Episode:泥棒猫8
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
二日後、クロが城へ向かうべく身支度をしていると、キノばあさんがやってきた。
「ちょっと、手伝っておくれ。」
「え?なんだよ?」
クロが面倒臭そうに答える。
「ウチのチビが熱を出したんだよ。悪いけど、ウェスタームのところに連れて行ってくれないかい。」
「マジかよ……」
クロは溜息をついて、支度を中止した。
キノばあさんのあばら家へ行くと、数人いる子供のうちの一人が苦しそうに呻きながら横たわっていた。
「おい、ウェスタームのところに連れていくから、ちょっと我慢しろよ。」
クロは一声かけてから、子供を担ぎ上げた。
「じゃあ、頼むよ。」
「わかった。」
クロは小走りであばら家を出た。
ウェスタームはこの国に数人いる医者の一人だ。
どちらかと言えば、大衆を相手にしている医者だが、貧民街の人間も診てくれる貴重な人材である。
「ウェスターム、いるか?」
クロが入口で声をかけると、中から物腰が柔らかい、紳士然とした印象の男性が出てきた。
「おや、シービングキャットじゃないか。」
「その呼び方やめろ。」
「子供か?熱を出してるな。」
ウェスタームはすぐさまそう言った。
話が早い。
「ああ。診てもらっていいか。」
「構わないが、わかってるよね?」
「わかってる。」
クロは子供を引き渡すと、そのまま裏路地へ走り去った。
このウェスタームは医師としての腕は確かだが、貧民相手でも対価をしっかり求めてくる。その為こういう場合、クロが盗みを働いて、対価として差し出すのが定番となっている。
「ガゼボに行くのは、少し遅れるな……」
クロは走りながらぼやいた。
リーンは約束通り、ガゼボでクロのことを待っていた。
前回とは違う種類の紅茶と菓子を用意するという、念の入れようだ。
だが、約束の時間になっても、クロは姿を現さない。
「……なんか気に障ることしたかなぁ。」
リーンは前回のことを思い出しながら唸った。一回目より楽しく長時間話せていたような気はする。
だが、楽しかったのは自分だけという可能性もある。
考えてみれば、同世代の女の子と歓談するなど、リア意外とは殆どなかった。勢いに任せて気軽にやってしまったが、もう少し慎重に、相手のことを慮ってやるべきだったかもしれない。
などと考えていたら、足音が聞こえてきた。
「こんなところで何をしているんだ、兄上。」
だが、やってきたのはクロではなく、バアジだった。
「やあ、バアジ。君こそこんなところでどうしたんだい?」
リーンは内心のがっかりを悟られないようにしながら、笑顔で尋ね返した。
「僕はただ散歩していただけだよ。兄上と違って、僕は暇なんでね。」
バアジの言葉はいちいち棘がある。
「俺も大した用じゃないよ。心が落ち着くから、たまにここで休憩してるんだ。」
「紅茶と菓子まで用意してもらって?皇太子殿はいいね。」
バアジは紅茶と菓子の存在には気付いたが、それを不審がる様子はなかった。
「それより兄上。小耳に挟んだんだが、例の話は、ビア・ヴェサルで話を進めるそうだな。」
「ああ。それが国の為に最善だと判断した。」
リーンがそう言うと、バアジの顔がわずかに歪んだ。
「国の為、か……本当にそうなのか?」
「ん?どういうこと?」
キョトンとしてリーンが尋ねたが、バアジは不機嫌そうに鼻を鳴らしただけで、踵を返した。
「まぁ、僕には関係ないことさ。」
そう言い残して、バアジは立ち去っていく。
バアジの言葉の意図が、今一つわからなかったが、クロと鉢合わせされても嫌だったので、敢えて呼び止めることはしなかった。
その時だった。
「なんか、嫌味ったらしい奴だな。」
茂みから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あっ、クロ!もう来ないかと思ったよ。」
リーンの表情が打って変わって、ご主人に対面した犬のようになった。その様に溜息をつきがなら、クロが茂みから出てきた。
「悪かったな。ちょっと野暮用で遅くなった。」
予定より遅れたが、お茶会は無事に開催された。
「先に言っておきたいんだけどさ。」
開口一番、クロが口火を切った。
「なに?」
「ここで待ち合わせする時は、もうちょっと気を付けてくれよ。知らねぇ奴がいたから、咄嗟に隠れたけど、おまえ以外の奴と鉢合わせたら、一大事になっちまう。」
クロが苦言を呈すると、リーンはバツが悪そうに頭を掻いた。
「ごめん。普段は全然人が来ないんだけどね。まぁ、最悪、見つかったら、俺の皇太子権限で何とかするよ。」
リーンにしては珍しく、権限を振り翳す宣言をしてきた。
「まぁ、皇太子がそう言うなら、大丈夫か。」
クロは細かい権力構造はわかっていなかったが、皇太子なら大丈夫だろうと、とりあえず思った。
その後、話題は直前の一悶着のせいで、自然と話はリーンの家族に関することになった。
「さっきの嫌味野郎、おまえにタメ口だったってことは、あれも王族なのか?」
クロが尋ねた。礼儀作法の知識とかはあまりないはずだが、なかなかに鋭い。
「そうだよ。あれは弟のバアジ・フロー。」
「弟?年下なのに、何であんなに偉そうなんだ、あいつ。」
クロの言葉には容赦がない。
「う~ん、お互いの性格?かな。」
「せーかく?」
「うん。俺はまぁ、こういう性格でしょ?」
「人の上に立つのには、向かなさそうな性格だな。」
そして遠慮もない。
