04 三章 十格 エピソード25 闇医者への人身売買
昨夜の騒動の後、俺は傷を負った者達を癒し、その場は一件落着と相なった。
そして一夜明け。
俺は朝食を済ませると早々に身支度をして、一人庭へと出ていた。眼下には、昨日植え付けたフォリアファミリーの刺客が唸りを上げたまま、うつらうつらとしている。
「さて、これの処理はどうしましょうかね」
「ぅぶうう…………うう」
こんな状態でそのまま放流するのは無理がある。
万が一にでもフォリアファミリーへ戻った場合、どんな睨まれ方をするか分かったものではない。
それこそ、更なる火種の元でしょうね。
では、どうするか?
「…………隠ぺいしますか。」
もっとも、この廃人男が俺達を狙ったのはすでに周知の事実。フォリアファミリーから追及されれば直ぐにでも言葉に詰まるのは請け合いだが、今やこちらには、エーランドファミリーの後ろ盾がある。なら、この男――――証拠さえなくなってしまえば、有耶無耶にすることなど易い。
裏の世界は弱肉強食。強い者同士は拮抗しているが、抗争で弱れば背後から刃を突き立てられる下剋上も珍しくない。
「フォリアファミリーも、構成員数で勝るエーランドファミリーと争いを起こしたくはないでしょうし…………うん、やはりエーランドに肉盾になってもらい、有耶無耶にしましょう。」
となると、後はどのように処分するかだが。
もちろん、こう言った廃人が好きな変わり者も居るには居るため、売っぱらってもいい…………しかし、和平交渉も間近に迫っている手前、公に買い手を募るのは憚れる。
というか、今リンドウは臨時休業中でもあるわけで。それに伴い、俺の普段使うルートも閉じている。
だからと言ってだ。このまま庭に埋め、栄養とするのも考え物。
ヴォルドの言う通り、やられた借りを返す、体のいいサンドバッグになってもらうのも一興だろうか…………しかし、反応が無いのは面白みに欠ける。
とその時、いい考えが浮かんだ。
「そうだ。最近は懐から金が飛んで行きますしねぇ…………この男にも、商品を壊され損害を被っている…………なら、個人的に、彼に言い値で売りましょう」
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「で…………キミ。性懲りもなくまた来たのかい」
ゾンダーは俺を見るなりげんなりとした表情を見せた。
そう、俺はまた病院へと足を運んだのだ。
「だからと言って、そんな風に顔をしかめなくともいいでしょうに。今回は商談に参りました」
「はぁ?この病院にキミと懇意にしてる輩が居るって?」
「いいえ、それはあなたですよ。ゾンダー先生。」
「何を馬鹿な」。ゾンダーは肩をすくめ、鼻で笑った。
「悪いけどボクは忙しいんだ、話ならまた今度」
そう言って素っ気なく踵を返しかけたところに、「知っていますよ」と畳みかけ、俺は彼を引き止めた。
そのまま、近寄り、彼の耳元で甘く囁く。
「新薬を試す場を探している事を。」
すると、ピクンとゾンダーは瞼を痙攣させた。片眉を上げ、訝しげにも俺を見る。
「…………キミがその場を提供できるって?」
「お安く致します」
掛かった。客の購買意欲をそそるのは、何時だってその時で最も強い欲求。衝動だ。
今回で言えば、ゾンダーの人体実験用…………もとい、治験用の素体。
そして欲求とは、急斜面を上っている最中のような概念だと、俺は思っている。
皆、欲しいものを我慢して険しい道を昇る、楽になりたいという下山意識を振り払いながら、ずっと上を向いて我慢している。
ならば、俺達商人がする事は、彼らの正面に立ち、購買意欲を刺激するように、後ろへ押し倒してやることだ。すると、あとは下り坂を転げ落ちるように、己の欲求に抗えなくなる。
「…………試供品はあるの?」
それが、違法であれば尚の事。チャンスは今しかないと、焦燥感が欲求に更なる拍車をかけるのだ。
「買い切りです。どういたしますか」
「いくらだい」
うち、リンドウの末端価格は50万オウルから。
値打ちは、その物の希少性によって変動する。たとえば、老人よりも子供だったり、醜いものより美しい物と言った風に。
けれど、偶に掘り出し物もある。それはその物が持つ『情報』。要は、知識だ。
