Episode:泥棒猫6
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
翌日。
クロは午前中、城に行くかどうか、ギリギリまで悩んでいた。
「ああ~くそっ、どーすっかなぁ……」
寝床で呻いていると、隣のキノばあさんが覗き込んできた。
「どうしたんだい、そんなところで転げ回って。」
「食料調達でちょっと問題が起きたんだよ。くっそぉ。」
「じゃあ、すぐに解決すりゃいいじゃないか。」
「そんなに簡単じゃないから、悩んでるんだろうが。ていうか、あんたらの食い扶持に関わる話なんだからな。」
「だから、早く解決しろって言ってるんだよ。」
「簡単に言いやがって……」
クロはあからさまにイライラしている。
だが、キノばあさんはその様を眺めながら、眉を顰めた。
「儂には、そうは見えないけどねぇ。」
「何が?どう見えるってんだ?」
「年頃の小娘が、友達とか好きな子との関係で悩んでるのと、同じように見える。」
「なっ……ふざけんな!」
クロは一声叫んで、立ち上がった。
「どこ行くんだい?」
「お達しの通り、解決しに行くんだよ!」
クロはプリプリと怒りながら、あばら家から出ていった。
キノばあさんにつつかれたからというのもあるが、やはり、城内を通るあの道を塞がれるのは痛い。
クロはリーンの要求通り、城内のガゼボへ出向くことにした。
いつものように城壁の隠し穴を通ると、茂みに隠れ、例のガゼボに向かう。
念の為、一旦ガゼボの周りを迂回し、周囲に使用人や憲兵がいないか確認するが、これまたいつもの通り、周囲には人の姿はない。
「……本当に、あたしを捕らえる気はないのか?」
クロは怪訝そうな面持ちのまま、ガゼボの方に向かった。こちらも一応、先に茂みから様子を窺う。
ガゼボの中には、ニコニコ顔で座っているリーンの姿があった。クロが来るのを楽しみにしている気持ちが、全身から滲み出ている。
「あいつ、本当に待ってるよ……」
護衛もつけていない無防備さにクロは少々呆れたが、同時にそこまで信頼してくれているリーンに悪い気はしなかった。
「おい、来たぞ。」
ぶっきらぼうに言いながら、茂みから出ると、リーンが待ってましたとばかりガゼボから飛び出してきた。
「クロ!待ってたよ!ちょっと遅いから、来ないかと思って、ヒヤヒヤしてたんだ!」
予想以上の熱烈歓迎ぶりに、クロは犬の姿が思い浮かんだ。
「あたしが猫なら、おまえは犬だな。」
「えっ?何が?」
「何でもない。」
クロは素っ気なくあしらい、ガゼボへ向かった。
ガゼボの中にはテーブルが用意されており、その上にはクロが見たこともない菓子と、ティーセットが置かれていた。
「なにこれ?」
「一応、非公式とはいえ客人だからね。最低限だけど、おもてなしの準備をしたんだ。」
「そっか……」
クロはテーブルを挟んで、リーンと向かい合って座った。
貧民街に暮らしていて、こういう風にテーブルで誰かと向かい合うことは殆どないので、どうにも変な感じがする。
リーンは慣れた手付きでティーセットでお茶を用意すると、クロの前に置いた。見たことがないお茶だ。
「なんだ、これ?」
「紅茶っていうんだ。おいしいよ。」
「ふーん……」
クロは薦められるまま、紅茶を飲んでみた。
「……変わった香りのする、お湯だな。」
身も蓋もない感想に、リーンは吹き出した。
「僕の周りで、その感想言う人はいないなぁ。」
「なんだ?上流階級の人は、これをありがたがって飲むのが普通なのか?」
「そういうわけじゃないけど、僕がそんなこと言ったら、母上や先生に怒られるかな。」
「皇太子ってのは、てーへんなんだなぁ。」
クロはバカにしたように言った。
「じゃあ、そこのクッキーを一緒に食べてみなよ。紅茶の意味がわかるから。」
「クッキーを?」
クロは言われるがまま、クッキーを手に取り、口に放り込んだ。
すると、口の中に残っていた紅茶の香りと、クッキーの甘みが見事に調和し、得も言われぬ味へと変化した。
「なにこれ、すご!味と香りが変わった!っていうか、うまっ!」
クロは目を白黒させている。その反応が新鮮で面白かったのか、リーンは上機嫌で眺めている。
「喜んでもらえたみたいで、嬉しいよ。」
「おまえらは、いつもこんなに美味いもん食べて過ごしてるのか。ちょっとは、貧民街にも施せよ。」
クロが言うと、リーンは苦笑いを浮かべた。
