表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
街の本屋の泥棒猫  作者: 蒼碧
Episode:泥棒猫

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/141

Episode:泥棒猫6

原案:クズハ  見守り:蒼風 雨静  文;碧 銀魚

 翌日。

 クロは午前中、城に行くかどうか、ギリギリまで悩んでいた。

「ああ~くそっ、どーすっかなぁ……」

 寝床で呻いていると、隣のキノばあさんが覗き込んできた。

「どうしたんだい、そんなところで転げ回って。」

「食料調達でちょっと問題が起きたんだよ。くっそぉ。」

「じゃあ、すぐに解決すりゃいいじゃないか。」

「そんなに簡単じゃないから、悩んでるんだろうが。ていうか、あんたらの食い扶持に関わる話なんだからな。」

「だから、早く解決しろって言ってるんだよ。」

「簡単に言いやがって……」

 クロはあからさまにイライラしている。

 だが、キノばあさんはその様を眺めながら、眉を顰めた。

「儂には、そうは見えないけどねぇ。」

「何が?どう見えるってんだ?」

「年頃の小娘が、友達とか好きな子との関係で悩んでるのと、同じように見える。」

「なっ……ふざけんな!」

 クロは一声叫んで、立ち上がった。

「どこ行くんだい?」

「お達しの通り、解決しに行くんだよ!」

 クロはプリプリと怒りながら、あばら家から出ていった。


 キノばあさんにつつかれたからというのもあるが、やはり、城内を通るあの道を塞がれるのは痛い。

 クロはリーンの要求通り、城内のガゼボへ出向くことにした。

 いつものように城壁の隠し穴を通ると、茂みに隠れ、例のガゼボに向かう。

 念の為、一旦ガゼボの周りを迂回し、周囲に使用人や憲兵がいないか確認するが、これまたいつもの通り、周囲には人の姿はない。

「……本当に、あたしを捕らえる気はないのか?」

 クロは怪訝そうな面持ちのまま、ガゼボの方に向かった。こちらも一応、先に茂みから様子を窺う。

 ガゼボの中には、ニコニコ顔で座っているリーンの姿があった。クロが来るのを楽しみにしている気持ちが、全身から滲み出ている。

「あいつ、本当に待ってるよ……」

 護衛もつけていない無防備さにクロは少々呆れたが、同時にそこまで信頼してくれているリーンに悪い気はしなかった。

「おい、来たぞ。」

 ぶっきらぼうに言いながら、茂みから出ると、リーンが待ってましたとばかりガゼボから飛び出してきた。

「クロ!待ってたよ!ちょっと遅いから、来ないかと思って、ヒヤヒヤしてたんだ!」

 予想以上の熱烈歓迎ぶりに、クロは犬の姿が思い浮かんだ。

「あたしが猫なら、おまえは犬だな。」

「えっ?何が?」

「何でもない。」

 クロは素っ気なくあしらい、ガゼボへ向かった。


 ガゼボの中にはテーブルが用意されており、その上にはクロが見たこともない菓子と、ティーセットが置かれていた。

「なにこれ?」

「一応、非公式とはいえ客人だからね。最低限だけど、おもてなしの準備をしたんだ。」

「そっか……」

 クロはテーブルを挟んで、リーンと向かい合って座った。

 貧民街に暮らしていて、こういう風にテーブルで誰かと向かい合うことは殆どないので、どうにも変な感じがする。

 リーンは慣れた手付きでティーセットでお茶を用意すると、クロの前に置いた。見たことがないお茶だ。

「なんだ、これ?」

「紅茶っていうんだ。おいしいよ。」

「ふーん……」

 クロは薦められるまま、紅茶を飲んでみた。

「……変わった香りのする、お湯だな。」

 身も蓋もない感想に、リーンは吹き出した。

「僕の周りで、その感想言う人はいないなぁ。」

「なんだ?上流階級の人は、これをありがたがって飲むのが普通なのか?」

「そういうわけじゃないけど、僕がそんなこと言ったら、母上や先生に怒られるかな。」

「皇太子ってのは、てーへんなんだなぁ。」

 クロはバカにしたように言った。

「じゃあ、そこのクッキーを一緒に食べてみなよ。紅茶の意味がわかるから。」

「クッキーを?」

 クロは言われるがまま、クッキーを手に取り、口に放り込んだ。

 すると、口の中に残っていた紅茶の香りと、クッキーの甘みが見事に調和し、得も言われぬ味へと変化した。

「なにこれ、すご!味と香りが変わった!っていうか、うまっ!」

 クロは目を白黒させている。その反応が新鮮で面白かったのか、リーンは上機嫌で眺めている。

「喜んでもらえたみたいで、嬉しいよ。」

「おまえらは、いつもこんなに美味いもん食べて過ごしてるのか。ちょっとは、貧民街にも施せよ。」

 クロが言うと、リーンは苦笑いを浮かべた。

「そうしたい、っていうのは昨日言った通りなんだけど、今の俺にはどうしようもなくてね。国民みんなが、こうやって紅茶やお菓子で、歓談できる国にするにが、一番いいはずなんだけどね。」

