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僕たちの正義へようこそ  作者: 末広 有夏
31/31

またお会いしましょう

 会談の日、ルドベキアと共に「藍」に着くと、奥の座敷に通された。言われた通り、向こうは黒木と宮下、他に3人のメンバーがいるようだ。

「よくおいでくださいました。会談とはいえあまりかたくならず、気楽にいきましょう。まずは一杯」

 黒木に勧められて、私はジュース、他の人はお酒を少し飲んだ。

「では改めて、軽く私共のメンバーを紹介します。まず、私は黒木くろき 伸也しんや、『Tracker Dogs』のリーダーをさせていただいています」

黒木の顔をちゃんと見るのは初めてだが、聡明さと陰険さ、粘着質な感じを持ち合わせていてお世辞にも人が良さそうとは言えない。「Tracker Dogs」の制服は警察のものに似せて上下揃いのスーツのようになっているが、黒木の胸元には「Tracker Dogs」内の階級や役職を現す勲章がこれ見よがしに飾られている。

「隣が宮下みやしたです。以前は新人教育を任せていましたが、今は団員の規則遵守を徹底させる活動を中心にしています」

宮下は相変わらずスポーツ刈りに脂っぽい肌だ。制服はきちっとしているのに爪が汚く、飲み食いの時に音が出るのが鬱陶しい。

「赤い髪飾りが遠田とおだです。女子団員のリーダー的存在で、唯一の女子幹部です」

遠田は凛としていて近寄りがたい雰囲気だ。化粧は必要最低限といった感じで、髪は後ろで1つに纏められ、髪飾り以外お洒落や女性らしさを感じさせるものは全く身に着けていない。髪飾り自体もストイックなかっちりしたもので、正直ちょっと怖い。

「次が松本まつもとです。今はこちらが新人教育をしています」

松本は宮下と同じような体育会系に見えるが、こちらの方が清潔感があって真面目そうだ。ただ、さっきから一度も笑わないし、遠田とは違う怖さがある。自分にも他人にも厳しそうだし、冗談が通じなさそうだ。

「最後が水野みずのです。副リーダーをしています」

水野は一見人当たりが良さそうだが、笑うとゾッとするほど冷たい表情になる。制服に合わない光沢感のあるシャツを着けていて、着崩し方や髪型が独特で装飾的な印象を受ける。

「では、『Our Justice』も簡単に自己紹介をさせていただきます。まず、」

「青山さん、」

黒木が青山の言葉を遮った。

「青山嗣彦さん、ですよね?隣の方が白瀬さん、次から橙乃さん、紅野さん、脇田さん、そして神谷さん。失礼ながらホームページ等で拝見しましたし、『Our Justice』では正式な役職も決めていらっしゃらないと記憶しておりますので、省略していただいて結構です。」

だとしても、自己紹介を省略するなんてあんまりじゃないだろうか。これでは「そちらの話を聞く気はありません」と言っているようなものだ。

「では、本題に入らせていただきます。まず、宮下が神谷さんに大変な非礼をしてしまいましたこと、『Tracker Dogs』幹部よりお詫び申し上げます。この度は本当に、申し訳ありませんでした」

 黒木に従い、「Tracker Dogs」全員が頭を下げた。私も軽く頭を下げる。

「あれー、宮下さんだけなんだ?」

脇田が小さい声で言った。

「今回の話し合いって、遥ちゃんの個人情報の取り扱いについてじゃないの?」

「では、このまま話を続けさせていただきます。実は我々としましては、神谷さんにもう一度『Tracker Dogs』として活動していただきたいと思っています。今度は松本の指導のもと、きちんとした待遇をお約束いたします」

「すみません、それに関しては以前電話でも申し上げましたけど、私は『Our Justice』の一員として充実した日々を過ごしていますし、もう『Tracker Dogs』に戻るつもりはありません。」

「ところで皆さん、最近郊外の自警団が連続してライセンスを剥奪されているという話を聞いたことありますか?」

水野が唐突に話し出した。関西弁を無理矢理標準語に直したようなイントネーションだ。

「一部自警団が活動の不備や規則違反の常態化からライセンスを剥奪されたという話ですね。存じています」

答えたのは橙乃だ。

「ええ、表向きはそうです」

「表向き?」

「はい。実はここ数ヶ月、警察の方からある働きかけがなされています。勿論強制的なものではありませんが、我々としては非常に重要なことであると考えています」

「それは……直接警察から聞いたということですか?」

「ええ、『Tracker Dogs』はあくまで警察の足元を支える組織ですので。……で、内容なんですが、警察は自警団を統一したいようなんです。」

「各自治体に1つ、ということですか?」

「はい。治安を維持する組織が2種類も3種類もあっては困りますからね。我々は警察の出来ない部分を補完する為にある訳ですが、今度はそれを画一的に行おうということです。」

