいと強く強く思った。
「ごめん。見苦しいとこ見せちゃった···。」
自分、こんなに熱血だったかなと。濡れたハンカチで目を冷やしながら鼻をぐすっと鳴らし、がびがびな声で謝るとルースさんは自分の為に泣いてくれたことは察しているし。
胸の奥深くに抱えこむように大事にしてくれていることが嬉しいとほにゃっと笑う。
このひとは善の体現者に違いないとほにゃほにゃ笑うルースさんにお人好しが過ぎるぞと無性に向かっ腹が立つ。
ルースさんにではなくルースさんを利用しようとしてたこの国のえらーい人たちとなにも知らずにルースさんの無垢な献身を。犠牲を土足でぐちゃぐちゃに踏み荒していった勇者とそのお仲間にムカムカする。
腹が立つのでボタンを締める時は必ず一個違いになったり棚やベッドの端に足の小指をぶつける呪いを掛けとこう。微妙に陰湿?日本人の恨みは基本的に陰湿なんで。
それはともあれ野営のテントに当たり前のように並べられてしまった二人分の寝袋に物申したいかなーっ!!
何故二人分並べましたかルースさん!!火の番はサラマンダーがしてくれるから良いけど不測の事態が起きるかもだから一人は必ず不寝番をするってルースさんに教えた筈なんだけどなー!!
「···腕に抱えていた方が守りやすいから?」
「片腕使えないけど。」
「もう片方の腕があれば十分に守れる。魔物相手に遅れは取らない。」
「ルースさんが強いのは知ってるけど···!」
「我が儘を言ってすまない。ひとりで居た時間があまりに長く。こうして誰かと共に過ごせることが堪らなく嬉しくて少し貪欲になっていた。誰かの、親しいひとの温もりを感じながら眠ってみたかったんだが···。」
そんなこと言われたら選択肢は一緒に寝る以外ない訳で。寝袋に入って大人しく目を閉じる。寝袋ごとルースさんに引き寄せられ。ぎゅーっと抱き締められたらあっという間に眠気が来る。
人肌が落ち着くって本当なんだなとぼんやり考え。私もルースさんに安らぎとか。安心感とか与えられてたらいいなと思った。
翌朝、タマのお腹減ったコールで目を覚ます。寝惚けながらぽすぽすと隣で寝てる筈のルースさんを起こそうとして空ぶる手にカパッと目蓋が開いた。既に畳まれたルースさんの寝袋。
テントを出て思わず探せばルースさんが刀身が炎のように波打つ剣。ギルドで冒険者に登録された日にギルド長が餞別にくれた武骨な。ただのフランベルジュを片手に下げ。
自販機より背が高いルースさんと比べて五回りほども大きな熊に似た魔物を肩に担いで戻ってきた。名前はテンペストベアー。確かSSランクの冒険者向けに討伐依頼が出てた筈。
ルースさんはおはようと微笑み、この熊は食べられるかと聞き。ぐーっとお腹を鳴らした。あ、このひと。朝食の為に食材をテイクアウトしてきたのかと私は察した。
うーん。熊を捌くのは初めてだな。やれるかなと悩むとルースさんはこの大きさだと切りにくいかとフランベルジュでスパスパーっと熊を小分けにする。あ、これなら皮も剥ぎやすいって。そーいう問題じゃないんだなー!
(ルースさんって思ってた以上に野生児かもしんない!!教えること沢山ありそうだなぁ···!!)
先生って難しい。早くも先生稼業が座礁に乗り上げました。
というのもいま私に絡んだ破落戸をルースさんが胸ぐらを掴んで硬く握り締めた拳を顔面に放たないように必死に。
必死に!!腕にすがり付いて止めているからなんだ。美人のブチ切れ顔すごく怖いなーっ!!