 リーンは昨日の話の続きを始めた。

「でも、国王に毒を盛るのはダメなんだろ?だったら、今は自分が国王になるまでに、準備するしかないんじゃないか?具体的に何をどう準備すればいいのか、あたしにはわかんないけど。」

 クロはクッキーを齧りながら言った。

「準備か……そうだな、今のうちにできることはあるかもしれない。あるかもしれないけど、懸案が多すぎて、何から手をつければいいかがわからないんだよね……」

 リーンは腕を組んで考え始めた。

「あのさぁ、ごちゃごちゃ余計な事を考えすぎなんじゃねぇのか?おまえも、国王とか貴族もさぁ。」

「考えすぎ?」

 クロの言葉に、リーンは目を瞬いた。

「あたしらは学がないし、その日暮らしだから、考え込んでたら、あっという間に飢え死にしちまう。だから、うだうだ考えないし、さっさと決めて、さっさと行動するんだよ。」

「だから、盗みを働くのか?」

 リーンが真顔で尋ねてきた。

「そうだよ。あたしらは、まず金がない。稼ぐ手段もない。でも、食べなきゃ死ぬ。じゃあ、盗むしかない。以上。」

 確かに非常にシンプルだ。

「そういえば訊きたかったんだけど、君は店に押し入ったりすることはなく、裕福そうな人を見つけては、盗んでいくらしいね。それはどうして?」

 不意にリーンが質問してきた。

「別にこれも大した理由はねぇよ。貧乏な奴から盗んだら、そいつは餓死するかもしれないだろ。そんなの目覚めが悪いじゃねぇか。だから、多少盗んでも困らなさそうな奴から盗んでるんだよ。」

「商店に押し入らないのは?」

「あたしの塒の近くに住んでるキノばあさんが、昔商売やってたんだよ。でも、何度も盗みを働かれて、商売をやっていけなくなったんだと。商店にとって盗みってのは、それくらい致命的らしいぞ。それも目覚めが悪いからやらないんだ。」

「なるほど……商店における、盗難の被害については、俺も学んだことはないな。」

「そりゃ、王様には無縁だろうしな。」

 クロは何気なく言ったが、リーンはそれを否定した。

「いや、むしろそういう庶民の生活のイロハこそ、王は学ばなければならないんじゃないか。それを知らず、政治のほうにばかり意識がいってるから、貧民街なんて生まれてしまう。民が本当の意味で暮らしやすい国とはどういう形か、その実像が今の父上や貴族達は思い描けていないんだ。」

「なんか小難しいことはわからんが……時期国王様が、あたし達のためになんかしてくれるってんなら、ありがたいことだとは思うよ。」

 クロは適当な感想を返した。

 すると、リーンは再び腕を組んで考え込んでしまった。

「でもなぁ……ヴェサルとの戦費もあるし……やっぱり、お金が……歳費と歳出にも限界が……う~ん……」

 ぶつぶつ唸り続けるリーンに、クロは段々じれったくなってきた。

「あのさぁ、さっきも言ったけど、おまえらは余計なことを考えすぎなんだよ。」

「えっ?」

 急に突っ込まれて、リーンは思わずフリーズした。

「いいか?まず貧民街をなくしたり、大衆の暮らしをよくする為にはどうすればいい?」

「抜本的には、お金を回すことかな。」

「じゃあ、その金がないのは何でだ?」

「えっと、理由は二つで……一つはヴェサルとの戦費が財務状況を圧迫しているから。もう一つは、歳入が少なくなってきてるからかな。」

「さいにゅう、って何だ?」

 クロは聞いたことがない言葉だった。

「簡単に言えば、国に入ってくるお金のこと。原資は国民が納める税金だよ。長年の戦争で、国民の数が減ってるのと、貧民街が増えて、税金を納めない人が増えたのが、直接原因かな。」