「それは、貴重な情報ありがとうございます。……それで、このお話は」

「そこで提案なんですが、『Our Justice』と『Tracker Dogs』で人材交流をしませんか?うちからは遠田かその下の宇津木を出しますので、そちらからは同じく優秀な女子団員として……神谷さんを。」

 言葉を返そうとした紅野を白瀬が宥めた(なだめた)。

「……水野さん、」

橙乃は冷静に見えるが、声に僅かながら迷いがうかがえる。

「申し訳ありませんが、急なお話ですし、人選その他につきましては」

「幸い本人もいらしていますし、ここで話し合えばすむお話だと思いますよ。」

「あー、水野さん……いや、黒木さんでも良いが」

紅野はやはり不機嫌そうだ。

「何でそこまで神谷にこだわるんだよ?うちにも他に優秀な奴は何人かいるし、わざわざ指名する意味が分かんねぇ」

 黒木の口元が一瞬緩んで、すぐ元に戻った。

「そうですね……強いて言えば、神谷さんがタイプだからでしょうか。」

黒木はそう言うと、今度ははっきりと笑った。

「黒木さん、この場面で冗談ってのはどういう」

「いえ、私は本気です。」

脇田が不満そうに口を尖らせた。

「まあ、タイプと言うと語弊があるかも知れませんね。勿論女性としても魅力的ですが、面接の様子や『Our Justice』での活動を拝見した限り、これから自警団を社会に実現していくにあたり非常に優秀な人材としての活躍が期待出来ると思いまして。」

「……黒木さんさぁ、遥ちゃんの活動ってどうやって知ったんですか?」

「お見かけしたんですよ。」

松本が無表情のまま言った。かなり飲んでいるのに、酔っている様子が全く感じられない。

「自警団の活動は主に公共の場で行う訳ですし、自分たちも同じ自治体内で活動しておりますので、他の自警団の活動は自然と見たり聞いたりするものです」

「でもさぁ、遥ちゃんピンポイントっておかしくない?」

「無論、他の方のことも聞いております。……脇田さん、正直自分は脇田さんのような活動の仕方はあまり好ましくないと感じております」

「えぇー、何急にー」

「自警団は治安を守る団体ですが、脇田さんのような方は町の風紀を乱してしまいます。自警団そのものの品位を落としていると言っても良い」

「性的マイノリティに対する差別ですかー」

「どう取られても構いませんが、自分は相容れないということです。この際はっきり言いますが、脇田さんや紅野さんの活動は治安の維持には逆効果だ。不良グループやその親玉なんかと仲良くする必要は無いし、ああいうのは根絶するべきです」

「おい、そんな言い方はねぇだろ。俺らは俺らの正しいと思うやり方でやってるし、実際アンタらが放り投げたトラブルを俺と和泉さんが拾って片づけたこともあるんだ」

「自分たちは放り投げたつもりはありません。基本的にするべきことは根絶であり、その時は根絶の為に他にするべきことがあったというだけです」

「目の前のトラブル1つ片づけられねぇ奴らが根絶なんか出来るかよ」

「紅野、その辺にしておけ。話が逸れて(それて)いる」

紅野は私にも聞こえるくらいの舌打ちをしてから口を閉じた。

「では、話を戻しますが」

黒木は笑顔のままだ。

「我々としては、この人材交流は是非実現していただきたいと思っています。『Our Justice』は資金も潤沢ですし、法律の専門家にもパイプがあるとお見受けします。しかし、我々のように大規模な資金援助を断っている団体や、いわゆる弱小と言われる団体はそうではありません。恐らく、郊外で行われているライセンス剥奪がここまで来れば、そのような組織は無事では済まないでしょう。」

「お前らは警察にパイプがあるもんな。他の自警団を人質に取ろうってか」

紅野が乱暴に酒を注ぎながら言った。

「そんな、滅相もない。ただ我々は、自警団、延いては(ひいては)この国の未来を考えて、提案をさせていただいているだけですよ。」

「人材交流については承知しました。」

青山が口を開いた。お酒は最初の一口だけで、今は烏龍茶のようだ。

「しかし、やはり人選については一度持ち帰らせていただきたいと思います。この場で『優秀な団員』として神谷の派遣を決めてしまうのは他の団員に誤解を与えることになりかねませんし、まだ提案の段階ということですので、こちらとしても適切な判断、適切な人材をもって全力で取り組みたいと考えています」