いや、うん。冒険者生活にも慣れてきたし、町での生活も教えとかなきゃなと定期的に買い出しにルースさんと一緒に出掛けてるんだけど。
他所から流れてきた傭兵崩れの破落戸が八人。下町の女性と子供に手をあげようとしてたから咄嗟に割って入ったら、当たりどころが悪かったらしくて私は昏倒。
タマが懸命に鳴いたり頬を舐めて目を覚ましてくれて、どうにか目蓋を開くとルースさんが破落戸たちをばっさばっさ殴り飛ばしてました。
邪魔だからと無造作に三つ編みに編まれた髪が尾のように翻るなか血飛沫が舞う。額には青筋が浮かび上がり、紫苑色の透明な瞳は肌が泡立つような怒りを。殺意を燻らせていた。
的確に、精密に人体の急所を殴り。蹴り飛ばして瞬く間に破落戸たちを倒してくルースさん。
荒々しいのにまるで舞っているかのように洗練された体術だった。思わず見惚れて。ハッとして破落戸のリーダーらしきひとの胸ぐらを掴んだルースさんに飛び付き。
それ以上は過剰防衛だからダメ!!と必死に宥める。ルースさんは息を乱してすらいなかった。
私が飛び付いても傾ぐこともなく。きっと簡単に私を振りほどけるのにピタリと動きを止めて、迷子になった子供のような顔で私を見た。ルースさんの身体が小さく震えていた。破落戸の胸ぐらを掴む手をほどかせる。
《───慈しみ深き始まりと終わりの女神よ。その白き御手を我等に翳したまえ。【治癒】》
地面に倒れている破落戸たちに治癒を施して帰ろうかとルースさんの手を握り、二人で部屋を間借りしている宿に向かう。
自室に招き可哀想なぐらい青ざめたルースさんをベッドに座らせて私は温かい紅茶を淹れる。
こんな時、魔法って便利とお気に入りのポットで水を沸かせ。茶葉を煮立たせ、たっぷりミルクを注いで。ぜーたくに砂糖もいれる。
温かい飲み物を飲んだら落ち着くよとミルクティー入りのカップを渡せばルースさんはぎこちなく。けれども素直にミルクティーに口をつけ、ポロリと涙を一滴カップに落とした。
少し震える声で君が死んだかと思ったんだとカップを握り締めて小さく小さく怯えながら呟いた。
「力なく倒れる君に俺は頭が真っ白になって。初めて、俺は。俺の意志でひとを殴った。倒れたまま。動かない君を嘲笑う破落戸たちがどうしても許せなかったッ!!」
君の勇気を、君の優しさを嘲笑い。馬鹿にした破落戸たちが憎いと。そう思ったら、殺意が止まらなくなった···!!
「だがそれ以上に俺は君が死んでしまうことが怖くて、怖くて、堪らなかった!」
きっとそれは雛の刷り込みだった。卵から孵ったばかりの雛が最初に見たものを親だと思うようにルースさんは私に親愛を抱いていた。無意識だけど親同然の私が死んだと思い、ルースさんは恐慌状態に陥った。
破落戸に向けたあの研ぎ澄まされた殺意と憎悪はルースさんの怯えの裏返しだった。
私はそっとルースさんの手からカップを抜き取って。よいせとルースさんの頭を抱く。マシロと拙く私の名を呼ぶルースさんに大丈夫。生きてるよと頭を抱いて心臓の音がするでしょと笑う。
弾かれたように顔を上げたルースさんに私は。こう見えて私はとーってもしぶといよとルースさんの頭を撫でる。教え子が一人前になるまで絶対に死なない。私はルースさんの先生だもの。
怖がらせてごめん。私の意志を、矜持を守ろうとしてくれてありがとうと笑い。ああ、ルースさんは泣くのがへたっぴだねえと表情を変えずにぼろぼろと泣くルースさんを抱き締め、宥めるように背中を撫でるように叩いた。
ルースさんはなにも言わず、私のお腹に耳を押し当て私のシャツの背中を掻くように掴んでほろほろと泣いていた。
(うーん。ルースさんってば過保護になっちゃったなぁ。これじゃあどっちが先生かわかんないな。)
破落戸に絡まれた一件からルースさんはどこに行くにしても必ず着いてくるようになった。
元々パーティを組んでいて宿も同じだし先生と生徒だから。常に一緒ではあったんだけど。
「マシロはお前とは話さない。用件があるなら俺に話せ。もしくはこの場で話せば良い。わざわざマシロと二人きりになる必要があるとは到底思えない。不埒な目的からならば俺はお前を斬る。」
後ろから私を抱き締めながらガルガルと唸る大型犬もといルースさんにまずい傾向だなぁと頭が痛む。ルースさんは何故か私に男性が近付くとブリザードを吹かせるようになった。美人は不機嫌顔も美人という役に立たない知見を得た。
こら、威嚇しないのと振り返るとルースさんはほにゃっと笑う。タマが言うにはこれ私だけに見せる笑顔らしい。
私が顔を逸らすと絶対零度の眼差しで無表情になり、なにかしら用があって私に声を掛ける男性を視線だけで威圧してるそうな。
くるっとルースさんに振り返る。ちなみに私たちは採集依頼をこなしてギルドに採集した素材を卸しに来てる。
《三話目に続く》




