先輩と図書館
目を覚まして時計を見ると、まだ五時。昨日早く寝すぎたからなんだろう。
布団の上に起き上がり、ぼーっと考える。
今日もアーサーの夢を見れた……。元気そうで良かった。それに、髪飾り買ってた。可愛いの。ふふふ、と笑ってしまう。あれ着ける気なのかな。
さて、と支度してご飯作ることにする。
今日はどうしようか、買い出しに行こうか、夜は何を作って持って行こうか。そんなことを考えているだけであっという間に時間が過ぎてしまう。
朝ご飯を食べ終わってニュースを見ながらスマホを見ると、通知が来てた。マキちゃんかなと思って開くとなんと『佐伯先輩』。
「え、先輩!?」
ひぇっとスマホを落としそうになる。
佐伯先輩がメッセをくれているだと……?時間を確認すると昨日の夜には来ていたようだ。
なんだろう……恐々と開く。だって先輩とは個人的な接点もほとんどないし。みんなの憧れ美男子佐伯先輩なのだ。
『思い出したので探してたんだけど、代々木先生に出したファンレターの返信が出てきました。直筆の手紙です。もし見たかったら教えてください』
ええー、ホント!?
おじいちゃんの直筆の手紙って……おじいちゃんってまめな人だったんだ?すごく気になる。何書いていたんだろう。
早速返信を送る。
『先輩ご連絡ありがとうございます。すごく見たいです!今度部活の時に是非見せてください』
『それだとずいぶん後になっちゃうんじゃないかな。良かったら夏休み中に暇な時があったら持って行くから教えてください』
持ってきてくださる……!?
佐伯先輩の返信を読んで戸惑ってしまう。
どういうつもりだろうか、と思ったけれど……どう考えてもおじいちゃんを亡くしたばかりだからだよね。この間お悔やみに来てくれて、私が落ち込んでいるのを見ていたからだ。
「先輩優しいんだな……」
気遣ってくれているのだ。そう思いながら返信を打つ。
『今おじいちゃんちに泊まりで来てて、家からも遠いんです。学校が始まってからでいいですよ』
『そうなんだ。どのあたりかな?俺んちは海の側なんだけど』
『あれ、近いんでしょうか?河口から少し上の川の側です』
『近そうだね。海町駅のそば?』
『そうです』
『良かったら近くで会わない?俺今日明日予定ないから持っていけるよ』
……。
先輩が優し過ぎて困る……。
さてどうしようかとスマホを畳の上に置いてしばし考える。普段なら断るところなのだけど。
学校でなら気軽に話せる存在じゃない。私にとって雲の上の先輩。女子の視線が厳しすぎて廊下で話しかけるなんてもってのほか。風の噂でファンクラブが存在するという噂もある。先輩の優しい人柄はとても好きだけど、無駄な争いの渦中に身を置きたくはなく……そんなわけで……あまり親しくしたいとも思わない。
「だがしかし」
アーサーの件があると話は別だ。
少しでもおじいちゃんの情報が欲しいところ。夏休み明けではあまりに遅い気がする。よし、私から見に行こう。そう決めて返信する。
『是非見せて欲しいです。私が見に行きますよ』
『どうしようかな。海町図書館あたりが中間じゃない?そこはどうかな』
『了解しました。何時でも大丈夫です』
『ほんと?暑くなる前に午前中にしようか?11時でも平気?』
『大丈夫です。ありがとうございます』
『じゃあ、またあとで』
なんと先輩と約束をしてしまった。このあたりに学校の人はいないだろうし、ましてや図書館で誰かに遭遇することもないかな。平気かな?ちょっと怖いけど。
暑そうなので白い帽子と水色のワンピースに着替えて家を出た。
蝉の声が煩い。入道雲が広がっている。日差しに焼けそうだ。日焼け止めを忘れてしまった。まぁ全然家を出てないから多少焼いてもいいだろう。
先輩と会ったら、スーパーで買い出しして帰ろうかな……お米持って帰れるかなぁ……そんなことをぼんやり考えながら10分ほど歩いて図書館に着いた。ここは子供のころからおじいちゃんが連れて来てくれた図書館だ。私もおじいちゃんも本を雑多に読むのが大好きだったからいつ来ても飽きることなく過ごした。館内には小さなカフェもあるし公園が併設されている。
自動ドアを潜り抜けて冷気を感じると、先輩が立っていた。
白のシャツにジーンズ。なんでもないお姿なのにスタイルが良くて人目を引いている。
掲示板の張り紙を見ていた先輩は、私を見つけると茶色の髪をさらりと揺らし、端正な顔に笑顔を浮かべた。
「こんにちは。わざわざごめんね」
「いいえ、こちらこそ。おまたせしました」
「ここだと話せないからカフェの方行こうか。公園は暑いし」
「はい」
この図書館は廊下の窓から海が見渡せる。海面がきらきらと輝いている。とても素敵な立地にあって、私が世界で一番大好きな図書館だ。
窓からの日差しは先輩の茶色の髪を透かしていて、全体的に色素の薄い先輩も輝いて見える。やっぱりカッコいい人なんだよなぁ……。
「ここって、来たことあった?」
「はい、子供のころからよく来てました」
「そうなんだ……俺もだよ。どこかですれ違ってたかな」
「そうなんですね」
記憶を掘り起こしてみるけれど、こんなイケメンの男の子がいたら、きっと覚えてると思うし会ったことないんじゃないのかな、と思う。
「子供の頃は、もっと髪が黒くて背が低くて。成長して段々先祖の血の影響が強くなったみたいで」
「そうなんですか?」
「そう。目立たなかっただろうから、きっと会ってても分からないかもしれないね」