「そうですか……それは残念です。」

「すみません。人材交流そのものにつきましては、前向きに検討させていただきたいと思いますので。」

「分かりました。では、ここからは互いに交流を深めるということで歓談と致しましょうか。遠田、皆さんにお酒を」

遠田は何も言わず、酒の瓶を持って立ち上がった。

「じゃ、そちらは僕が注ぎますねー」

脇田が立ち上がると、松本が咳払いをした。

「和泉さん、私が」

「えー、遥ちゃん未成年なのにー」

また松本の咳払いが聞こえた。仕方が無いので、「Tracker Dogs」全員にお酒を注いでまわる。

「では、自警団の繁栄と成功を祈って、乾杯。」

 静かに酒を飲み干すと、黒木は青山、宮下は橙乃、松本は白瀬、水野は脇田と紅野の側に行って話を始め、遠田が私の横に来た。

「女同士、仲良くしましょうね。お酒を酌み交わす訳にはいかないけど、乾杯。」

軽くグラスを当てる。遠田の爪はばっちり切り揃えられて手入れが行き届いているが、綺麗さよりも神経質さが際立っている。

「私ね、これからは女性が活躍しなきゃいけないって思うのよ。少なくとも私の見てきた世界って男社会だから、女性の意見やものの見方が反映されないのよね。」

 話をしながら、全員が私たちの話を聞いている。こんな風に私を揺さぶろう、試そうとしているなら、人を馬鹿にするのも大概にして欲しい。

「……私は、少し違うかも知れません。」

「まあ、貴女くらい可愛らしい人なら男性も言うことを聞いてくれるかも知れないわね。」

「いいえ、とんでもない。……私は、男性とか、女性とか、関係無く意見を言える社会が良いと思うんです。確かに男性50、女性50が平等だっていう考え方もありますけど、私はその人が男性か、女性かをいちいち数えなくても良いようになるのが本当の平等なんじゃないかって考えてます。」

 隠してはいるが、「Tracker Dogs」全員が「まさか言い返すとは思わなかった」という顔をしている。ただし捉え方は様々で、黒木は面白くないと顔に書いてあるし、宮下はつまらない自尊心から私を下に見ているようだし、松本は明らかな不快感を示し、水野は面白がっている。遠田は間持たせの笑い声をたてると、更に間を持たせる為にゆっくり酒を口に含んだ。

「まあ、考え方はいろいろでしょうけど……でも、目指すところは同じよね。やっぱりこの社会はまだ平等じゃない。女同士、頑張らなくちゃね。」

「……すみませんが、」

遠田の目元が一瞬痙攣した。

「私、女と男とか、お金持ちと貧乏とか、多数派と少数派とか、そういう壁を無くしたいと思ってるんです。だから、女同士ではなく、同じ志を持った方として、あるいは自警団の先輩として尊敬させていただきます。」

「……そう。」

遠田は一気に酒をあおると、自分の席に戻った。

「もうお仕舞いにしましょ。彼女は伸……黒木さんが思ったような人じゃないわよ」

遠田は荷物を片づけると、出ていってしまった。

「おい遠田、遠田?」

黒木が遠田を追いかけて出ていき、苦笑いしながら戻ってきた。

「では、我々はこれで失礼します。人材交流の件、くれぐれもよろしくお願いします」

 向こうが出ていくと、紅野が大きな伸びをした。

「ったく、何であんな奴がリーダーなんだろうな」

「むしろ、ああいう人間だからではないだろうか」

「うわー、白っさんの説怖ぇなー」

橙乃が笑って、少し和やかな雰囲気になった。

「遥、近いうちに携帯の番号を変えにショップに行こう。このままの番号やアドレスを使い続けていると、また何をされるか分からない」

「へぇ、」

振り向くと、黒木が机に置いてあった携帯を拾い上げていた。

「すみません、携帯を忘れてしまって。……遥、ということは、神谷さんは青山さんと親密な関係なんですかね?」

「良い趣味とは言えませんね」

青山が珍しく感情を表に出している。

「趣味?まさか。私は忘れ物を取りに来ただけですよ。ここは公共の場なんですから、そちらこそご注意くださいね。では、失礼」

 暫くしてから、紅野が黒木の退出を確認した。

「しかし、何故彼らが神谷に固執するのかが分からない」

「意外と本当にタイプだったりしてー」

「ううん、これは仮説の段階だけど……遥、『Tracker Dogs』にいた頃に、何か重要な現場を見ていたりしないかな。公的機関の人間や政治家、あるいは逆に犯罪組織やそれに関わる人間と『Tracker Dogs』の誰かが会っていたとか」

