Recondite real truth
家に帰ったジェニーはすぐに自室に入った。ベッドの上、ベッドマットの下からノートを取り出すと、早すぎる日記を書いた。
途中、ジャックとのやりとりをリアルに思い出しては、ひとり顔を赤らめ、足をじたばたさせた。何度もだ。
彼女はもうすぐ十七歳で、人を好きになった経験はそれなりにある。七歳の時は同じクラスの男の子に、十一歳の時にはクラブが同じだった男の子に、十三歳の時にはひとつ年上の先輩に。
それでも子供ながらの恋心というのは長く続くものでもなく、数週間から数ヶ月で終わっていた。ちょっといじわるされたというだけで嫌いになったり、他の女の子と仲良くしてたからといって冷めたり、こちらの視線に気づいてウィンクしてくるような軽い男だとわかって冷めたり。あとから考えれば、本当に好きだったのかはわからない。恋とは呼べないかもしれない。言えるのは、“子供ながらに好きだった”ということだけだ。
そう思うのも、ジャックの存在があったからだった。この、どうしようもなく、相手の些細な言動すべてが気になり、相手のすべてを知りたくてしかたなくなる気持ち。これこそが“恋”だと彼女は思った。
だとすれば、過去に好きになったというのは、恋ではないということになる。“本気の恋”というカテゴリを作ることもできるが──ともかく、ジェニーは今のジャックへの気持ちを、“初恋”だと自覚していた。
どうにか日記を書き終えたあと、いつもならギターを手にとるが、今日は違った。
クローゼットの扉を開けると、奥のほうに隠すようにしてしまってある箱を引っ張り出した。ベッドに戻って蓋を開ける。
四冊あるうちの一番上の、“十五”と書かれた一冊を出した。去年の日記だ。
五月のページを探し、パラパラとめくっていった。
見つけた。
今日、噂を聞いた。ジャックには中学の時からつきあってる恋人がいる。
昼休憩の時間、何人かの女の子がそのことを彼に訊いたけど、彼はうまくはぐらかしていた。
片想いを隠すのはわかるけど、両想いでも隠したがるものなのかしら?
他の男の子ならきっと、訊かれる前に自分から話すのに。
ジェニーはその時のことを鮮明に覚えていた。まだ気になる存在というだけだった頃のことだ。自分のおかしな疑問に、少し笑った。
次は、九月。夏休みが明けてすぐだ。
また彼の噂を聞いた。彼女と別れたって。
さすがに誰も訊きだそうとしなかった。
でもそのことを知ってか、昼休み、彼が上級生に呼び出されたみたい。
告白だって。
胸がズキンとした。でも断ったみたいって聞いて、安心してる自分に気づいた。
やっぱり好きなんだ。
放課後、彼と廊下で会った。“またね”って言って終わった。
なにも訊けなかった。
そして、二月。
彼の噂。
彼と彼女は、中学の時から別れたり戻ったりを繰り返してるって。
彼本人から友達に話すこともあれば、誰かが人づてに情報を持ってくることもある。
友達によると、彼がなにも言わなかったり
誰からもなにも聞かないこともあるから
ふたりが何度別れたり戻ったりを繰り返してるのか
今この瞬間、どういう状況なのか、よくわからないって。
つまり、別れたとか戻ったっていう噂は、あてにならないってこと?
日記を閉じ、ジェニーは溜め息をついた。
二年になってから、噂を聞いていない。
今年の夏休み、友人たちと一緒に夏祭りに出かけた。ジャックはそこにいた。
少しのあいだ、ふたりきりになった。みんなとはぐれて迷子になった自分を、いちばん最初に見つけてくれたのが彼だった。
はぐれた時は携帯電話を家に忘れた自分を恨みもしたが、すぐに褒めなおした。その時ジャックから、携帯電話の電話番号とメールアドレスを書いたメモを渡されたのだから。
だが、電話したこともメールを送ったこともない。たいした用もないのに電話をすると迷惑かもしれない。
というより、恋人がいるという現実を突きつけられるのが怖かったというのが本音だが。
携帯電話を手にとり、電話帳を開いて彼の名前を眺めた。
コールボタンを押して一言、「好きです」と伝えればいいだけの話だ。
なのに、できない。勢いが必要な時にはどうしても、躊躇してしまう。勝負どころで慎重になってしまう。確信がないと不安なのだ。
と、突然、手に持っていた携帯電話がバイブレーションと共に音楽を鳴らした。ジェニーは驚き、思わずそれを落としてしまった。心臓が、これでもかというくらいに早く動いている。
落ち着きなさい。
自分に言い聞かせ、再び携帯電話を拾って画面を見た。同じクラスの親友、レナからのメールだった。
《ハイ、ジェニー。素敵な週末を過ごしてるかしら? もしよければ来週の土曜、買い物につきあってほしいの。都合が悪ければ、日曜でもいいんだけど──勝手言ってごめんね。あなたの予定を聞かせて。大好きよ。 R》
土曜。誕生日当日だ。予定はない。
《いいわ、楽しみにしてる。私も大好きよ。 J》
メールを返すと、古い日記ノートを箱にしまい、クローゼットの元の場所に戻した。
少し悩んだが、うたうのはやめて、現在進行形の日記ノートもベッドマットの下に隠した。