Accumulate hope
ジェニーとジャックは図書館の隣向かいにあるランチ・ブレッド・カフェに入った。あまりの人気にパーキングスペースを潰して増築したこの店は、様々なブレッドメニューの他に、客のオーダーに合わせてサンドウィッチやホットドッグを作るというサービスをしている。名前のとおりランチがメインなので、朝は六時から営業しているものの、十時までは注文できる品が限られているし、夜十九時には閉店してしまう。
カウンターに並んで注文した品を受け取ると二階へあがり、オープンテラスに空きテーブルを見つけ、向かい合ってチェアに腰をおろした。
サンドウィッチを少し食べたところでジェニーは彼に質問した。
「どこか行ってたの? というか、なぜ私があそこにいるってわかったの?」
彼はホットドッグを食べている。「十一時まで叔父の店を手伝ってたんだ。で、それが終わって家に帰ろうとしてたところ。ちょうどあそこで突風が吹いて、覚えのある香りがした。それで中を覗いたら、君がいた」
「香水の香りなんてよくわかったわね。まるで──」
言葉を切ると、ジェニーは彼の食べているホットドッグに目を向けた。
彼もそれに気づいた。「その先は言わなくていいよ、言いたいことはわかったから。これ、まえから気になってたんだ。タウン誌に載ってて」
「そうなの? でもそれが商品として出たのは二ヶ月くらいまえよ。食べる機会ならいくらでもあったと思うけど」
「詳しいな。君はここの常連? まあ言うとおりなんだけど、男はあんまりカフェにはこないよ。男数人でカフェに入ってコーヒーとパンを注文するって、なんか変だろ」
彼の言いたいことがなんとなくわかり彼女は控えめに笑った。「あなたならいくらでも相手がいるんじゃない?」
「それは否定しないけどね──いや、冗談だよ」
少々の苦笑を返しはしたが、彼女は気にしていなかった。実際、他の男子生徒よりも彼は人気があることは知っている。ハンサムなうえに背が高く、そのうえやさしくてユーモアもある。本当に素敵なのだ。それでも、彼の気持ちがない相手への嫉妬はしないと、去年、彼への気持ちを自覚した時、ジェニーはそう決めた。
「この話はやめよう、なんか変なこと言っちゃいそうだ。それより、君が注文したのは何?」
なかば無理やりな話題の変えかたに、彼女の口元が自然とゆるむ。
「ハムエッグ・ビーフサンドよ」パンをめくって中身を見せた。「ハムとたまごとローストビーフとレタスが入ってる」
「やばい、よだれが出そうだ」
彼はまじまじと、彼女が手に持っているサンドウィッチを観察した。彼女はなんだか自分が見つめられてるような気がして、背筋を伸ばし、少し身を引いた。もちろん、見られているのが自分でないことはわかっているが。
「──もし、よければなんだけど」ジャックが気まずそうに言った。「ほんの一口──で、いいんだけど」
その言葉に、自分の食べかけのサンドウィッチへと視線を落としながらも、ジェニーは頭をフル回転させた。変に拒否すれば、誤解されるかもしれない。だからといって、簡単にどうぞと差し出すのもおかしい気がする。嫌なはずがないのだが、恋人でもないのにそんなことをしていいのか、それがわからない。
そしてなぜか兄の顔が浮かんだ。ウィリアムは関係ない。ウィルならきっと、十年早いと怒るが。
彼女はどうにか、声を絞りだした。「──食べる?」
「君がよければ」
「私はかまわないけど」
そう言って食べかけのサンドウィッチを皿の上に置き、彼のほうへと軽く押し出した。三時のおやつをもらった幼い子供のような目でそれを見つめるうと、ジャックはジェニーが食べていた部分を指差した。
「ここを食べても?」
「どうぞ」
たいしたことじゃない、という態度を見せる。だが、内心はドキドキしっぱなしだった。彼とデートまがいのことをしているだけでも緊張ものだというのに、そのうえ今、彼が自分の食べかけのサンドウィッチに口をつけようとしている。
男の子との間接キスの経験がないわけではない。友達ならドキドキしない。だが彼は、友達は友達でも、“好きな人”だ。しかも、一本のストローを差したジュースをまわし飲みするのとはわけが違う。こんなことは、女の子同士と恋人同士のすることだと思っていた。
そんなことを考えながら、サンドウィッチを“味見”する彼を数秒のあいだ、彼女はただただ見つめていた。
「うん、うまい」
「それはよかった」
皿がこちらに返ってくると、ジェニーは再びサンドウィッチを両手で持った。
深く考えなくていい、たいしたことじゃないわ。彼が気にしないんだから、私も気にしちゃだめ。そう自分に言い聞かせ、再びサンドウィッチを口に運んだ。こんなことを嬉しいと思ってしまうのはおかしいとわかってはいるが、ドキドキするなというのにはかなり無理がある。
すべて食べ終わり、残り少ないミルクセーキを、ストローを使って少しずつ飲んでいたジェニーにジャックが切りだした。
「そういえば、家はこの近く?」
「ここからバスで約五分よ。ハーバー・パディなの」
「意外と近くだね。僕の家はここから歩いて約五分だ」
「そんなに近いの? 小さい頃からあの図書館に通ってるけど、きっと会ったことはないわよね。というか、中学が違うわよね? 地元はライアンと同じでしょう?」
ライアンというのは彼の親友のことだ。
「そう。元はウェルス・パディに住んでた。高校進学と同時にこっちに家を建てて、引っ越してきたんだ」
