The end and the encounter end
ーーー溺れて、いない?
息が出来る、宙に浮いてる…?
「…間抜けな顔してるわね。
殺されるとか、溺れるとか思った?」
そう耳の中に言葉が飛び込んでくる。
ソレは間違いなく、魔女の声。
「貴方は大切な人質だし、さっき言った通り今回用意したのは檻よ。
とは言っても拷問棺みたいな形だけどね。」
水に包まれている筈の耳に声が聞こえる。
「気持ち悪いでしょ?
体を中も外も満遍なく水で撫で上げながら、酸素の吸入と声だけは聞こえるようにしている状態って。」
間違いなく、今も俺の鼻も、口も、胃袋の中も、肺すらもその全ては水に浸されているとしか思えない。
ソレにも関わらず、息はできる、声は聞こえる。
「 」
だが声は出せない。
轡のように無理矢理口を固定されているからか口はずっと開けっ放しだ。
舌は動かせるがそれが限度。
「残念だけど喋ることはできないわよ。」
力を込めても手も足も一切合切動かない。
自分の周囲を覆っているのはただの水にも関わらず、だ。
いや、感覚を動員してみるなら流れ続けている気がする。
凄まじいスピードで。
「そうそう先に伝えておくけど、最悪の場合貴方には死んでもらうわ、姉さん次第だけどね。」
サラリとそう告げる、魔女。
だが、逆に言えばシガレットと会うまで、そして会ってから何かが起こるまでの間は生き残れると言うことだ。
…俺の命はシガレットに託されたってことか。
この前も今回も、俺は何もできちゃいない。
こんな事で、こんなままで、俺は……。
「…絶望した表情ね。
まぁそのままの方が有難いわ。」
何がだ、と聞こうと思ったがやはり舌が動くだけで声が出ない。
「あれ?
さっき持ってた剣はどこにやったの?
……って、そうね、私が喋れない様にしたんだから答えられるわけないか。」
そういえば、どこに行った?
他は動かないが目だけは動かせるらしい、地面を見ても、壁を見ても、まさかと思って天井を見ても、見える範囲にカタナはない。
ふと視界にチラつき消える白く細い糸。
いや、アレは白髪だ。
何かの拍子にカタナから髪に戻ったってことか?
もしもう一度これが使えるなら、俺にも何か出来ることがーー
「…目に希望の色が点ってる。
何処かにある? それとも姉さんに期待してる?」
なんだ、その洞察力は。
いや、そもそも俺は表情に出やすい質らしいが…目だけで分かったってのか?
「まぁ、良いわ。
私の目標には、願いには関係ないわ。」
そう言いながら開け放たれた扉に入っていく。
首輪をつけられた犬みたいに俺も引っ張られる。
数十分前に登った階段を今度は浮いたまま引き摺られて降りていく。
カンカンと響くローファーの音がやけに耳に響く。
「そうだ、ただこの街の住民ってだけで巻き込まれた訳だし、自己紹介しといてあげるわ。
私の名前はアリアナ、アリアナ・クローネ・トリアイナ。」
待て、その名前は。
『では、ワシから最後の質問じゃ。
アリアナ・クローネ・トリアイナ。
ーーこの名前に聞き覚えはないかのう?」』
あの煙の中、聞いた名前。
あの、なんとも言えない表情をした時に聞いたその名前。
獣の様な歯牙、どこがとは言えないが所々似ている顔の形。
ピースが、昨晩から、いや、煙の中でアイツの願いを聞いた時からのパズルのピースが埋まっていく。
どこか歯切れ悪そうに話していたシガレット。
普段ならそんなことはない、何かを隠そうともしないのに、コイツのことだけは隠していた。
何故か、その理由は考えるまでもない、コイツは友人じゃない、家族だ。
だからこそ、あの時シガレットはあんな表情になったのか。
今コイツがこっちを見ていたなら間違いなく何かを知っているのか聞かれていただろう。
幸い、暗いし階段を降りるために前を向いてくれていて助かった。
それに、俺とシガレットの仲は勘繰られてはいても確定ではなかったらしい。
「そうね、折角だし次は目的でも話そうかしら。」
目的。
仮に俺の予想が合っていて、姉がシガレットなのだとすればシガレットを探しているその意味もわかる。
さっきは確か、姉、つまりシガレットが正気に戻るかコイツが死ねば大丈夫みたいなことを言っていた。
常に正気のように見えるシガレットが正気に戻る?
仮にそれが目的なのだとすれば、シガレットが正気に戻らなければコイツは死ぬと言うことか?
「今までの事を全部言っちゃうと滅茶苦茶長くなるから、要約して話してあげるわ。
短命な挙句にコレからさらに寿命が近くなってるかもしれない貴方には大切な事でしょう?」
さも当然そうにそう言う。
やはりコイツも実年齢は不詳なのか。
パッと見は良いところ16.7程度だろうに。
「私の目的は、名前も解らなくなった私の大好きな姉を数十年探して探して探し尽くして見つからなくて諦めて自殺をしようとして上手くいかなくて、ようやく見つけた姉さんに殺そうとしてもらっている……ただそれだけよ。」
ーーーは?
コイツは何を言っているんだ。
ただの自殺のためにここまでの大立ち回りをしているのか?
名前も知らない?
なら何で、シガレットを姉だと言い切っている?
いや待て、言い切ってはいなかったかもしれない。
言葉に出そうにも、言葉は出ない。
普段は余計なことを喋らない様に心がけてはいるが、喋れないこと自体がこんなにもどかしいと思ったことはない。
兎も角、わかったことを照らし合わせていくならーーーーコイツは狂っている。
あの、クラリス・クランと同じように。
「貴方にわかる訳ないわよね、40年も探して探して探し回って、いろんな存在に姉を否定されて。
居るかどうかすら定かじゃない状況になって、ようやく見つけた姉本人に否定された私の事なんて!!」
広い広い空間にその声が響き渡る。
肩で息をしているように見える、余程の思いを込めて吐き出さざるを得ない言葉だったのだろう。
例えコイツがシガレットよりも年齢が低くても、俺が生を受けて、地獄を見て、漸く手がかりを得た時間よりも長い時間は間違い無く苦悩し、何かがあり否定され、漸く見つけた手がかりがシガレットだった、と言うことだろう。
シガレットは魔女が人の亜種だというような事を言っていた。
精神が俺たち人間と同一なのが魔女なのだとしたら、長く生きる程狂う可能性があるのかも知れない。
たかが、三十数年生きてきた俺ですら、いつ狂ってもおかしく無いのだから。
「って、そうそう喋れない様にしたのは私。
返事がないのは当然よね、同情されてたらぶっ殺してたけど。」
同情では無いが、俺の言葉を聞かれていたら殺されていただろう。
階段の一番下に辿り着く。
アリアナを名乗った魔女が右手を上に掲げ指を弾いた。
と、同時に照明がつく。
太すぎる柱の5m程の高さ毎にあるライトが次々と点灯し明るくなる。
何処からともなく、巨体の化け物が現れ、手と足を地面につけ四つん這いになり、魔女がその上に腰をかける。
そのまま、魔女はさぞ楽しそうに、さぞ嬉しそうに、鼻歌を奏で始めた。




