13話 勇者の実力
聖剣が空を舞い、地面に突き刺さる。
無手になり、慌てて剣を拾いにいく勇者。
堂々と背中を向ける勇者を見て、対戦相手の騎士団長ロックは、逆に動くことができなかった。
模擬戦において、相手に背中を見せるものは滅多にいない。
驚きのあまり、かえって反応できなかったのだ。
騎士団長は、勇者のあまりの弱さに、衝撃を受けていた。
仮にも勇者である。ある程度の力があってしかるべきだった。
ロックは騎士団長という役職についているので、当然、実力者である。
才能もあったし、努力も重ねている。
しかし騎士団は、国の組織である。
政治的事情に大きく影響を受ける社会であり、武の実力のみで評価される立場ではない。
ロックが団長を務めているのも、貴族としての家柄が大きくものをいっている。
実際に、ロックよりも強いものは、騎士団の中に多数いた。
また、ロックは戦術の立案や決行能力に優れ、その実力が買われて団長に就任している。
人柄もよく、部下の支持も受けていた。
なので、剣技においては、それほどレベルは高くないはずだった。
しかし、そのロックから見ても、勇者は弱かった。
生年月日を記入するかのように、何も考えずに、戦うことができた。
書き間違えさえ気をつければいい。
ましてや、勇者は今、聖剣を持って戦っているのだ。
当然だが聖剣は強力な武器だ。
魔王にとどめをさせるのも、この聖剣のみだと言われている。
聖剣以外では、魔王はすぐに復活をしてしまうのだ。
聖剣は持ち主のステータスを大幅アップさせる。
勇者の身体能力は2倍以上にはなっているはずだ。
それでも、勇者は弱かった。
ロックは、目の前の勇者に、逆に恐怖すら感じる。
ここまで弱くあれるものだろうか。
剣を拾った勇者は、すぐさま上段に構えて、振りおろす。
ロックはそれを、自動ドアを通るかのように簡単にかわす。
そして、剣の柄で、勇者の脇を突いた。
勇者は息をつまらせて、その場にしゃがみこんだ。
模擬戦の勝負はついた。勝負にすらなっていなかった。
しかし、勝者にも喜びはまったくなかった。
この立ち合いは、聖女ミライのみが見ていた。
勇者は人類の希望である。
こんな勇者の姿を他の者に見られていたら、大騒ぎである。
本来であればこの場には、剣聖ダンもいるはずだった。
遅刻なのか、今日は来ないのか。
いつものことであったが、この人類の危機に、少しは真剣に向き合ってほしいと、誰もが思うところだった。
賢者シリウスの遺体に、最後の別れを言う場には、ダンも参列していた。
シリウスの遺体を前にたたずむダンの姿をミライは思い浮かべる。
彼はシリアスに問いかけるでもなく、つぶやいていた。
「お前がいなくなって、女性ファンが俺の元に流れてくるのはありがたい。
しかし、お前がいなくなって、人類の大勢の女性が魔物に殺されてしまうことになるのだろう。
それが残念だ」
それを聞いた聖女ミライは、不謹慎だと、彼を非難しようとしたが、ダンの頬を流れる涙を見てやめた。
人類の大勢の女性が魔物に殺されることになるのは、真実であるわけだし。
ただ、女性だけでなく、男性もだが。
聖女ミライは、今日この場にダンがいないのは、まだシリウスの死のショックから立ち直れないためかもしれない、と思った。
賢者シリウスの死は、人類にとってあまりに大きい痛手だった。
ましてや、目の前の勇者の姿を見てしまっては、なおさらだ。
勇者レイは、ロックの手を借り、立ちあがる。
レイは自分が弱いことを知っていた。
しかし、それは勇者パーティーの中での話だと思いっていた。
シリウスやダンと比較すると弱いだけで、一般的目線で見れば強い存在だと思っていた。
なにしろレベルは99のカンストをしているのだ。
当然、一般兵士よりかもはレイの方が強いと思われる。
