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街の本屋の泥棒猫  作者: 蒼碧
Side:人

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40/146

Side:人37

原案:クズハ  見守り:蒼風 雨静  文;碧 銀魚

 三箇日が終わると、御船書房にはまた忙しい日々が戻ってきた。

 年が変わっても、クロの人気は相変わらずで、リアル店舗・SNS共に客と話題集めに事欠かなかった。

 莉愛のほうは、これまでの活動に加え、料理や美容系の本を出しているインフルエンサーと繋がるようになり、本人が御船書房を訪れる、ということが度々起こるようになってきた。

 そこから、結花が本人と交渉し、書籍の発売日にサイン会などのイベントを開催に漕ぎつけ、この年の間に三回のイベントを行うことに成功した。このサイン会を始めとしたイベントは、いずれも好評を博し、取次だけでなく書店業界の中でも、御船書房はちょっと知られる存在になっていった。

 ちなみに、御船書房を訪れるクリエイターやインフルエンサーにも、クロは大変好評だった。


 一方、これらの躍進の裏で、修一は殆ど表には出ず、裏方に徹していた。

 イベントやSNSでの活動が増えると、書店の顔である結花の手が取られることが多くなってきたので、年の後半は接客や本の陳列返本、通販などの実務作業はほぼ修一の独壇場となった。

「河瀬さんも、たまには取材とかを御船さんと一緒に受けたらどうですか?」

 ある時、丸山が打ち合わせの合間にそんなことを言ってきた。

 だが、修一は首を横に振った。

「昨年末、忘年会に突撃して、そちらの専務に啖呵切ったときに思ったんですが、俺は人前で派手なことをやるのには向いてません。というか、もう二度とやりたくないです。」

 修一はこうして黙々と裏方作業をやり、たまに客や取材に来た人や、サイン会をしに来たクリエイターと話せるくらいが、ちょうどよかった。

「そんなもんですかねぇ……」

 逆に表舞台で動き回るのが好きな丸山には、理解できないようだった。


 そうして、御船書房を巡る状況が劇的に変わる中で、もう一つ大きな変化があった。

 5月になった時点で、修一が御船書房で働き始めてから1年となったのだが、それを機会に、財布を一つにすることになったのだ。

 これまでの1年間は、修一は御船書房に雇われている形で、給料を支払われていたのだが、それをなくして、結花が一括して二人の生活費を管理することとなった。これは、結婚を視野に入れての資金作りの為でもあった。

 元々、修一も結花も金がかかる趣味を持っていなかったので、出費が少なく、前述のイベントやフェアが次々に成功を収めたこともあって、資金は比較的順調にたまっていった。

「昨年までだと、考えられない収益だね。」

 梅雨終盤頃、半年間の収益を計算していた結花がつぶやいた。

「結花さんががんばった成果だよ。それにクロも莉愛も協力してくれてるし、頭が上がらないなぁ。」

 修一がしみじみと言うと、

「修一さんが下支えしてくれてるのも、また成果だよ。」

 結花がにこやかに付け足した。

「俺は普通に書店業務やってるだけになってるけどね。」

「なんでも、基本を疎かにしちゃダメなものだよ。どんなに有名になろうが、イベントをたくさんやろうが、ここはあくまで書店なんだから。ちゃんと本を仕入れて、売らなきゃダメなの。現状、書店としてここが機能しているのは、修一さんのおかげなんだから、ある意味一番大事なまであるよ。」

 そう言ってもらえると、修一も報われる気になるというものだ。

「みゃん」

 膝の上のクロも、一応、労ってくれたらしい。

「二人とも、ありがとう。俺ももっとがんばるよ。これから、色々お金がかかる予定だし。」

「そうだね。」

 二人は笑いあった。

 クロは微妙に不機嫌だった。

「ところで、話は変わるんだけど。」

 不意に修一が言った。

「はい?」

「この前、ウチの両親が挨拶に来たけど、結花さんのお母さんへの挨拶はどうしよう?」

「あー……」

 珍しく、結花の返答の歯切れが悪い。

「えっと、行かないほうがいい感じ?」

 修一が恐る恐る尋ねる。

「そうだね。お母さんは元気だけど、お父さんとちょっと酷い別れ方したから、長らく連絡はとってないからね。」

「酷い別れ方?」

「すぐに違う人と結婚して、そこで別の子のお母さんやってる。それでわかる?」

「ああ……なるほど。」

 それ以上はツッコめない感じだ。

「最後に会ったのも、何年も前だし、手紙で知らせるだけでいいかな。向こうもそのほうがいいと思う。」

「わかった。となると、あとやっておくのは、あれだけか。」

「あれ?」

 修一のつぶやきに、結花が首を傾げた。


 修一がやろうと言ったのは、結花の父親の墓参りだった。

 店を閉めて行くつもりだったが、ちょうど莉愛が暇をしているとのことで、店番を買って出てくれた。

 レジの使い方は、修一が数日前に教え、クロと莉愛が店を見ていてくれる間に、二人は結花の父親が眠る墓へ来た。

「寝室に位牌があるのもあって、墓参りに来るのは初めてだね。」

 結花が声をかけたが、修一は若干緊張していた。

 墓前とはいえ、結花の父親に結婚の報告をするとなると、妙な緊張感がある。

 用意してきた墓花を供え、蠟燭を立てて線香を焚く。

「よし。」

 修一は準備を整えると、結花と共にそっと手を合わせた。

 特段、声を出して何かは言わなかったが、心の中で結花の父親に挨拶をし、結婚の報告をした。

 ここまで、緊張を強いられた墓参りは、生まれて初めてだった。

「じゃあ、帰ろっか。」

 結花が声をかけた。

「ああ。」

 修一は頷いて、立ち上がった。

 普通の結婚報告とは違い、許しを得たのか否かがわからない。

 それでも、不思議と前へ進んでいいという気持ちにはなった。

「大丈夫。修一さんなら、お父さんもお母さんも歓迎してくれるよ。」

 結花は帰り際、そう言って微笑んだ。


 店に戻ると、莉愛とクロがレジで暇そうにしていた。

「あっ、お帰り~。」

 莉愛がヒラヒラと手を振った。

「戻りました。一人でしたけど、大丈夫でした?」

 結花が尋ねると、莉愛は手でブイサインを作った。

「客2人しか来なかったから、ヨユーだったよ。」

 莉愛の返答に、修一が首を傾げた。

「莉愛が店番してるってなったら、もっと人が押しかけるんじゃないかと思ったけど、そうでもないんだな。」

「だって、今日ここで店番してるって、SNSにあげてないもん。ステルスで動くのも、あたし達には必要な能力なの。」

「へぇ~……」

 有名人は常に人に追いかけられている印象があったが、そういうものでもないらしい。

「それで、ちゃんと結花ちゃんのお父さんに挨拶できた?」

「うん。」

「そっか。じゃあ、本格的に家族になる用意を始めなきゃね。」

 莉愛がなぜかクロを眺めながら言った。

「みゃん。」

 そして、クロも莉愛を見つめて小さく返事した。


 その晩から、クロは寝室に来なくなった。

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