Side:人28
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
引っ越しから更に3日後、丸山から注文品が入荷するとの連絡があった。
上司にかけあった効果があったのか、注文から一週間にして、一気に八割くらい入ってくるとのことだった。
流石に凄まじい冊数になるので、丸山が早朝から手伝いに来てくれるとのことだ。
「明日は重労働になりそうですね。」
連絡を受け、結花が修一に言った。
「そうですね、売上があがるのはいいことですが、作業量がえぐいですね。」
実際、結花とちょっと妙な雰囲気になったのは初日だけで、その後は普通に生活が続いており、同じ寝室というのも、慣れてきていた。
ただ、クロは毎晩、修一を鉄壁ガードしたままだが。
「多分、裏のプレハブに入りきらないので、明日は直接荷物を受け取りましょう。大体、六時半から七時の間にトラックが来るので、丸山さんにもその辺りで来てくれるよう、お願いしました。」
「じゃあ、俺も一緒に早起きして作業ですね。」
「ちゃんと、時間外分はお給料出しますので、お願いします。」
一緒に暮らすようになっても、結花はこういうところは疎かにしない。
そこだけでも、経営者としては優秀だった。
翌朝、結花と修一は五時起きで準備を始め、六時過ぎには、一階でスタンバイとなった。
間もなく、丸山がワゴン車で登場した。
「おはようございまーす!」
朝から元気がいいのは、流石は営業職といったところか。
「おはようございます。いつもと車が違いますね。」
修一が挨拶がてら尋ねた。いつもは、社用車と思われる、取次のロゴが入った軽自動車でやってくるからだ。
「マンションまで何往復もしなきゃならないのが怠いんで、会社のワゴン車をパクってきました。早い者勝ちなんで、早朝でむしろよかったっすわ。」
相変わらず、こういうところは要領がいい。
間もなく、業者のトラックがやってきた。
書店の前に停められ、ガタイのいいドライバーのおっさんが、降りてくる。
「あっ、おはようございます。」
今度は結花が挨拶をして、ドライバーと談笑している。
どうやら、結花は何度も会ったことがあるみたいだが、修一は見るのが初めてだった。
「今日やけに荷物が多くて、大変だったぜ。」
おっさんがそう言うと、結花が申し訳なさそうに頭を下げた。
「お手数をおかけてしてすみません。こちらのわがままで……」
「いや、いいってことよ。昔はこんくらいの配達が当たり前だったし、久々の荷物の量に、懐かしいまであったからよ。」
この辺りの書店業界に思うところは、大体みんな同じらしい。
その後、談笑もそこそこに、荷物の搬入作業が始まった。
どうやら、今回の注文品だが、普通の荷物とごちゃ混ぜになっているようで、降ろしながら仕分けしていく形になった。
ドライバーが荷台から荷物をどんどんと降ろしていき、修一と結花と丸山が中身を確認、通販用のものは丸山が乗ってきたワゴン車に乗せていき、それ以外は御船書房のバックルームに運び込んでいく。
中には、普通の補充本と通販用の注文本が一緒に梱包されているものもあったが、それはバックルームに一旦運び込み、開けてから仕分けすることとなった。
一時間弱で荷物の搬入は終わり、ドライバーは次の配達先へ向かっていった。
結花が店に残って普通の荷物の処理と開店作業を行い、丸山と修一がマンションへ運び込みを行う。
「じゃあ、行って来ますので。」
修一が声をかけると、結花がヒラヒラと手を振った。
丸山の運転でマンションへ向かい、手分けして荷物をマンション内に運び込んでいく。荷物を運び終えると、一気に梱包を開けていき、種類別に分けて、床に並べていった。
地上一メートル近い本のタワーが、いくつもマンションの中に建っていく。
「こうなると、壮観ですね。」
修一がつぶやくと、丸山がハハハと笑った。
「取次の倉庫はこんな光景が延々と広がってますよ。あれを書店ごとに仕分けすると思うと、見てて眩暈するから、僕は営業でよかったなと思いますけどねー」
そう言う丸山だが、ここまでの作業はかなりテキパキとやってのけている。
かなりの重労働だが、冬とはいえ、汗一つ流さず、涼しい顔でこなしているところを見る限り、決して力作業が苦手というわけでもないのだろう。
「丸山さんは凄いですね。」
「ん?何がっすか?」
