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14話 もう一人の賢者

 勇者は世界に一人しかいない。

 剣聖や聖女も同じである。

 もちろん賢者も一人しかいない。

 はずであった。


 生まれつき、賢者や剣聖、聖女であるものはいない。

 神から啓示を受けて、賢者や剣聖、聖女になる。

 後天的にステータスの職業欄が更新されるのだ。

 剣聖だと、だいたいは剣士が剣聖になることが多い。

 聖女だと僧侶からクラスアップ。

 賢者だと魔導師だ。

 勇者だけは不規則であり、生まれた瞬間から勇者であるものもいれば、暗殺者から勇者になるものもいた。


 しかし、同じ時代に二人の勇者や剣聖たちが現れたことはない。

 死亡をしてから1年から10年後に、新たに生まれることはあっても、二人の勇者や賢者が同時に存在するなど、ありえないことだった。

 しかし、2年前にそれは起きた。

 東にある辺境の村に住む、8歳の男の子が賢者の啓示を受けたのだ。

 その子は聡明であり、魔力も高かった。

 幼くはあっても、賢者であると言われても納得のいくことだった。

 しかし、この時すでに賢者シリウスが勇者パーティーにいたのである。

 シリウスが賢者であることは確実であったし、その実力は全国民が認めるものだった。

 帝都はこの少年を調査した。偽証の可能性を探った。

 しかし、この少年もたしかに賢者であった。

 まだ子供であったため、未熟な部分もあったが、そのポテンシャルは賢者のそれ以外ありえなかった。

 むしろ、シリウスにおよばないまでも、歴代の賢者よりも、優秀な能力を示していた。


 しかし、まだ年端のいかない子供であり、実力も心もとない部分もあったため、戦場へこの少年を送ることはしなかった。

 とりあえず、少年には10歳になるまで、鍛錬を積んでもらうこととなった。

 数名の優秀な指導者から、少年は魔術を学ぶこととなった。

 そしてその少年は、今年10歳になった。

 少年の名前はラビという。


「ラビ、来てくれたのね」


 聖女ミライは、ドラゴンの炎から、自分たちを守ってくれた少年に言った。


「はい、先ほど王都に到着しました。

 着いてすぐに、ドラゴンが王城の上に出現して驚きましたが」


 ラビの作りだした膜はまだ残っている。

 赤竜は、尾を振り回してなぎ払おうとするが、膜はビクともしない。

 金属と金属が激しくぶつかったような音が、赤竜の攻撃のたびに膜の中では大音量で響き渡る。

 ドラゴンの攻撃を受けて、それだけで済んでいるのだから、少しぐらいの騒音に文句はない。


「破国の赤竜ドランですね。

 さすがの迫力です。

 僕の攻撃魔法ではダメージを与えることすら難しそうです。

 数秒だけ動きを止めますので、その隙に聖剣で大技を決めてもらえますでしょうか?」


 ラビがレイに言う。

 その提案に「ああ」とレイはうなずいた。

 ミライとロックは、言葉を発したかったが、何も出てこなかった。

 ラビはまだ勇者の実力を知らないのだ。

 魔将ラージにとどめを刺したのも、聖剣であると聞いているはずである。

 勇者に攻撃を任せるのは、当然のことと言えた。

 ミライやロックは、勇者の攻撃が赤竜に通るとはもちろん考えていない。

 しかしラビに何と説明したらいいのか分からなかった。

「実は勇者は弱い」なんて言ったとしても、信じがたいし、そこから建設的な方向に話が進むとも思えなかった。

 ラビの混乱を招くだけだ。

 そして、ひょっとしたら聖剣の軌跡が起き、赤竜を倒す可能性もなくはなかった。

 なけなしの可能性を信じたいと思ってしまった。

 事実、魔将ラージにとどめを刺したのは、偶然だったとはいえレイの聖剣であったのだから。

 本当に奇跡的偶然の重なりだったが。


「ラビ、その前に俺に強化魔法をかけてくれないか」と勇者は言った。


 レイも自分が弱いことは充分に理解している。

 しかし強化魔法さえかけてもらえれば、聖剣を扱える自分は強いはずだった。


「分かりました」と、ラビはレイに強化魔法をかける。


 レイの体に、スキャナーにかけられたように、足元から光の線が頭にかけて走る。


「赤竜の弱点は首元だと言われています。

 首の付け根を狙ってください」


「わかった」とレイはこたえた。


 レイは強化魔法でたしかに身体能力が上がっていることを実感できた。

 しかし、シリウスにかけてもらっていた強化魔法よりも効果がだいぶ薄いようだ。

 強化魔法の重ねがけをお願いしようかとも思ったが、レイはやめた。

 賢者とはいえ相手は子供である。

 子供に頼ってばかりの大人の自分が恥ずかしく思えてきたのだ。

 生死がかかっている状況で、変なプライドが芽生えたレイは、そのまま剣を構えた。


「赤竜の動きを止めます。

 第七深度 炎岩鎖」


 赤竜の周囲の地面が盛り上がり、数本の円錐がそそり立つ。

 円錐は鎖の形へと変形し、赤竜を取り囲む。

 ラビが杖を軽くクルリと回す。

 鎖が赤竜に巻きつく。

 赤竜が激しい咆哮をあげる。


「くっ」とラビが苦痛を漏らす。

 しかし、赤竜の動きは封じることができていた。


「レイさん、鎖はすぐに解かれてしまいます。

 早く聖剣を」


 ラビの言葉を受け、レイがうなずく。

 レイは赤竜の首めがけて、ジャンプする。

 そして、聖剣を突き立てる。

 その攻撃は、誰が見ても、この場にはふさわしくない弱々しさがあった。

 そして、見た目だけではなく、実際に攻撃自体も弱かった。

 聖剣は龍の鱗に、簡単に弾かれた。

 丸めた紙くずをゴミ箱に投げ入れようとして、はじかれるように、勇者が地面に落下する。


 ミライたちは、ある程度予測していたが、ラビは何が起きたかわからなかった。

 貴重なチャンスを、おふざけで無駄にしたようにしか見えなかった。

 競輪選手が三輪車で試合に臨んでいるように見えた。


 岩の鎖が引きちぎられ、赤竜がまた暴れだす。


「ふざけないでください。レイさん」ラビは叫んだ。


「レイはふざけてはいないわ。

 あれがレイの全力なのよ」


 聖女ミライの言葉を聞いて、ラビは自分の人生が10年という短い期間で終わろうとしていることを、ようやく理解しだした。

楽しんでいただけましたら、ブックマークとポイント評価をよろしくお願いいたします。

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