「そうしたい、っていうのは昨日言った通りなんだけど、今の俺にはどうしようもなくてね。国民みんなが、こうやって紅茶やお菓子で、歓談できる国にするにが、一番いいはずなんだけどね。」
リーンは昨日の話の続きを始めた。
「でも、国王に毒を盛るのはダメなんだろ?だったら、今は自分が国王になるまでに、準備するしかないんじゃないか?具体的に何をどう準備すればいいのか、あたしにはわかんないけど。」
クロはクッキーを齧りながら言った。
「準備か……そうだな、今のうちにできることはあるかもしれない。あるかもしれないけど、懸案が多すぎて、何から手をつければいいかがわからないんだよね……」
リーンは腕を組んで考え始めた。
「あのさぁ、ごちゃごちゃ余計な事を考えすぎなんじゃねぇのか?おまえも、国王とか貴族もさぁ。」
「考えすぎ?」
クロの言葉に、リーンは目を瞬いた。
「あたしらは学がないし、その日暮らしだから、考え込んでたら、あっという間に飢え死にしちまう。だから、うだうだ考えないし、さっさと決めて、さっさと行動するんだよ。」
「だから、盗みを働くのか?」
リーンが真顔で尋ねてきた。
「そうだよ。あたしらは、まず金がない。稼ぐ手段もない。でも、食べなきゃ死ぬ。じゃあ、盗むしかない。以上。」
確かに非常にシンプルだ。
「そういえば訊きたかったんだけど、君は店に押し入ったりすることはなく、裕福そうな人を見つけては、盗んでいくらしいね。それはどうして?」
不意にリーンが質問してきた。
「別にこれも大した理由はねぇよ。貧乏な奴から盗んだら、そいつは餓死するかもしれないだろ。そんなの目覚めが悪いじゃねぇか。だから、多少盗んでも困らなさそうな奴から盗んでるんだよ。」
「商店に押し入らないのは?」
「あたしの塒の近くに住んでるキノばあさんが、昔商売やってたんだよ。でも、何度も盗みを働かれて、商売をやっていけなくなったんだと。商店にとって盗みってのは、それくらい致命的らしいぞ。それも目覚めが悪いからやらないんだ。」
「なるほど……商店における、盗難の被害については、俺も学んだことはないな。」
「そりゃ、王様には無縁だろうしな。」
クロは何気なく言ったが、リーンはそれを否定した。
「いや、むしろそういう庶民の生活のイロハこそ、王は学ばなければならないんじゃないか。それを知らず、政治のほうにばかり意識がいってるから、貧民街なんて生まれてしまう。民が本当の意味で暮らしやすい国とはどういう形か、その実像が今の父上や貴族達は思い描けていないんだ。」
「なんか小難しいことはわからんが……時期国王様が、あたし達のためになんかしてくれるってんなら、ありがたいことだとは思うよ。」
クロは適当な感想を返した。
すると、リーンは再び腕を組んで考え込んでしまった。
「でもなぁ……ヴェサルとの戦費もあるし……やっぱり、お金が……歳費と歳出にも限界が……う~ん……」
ぶつぶつ唸り続けるリーンに、クロは段々じれったくなってきた。
「あのさぁ、さっきも言ったけど、おまえらは余計なことを考えすぎなんだよ。」
「えっ?」
急に突っ込まれて、リーンは思わずフリーズした。
「いいか?まず貧民街をなくしたり、大衆の暮らしをよくする為にはどうすればいい?」
「抜本的には、お金を回すことかな。」
「じゃあ、その金がないのは何でだ?」
「えっと、理由は二つで……一つはヴェサルとの戦費が財務状況を圧迫しているから。もう一つは、歳入が少なくなってきてるからかな。」
「さいにゅう、って何だ?」
クロは聞いたことがない言葉だった。
「簡単に言えば、国に入ってくるお金のこと。原資は国民が納める税金だよ。長年の戦争で、国民の数が減ってるのと、貧民街が増えて、税金を納めない人が増えたのが、直接原因かな。」
「確かに、生まれてこの方、税金なんて納めたことねぇな。」
というか、何をどうしたら税金が発生して、どこに収めるかすら、クロは知らない。
「だから、今この国は国民が減って、歳入が減り、それで民衆に回すお金がなくなって、数少ない国民が貧民に落ち、さらに歳入が減るという悪循環に陥っているわけだ。」
「んで?それはわかったところで、どうすんだ?」
「それが……悪循環だから、悪くなっていく一方だということに……」
リーンはまた考え込み始めてしまった。
「でもさ、それってどこか一か所ひっくり返せば、良い循環になるんじゃないの?」