「……」
へぇぇ、今の先輩からはちょっと想像出来ないお姿だ。
カフェに着き、先輩はコーヒー、私はフルーツジュースを頼んだ。朝早いせいか他に誰もいなかった。
窓際の席に着いてから、先輩は手紙を取り出す。
「これもらったの、三年前だよ」
「見ていいですか?」
「うん」
手に取ると、白い、特徴のない封筒と便せん。そこに書いてあるのは間違いなくおじいちゃんの筆跡。びっしり三枚も書いてある。……ファンレターの返信にこんなに書くことある?と疑問を抱く。
「読みますね?」
「うん、俺本読んでるから。ゆっくりどうぞ」
先輩はボディバッグから単行本を取り出した。ちらりと確認してしまったけれど、それは先輩が好みそうな、美しい日本語で紡がれた日本文学の本だった。
先輩の指先を綺麗だな、と思う。なんでこの人全身が綺麗なんだろう。
「ん?」
視線に気付いたのか、すぐ隣に座る先輩が私の顔を覗き込んで微笑む。
「あ、ごめんなさい。読んでてくださいね」
「うん」
そうして私は本当にゆっくり読んだ。三度読んだ。エキセントリックな内容に、いやいやこれはダメだろ。とおじいちゃんの孫は頭を抱えた。
「あのー……先輩?」
「ん?」
「先輩これを読んでどう思いになりました?」
「……面白いなって」
ふふふ、と笑う先輩の瞳にはなぜか甘やかさが宿る。
本当に楽しそうに、花が咲くような笑顔を先輩は浮かべた。こんな先輩の顔を見たことはない。いつもどこか達観したような、穏やかな笑みを浮かべていた先輩。
頬を染め、なんだか生き生きとしていて、今まで見た先輩のどんな表情より楽しそうだ。
「俺としては、代々木さんとこの話が出来るようになれたのが、一番面白いかなぁ」
「……」
私はまた頭を抱えた。
変人おじいちゃんと、趣味の変わった先輩に囲まれていたということがたった一通の手紙から判明してしまったのだ。世の中分かんないものだ。
『さてご質問のあった、フェイラル国物語との行き来であるが、可能である。私は願いの鏡を使っている。これは私の先祖が生み出し持ち帰ったものだ。かつてこの世界から異界であるフェイラル国へ紛れ込んだ私の先祖は、あの世界に様々な知恵を与え賢者と呼ばれた。その先祖もまた、フェイラル国の主に魔法の知識を吸収し、二つの世界の知恵を合わせた新たな魔法道具を多く発明していた。代々引き継ぐその鏡を潜り抜ければフェイラル国に行けるのだ。ただし、賢者の血を引くものにしか発動しない。君がそこをくぐり抜けることは不可能だろう』
ここまで読んでもう頭を抱えていた。
おじいちゃんは、ファンレターの返事に「先祖が賢者だった」と書いていたのだ。
『けれど、初代賢者のように、世界をまたぐ者が稀に訪れるようだ。そういう意味では、いつ誰があの世界に辿り着けるかは分からない。賢者が異界からの訪問者であったことは伝えられているから、もし行くことがあれば国に保護してもらえるだろう。問題は、異界からの「転生」のパターンだろう。その状況はあの国には伝えられていない。異界の知識を生まれ持っていると言っても信じられることはないだろう。下手な迫害に遭うよりは言わない方がいいのかもしれない』
おじいちゃんは一体なんのアドバイスをしているのだ。
『そうして、願いの鏡の件だが、これは初代賢者しか作ることが出来なかった。私にも無理だった。もしかしたら、フェイラル国に初代賢者が引き込まれたその事実そのものが影響しているのかもしれない。彼だけが行き来する魔道具を作ることが出来た。残念ながら私には到底作れなかった。そう考えると現地の人々が作ることは不可能だろう』
だからなんのアドバイスをしているのだ。
『良かったら一度私に会いに来ないか?詳しく話すことも出来る。私の存命中ならいいが、死後ならおそらく孫娘が相談に乗れる。直系の娘であり、賢者の血を発現させるだろう、ただ一人の孫だ』
いきなりの私のご指名。頭を抱える。
そのあとはつらつらと、魔道具や世界観についての説明が書かれていた。
顔を上げて先輩を見つめると、にこにことした笑顔を返された。
「先輩、おじいちゃんに会いに来たんですか?」
「ううん……行かなかった」
「そうですよね。こんなの読んだら怖いですよね……」
「え、そうじゃなくて」
先輩は腕を組んで少し考えるようにする。
「悩んでるうちに……なぜか忘れた」
「忘れた?」
「そう。忙しくしてたら、不思議なくらい、手紙のこと忘れちゃって……」
「そんなものですよね……」
試験に部活に受験にと忙しい時期だったのだろう。この人なら下手したら生徒会長とかしててもおかしくないし。
「代々木さん、いま先生の家にいるの?」
「はい、実はおじいちゃんの遺言で私がおじいちゃんの家を引き継ぐことになって」
「それって……さ」
――願いの鏡もあるの?
そう、先輩は瞳を輝かせるように言った。
とても楽しそうに、私から視線をはずさず、魅惑的な笑顔を浮かべる。
「行けるの……?代々木さん」
「…………」
海の見える大好きな図書館のカフェ。となりには学校で一番の王子様みたいにカッコ良い先輩。
「ま、まさか信じてるんですか?先輩」
私の言葉に、先輩は心外だ、というような表情をしてから、
「うん。俺は、行けると思ってるよ」
輝くような笑顔を浮かべた。
どうして逃げ場のない場所に追い詰められているような気持になるんだろう――