しかし、隊長クラスになると、負ける可能性があった。
聖剣の補助があるので、簡単にやられることはないだろう。
だが、隊長の中には才気あふれるものが数名おり、戦闘の主導権を握られると、レイでは対処できない事態にもなりそうだ。
シリウスの強化魔法がなくなった自分の素の能力値の低さは、想像以上だった。
反対にシリウスの強化魔法が、常識外の強力な効果を持っていたということでもある。
普通の強化魔法では、能力値を最大でも1.5倍程度にするのが精々だ。
それを、ここまで弱いレイを、最高難度のダンジョンクリアに同行できるほど、強化していたのだ。
シリウスが規格外の天才だったことを、改めて痛感させられる。
勇者レイは立ちあがると、力なく聖剣を鞘に収める。
うなだれ地面を見つめている。
ふと足元が暗くなっていることに気がつく。
いつの間にか、広場が影に覆われているのだ。
太陽の光が何かにさえぎられている。
不思議に思いレイは空を見あげる。
すると空に巨大な魔法陣が描かれていた。
魔法陣の文字列の輝きを放っている。
レイは言葉を詰まらせる。
ロックやミライもそれに続いて上を見る。
魔法陣から、真っ赤な巨体のドラゴンの首が現れる。
ミライが小さな悲鳴をあげる。
狭い門をこじ開けるかのように、空中にドラゴンの姿が浮かび上がってくる。
現在はドラゴンの首のみだが、次第に全身が見えてきている。
それは転移魔法であった。
ドラゴンが今まさに城の上空に転移してきているのだ。
「赤竜ドラン」と、真っ赤なドラゴンを見てロックは呟いた。
赤竜ドランの名前を聞いて、勇者と聖女の顔から血の気が一気に引く。
黒龍と同じく、赤竜ドランも国を滅ぼしている。
しかも赤竜は一国だけではない。人類の歴史の中で幾度も国を滅ぼしてきた。
数々の文献が残されており、災厄の存在として人々に畏怖されている。
その赤竜ドランが、帝国王都の上空に、突如出現したのだ。
それはエルフの里と同じ現象だった。
エルフの里と同じく、帝都にもドラゴンの突然の襲撃が来たのだ
赤竜はついにその姿を魔法陣から完全にあらわす。
口を開き、膨大な炎を吐きだす。
迫りくる炎の塊に、レイとロックは死を覚悟した。
しかし、聖女ミライだけは、その攻撃に反応ができ、結界を張る。
炎はなんとか防がれ、3人は無傷であった。
「ありがとう。ミライ」とレイが言う。
しかし、ミライの顔色の悪さを見て、レイは事態の深刻さを感じる。
「次は防げません。なんとかかわしてください」とミライが言う。
もうすでに、赤竜の口内には次の火が踊り、つづけざまにドラゴンブレスが吐かれる。
ミライは、なんとかかわしてくださいと言ったが、そんなことは不可能だった。
逃げ場所なんてどこにもない。
レイたちは二度目の死を覚悟した。
九死に一生得たのに、数秒後にはまた絶対絶命の危機だ。
延命も数秒のみだった。
しかし、炎は襲ってはこなかった。
ロックたちは、また一命をとりとめる。
ドラゴンの炎はロックたちを包む球体の膜に防がれている。
「なんとか間に合いましたね」少年が言う。
ロックのすぐ後ろに、その少年はいつの間にか立っていた。
ロックは振り返り、この膜の球体で自分たちを守ってくれた少年を見る。
そこには、清水のような水色の髪をした、美しい少年が立っていた。
身長が低い。おそらくまだ10歳ぐらいだろう。
まだまだ幼さの残る、丸い輪郭をしている。
癖のあるふわふわとした髪が、中途半端な長さに伸びている。
ロックはその人物を知っていた。
レイもミライも知っている。
「賢者様」とロックはその少年に向かって呟いた。
ロックは、その少年を「賢者様」と呼んだ。
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