四章 乱神 エピソード22 白銀の大魔導士
クサナギに連れられ城の中を行ったり来たり、上ったり下りたりと忙しなく動いた。どうやら、俺の平衡感覚を狂わせ城内の見取り図を作らせないためらしい。
その道中では見知った顔のイッショウ含めたエーランドファミリーの幹部が、賭博まがいの事をしている場面にも出くわしたが、俺は終始無視を決め込んだ。声をかけたところで、どうせいらぬ諍いが起きるのが関の山だからな。
その後、ようやく俺はとある袋小路へと連れていかれたのだ。
「ここから下に降りる。」
と言われても、俺の視界に映るのはただの土壁だ。首をかしげていると、クサナギが手を上げ土壁の端をグッと押し込んだ。
すると、土壁はその中心を軸とし回ったのだ。今や眼下には一寸先は闇としか言えない階段が現れていた。冷えた空気が俺の足元をスゥーっと下へ降りて行くのを感じるくらいには、気圧差がある。
「ほう、回転扉ですか。厳重なのですね」
「まあな。中に入ったら魔術は使うなよ」
「なぜです」
「そういう風に伝わっている。」
「理由は分からないのですか」
「知らんよ。ただ、その言い伝えを守ってきた上で不都合は起きていない。なら従うのが理にかなっているだろう。俺とリッカの名前もそれに従ったものだしな。」
「名前も?」
そう言えばずっと気になっていたことがあった。
「リッカの名前。アレは本名ですよね」
「そうだな。」
「俺達リンドウは本名では活動しないのですがね。リッカは頑なにその名を手放さなかった。もしかしてそこに理由があったりするのでしょうかね」
「…………リッカに名づけたのは今は亡き母だ。ソレには美しき雪の結晶という意味がある。端的に言えば醜き邪悪を祓う魔除けだ。そして、俺の名も然り。窮地を脱し、光明を切り開くと言う意味がある。」
「ほう…………まぁ、あなたの名には興味ないのですが」
「…………言うだろうと思ったよ。」
「ははは。そう拗ねないで下さい。で、灯りは?」
「これを使うさ」と、クサナギは着物の袖から折りたたまれたぼんぼりを取り出し広げると、そこに火をつけたのだ。
「行くぞ」
俺が入るとクサナギが内部から扉を閉めた。これによりここは、完全な密室であり暗闇となったわけだ。
クサナギが一歩降り、俺はその後頭部を眺めながら追随していく。その時、ワダツミ様――――レヴィの居た集落の社の回廊には歴史的資料が記されていた事を思い出した俺は、その点に注目しながら降った。しかし残念ながら、ここの階段の壁や天井には、壁画やエーテル結晶についての手掛かりは何も残されてはいなかった。
分かる事は、クサナギの持つぼんぼりが照らし出すこの空間は冷たく暗い。ただそれだけ。その他には、石組みの土台の内部を下っているであろう推察のみ。
そんな移動時間は体感で十分ほど続いた。
最下層には厳重に保管されている事を視覚的に表した、腐り掛けの木の板が上から下にかけ四っつ渡された鉄扉があった。
板の隙間から鉄扉を軽く小突いてみたがビクともしない。しかも、その際に鳴った音も鈍く重たかった。反響しなかったのだ。つまり、非常に厚みがあると分かる。
俺のリアクションが一通り終わった頃、クサナギは「もういいかな」と俺の肩を掴んだ。
「準備はいいね」
「無論」。俺が頷くとまず木板が外された。そして軽い精神統一の後、クサナギの馬鹿力によって鉄扉が開かれた。『ギィイイイイイイイ…………』と嘶くその開閉音は、奇しくも鬼畜クソ女の笑い声に似ており、少し気分が落ち込んだ。
だが、それも束の間の話。
扉が開かれた先を見て、俺は直ぐに気持ちが切り替わり、息を飲む事になる。
「アレがそうだよ」
部屋内部は祭壇のように奥に行くにつれ、段がついていた。その最上段には凸凹とした円柱状の石が置かれ、その上に淡く室内を照らし出す青白い鉱石――――エーテル結晶があったのだ。
これまでの暗闇が夜とするならば、俺は今明け方を見ている。そんな風に期待を込み上げさせる光景だった。
「で、俺がアレに触れればいいのですか。」
「そうだな。」
「もう、触れても?何か儀式的な事は行わなくともよいのですか?」
聞くと、クサナギは自身の身なりを眺め「この衣装の意味か?」と苦笑した。
