Side:人36
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
年が明けた1月1日と2日は、思いがけず忙しくなった。
御船書房がある商店街を抜けた先には神社があり、初詣のついでにクロに新年の挨拶をしていく客が多かったからである。
接客はクロと結花が主に務め、修一は通販の処理と棚の整理、仕事始め以降のフェアの準備などをせっせとこなしていた。
そうして、1月3日。
修一と結花が楽しみにしていた新年会の日がやってきた。
「あけおめことよろ~」
莉愛がやってきたのは、閉店時間の30分ほど前だった。
「あっ、莉愛さん。あけましておめでとうございます。」
「みゃー」
レジにいた結花とクロが、形式通りの新年の挨拶をした。が、すぐにその表情が怪訝なものに変わった。莉愛の後ろに、見知らぬ中年の男女がいたからだ。
莉愛の声が聞こえたからか、バックルームで作業をしていた修一がこちらへ来る気配がした。
「莉愛か。あけましておめでとう。今年もよ―えっ!?」
途端に修一が叫んだ。
「父さん、母さん!?」
「ええっ!?」
驚愕する修一に、結花も驚いて目を丸くした。
莉愛の後ろにいたのは、どうやら修一の父親と母親らしい。
「修一、あけましておめでとう。毎年、年末年始もお盆も帰ってこないから、こちらから来たぞ。」
修一の父親がにこやかに笑いながら言った。
「修一、久しぶり。元気そうでよかったわ。」
母親のほうも穏やかに言ったが、当の修一は驚きすぎて、完全にフリーズしている。
「えっと……うん、ごめん、帰ってなくて。」
そのまま、ぎこちない修一と、穏やかそうな両親が会話を始めたが、その様子を見た結花が、小声で莉愛に話しかけた。
「あの、修一さんからご両親の話って殆ど聞いたことがないんだけど、もしかして、何か仲がよくないとか、そういう事情があったりする?」
莉愛はちょっとだけ苦笑いを浮かべた。
「事情ってほどのものじゃないけど、長いこと会ってなさ過ぎて、気まずくなってるって感じ?結花ちゃんにはピンとこないと思うけど、親子が離れて暮らすと、こういうことってたまにあるのよ。」
「はぁ……」
確かに、最後まで親と同居していた結花には、ピンとこない感覚だった。
と、しばらく修一と話していた両親が、結花のほうにやってきた。
「すみません、挨拶が遅れました。息子に会ったのが久々だったもので。修一の父の河瀬修平と申します。こちらは妻の一子です。」
「河瀬一子と申します。」
二人は丁寧に頭を下げたので、釣られて結花も頭を下げた。
「御船結花と申します。この御船書房の店主をやっています。河瀬修一さんの雇い主で、えっと……」
「修一君のフィアンセ~」
莉愛がすかさず挟み込んだ。
「ちょっと、莉愛さん!」
「莉愛、おい!」
慌てふためく結花と修一だったが、莉愛は涼しい顔をしている。
その言葉を聞いて、両親はフワッと明るい顔になった。
「まぁ~、あなたがそうなのね。莉愛から聞いてたけど、こんな息子を好いてくれて、ありがとう!」
一子がグッと結花の手を握った。その目尻には涙すら見える。
「本当にありがとう。不祥の息子だから、河瀬家の家仕舞いや墓仕舞いをどうするか、最近親戚中で相談してたんですよ。孫の顔なんて、とっくに諦めてたし、私達がいなくなった後、息子が死ぬまでどうすればいいか、ずっと悩んでいたんです。」
「は、はぁ……」
戸惑う結花に構うことなく、修平が豪快に笑って見せる。
「いや、俺の親戚内の評価、どれだけ低いんだよ……」
傍らで聞いていた修一が、思わずぼやいた。
河瀬夫婦と莉愛には二階で待ってもらい、結花と修一は予定通り十五時に閉店作業を始めた。
「まさか、莉愛が父さんと母さんを連れてくるとは思わなかったなぁ。」
作業をしながら、修一はポソリとつぶやいた。
「莉愛さんのことだから、最初からこのつもりだったのかもしれないね。」
「確かに。そもそも、あいつがここに様子見に来た理由は、父さんと母さんに頼まれてだったらしいからね。」
