第2話 大将、ウコンの上位互換のやつちょうだい
いつもの居酒屋。
つむぎは、さっき片付けた「残業代泥棒妖怪」のせいでボロボロになったフリフリ衣装のまま、カウンターでビールを煽っていた。
「ぷはぁー……! 今日の妖怪、やたら硬くて右フック打ち込みすぎたわ。拳の皮が剥けそう」
「つむぎ、女の子が『右フック』とか言わないの。魔法少女のイメージが完全に崩壊してる」
フィルが呆れながらお通しの枝豆を剥いていると、店の引き戸がガラガラと勢いよく開いた。
「大将! 生ビール大ジョッキで! あと、ウコンの力の上位互換のやつちょうだい!」
入ってきたのは、つむぎと同じくフリフリの魔法少女衣装を纏った女性。
しかし、その表情は死んだ魚のようであり、肩にはパンパンに膨らんだビジネスバッグ(A4サイズ対応)が食い込んでいる。
「お、美奈子じゃん。お疲れー」
「あ、つむぎ……。ちょっと聞いてよ、今日の現場、マジで最悪だったんだから……」
彼女の名前は美奈子(31歳)。
つむぎの魔法少女時代の同期であり、現役の「バックオフィス系(後方支援・デバフ専門)魔法少女」だ。
「何があったの?」
フィルが聞くと、美奈子は大ジョッキのビールを半分ほど一気飲みし、ドン!とテーブルに叩きつけた。
「さっきの現場さ、ピチピチの新人15歳 魔法少女と一緒だったのよ!」
「あー、嫌な予感する…」
「聞いてよ! 敵の妖怪が『遠距離物理耐性』持ちだったから、私が重力魔法で敵の動きをガッチリ固めたわけ。そしたらあの新人、何て言ったと思う?」
美奈子はおしぼりをギリィ……と雑巾のように絞りながら、声を震わせる。
「『先輩の魔法、エフェクトが地味で画面映えしないんで、もうちょっとピンクのキラキラ出せます?』……って!! こっちはな! 魔力の燃費と拘束力を最優先して、泥臭い漆黒の重力波を展開してんだよ!! 映えのために魔力消費2倍のピンクエフェクトなんか使えるかボケェ!!」
「うわぁ……。今どきの若い子はこれだから……」
つむぎは深く同情し、自分のジョッキを美奈子のジョッキにカチンとぶつけた。
「大変だったねぇ。でもほら、美奈子の重力魔法、私は大好きだよ。おかげで一発で妖怪の首の骨折れるし」
「つむぎの戦闘スタイルも大概ロマンがないけど、今の言葉だけでビール3杯いけるわ……」
「「はぁーーーー、ビールうめぇーーーーー!!」」
「……この店、いつから『お疲れ魔法少女のハローワーク』になったんだ?」
フィルの冷ややかな視線を浴びながら、三十路魔法少女たちの夜はさらに加速する。
「ちょっとぉ! 美奈子の妖精はどこ行ったのよ?」
つむぎが尋ねると、美奈子はハイボールのジョッキを睨みつけながら吐き捨てた。
「あいつ? 現場に新人の連れてた可愛いウサギ妖精がいたからって、『若くて可愛いエキス吸ってくるわ』って言って、そっちの打ち上げに裏切ってついて行ったわよ」
「最低だっ。妖精の面汚しだ。」
フィルが自分のことは棚に上げて、激しくナッツをカチ砕く。
そこへ、店の奥から「はいよ、レバニラと焼き鳥盛り合わせ!」と大将が料理を運んできた。
美奈子のボロボロのフリフリ衣装と、手元のA4ビジネスバッグを交互に見て、大将はしみじみと呟く。
「美奈子ちゃんも相変わらず大変そうだねぇ。魔法少女の格好でサラリーマンの愚痴を言う女が2人に増えるとは、うちの店もいよいよ世紀末だな」
「大将! 愚痴を言わなきゃやってられないのよ! 聞いてよ、今の新人ども、戦いが終わった後に『先輩たちも一緒にTisTok撮りましょ〜!』とか言って、すーぐスマホ向けてくんのよ!?」
「いいじゃん、若返りのチャンスじゃない」
つむぎが焼き鳥を頬張りながら言う。
「良くないわよ! こっちは激務でファンデーションが完全に浮いてんの! 地獄の10時間労働の後に、最新スマホの4K高画質カメラのドアップに耐えられるわけないでしょ!? 完全に公開処刑よ! 画面が割れるわ!」
美奈子は怒りのあまり、魔法のステッキ(見た目はただの頑丈な鉄の如意棒)で、テーブルの上の冷やしトマトを「トドメ!」と叫びながら真っ二つに叩き割った。
「落ち着け美奈子! トマトに罪はない! 汁が飛ぶ!」
「……はっ、ごめん。つい、日頃のストレス(と新人の眩しい笑顔)が脳裏をよぎって……」
その時、カウンターの端で一人で飲んでいた、別の酔っ払いのおじさんが、美奈子のステッキの風圧にビビりながらも、おずおずと声をかけてきた。
「あ、あの……もしかして、『重力の美奈子』さんですか……? サイン、もらえたり……?」
美奈子は一瞬で真顔になると、ビジネスバッグからガチの油性マジック(マッキー極太)を取り出し、おじさんが差し出した居酒屋の領収書の裏に、凄まじい筆圧で『美奈子』と書き殴った。
「はいどうぞ。ちなみに私のサイン、魔力がこもってるから、持ってるだけで周囲の重力が3割増しになって肩こりが悪化するわよ」
「ヒエッ……! あ、ありがとうございますぅ……!」
おじさんは、物理的に重くなった気がする領収書を震える手で握りしめ、そそくさと会計を済ませて逃げていった。
「美奈子、一般人を脅しちゃダメだよ」
フィルが呆れる。
「脅してないわよ、ただの親切なライフハック(呪い)よ。あー、もう、ビールおかわり!!」
「大将、こっちも生追加! 今日は朝まで付き合うわよ!」
「「ビールうめぇーーーーー!!」」
こうして、現代の闇(と新人のノリ)に戦うアラサー魔法少女たちの、終わりなき「ガチの反省会」は、深夜まで続くのだった。




