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エピローグ「光差す庭園と二人の門出」

 窓から差し込む朝の光が、寝室の白いカーテンを優しく揺らしていた。

 リゼットは柔らかな羽毛の布団の中でゆっくりと目を覚まし、小さく伸びをする。

 隣の枕はすでに空になっていたが、そこにはまだ微かな熱と、レオンハルトの愛用する石鹸の香りが残っていた。

 彼女は薬指で輝く白金の指輪をそっと撫で、幸せな実感を噛みしめるようにまぶたを閉じる。

 あれから、ヴァレリア男爵領やルグラン伯爵領の消息を聞くことはなくなった。

 ただ、王国の辺境にある採掘場から、酷く無様な男たちと女が、泥にまみれて働いているという噂が微かに届くばかりだ。

 リゼットはもう、彼らのことを思い出すときに胸を痛めることはない。

 過去の記憶は、レオンハルトから与えられる溢れんばかりの愛情によって、上書きされて消え去っていた。

 ベッドから降りた彼女は、侍女たちの手を借りて一日の装いを整える。

 選ばれたのは、初夏の青空のような澄んだ青色のドレス。

 鏡の前に立つリゼットの顔色は、かつての不健康な白さではなく、みずみずしい輝きを放っていた。

 丁寧にとかされた銀色の髪が、一歩歩くたびに背中でさらさらと流れる。

 部屋を出て、長い廊下を抜け、王城の奥に広がる私設庭園へと足を向けた。


 庭園では、色とりどりの花々が朝露を纏って咲き誇っていた。

 かつて枯れかけていた薔薇の苗木は、今では力強い枝を伸ばし、大輪の深紅の花をいくつも咲かせている。

 リゼットが花壇の側に立つと、彼女の体から無意識のうちに淡い金色の光の粒子があふれ出した。

 光を浴びた植物たちが、感謝を伝えるように葉を揺らす。

 その様子を、少し離れた場所にあるガゼボから見つめている人影があった。

 レオンハルトは手にしていた書類を机に置き、愛おしげな眼差しでリゼットを手招きする。


「おはよう、リゼット。今朝も君の光は美しいな」


 彼が立ち上がり、近づいてくるリゼットの腰を優しく引き寄せた。

 レオンハルトの大きな手のひらが、彼女の頬を包み込むように撫でる。

 その触れ方は、まるですぐに壊れてしまう繊細な宝物を扱うかのような慎重さに満ちていた。


「おはようございます、レオンハルト様。お仕事中でしたか」


「ああ、少しばかり王都の再開発計画をな。君の浄化の力で整えられた土地に、新しい公園を作ろうと思っている」


 彼の言葉に、リゼットは花がほころぶような笑みを浮かべた。

 かつては忌み嫌われ、自分でも持て余していたこの力が、今は国中の人々を幸せにするために使われている。

 レオンハルトは彼女の指先の汚れを自分のハンカチで丁寧に拭き取り、その甲に静かに唇を落とした。


「一ヶ月後には、君を正式な王太子妃として国民に披露する式典がある。準備は進んでいるか」


「はい。侍女の皆様が一生懸命に手伝ってくださっています。でも、一番楽しみなのは、式典が終わった後に二人で静かに過ごす時間です」


「同感だ。私も、君を独占できる時間が待ち遠しくてならない」


 レオンハルトの低い笑い声が耳元をくすぐり、リゼットの頬に朱が差す。

 二人は手を取り合い、庭園に設けられた散歩道をゆっくりと歩み出した。

 初夏の風が吹き抜け、木々の葉がさらさらと心地よい音楽を奏でている。

 空には一点の曇りもなく、突き抜けるような青色が広がっていた。

 リゼットは隣を歩く彼の逞しい腕に自身の腕を絡め、幸せな重みを感じながら前を見つめる。

 かつてのぬかるみにまみれた道は、もうどこにも存在しない。

 彼女の目の前にあるのは、愛する人と共に歩む、どこまでも明るく、光り輝く未来への門出だった。

 二人の足元を、淡い金色の光の粒子が、祝福の雪のように優しく彩っていた。

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