「まぁ、否定はできないな。対してバアジは、子供の頃から野心が強くて負けず嫌いな性格なんだ。加えて、仕切りたがりだし、誰かに命令されるのが大嫌いだ。」
「ほぉ~、兄弟でよくもそこまで違うもんだねぇ。」
クロは紅茶を啜りながら、適当に合いの手を入れている。
「多分、腹違いだからかな。」
「腹違い?っていうことは、母親が違うのか?」
「そう。俺は第一婦人の子なんだけど、俺を生んですぐ、産後の肥立ちが悪くて亡くなったらしい。バアジは後妻で来た第二婦人の子なんだ。第二婦人は今も健在だから、実は城内での立場的なものは、バアジのほうが有利だったりするんだ。」
「へぇ~、見かけによらず、おまえも苦労してるんだな。」
クロはやはり話半分で聞いている。
「でも、国の決まりで、皇太子は存命の長子がならなければならないから、俺が皇太子に選ばれただけ。それで、フロー一族のパワーバランスがここ数年微妙なんだよね。いっそのこと、バアジが兄で皇太子になればよかったのにって思うよ。」
「そうか?あんな嫌味野郎が国王になっても、碌なことにならないと思うけどな。」
クロがズバリと言うと、リーンは思わず苦笑いになった。
「そうでもないよ。バアジのあの性格は、父上に似ているからね。上に立てないから卑屈になってしまっているけど、本来はトップに立つのに向いているんじゃないかな。」
「だったら猶更だ。今の国王と同じような奴が後を継いだら、あたしらの生活はこのまま続くだけだろ。」
クロは何気なく言ったが、リーンはハッとしたような表情になった。
「そうか……」
「この前、おまえがあたしらの生活を変えるって言っただろうが。そういう奴が、少なくともあたしら大衆や貧民には必要なんだよ。他の貴族や王族はどうか知らないけどな。」
リーンの表情が暗くなる。
「そうだな……確かに、今の俺には味方が少ない。父上も第二婦人が健在だから、その子供であるバアジを可愛がっているし、城内でも俺はどちらかと言えば、腫物扱いだ。本当に信用できるのは、リアとクロしかいないかも。」
「おい、そこにあたしを混ぜるな。あたしは王族でも貴族でも使用人でもないし、第一貧民街の盗人だぞ?」
クロが釘を刺すと、リーンはニヤリと笑った。
「信用できるかどうかに、身分は関係ないさ。それに、国によっては、国王や貴族が、諜報の為に盗賊団のドンと繋がってたりすることもあるらしい。」
「マジかよ。」
「潔癖なだけでは、国政は出来ないってことだと思う。清濁併せ呑むくらいの器がないと、王にはなれないのかもね。」
「じゃあ、やっぱりおまえは、あの嫌味弟よりは王に向いた器なんじゃないか?なにしろ、シービングキャットと、定期的にお茶してるんだからな。」
「そうだといいけどね。」
そう言って、リーンは穏やかに笑った。
「そういえば、もう一人信用できるリアってのは、この前いた従妹のことだよな?」
「そうだよ。リアは父上の一番下の弟の一人娘で、現状、父親が皇位継承権最下位だから、王族としては扱われず、城で侍女をやることになったんだ。でも、同い年だっていうのもあって、子供の時からずっと遊んでたんだよね。」
「へぇ。」
若干、クロの反応がおざなりになった。
「リアは俺よりずっと頭がいいし、行動力もある。だから、城内で問題が起こったら、リアが密かに解決してくれることが多いんだ。」
「へぇ。」
「さっきの王の器の話で言えば、本当はリアが男に生まれていれば、一番良かったのかもしれないな。」
それはリーンの本心であることは、口調と表情から読み取れた。それだけ、あのリアという侍女は優秀で人間性もいいのだろう。
だが、なぜだかクロは、それがちょっとだけ気に食わなかった。
「まぁ、女に生まれちまったら、仕方ないんじゃねぇの?」
クロはそう言って、この話題を半ば強引に打ち切った。
「そういえば、年で思い出したけど、クロって何歳なの?俺より同じか少し下くらいかと、勝手に思ってたんだけど。」
リーンは素直に話題を切り替えてくれた。
「年?知らねぇよ。」
「そうなの!?」
また、リーンは驚いている。
「あたしは物心ついて時には、既にキノばあさんの家に厄介になってたけど、どこで生まれて、どうやってここまで流れ着いたのかは、キノばあさんもはっきり知らないらしい。一応、キノばあさんの所では、10年ちょっと世話になってたから、大体生まれて15年前後なんじゃないか?」
「貧民街では、そういうことも珍しくないのか?」
リーンは大真面目に訊いてくる。
「そういう奴はザラにいるよ。大部分は子供の内に野垂れ死ぬけどな。あたしは運がよかっただけだ。」
クロは当たり前のように言ったが、リーンにとってはショックな話だったらしい。深刻な顔で考え込んでしまった。
「……なんか、俺の出自の悩みが、恥ずかしくなってきた。貧民街では、子供が名前も年もわからずに、生きるか死ぬかの暮らしをしている。家族との確執がどうのこうのとか、言ってる場合じゃないよな。」
「いやまぁ、そっちの問題は、それも大変だと思うぞ。比べてどうのじゃなくて、質の問題だろ。」
「そうかなぁ。」
「そうだよ。どっちも深刻でどっちも大変なんだよ。特に、そっちのお家事情は、あたしらの生活にダイレクトに響くんだから、しっかりやってもらわないと困るんだよ。」
クロがリーンの額に指さしてそう言った。
誰かが見ていたら、不敬で処刑されかねない光景だ。
「そうだね。そういう子供をなくす為に、俺は自分の生活を何とかしなきゃならないんだよな。」
「そういうこった。せいぜい頑張れ。」
クロはそう言って、ようやくニコリと笑った。
それから間もなく、この日のお茶会はお開きとなった。




