第071話 おっさん、魔女との邂逅
「ごきげんよう、ヨシダ様、余燼の光の騎士団の皆様」
ヨシダ達を囲むジャイアル伯爵の兵士を割って現れた三人の魔女、その一人が前に進み出すると、スカートの裾を軽く持ち上げ、美しいカーテシーで優雅にお辞儀をする。
「この度お相手いたします、『ヘプタ・ノクティア・カラミタス』が一人、怠惰の魔女スロウネラですわ。以後、お見知り置きを」
場違い極まり無い戦場でスロウネラと自らを呼ぶ魔女、その何処かズレた挨拶は、眠そうな表情と自らを怠惰の魔女と称する言葉で、より一層異質に映る。
「アンタ達がアタシらを監視していた奴等なのは分かった。しかし、用があるのはアンタ達の後ろに居る肥え太った豚どもだ! そこを退いて貰おうか」
慇懃無礼な自己紹介にリーダーのフレアも負けてはいない、関係無いのは引っ込んでな! とばかりに威勢よく前に出る。
「あら、まあ怖い。そんな事ではヨシダさんに嫌われましてよ」
フレアの啖呵も意に返さ無いばかりか、棒読みの台詞でフレアを煽るスロウネラ、後ろに残る二人の魔女は沈黙を保ち、嘲笑うような視線をフレア達に向けるだけだ。
無言の視線が交差して、激しく火花を散らしぶつかり合う静かな戦い。その緊張感を全て無にする轟音が中庭に響き渡る。
「ドッゴォォーンッ!!」
中庭に続く扉を蹴破り、緊迫した空気もろとも破壊して現れたのは、パーティ構成――全て前衛、構成人員――全て獣人、キングオブ脳筋と自ら名乗る圧倒的筋肉パーティ『冬越えの狼』のリーダー、レイラ・ヴォルフハルト。
「おい、ヨシダ、俺にも残して有るんだろな? 血の滴る様な美味い敵をよぉ」
その美しき白狼は燃える様な赤い瞳をすがめ、鼻筋に皺を刻むと鋭い牙を剥き出しにして吠えたてる。
「待ってたぜ、宴は丁度これからだ。サムライ、ニンジャ、私兵に魔女と、よりどりみどりで相手にとって不足なし、好きなの選んでやってくれ」
ヨシダとレイラの物騒なやり取りに、やや遅れてずんぐりむっくり髭面親父が息せき切って現れる。
「全く、待てと言うとるじゃろが、これじゃけん脳筋は……」
不満を溢すその様に苦労性が見て取れる、ベテラン冒険者ブルムロック・ハンマーフォージ率いる実力派パーティ鋼匠の心臓の登場で数の不利も無くなった。
「さてさて、これで互角の人数だ――役者は揃った、舞台も整った、後は一発……かますだけだっ!」
両陣営が睨み合い一触即発、そう思った矢先に割って入る一人の貴族。
「ふん、何が役者は揃っただ、この邪悪な女神の手先共が、貴様らの事はここにおる三人の魔女様から聞き及んでおるぞ」
成金趣味で固太りのオッサン――闇取引の首謀者ジャイアル伯爵その人が、待ったを掛ける。
「邪悪な女神……一体何の事ですか、貴方の方こそ王命に背き、闇でご禁制の品を流す大罪人では無いですか、ジャイアル伯爵」
フレアは一瞬ジャイアル伯爵の衝撃的な発言に怯むも、王命に背いた罪を言い逃れる事は出来ない。彼の言葉も追い詰められて口から先の出まかせと聞き流す。しかし、その発言はヨシダに少なく無い疑念を与えることとなる。
「女神に敵対する魔王の手下が、ジャイアル伯爵を駒に使っているだけでは無いのか?」
「ヨシダはん、どうせ追い詰められた腹いせや、信じたらあかんで」
「そうだ、ヨシダ、往生際が悪いだけだ」