「問題ない。ここに立ち入る時にはこの正装で自身を守ると言うのが通例なんだ。謂わば、コレも魔除けだよ」
「はて、ならば俺も着るべきでは?」
「おかしなことを言うな。俺達であれば白が黒に染まるかもしれないが、君は根っからの邪悪、真っ黒だろう。なら、どんな色に染め上げると言うんだい」
「失礼な。そのような責めを受ける謂れはありませんよ。」
「全然笑えないな。自分の胸に手を当てて考えてみたらどうだ」
「はて?いえ、さっぱり。俺は清廉潔白ですよ…………とんと分かりかねますが??」
「俺の妹を手玉に取り、俺の体を侵し、俺をいい様にこき使っているだろうに。そのせいで十格の品性を疑われているんだぞ。これでもなお、そんな口がきけるのか君は。」
「はい。悪人をどう扱おうと俺の勝手では?いくらでも替えはききますし、死のうが死ぬまいが、興味関心などありませんけど…………?」
「悪人と言えど、人間だぞ。慈悲はまだしも、情けくらいはかけてもいいだろう。」
「??はい?なぜ???それはだって、玩具に対して与える感情ではないでしょう????申し訳ございませんが本当によくわかりません。出来ればご教授願えますか、道端の石ころにも愛着を持てるその情緒の育て方を。」
「…………だとしたらやっぱり君は邪悪だ。本当に最悪だよ。産まれてくるべきでは無かった。」
「ふぅむ、何もそこまで言わずとも…………傷つきましたよ。存外、狭量なのですね。」
「いや、どう考えても俺は大器だろう。ぁあいや、もういい。茶番は終わりだ。やってくれ」
今一要領を得ないまま話は終わり。俺はつっけんどんにもクサナギに背中を押され、エーテル結晶の前へと歩み近づいた。
そして、顎で指示を受けエーテル結晶に触れた。その途端、俺の掌から魔力が流れ込んでいく。感覚としては、陣に魔力を流す時に近かった。
「…………父上」
クサナギの呟きにそちらへ振り返ると、彼に目元が良く似た壮年男性が空間に映し出されていた。続いて、更に若い状態のご尊父へと切り替わり、それからは先祖であろう面影が残る男性が次々と浮かび上がりは消えて行く。
その場面転換はとどまる所を知らず、俺の魔力はどんどんエーテル結晶に飲み込まれていくのだ。それはもう底なし沼のごとく終わりが見えない。
いつしか、俺の掌にじわりと汗が滲み始め、倦怠感が漂い出した頃。この空間全てが青空の下へと変わり、クサナギから魔力の量を抑えろとの指示を受ける。
「俺の知る限り、賢者の石はずっと人目に着かない暗所に安置されていたはずだ。」
ならば、密室が開かれ青空に変わったのだから、城があった時よりもうんと昔の映像であると言う事だ。
と、その時。似たような礼装を着た二人目のクサナギが現れた。
「え、だ、誰なのですか」
「慌てるな。現実の俺はここに居る。」
確かに。本物のクサナギは苦笑しながら俺の傍へと寄って肩を叩いたのだ。この行為は実物が無い立体映像にはできない所業である。それに、よく見ると二人には相違点があった。それは、傷だらけか否かという点。
と言う事は、
「おそらく、ここに投影されてる怪我人は、俺のご先祖だろう。しかも、血が固まっていないと言う事は…………」
クサナギの期待に弾んだ声の直後、
「おい、アレを見ろ」
俺達はもう一人のクサナギへと歩み寄る、黄金の髪と紫紺の双眸のローブ姿の女性を目撃する。
こちらへと振り返った彼女は、無駄を削ぎ落した痩躯の身体だった。黄金と見間違う髪を無造作に短く切りながらも、襟足は非常に長い。まだ幼さの残る顔はそれでも一つ一つのパーツが黄金比で収められている。
眼孔に収められている紫紺の瞳はいったいどこまで見えているのだろうか、もう一人のクサナギを見ているようでその実、焦点は遠くにむけられているようにも錯覚する。
要は、注目を引く事しか考えていない設計。
不思議な雰囲気を纏った女性だ。
「アレが…………ゼナ・セーゲル、か。」
「でしょうね。あなたの言い伝えと特徴が一致する。中々…………高く売れそうな造形ではありませんか。」
「罰当たりな」
「失礼。職業病です。」
と、軽口を叩き合った時。もう一人のクサナギへと、見知らぬ傷だらけの人物が近づきエーテル結晶に記録されない範囲へと連れ立ってしまう。
