12話 エルフの大賢者4【ルルージュ視点】
第八深度の魔法を見たのは二度目だった。
大賢者なんて呼ばれていた、全盛期でも、第八深度を使うことはできなかった。
それをゴブリンが使った。
納豆を美味しいと食べているエルフに出会ったくらい驚いた。
初めて第八深度の魔法を見たのは10年前だ。
魔王と竜王が争っている時に見た。
もっともその時は、第九深度や第十深度の魔法も飛び交っていたが。
あれは別世界の話だ。
エルフとゴブリンの争いとは違う。
第八深度の魔法は、当然だが、凄まじいものだった。
時間を止めて、ゴブリンは動かなくなる。
そこに私は「第七深度 樹槍」を放つ。
樹槍は、世界樹でできた巨大な槍だ。
それをゴブリンに落下させる。
しかし、あの青黒い炎に触れた瞬間、槍は燃えつきた。
世界樹が簡単に燃えてしまった。
世界樹の根で拘束した際に、対抗手段がないようなことを言っていたが、どうやら嘘だったようだ。
私と同じで、こいつは嘘をつき慣れているようだ。
優秀な職人が無口なように、優秀な魔法使いは嘘をつく。
そんなことを昔、誰かが言っていた。
私は一枚の葉っぱを取りだしかじる。
芋虫でも噛み潰したかのように、液体が口の中に広がる。
老化したゾンビが煎れたお茶のように苦い。
この葉っぱは世界樹の葉だ。
魔力を回復することができる。
連続して大魔法を放ったため、ほぼ空っぽになった私の魔力が、回復する。
止めていた時間を動かす。
今度は逆に、ゴブリンの周りだけ時間を急激に早める。
あの炎はかなりの魔力を消費するはずだ。
長時間の使用はできないはずだ。
時間を進めて、魔力消費を一気に促す。
しかし、なんの変化も起こらない。
時魔法もあの炎は無効化するようだ。
再度、時間を止める。
「第七深度 獄面通」
地獄の溶岩へつながる穴が、ゴブリンの足元にうまれる。
時間は停止しているが、獄面通には落下するはずだった。
しかしゴブリンは穴には落ちない。
重力がなくなったかのように、空中に透明な地面ができたかのように、その場に停止している。
「第七深度 雷剣雨」
何千、何万もの雷の剣が、ゴブリンに降り注ぐ。
光の剣が一箇所に集中し、輝きの密度が限界まで達する。
何もかもが白い世界で一刻満たされる。
しかし、光の束はすぐに収縮して、ゴブリンは何事もなくそこに立っている。
私はまた世界樹の葉をかじる。
苦い。汗がひっきりなしに肌を流れていく。
時間がまた動き出す。
ゴブリンが数歩進んだところで、また時間を止める。
私はまた最大級魔法をいくつか放つ。
そして世界樹の葉をかじる。
時間が少し進み、ゴブリンが数歩進む。
これを何度も繰り返す。
ゴブリンには傷ひとつつかない。
何度も繰り返したのちに、ついに世界樹の葉のストックがなくなる。
再度、時間を止める。
これからダンスの申し込みでもするかのように、近づいてきたゴブリンに、短剣を突きたてる。
刀身が蒸発をして、私は慌てて短剣から手を離す。
そのあとすぐに、柄まで炎は広がり、燃え、消える。
時間を止めているのが難しくなり、時が動き出す。
ゴブリンがゆっくりと私の肩に手を置いた。
私は子供の頃から天才だった。
10歳のときには里で一番の実力があった。
その後、精霊王の力が使えるようになり、敵と呼べる存在がほとんどいなくなった。
それが最弱のゴブリンに最後は倒されることになる。
人生は予測されるのが嫌いらしい。
そういえば、生まれて初めて倒したモンスターはゴブリンだった。
ポンと、肩を軽く叩かれた感触を感じる。
「俺の勝ちですね」とゴブリンが言った。
ゴブリンの体から、いつの間にか業炎衣の炎が消えていた。
私は殺されずにすんだようだ。
「ああ、私の負けだ」と私は言った。
周りのエルフたちが狼狽する。
このゴブリンを、どうこうする手立ては完全になくなった。
一匹のゴブリンに、エルフの里は制圧されてしまった。
あっという間に。
しかし、ゴブリンは破壊活動をするつもりはないようだ。
世界樹の杖さえ手に入ればいいようだった。
これ以上の被害は出ないだろう。
それだけが救いだった。
だが、不運というのは重なるものだ。
ドラゴンの咆哮が、空気を震わす。
ひとつではない。数十の咆哮が重なって鳴り響く。
北の空から、30匹以上のドラゴンの群れが迫ってくるのが見えた。
壊れた結界の修復は間に合わなかったようだ。
エルフの里を襲いに、ドラゴンが攻めてきたのだ。
ドラゴン1匹でも、一大事だというのに、あの数ではもはや絶望しかない。
ドラゴンは普通単独行動だ。群れをなしているということは。
おそらくは、、、。
このエルフの里は、もう助からない。
これで終焉だ。
「ゴブリンよ。すまなかったな。
お主でも、あの数のドラゴンは厳しいだろう。
魔力もだいぶ消費してしまっているようだ。
早くこの場から離れるといい。
世界樹の杖は、私ものを持って行くがいい。
ロジンが使っていたものよりも、ずっと良い品だ。
迷惑をかけた謝罪だ」
ゴブリンは、私の杖を受けとる。
「とても良い杖です。ありがとうございます」
と頭をさげた。
やはりゴブリンとは思えない礼儀正しさだ。
「これは素晴らしい杖をいただいたお返しです」
ゴブリンが杖をかかげる。
「第九深度 雷槍雨」
上空に数万の光の槍が浮かぶ。
私の使った「雷剣雨」とは大きさが違う。
一本一本が巨大な槍だった。
空一面が輝やいている。
ゴブリンが杖を振りおろす。
無数の槍がドラゴンの群れに落とされる。
ドラゴンは光に包まれ、咆哮をあげる。
その後に爆発音が続き、真っ白い光が、視界いっぱいに広がる。
視力が戻ると、青空が広がっていた。
神様が雲を描くのを忘れたように、青色のみが広がっていた。
ドラゴンの群れは消えていた。
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