女神の語る運命論、生前の日本でも有りふれた概念で、その言葉にいささかの疑問も持たなかったヨシダは、悪い冗談だとばかりにその言葉を頭から追い出す。その心に小さな棘を残したままに。
「そうだな、この戦いに勝てばハッキリすることだ、終わった後にじっくりと聞くとしようぜ」
「左様ですわ、ヨシダ様。真実はいつだって、勝者の言葉で語られるもの。ならば、ここで確かめてみるのが一番ですわね」
スロウネラが眠そうな目を細め、くすりと笑う。その言葉はヨシダの決意を肯定しているようでいて、その実、どちらが勝者になるかなど自明のこととでも言いたげな、絶対的な自信に満ちていた。彼女の言葉が、張り詰めた空気の中で最後の引き金となる。
「問答無用!」
「ウオオオオオッ!」
最初に動いたのは、フレアとレイラだった。フレアの炎の剣が空を切り、レイラは獣の俊敏さで地を蹴り、一直線にジャイアル伯爵へと突進する。
「愚かな! マサクニ! ムエイ! やれ!」
ジャイアル伯爵が金切り声を上げると、颯のごとく現れたのはマサクニと呼ばれたサムライと、ムエイと呼ばれたニンジャの二人。
一人は咥えた楊枝を高く上げ、静かに柄に手をかける。
一人はフレアを睨め付けて、嗜虐の愉悦を刀に乗せる。
「ステージ3は中ボス戦か、レイラはサムライの相手を頼む!」
「ああ、極東の達人とは、滅多にお目に掛かれない極上品だ。貴族の不正を暴く退屈な狩かと思ったが、コイツは楽しめそうじゃ無いか」
戦闘モードのレイラは既にサムライを狩る事に意識を奪われ、ヨシダの言葉など耳に届いてはいない。
目の前の強敵に気持ちは滾り、鋭い牙は本能と共に剥き出され、彼女は戦う獣になる。
「ガインッ」
両の手に嵌めた金属製の小手を一つ打ち鳴らすと、彼女はゆるりと前に出る。一息の間合い、目を閉じ佇むサムライに理性の箍をぶち壊す――刹那、血を求める野獣は、残像を残すしサムライへと肉薄する。
「ギャリンッ!!」
未だ上がらぬ夜の帷に、燃える火花を撒き散らし、軽く一合打ち交わす。
「俺の小手に傷を付けるか……」
「某の竜鱗すら断ち切るこの太刀が......」
「「――成程、面白い!!」」
言うが速いか打ち合う二人、技がぶつかり合うたび火花が飛び散り互いの闘志を焚き付ける――その狂気の沙汰を横目にヨシダはもう一つの戦いをシミュレートする。
フレアvsニンジャ、広くて隠れる場所もない中庭なら、フレアが有利と判断する。
「フレア此処ならいけるな? ニンジャは任せた、俺達は数の多い私兵を押さえる」
「任せろ! 直ぐに片して合流する」
ヨシダの言葉に反応するも、視線はニンジャを隙なく伺う。対するムエイにも一部の隙もない。先の一戦、不覚をとった彼はニンジャ本来の冷徹さを纏い対峙する。
レイラとマサクニが派手に打ち合うその最中、隙を伺い動かぬ二人――否、視線を動かし、僅かに重心をズラして互いの油断を誘う。その意識下の攻防では既に激しい鍔迫り合いが展開されていた。
激しい怒声が張り上げられ、そこかしこで剣を切り結ぶ火花が飛びちり魔法が炸裂する派手な爆音が聴こえる。
乱戦模様のトロイド砦にヨシダの号令が響き渡り、残された心の棘を振り払うかのように、彼は指揮官として、眼前の『宴』に全神経を集中させた。
冒険者たちと、得体の知れない魔女と軍勢。それぞれの正義と謎を孕んだまま、熱き血戦の幕はついに開かれたのだった。