実際、人知れぬ地域の特異な信仰は民俗学を専攻している者に高く売れる。その物しか知りえない情報は付加価値となり、時と場合によっては五千万オウル以上の値打ちが付いた事もある。
ただ、今回はどれにも当てはまらない訳あり商品。フォリアファミリーの物だ。
ゆえに、
「47万でどうです?」
「39万。じゃなきゃ買わないよ。キミが価格を下げるって事は、何かあるんだろ。」
「…………いいでしょう。」
了承すると、ゾンダーは悪辣に笑い、俺と固い握手を交わした。
そして、その日の内にリッカとミネルバに指示を飛ばし、病院内の最も人気に着かない通路へと男を連れ込ませた。
勿論、俺も魔術の拘束を続けるために同行した。その際には、「レイは手伝わせなくてもいいんすか」。とリッカに問われたが、今回はいいのです。リンドウは休業中。これは俺の私的な小遣い稼ぎなのだから。
「さて、ここからは俺だけで事足ります。二人共、帰って結構ですよ」
「え、いんすか?」
「アルマ様はぁ~?」
「俺は、先生に呼ばれておりましてね。」
手伝ってもらった礼として、二人にはお小遣いを渡しそれで解散となった。
男は今、彫刻のように土魔術で拘束されたまま口をふさがれ、シーツをかぶせられている。少しの物音はするものの、それは移動しやすいように彼を載せている台車の軋む音にしか聞こえないよう、風魔術を施してあった。
「お、来たね。それかい」
リッカ達と入れ替わる様に、病院内の人気が無い通路にやってきたゾンダーは、楽しみだと言った雰囲気で手をこすりあわせると、俺から台車を奪った。
「こっちさ」
顎で指示を受け、俺はゾンダーの背中を追った。
一分もしない内に着いたのは資料室。内部は蜘蛛の巣がいたるところへとはりめぐらされ、見るからに人の立ち入りはないようだった。
しかし、よく見てみると違和感がある。観察しているとその理由が分かった。部屋の一角に造られている蜘蛛の巣は偽物だ。カモフラージュだろう。何しろ、埃が付いていない。
俺がその事を訊ねると、
「目ざといじゃないか。」
と、ゾンダーはしたり顔を浮かべ、埃が付いていない蜘蛛の巣の一角の壁を押したのだ。すると、回転した。隠し扉だ。
「職権乱用では?」
「僕の病院だ。好きに改造するさ」
台車の車輪が鳴り、俺達はそちらへと入って行った。
内部は形容しがたい匂いが充満していた。光源は天井に吊り下げられた希少な光る鉱石。防音が良く施されたタイル張りの密室は、中央に椅子が配置され、まるで手術室の様だ。
そして、ゾンダーの趣味趣向に彩られたマッドな部屋だった。
椅子のすぐ傍の台座の上には、拷問にも使われるのこぎりや、ハンマー、ペンチなど様々な器具が置かれ、最低限ここが拷問部屋ではないと記すように、メスなどの医療器具も置いてある。
「ここはね、キミら裏の者を治す時に使う場所だ。」
「その割には、物騒な物も多々ありますが」
彼の言う事は正しいのだろうとも思う。何しろ、ここにある物は全て、新品同様に丁寧に手入れがされている。
「キミらが物騒だからさ。僕も最低限身を守れるようにと…………まぁ、お守りかな」
と、ゾンダーは注射器を持ち、針を叩くと男の首へと差した。
「これもそう。強力な弛緩剤さ。」
続いて指示され、俺は拘束状態を解き、慎重に男を椅子に置き手足を椅子に拘束した。
ふと見ると、その拘束具には、魔力の流れを阻害する陣が掘ってある。
「キミらはさぁ、よく鍛えてるせいで、そう言う風に弱体化しないと、体を斬っている最中に、何度もメスが折れるんだよね…………」
もっとも、それでも男は理性無く暴れかけるが、魔力阻害の陣と、弛緩剤の影響で力は弱弱しかった。ひっかき傷は貰ったがその程度。昨夜に比べれば、天と地ほどの差がある。
いやはや、薬の力はおそろしいですね。
「さて、これで俺の役目はお終いですかね?」
「何を言ってるのさ。腕も治してくれたまえよ」
「必要ありますか?」
「あるともさ。素体はニュートラルでないと平均的データは取れないだろう。ただでさえ、この被検体は大柄で、一般的データとは齟齬が出る可能性の方が高いのに」
「ですが、既に弛緩剤を打っているではないですか」
「バッカだなあ。そんなの拘束するまでの間さ。言ったろ、お守りだって。すぐ中和するように調整してある。決まってるだろう?」