だが、そんなのは些末な事だった。
だって、
「…………クサナギ様。先ほどから気のせいかと思っていたのですが」
ゼナ・セーゲルはずっとこちらを凝視している。
「目が…………合ってはいませんか、ね?」
「あぁ、俺も思っていたよ。」
ごくりと喉が鳴り、俺達二人は顔を見合わせた。
直後、ゼナ・セーゲルは周囲を見渡した後、その右腕に伝う血を水魔術で空中に浮かし、血文字を書き始めた。
赤く半透明なそれにはこう記された。
『やぁ、諸君。気付かぬとでも思ったかい。』
間違いなく俺達に向けた文字。
全身に鳥肌が立ち、ゾクリとした。
『こちらを知らぬ体で話を進めるよ。ボクはゼナ・セーゲル。驚いたかい、いや、驚いただろうね。アハハ!覗き見た罰だよ。こういうサプライズ、ボクは結構好きでねぇ。懐かしいものだ。師匠をよくからかったのを思い出す………』
そうしみじみ記したゼナ・セーゲルは、こちら側――――おそらくはエーテル結晶――――へと近づき、紫紺の瞳をあっかんべーと見せつけた。
『実はこの魔眼は人物の瞳を覗き込む事で、その人の未来の視点を覗き見れる。即ち、今のボクは賢者の石に映りこんだボク自身の瞳から未来を見て、そこからさらに、未来のボクが見た人物の未来を垣間見て…………と、そんな具合で数珠繋ぎにも遥か未来へ語り掛けているという訳さ。』
そこまで綴った後、ゼナ・セーゲルはまた、全身像が映りこむ範囲まで退いた。
『例えるなら…………映し鏡のような原理と思ってくれれば理解が早いはずさ。ほら、想像してご覧、その際には鏡のさらに奥へと映し出された鏡は、視認が困難になるだろう。それと同様、キミたちの存在は薄らぼんやりとしかわからない。されども…………ボクからすれば十分だ。』
「どうやら、ま…………魔眼の真意も確かめられましたね。」
「あ、ああそうだな。」
「…………こ、こちらからの声は聞こえているのでしょうか」
「さぁ?聞いてみたらどうだい。」
「え、お、俺がですかっ?」
「他に誰がいるんだ。」
『アッハハ、ちなみに言うと、音声は分からないぜ。そこまで万能ではない。』
「だ、そうだが…………」
「ほ、ほほ本当ですかね。ひ、嫌にタイミングばっちりに言い当てられたのですが…………」
『本当だ。嘘じゃない。』
俺達はまた顔を見合わせた。その時はお互い口元が引き攣っていた。
『さて、そろそろ本題といこうか。朧げな白き輪郭が見て取れる。と言う事は、おそらくはネフェリムのキミには話がある。と言っても、キミがこっちを見ている理由とは程遠い話かもしれないが…………大目にみたまえよ。』
「め、ネ、フェリム…………?」
クサナギは首をかしげたが、俺には分かる。と言うか俺の事だ。
ゾクリの次はドキリですか。いやはや、遥かな過去から一体何の話があると言うのやら。
『その神様には気を付ける事だ。ソレは非常に強い。ボクですら冷やりとしたからね。くれぐれも寵愛受けしキミの魔力を、ソレに流し込まない事。』
「え。」もう、遅いんですが。
『もし、流してしまった時には…………仕方ない。また封印してくれたまえよ。』
「え、え!!いや、その封印の仕方は!?」
『大丈夫さ。彼もそうだったし。キミもネフェリムであるならば、なんてことなくこなせるだろう。期待しているよ、アハハ』
「お、おい!ちょっと待ってください!!俺は知りませんよ!??教えてください!!!」
『言いたいことはそれだけさ。では、さらば。』
と、自己中心的にも、ゼナ・セーゲルはエーテル結晶の記録範囲から消えてしまった。
いや、消えてしまったではないぞ。
待て待て待て!待ってくれ!!
「おい、くそ。急に鈍感になって!!話を聞きなさい!!!!ゼナ・セーゲル!!!」
叫んだ瞬間。俺の思いが通じたのか、彼女の顔のみがひょっこり現れる。
でも、
『あぁ、最後に一つ。彼にはもう会ったそうだね。見たから分かるよ――――』
俺の思いは通じてはいなかった。勘違いだった。
それどころか、彼女はとんでもない発言を残していった。
『――――なら、白銀の大魔導士。アポロ・オーガスにはよろしく伝えてくれたまえよ。同じ、ネフェリムのよしみでさ。』