「確かに、生まれてこの方、税金なんて納めたことねぇな。」

 というか、何をどうしたら税金が発生して、どこに収めるかすら、クロは知らない。

「だから、今この国は国民が減って、歳入が減り、それで民衆に回すお金がなくなって、数少ない国民が貧民に落ち、さらに歳入が減るという悪循環に陥っているわけだ。」

「んで?それはわかったところで、どうすんだ?」

「それが……悪循環だから、悪くなっていく一方だということに……」

 リーンはまた考え込み始めてしまった。

「でもさ、それってどこか一か所ひっくり返せば、良い循環になるんじゃないの?」

 クロは何気なく思いついたことを言った。

 本当に何気なく言ったのだが、リーンが驚愕した表情を向けてきて、クロは思わずビクッとなった。

「そうだ……確かに。国民に福祉という形でお金を回せば、民は豊かになり、歳入は増えてさらに民に使えるお金は増える。それに、暮らしが豊かになれば子供が生まれやすくなるから、国民の数も増える。一つ変えれば、循環は良くなるんだ。」

 クロにはその重要性がよくわからなかったが、リーンには何か響いたらしい。

「じゃあ、後はそのひっくり返す何かを考えればいいだけじゃない?」

「いや、ひっくり返すところは決まっている。戦費だ。」

 リーンは、これについては言い切った。

「戦費?ヴェサルとの戦争にかかってるお金?」

「ああ。戦費は言わば、人を殺す為のお金だ。今の話でいえば、マイナスでしかない。」

「でも、そこに金をかけるのをやめたら、ヴェサルが攻めてきて、この国は滅ぶんじゃないの?それはそれで、あたしも困るんだけど。」

 クロは率直な感想を言ったが、リーンは首を横に振った。

「いや、今戦争は停戦中だけど、はっきり言ってこれは、両国とも惰性で続けているに過ぎない。」

「惰性?」

「言ってしまえば、それぞれの貴族達の意地とプライドの為だけ。そんなものの為に、多くの民が貧しい暮らしを強いられるなんて、絶対に間違ってる。」

 いつものほんわかした雰囲気とは違い、リーンは険しい表情でそう言ってのけた。

 その様子を見て、クロは初めてリーンが皇太子然としているように感じた。

「じゃあ、そのバカ貴族共を皆殺しにすれば、万事解決ってことか?」

 クロがまた、さらっと物騒なことを言った。

「いやいやいや、それは大問題になるから。」

「暮らしがよくなるなら、あたしは喜んで殺るけど?」

「クロがそれ言ったら、現実味があるからやめて!」

 確かに、重臣の暗殺程度なら、クロはやってのけるスペックがある。

「でも、だったらどうすんだよ?おまえが国王になるまで、待たなきゃなんねぇのか?」

 クロが不服そうに言うと、リーンは首を横に振った。

「いや、これに関しては案がある。それに、ヴェサルのほうも、これ以上戦争を長続きさせられない事情がある。うまくすれば、短期間で状況を改善できるかもしれない。」

 リーンの表情はあくまで真剣だ。そこまで、自分達のことを真剣に考えてくれる王族がいたことが、クロにとっては意外だった。

「そうか。細かいことはわからねぇけど、あたしらの暮らしを何とかしてくれるんなら、期待してるぜ。」

 クロはそう言って、紅茶をまた啜った。


 お喋りをしている間に時間は瞬く間に過ぎ、気が付けば夕暮れが近くなっていた。

「そろそろお開きにしようか。今日はありがとう。」

 リーンに礼を言われて、クロは怪訝な表情になった。

「別にあたしは、紅茶啜って菓子食ってただけだけど。」

「そんなことないよ。クロの話はとても参考になったよ。俺達王族や貴族の凝り固まった思考だと、思いつけない発想がたくさんあった。リアにも相談して、色々やってみるよ。」

 リーンは目を輝かせて言った。

 なんだかよくわからないが、クロのお喋りは彼にとって画期的だったらしい。

「そうかい。まぁ、あたしは美味いもん食べられたから、それでいーや。」

 クロはそれだけ言って、ガゼボから外に出た。

「クロ、次はいつにしようか?」

 不意に背後から投げられた言葉に、クロは思わず振り向いてしまった。

「はぁ?まだやるのか?」

 クロは完全に今回限りのつもりでいた。

「だって、まだまだ訊きたいことや話したいことがいっぱいあるんだもん。明日は?三日連続はムリ?」

 せがんでくる姿は、まるで子供のようだ。先程の皇太子然とした雰囲気はどこへ行ったのか。

「あのなぁ、あたしは暇じゃねぇって言っただろ。」

「また別のお茶菓子とかも用意するからさ。」

「……」

 急にクロは押し黙った。

「ダメかな?」

「……明日は流石にムリだけど、明後日ならいいよ。」

「やった!じゃあ、今日と同じ時間でいい?」

「……ああ。」

 あからさまに食べ物で釣られた気がしたが、それくらい今日の紅茶とクッキーは美味しかった。貧民街で生活していたら、まずありつけない代物なのだ。

「じゃあ、明後日。忘れないでね!」

「わかった、わかった。」

 クロは面倒くさそうに返事をして、茂みの中に消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