「半年足らずで、速やかにミッションをクリアされちゃった感じかな。」
「少し癪だけど。」
修一は苦笑いするしかなかった。
「それにしても、こんな形で修一さんのご両親にご挨拶することになるなんて、思わかったなぁ。」
結花は多少緊張しているようだ。
「それに関しては、本っ当にごめん。莉愛が強引なことしてくれたもんだから……」
「まぁ、莉愛さんがこういうことやる時は、責任取ってフォローしてくれるから、大丈夫だと思うよ。」
「あの見た目と年で、そういうところの筋をきちんと弁えてる辺りが、あいつの厄介なところでもあるけどね。」
修一は再び溜息をついた。
閉店作業が終わると、修一と結花は、クロを連れて二階へ向かった。
リビングでは、修一の両親がテレビを見ながら寛いでおり、台所で莉愛が何やら作業をしていた。
「あっ、来た来た。一応、晩ご飯の下準備は始めてるから、修一君はクロ公と一緒に伯父さん達と歓談してて。結花ちゃん、メインの料理は任せるから。」
莉愛がテキパキと指示を出す。
「えっ、莉愛、おまえ料理とかできたの?」
「失礼な!結花ちゃんほど上手くはないけど、普通の料理くらいはできるっての!」
修一は鍋掴みで頭をスパーンと叩かれた。
その後、修一は夕食ができるまでの間、両親と色々と話した。
とりあえず、クロの紹介。
前職を辞めた経緯と、それを黙っていたことの言い訳及び謝罪。
結花との出逢いと、御船書房で働き始めた経緯。
最後に、意図せずドラマチックになったプロポーズの流れ、などなど。
「そんな大変なことになってたのか……」
修平が腕を組んで唸った。
「なんで、こっちに相談してくれなかったの?」
一子が尋ねると、修一は気まずそうに頭を掻いた。
「いや、心配かけたくなかったし……」
「親なんだから、心配くらい何でもないさ。私達はまだまだ元気なんだし、力になれることなら何でも力になるから、頼ってくれていいんだぞ。」
修平の力強い言葉に、修一はちょっとハッとした。
何となく、親とは疎遠でいる気がしていたが、どうもそれは修一自身の思い過ごしだったらしい。
修一は心のどこかで、人に頼ることが、よくないことだと思っていた。誰も頼りにすることなく、一人で何でもこなせるのが立派な大人であり、自分もまたそれを目指してがんばらなければならないと、勝手に思っていたのだ。
だが、その結果仕事を続けられなくなり、行き詰ってしまった。
そこに現れたのが、全力で自分を頼ってくるクロだった。
クロは当時まだ子猫で、修一が世話をしなければ、命はなかった。だが、当時の修一にはクロの面倒を見るだけの甲斐性がなく、偶然出逢った結花に頼ることになった。
それからは、色々な人に頼りっ放しだったが、同時に結花やそれ以外の人に頼られることも多くなったし、クロは相変わらず修一にべったりだ。
結局、修一が辿り着いた答えは、誰にも頼らず生きる、ではなく、誰かに頼り頼られながら、色々なことをできるようにしていく……という、至極当たり前のことだった。
そんな当たり前のことがわかっていなかったから、修一は未熟なガキだったのだ。
そして、それは親といえども、例外ではない。
「……わかった。気が早いけど、もし結花さんと結婚したり、子供ができたりしたら、父さんと母さんを頼らなきゃならないことは、たくさんあると思う。その時は、よろしく。」
修一が気恥ずかしそうに言うと、二人は嬉しそうに頷いた。
その後、結花と河瀬夫婦の顔合わせを兼ねた新年会が本格的に始まった。
河瀬夫婦としては、やはり結花の人となりに興味があったようで、息子の修一を差し置いて、結花へ話しかけてばかりとなった。怒涛の質問攻めに、結花は多少大変そうだったが、間々に莉愛がフォローを入れたり、話題を変えたりと、巧みに舵を切ってくれたので、初対面の割には、歓談は恙なく進んだ。
何より、結花が用意した夕食が河瀬夫婦にも好評で、胃袋を掴むことの大切さを修一は改めて実感した。
そうして、新年会は和やかな雰囲気のまま終了し、斯くして、修一と結花は親公認の仲になったのだった。