「やれやれ」。そこまで言われては治すしかあるまい。慎重に男へと近寄り腕を治した後、ようやく実験が始まった。
だから帰ろうと踵を返したのだが、ゾンダーにまたも引き止められる。聞けば、「話があるから、少し待ってて」だそうだ。
まぁ、今日は時間もあるし、フォリアファミリーの人間とゾンダー二人だけにするのも気が引ける。俺は、壁際に身を寄せると、ゾンダーを見守ることにした。
「…………僕が、どうしてキミにこれを見せてると思う?」
それは、人体実験が始まってしばらく経ってから。薬の効果の経過観察の間だった。
「さぁ、とんとわかりませんが」
「キミの行いがどんな結果をもたらすか。それをきちんと知って欲しかったからさ。」
「まさか、言うにことをかいて、説教ですか。辞めていただきたい。マウントは取るものであって、取られるのは不愉快極まりない。」
「それこそまさか。僕も同じ穴のムジナだ。だから、僕が伝えたいのは僕の事――――僕はね、大勢の人間を救いたいから医者になった。」
「自分語りですか」。百歩譲って自分で言うのは気持ちがいいが、他者の生い立ちを聞くなどうんざりだ。そう鼻で笑ったが、ゾンダーは無視して続けた。
「僕はだから、自身で命の取捨選択を、その明確な判断基準を決めている。人を救う際ボクは、それに忠実に従うのさ」
「…………はぁ、それは?」
「数だよアルマ君」
「数?」
「そう、僕は良し悪しに関わらず。数が多い方を必ず救う。言ってしまえば、多数決のしもべさ。もしも、999人の善人と、1000人の悪人どちらかしか救えないとすれば、僕は迷わず後者を救う。」
「極まっていますね。理解できない」
「でもねぇ、そうやって迷った者は、誰も救えなくなるんだ。医者は命を救う者…………そして、時間は命。その時になって迷い、幾つも命を取りこぼした挙句に、この道を退いた同僚を何人も見てきた。でも、先だって信念を決めておけば、そんな事は未然に防げる。もう、何を言いたいかわかるよね?」
「いいえ。さっぱり」
「世の中は、悪人が圧倒的に少ないよ。善人も少ないけど、最も多いのはその善人も含めた普通の一般人だ。悪人と言われる人種は本当に少ない。少数派だ。僕の切り捨てるカテゴリーさ。肝に銘じておきなよアルマ君。僕に救ってほしいなら、数の大きい集団に所属する事だね」
「ハッ、何を今さら。あなたの世話になるくらいなら、唾でもつけておきますよ」
「場合によっては感染症になるから、お勧めできないね。」
「なら、それが寿命という事です」
「素直じゃないなぁ…………ま、キミならそう言うだろうとは思ったけどさ」
その時。被験者の体がビクンと跳ねた。その反応はすさまじく、四肢を拘束していた魔力阻害の陣が刻印された帯が、ギチギチと悲鳴を上げる。
それはまるで、地獄の業火に焼かれているかのような痙攣。普段なら、何の感慨も無く臓物で遊ぶ俺でさえ、若干おののく凄惨だ。
「…………一体、何を投与したのですか、先生」
「僕の研究の副産物。」
「これさ」。と、ゾンダーは何食わぬ顔で試薬瓶を俺に見せつける。ラベルは張られておらず、内容物は無色透明。傾けると少しの粘土があり、希釈した血液のようにも見えた。
「元々は人体の細胞に靭性を与え、細胞同士の結合を高める――――まぁ、治癒力を高める薬を開発していたんだけどね。その過程で得られたアレは、人体の細胞ではなく、その者の魔力に直接作用するらしいのさ。いやぁ、史上初かもしれないよ。魔術でも陣でも無く、薬による魔力へのアプローチなんてさ」
「つまり、アレの体内では今、魔力が暴走していると?」
「うーん。僕の仮説が正しければ違う。暴走じゃなくて、鎮静さ。言ったろ、元は靭性を与える薬だったんだ。でも、そうするには魔力という防衛本能を一度、鎮静化する必要があった。」
「鎮静…………あの雷にでも打たれた反応が?」
「アレは一種の拒絶反応さ。何しろ、百倍に希釈する所へ原液を打ち込んだからね。」
ドン引きだ。それでは一度きりしか実験が出来ないではないか。
「好奇心ですか?」と訊ねたが、
「言っておくけどね、既に希釈済みのデータは取ってあるよ」
と、口をへの字に曲げられた。
「まぁ、それならばいいですが」。しかし、一体いつの間に…………。
「レイ・フィールド。彼女に使った」
またもドン引きだ。じゃあ何か。試験品を本番ぶっつけで使用したと?