納得した。「そうだったの」
不思議だった。去年から彼を知っているのに、こんな話を聞いたのははじめてだ。当然ではあるものの、知っていること以上に、知らないことのほうが多い。
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ランチ・ブレッド・カフェを出ると、ふたりは図書館へと向かった。
「君が読書家だとは思わなかったな」ジャックが言った。
「読書家ってほどでもないわ。厚さ一.五センチくらいの本を、毎日少しずつ、二週間くらいかけて読むの」
「それでも意外だよ。感心した。スポーツ万能で本も読める。勉強も出来るよね。いつも学年で三十位以内に入ってる」
「いつもじゃないわ。出たり入ったりよ」
彼女は恥ずかしそうに言った。勉強が好きなわけではない。だが、なにもしなくても出来てしまうほど頭がいいわけでもない。テストの前に一夜漬けするタイプなのだ。いつからか身についてしまっているこのずる賢い性格が、本当は嫌でたまらなかった。
彼は微笑んだ。「意外と照れ屋だったりもするよね。あと、努力家。──僕も見習わないと、色々」
彼の言葉が勉強以外の言葉を含んでいるような気がしたが、ジェニーはなにも訊かなかった。
ふたりの足は、自然とバス停へ向かっていた。
だめよ、まだ着かないで。
そんなことを思っても、願いが叶うわけはない。どんどん近づいていくバス停を視線の先で眺めながら、ジェニーは必死で話題を探した。
「そういえば──」ジャックが切りだした。「君のおススメの靴屋はどこかな?」
その言葉は予想外だった。「まだ靴のことを言うの?」
「違うよ。君が買ったのと同じ店で買えば、僕も君と同じくらい、ひとつの物を大切にできるんじゃないかと思って」
彼女は笑った。「私がこの靴を買ったのは、ハーバー・ストリートにあるマイキー・シューズっていう店よ」
「“マイキー・シューズ”、ね。今度行ってみるよ」
「いい店よ、小さいけど。父の古い知り合いがやってるの」
「へえ。その靴には、何か思い入れがあったりする?」
「たいしたことじゃないわ」
とうとうバス停に着いてしまった。ジェニーはバス停のベンチに腰をおろした。ジャックが時刻表を確かめる。
「あと五分くらいだね」腕時計を確かめながらそう言うと、彼は彼女の隣に座った。「聞かせて」
どんな内容を期待されているにしても、いろんな意味で、話して聞かせるような話ではない。そうは思ったが、彼が帰ってしまうよりもましだと思い、ジェニーはひと呼吸してから口を開いた。
「小学生の時、新しい靴を買ってもらうためにマイキーの店に行ったの。よく覚えてないけど、たぶんそのときはじめて、自分の選んだ靴を買ってもらえることになってた。小さな店内に、色々な靴が所狭しと並んでた。その中で唯一、端のほうに、箱に入ったまま積み上げられた靴があったの」
ジャックは脚を組み、肘を足に乗せ、頬を軽く握った手の指に乗せ、顔を傾けて、黙ったまま彼女のほうを見ている。
彼女はその視線に気づかないふりをして続けた。「彼に、どうしてこの靴を出してあげないのって訊いたわ。そしたら、しばらくは店に出してたけど全然売れなくて、そのうえ商品にならないくらい色褪せちゃったからって。子供心に響いたのか、私はその靴が欲しくなった。でも小学生の私にはサイズが大きくて。それでお小遣いを貯めて、中学の時にこの靴を手に入れたの。彼は半額でいいって言ったけど、それはダメだって私が意地を張って、定価でね」
「いい話だ」
彼のやさしい微笑みに、彼女の緊張が少しとけた。「この靴は、マイキーがはじめて商品として作った靴、そして、最初に店に並べた靴よ。だから彼も手放せなかったのね。しかもワンサイズしかなくて、しかもそのサイズは中学の時から変わらない私の足のサイズ。つまり、今は私専用の靴ってわけ」
「作った人がそんなに身近にいるとは思わなかったな。君がそんなに大切にしてること、彼も喜んでるだろうね」
その言葉には苦笑を返すしかなかった。「彼に会うたび、私は怒られるわ。そんな靴はさっさと捨てて、新しいのを買えって」幾度となく言われてきた言葉を思い出し、思わず不機嫌そうな表情になってしまう。「今見るととんでもない出来損ないだ、新しいのを買ったほうが私のためにも彼の店のためにもなるって」
だがジャックは微笑んだ。「本当は嬉しいんだよ」
「そうね、きっと、そうだといいな。」
純粋に、嬉しかった。だが突然恥ずかしくなり、ごまかすように喉を鳴らした。
そこに、バスがきた。
彼女は立ち上がった。
「じゃあまた、学校で」
「うん、月曜に」ジャックも立ち上がる。「楽しかったよ。つきあってくれてありがとう」
バスに乗ると、ジェニーはいちばんうしろの席へと向かった。窓の外には彼が、やさしく微笑んだまま自分のほうを見ている。
彼女が座ったのを確認すると、バスがゆっくりと走り出した。それを合図にしたように、彼は手を振ってくれた。
今日何度目かわからない胸の高鳴りを感じながら、ジェニーも小さく手を振って応えた。
バスが曲がり、彼の姿が見えなくなる。
前方に向きなおると、他の数人の乗客に気づかれないよう両手を組み、目を閉じて心の中でつぶやいた。
神様、ありがとう。
もしかして、もしかして、と思ったことは何度かある。だが、ジェニーにはずっと気になっている噂があった。