ふと、修一がつぶやくと、丸山はとぼけた返事を返してきた。
「いや、俺も前職は営業でしたけど、丸山さんみたいに機転を利かしたり、時間勝負で動いたりできなかったです。その上、こういう力仕事もさらっとこなすし、人当たりもいいし。多分、こうやって取引先の負担が大きい作業が発生するってなっても、手伝おうっていう発想自体が、俺にはなかったです。」
「んー、僕は何となくやってるだけっすけどね。こうしたほうがいいかなー、とか、こうやったほうが相手は喜ぶかなー、とか。」
丸山はあくまであっけらかんとしている。
「その、どうしたら相手が喜ぶかわかるのが凄いです。それさえわかれば、仕事も人間関係も、何でもうまくいきそうですよね。」
「いやー、そんなことないっすよ。僕も失敗することはよくあるし、人間関係で思うようにいかないこともありますから。」
「そんなことあるんですか?」
修一が怪訝そうに尋ねると、丸山はニヤリと笑った。
「そうですねぇ……例えば河瀬さん、あなたのことなんかがそうですね。」
「えっ?俺?」
思わぬ返しに、修一は目を丸くした。
「まぁ、今だから言いますけど、御船結花さんのこと、ちょっと狙ってたんですよ、僕。」
「えっ!?」
思わぬカミングアウトに、修一は思わず手を止めて叫んでしまった。
「だって、可愛いじゃあないですか、御船さん。しかも、僕が担当するとほぼ同時にお父さんが亡くなって、大学中退して無理して書店を引き継いだでしょ?これはもう、取次先担当という立場を利用して寄り添って、書店が立ちいかなくなったら口説いて……ってやるしかないと思ってたんですよ。」
確かに、そこまで絶望的な状況だったら、コロッと落ちてしまうかもしれない。
「ところがどっこい、そこにあなたが現れたわけです。そしたら、途端に店の業績は盛り返すし、ネットでもメディアでも取り上げられ始めるし、この前の従妹さんの計らいもあって、ちゃっかり同棲し始めるし……もう、完全敗北ですよ。」
「まぁ、それはそうですが……」
丸山のことを恋敵的に思ったことはなかっただけに、これは衝撃的だった。
「思うに、僕の敗因は御船書房がなくなることを前提に考えたことでしょうね。御船さんがどれだけあの店を大切に思っているか、そこを考慮していなかった。対して河瀬さんは、御船書房を再興させることに全力でした。御船さんが靡いたのも、納得ですよ。」
流石に丸山の分析は鋭い。
「でも、丸山さんならやりようはあったんじゃないですか?」
修一が恐る恐る尋ねると、丸山は首を横に振った。
「いや、僕は今の職を辞めて、街の本屋の店主になる覚悟はありませんでした。その時点で、御船さんとは結ばれない運命だったんですよ。」
丸山は自らの失敗も全てわかった上で、受け入れているようだ。その辺りが、彼の優秀さを物語っている。
「俺は、そんなに意識して動いたわけじゃないですけど……」
「自然体で努力できるのも、才能ですよ。僕みたいに、全てを何となくの計算で動かせるのも、また才能だと思いますけどね。」
丸山は臆面もなく言ってのけた。
決して、自分の才能を謙遜することはなく、かといって、自慢するわけでもなく、事実を口にしているのがわかる。これが、以前莉愛が言っていた、自信というやつなのだろう。
「さて、無駄話はこれくらいにして、作業終わらせましょ!日が暮れちゃいますよ。」
丸山の一声で、修一は初めて手が止まっていたことに気付いた。
作業は昼過ぎまでかかったが、丸山の活躍もあり、予定より早く終わった。
その後、修一は店に戻り、残りの入荷作業と返本を片付け、ついでに通販の注文分を捌き、一通りの作業を終えた時には、既に閉店間際となっていた。
「河瀬さん、お疲れ様でした。」
結花が労いの言葉をかけてくれた。
「みゃー」
レジの定位置にいたクロも、一緒に労いのみゃーをかけてくれる。
「御船さんもクロもお疲れ様。最近、客が増えているのに俺がいなくて大変だったでしょ?」
「まぁ、少しは。でもレジでお客様を待たせている間は、クロちゃんが相手してくれるから、助かってます。」
クロもちゃんと貢献していたらしい。
丸山は、修一に完敗したようなことを言っていたが、実はこの縁を持ってきてくれたのは、クロだったし、これまでの流れも、クロが齎してくれたものが多いにあった。
「ありがとな。」
「みゃっ」
修一はクロの頭を撫でてやった。