「…………倫理感の欠如、一体どちらにお忘れになったのか」
「これまで見てきた、数多の屍へ譲り渡したさ。それに、だからこそ彼女の傷は治りが早かっただろう?」
「俺の治癒魔術には及びませんでしたが」
「ムカつくなぁ、そのもの言いは。キミみたいのが増えると商売あがったりだ…………いや、いいさ。だから治療費も高い訳だし。」
という事は…………まさか無断で実験体にした挙句、そちらへ請求を上乗せしたというのですか?
呆れてものも言えない。嘆息が出たぞ。
「何はともあれだ。きッと彼の体の中では今、魔力のめぐりがほとんどゼロになり、栄養が滞っている筈さ。だから、呼吸困難、血中酸素濃度の低下による意識の混濁化。脳の神経伝達の阻害、それに伴う筋繊維の痙攣、等々…………死なぬよう、必死に生存本能が働いている。」
「…………魔力が滞ると、それ程危険なのですか?」
「あったりまえだろ?!子供の頃みんなが一度、魔力切れを意図的に起こす授業をやる筈だ。日常で生きる上で、自身の限界を知っておかないとまずいからね。忘れたのかい?」
「いえ、俺は魔力切れなど、起こした事はありませんので」
「驕りが過ぎるよ」
そう言ったゾンダーは、嘘つきでも見るような白けた半目でジロジロと俺を見た。
まぁ、魔力偽装をしているのだから、気付かなくても仕方ない。しかし、かと言って今枷を外せば、きっとゾンダーはゲロでも吐く事だろう。
だから種明かしはしないが、
「事実です。俺は少々、魔力量が多いので。」
「ま、おさらいでもして上げるよ。僕はこう見えて、先生だからね」
「はて、マッドサイエンティストの間違いでは?」
「どちらも先生さ。細かいこと気にするなよ。キミ、ただでさえ若白髪だってのに、そのうち、僕みたいに頭へ太陽が昇っちゃうぜ?」
「誰が禿げるですって。殺しますよ」
「僕もね、若い頃はそう思っていたよ。無くしてから気付く尊さってやつ」
「ええい、御託はいいのです。で、魔力切れを起こすと何なのですか」
「まず一段階目に虚脱感。ここまでは幼少期に済ませる。洗礼みたいなものだね。二段階目に極度の栄養失調。意識の混濁。三段階目は呼吸困難、各内臓の機能不全。要はスリーステップ目には瀕死。引き返せるのは二段階目までという事さ」
「ほう、ではあの被検体はもう」
「ああ、永くはないね」
話が終わるころ。フォリアファミリーの男は、パタリと動きを止め、息を引き取った。
ゾンダーはそれを見るや否や、腕時計に視線を落とした。
「投与から…………二分三十九秒、か。大柄だったから、平均男性だともっと早いな。でも、僕の仮説は正しかったようだ。後は内部を解剖して、どの部分に最も作用が効いていたかを調べないとな…………」
「ははは、人一人殺したというのに、冷酷ですねぇ先生は」
「ん。僕は数の多い方を生かすと決めてるから。これは一の犠牲。そしてその犠牲によって、万の人間を救うのさ。」
「具体的には?」
「これまでは、肉体の拘束は出来ても、魔術の発動までは阻害できなかった。陣も万能じゃないからね。それにより、手術中にも術の暴発が無かったわけじゃない。」
「あぁ、先ほど言っていた、防衛本能というやつですか。」
「そう。魔術は暗示に近い。要は人の潜在意識が現象を生む。たとえ麻酔中で眠っていても、体を切り裂かれると知っているんだ患者はね。でも、この薬品が完成すれば、それを限りなくゼロに近づける筈」
「…………おや、もしや結構すごい事に立ち会ったのでしょうかね?」
「やっと気づいたかい。これは、魔力への特効薬さ。鉄砲にでも押し込んで放てば、当たりどころが急所でなくとも、それだけで致命傷になるだろうね。」
「思いつく事がそれですか。あなたも相当な悪人ですよ」
「デメリットも鑑みるのが、開発者の為すべきことだろう」
「ま、そう言うことにしておきましょう。では、請求書は追って送ります」
「あぁ、とは言えだよ。キミに請求する筈のレイ・フォールドの治療費の方が全然高い。だから、そこから天引きする形で、やっぱりこちらから請求を送るよ」
「…………いくら、ふんだくるおつもりか」
「それは、見てからのお楽しみさ。へへ、今後とも末永くよろしくね、アルマ君」
「闇医者め…………」