「さあ……すぐには思い当たりませんけど」

「まあ、そうだよね。けど、あれだけ遥に固執して取り込もうとしてきたなら、何かそれくらいの理由があると考えても良さそうだ。遥、何か思い出したことがあったら、すぐに僕たちに知らせて。」

「分かりました。」

「青ちん、まだ近くの携帯ショップ開いてるっぽいよ。早い方が良くない?」

「そうだね。遥、今から行こう」

 携帯の本体、番号、アドレスを全て変え、ルドベキアと番号、アドレスの交換をした。どうせ前の携帯には大した情報も未練も無いし、さっぱりした気分だ。

「さ、じゃあ飲み直しに行きますか。このままじゃ胸くそ悪くて寝らんねぇぜ」

「浅葉君、遥ちゃんはどうするの?流石に今一人で帰すのは危ないと思うけど」

「俺はあまり飲めないから、今日は酒は控えて神谷についていることにする。」

「良いなー白瀬遥ちゃんのナイトじゃん」

「ま、白っさんがついてるんなら安心だな。今度こそ飲むぞ」

 居酒屋に着くと、青山がかなりの勢いで飲み出した。青山はすぐに真っ赤になり、目も虚ろで一人で笑ったりしている。

「こっち来なよNo.63〜」

「だから名前で呼べよ!」

「良いれしょ六千万人中63位なんらから〜」

「とうとう本性表しやがったなゲス山クズ彦!」

橙乃はもう酔い潰れて、脇田の肩を枕にして眠っている。私も心地よい疲労感と眠気に襲われる。

「こちらは紅野と和泉がいれば大丈夫だろうし、先に帰るか?」

「いえ、大丈夫です。皆さんといた方が安心ですし」

 その時、私の買ったばかりの電話が鳴った。

「あれ?遥ちゃんの携帯まだ僕らにしか教えてないよね?僕じゃないし、橙乃が寝惚けて鳴らしてる?」

全員の酔いが吹き飛んで、それぞれが携帯を確認している。

「ううん、僕のはずっと机に置きっぱなしだったよ。浅葉君は?」

「俺も違う。白っさんは?」

「こんな近距離で電話する意味が分からない。青山はどうだ」

「僕でもないよ。ほら」

青山が自分の携帯を机に置く。その間も、私の携帯は着信を繰り返している。

「……遥ちゃん、出てみて。スピーカーで」

橙乃に言われた通り、机に電話をおいて通話ボタンを押す。

『もしもし、「Tracker Dogs」の黒木です』

「この番号、どうやって……」

『さあ、どうでしょうね。ただ、いくら変えても無駄だと思いますよ。』

「ちょっとー、犯罪ですよー?」

『まあ、何処かに訴えたいならそうすれば良いですけど、対応してくれるかは分かりませんね。今回はご挨拶ということで、失礼』

電話が切れ、プー、プーと無機質な音が鳴っている。

「遥、意味は無いかも知れないけど、明日もう一度携帯を変えに行こう。マンションにも警備を増やして……」

青山は途中で言葉を切り、深い溜め息をついた。

「全く、彼こそ自警団の品位を落としているんじゃないかな。」

「同感だ。神谷、暫くは一人で外に出るなよ。」

「はい……」

「大丈夫だって。俺らが全力で守ってやるからさ」

「遥、僕たちを信じて。プライベートはどうあれ、僕はあんな奴に仲間をどうかされるようなことは絶対にしないから。」

 その後、ルドベキアは全員で私を部屋まで送ってくれた。

「あれー、部屋の前に何か置いてあるよ?」

見ると、部屋の前に鉢植えが置いてある。

「青山殿、手袋貸してくれ」

紅野が鉢植えを調べ始めた。

「……刃物とかは仕込んでなさそうだ。青山殿、マンションの警備はどうなってる」

「一応、団員以外の人がエレベーターや階段を使おうとしたら止めるようにはなってるんだけど、不充分だったようだね。ごめん」

「浅葉君、カードがついてるみたいだけど」

「ん?……ああ、これか。」

紅野がカードをこちらに見せる。


『「Tracker Dogs」の黒木です 先ほどはどうも またお会いしましょう』


「うわー、悪趣味」

「全くだ。青山、……青山?」

青山は口元を押さえて笑っていたが、そのうち大声で笑い出した。

「本当に、なめられたものだね。遥、安心して。僕を……『Our Justice』を敵に回したこと、必ず後悔させてやるから。」

 青山の笑い声は相変わらず凶悪だったが、ここにいる全員の不安を拭うのには充分だった。


 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。この話はここで一応完結にさせていただきます。


 今まで読んでくださった方、これから読んでくださる方、面倒だけど後書きだけ読んでみた方、全ての方に感謝申し上げます。


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