クロは何気なく思いついたことを言った。
本当に何気なく言ったのだが、リーンが驚愕した表情を向けてきて、クロは思わずビクッとなった。
「そうだ……確かに。国民に福祉という形でお金を回せば、民は豊かになり、歳入は増えてさらに民に使えるお金は増える。それに、暮らしが豊かになれば子供が生まれやすくなるから、国民の数も増える。一つ変えれば、循環は良くなるんだ。」
クロにはその重要性がよくわからなかったが、リーンには何か響いたらしい。
「じゃあ、後はそのひっくり返す何かを考えればいいだけじゃない?」
「いや、ひっくり返すところは決まっている。戦費だ。」
リーンは、これについては言い切った。
「戦費?ヴェサルとの戦争にかかってるお金?」
「ああ。戦費は言わば、人を殺す為のお金だ。今の話でいえば、マイナスでしかない。」
「でも、そこに金をかけるのをやめたら、ヴェサルが攻めてきて、この国は滅ぶんじゃないの?それはそれで、あたしも困るんだけど。」
クロは率直な感想を言ったが、リーンは首を横に振った。
「いや、今戦争は停戦中だけど、はっきり言ってこれは、両国とも惰性で続けているに過ぎない。」
「惰性?」
「言ってしまえば、それぞれの貴族達の意地とプライドの為だけ。そんなものの為に、多くの民が貧しい暮らしを強いられるなんて、絶対に間違ってる。」
いつものほんわかした雰囲気とは違い、リーンは険しい表情でそう言ってのけた。
その様子を見て、クロは初めてリーンが皇太子然としているように感じた。
「じゃあ、そのバカ貴族共を皆殺しにすれば、万事解決ってことか?」
クロがまた、さらっと物騒なことを言った。
「いやいやいや、それは大問題になるから。」
「暮らしがよくなるなら、あたしは喜んで殺るけど?」
「クロがそれ言ったら、現実味があるからやめて!」
確かに、重臣の暗殺程度なら、クロはやってのけるスペックがある。
「でも、だったらどうすんだよ?おまえが国王になるまで、待たなきゃなんねぇのか?」
クロが不服そうに言うと、リーンは首を横に振った。
「いや、これに関しては案がある。それに、ヴェサルのほうも、これ以上戦争を長続きさせられない事情がある。うまくすれば、短期間で状況を改善できるかもしれない。」
リーンの表情はあくまで真剣だ。そこまで、自分達のことを真剣に考えてくれる王族がいたことが、クロにとっては意外だった。
「そうか。細かいことはわからねぇけど、あたしらの暮らしを何とかしてくれるんなら、期待してるぜ。」
クロはそう言って、紅茶をまた啜った。
お喋りをしている間に時間は瞬く間に過ぎ、気が付けば夕暮れが近くなっていた。
「そろそろお開きにしようか。今日はありがとう。」
リーンに礼を言われて、クロは怪訝な表情になった。
「別にあたしは、紅茶啜って菓子食ってただけだけど。」
「そんなことないよ。クロの話はとても参考になったよ。俺達王族や貴族の凝り固まった思考だと、思いつけない発想がたくさんあった。リアにも相談して、色々やってみるよ。」
リーンは目を輝かせて言った。
なんだかよくわからないが、クロのお喋りは彼にとって画期的だったらしい。
「そうかい。まぁ、あたしは美味いもん食べられたから、それでいーや。」
クロはそれだけ言って、ガゼボから外に出た。
「クロ、次はいつにしようか?」
不意に背後から投げられた言葉に、クロは思わず振り向いてしまった。
「はぁ?まだやるのか?」
クロは完全に今回限りのつもりでいた。
「だって、まだまだ訊きたいことや話したいことがいっぱいあるんだもん。明日は?三日連続はムリ?」
せがんでくる姿は、まるで子供のようだ。先程の皇太子然とした雰囲気はどこへ行ったのか。
「あのなぁ、あたしは暇じゃねぇって言っただろ。」
「また別のお茶菓子とかも用意するからさ。」
「……」
急にクロは押し黙った。
「ダメかな?」
「……明日は流石にムリだけど、明後日ならいいよ。」
「やった!じゃあ、今日と同じ時間でいい?」
「……ああ。」
あからさまに食べ物で釣られた気がしたが、それくらい今日の紅茶とクッキーは美味しかった。貧民街で生活していたら、まずありつけない代物なのだ。
「じゃあ、明後日。忘れないでね!」
「わかった、わかった。」
クロは面倒くさそうに返事をして、茂みの中に消えていった。




