第十三話ーステラ共和国ー
「休暇だー!!」
「ちょっ、嬉しいのはわかるけどもう少し声抑えて。周りに見られるでしょ」
強化訓練期間中の久しぶりの丸一日休暇、私達はステラの街へ訪れていた。
ナーテルに隣接する国の一つであり、ナーテルを除くと最も神樹に近い国でもある。
それ故に異形の脅威から街を守るためラディクシアが設置された。
私達にとっては一番身近な街っていうのもあって休暇になると時折こうやってステラの街に遊びに来ている。
本当はダメなんだけど、異形の部位を絶対に見せないって約束で長官が特別に許可してくれた。
「ほら、仮面も外さない。誰かに見られたらどうするの」
「私も二人みたいにフード被るだけが良かったな」
「私達の耳はフードで隠せるけど、天鬼の角はフードじゃ隠しきれないんだから仕方ないでしょ。私達は目立っちゃいけないんだから」
そうは言ってもこんな格好してるんだし、どっちみち目立つんじゃ。
フード付きのローブを身に纏い、そのうち一人は鬼の仮面をしてるって。
これで目立つなって方が無理だと思う。
まぁ、私のわがままでここに来てるから出来る限り配慮はするけど。
「毎回思うけどさ、こんな窮屈な思いしてまでここに来て楽しいの?」
不思議そうに瑠奈が聞いてきた。
「楽しいよ。この街の人達が楽しそうにしてるのを見ると私がやってきた事って正しかったんだなって実感できる」
「ふーん、そういうもんか」
なんか納得いってなさそうだなぁ。
実際、ラディクシアの中のお店とかに行けばこんな格好しなくていいし周りに気を遣わなくてもいいから楽ではあるんだけど。
わざわざ無理を押し通してまでここにくる価値があるのかって言われるとないのかもしれない。
でも私はこの時間が好きだ。
皆んなが思い思いの格好をして好きな人と好きなものを食べる。
そんな何気ない平和な時間を、欠伸が出るくらい退屈な日々を出来るだけ先の未来まで見届けたい。
私がこの手で出来ることなんてちっぽけなものなのかも知れないけど、私がこの世を旅立つ時は自分の役目を全うしたって胸を張れるようにしたんだ。
「なんか天鬼って時々妙に大人びてる時あるよね」
「時々じゃなくても私はいつでもナイスなレディーですけど?」
「はいはい」
「寝言は寝て言いなね」
こいつら。
まったく、失礼しちゃうわ。
そんなやり取りをしながら通りを歩いていると視界の端にあるものが映った。
それが気になり出店の方へと向かうとそこには綺麗な装飾が施されたアクセサリーが並んでいた。
その中でも特に目を引いたのはねじれた帯がそのまま円環へと繋がり、表と裏の境界が曖昧になったようなバングル。
紅に輝く石が曲面に沿うように一筋に並び、光の軌跡を描くかのように輝きながらねじれの流れを強調している。
「綺麗〜」
「お嬢ちゃん良い目をしてるね。これは祈紡のバングルつってな、人との絆の証として送り合うってのが今この街で流行ってんだよ。まぁお守りみたいなもんだな」
「お守りか、今はこういうのが流行ってるんですね」
そう言うと陽葵は私が見ていたバングルを購入し、私に渡してきた。
「いいの!?」
「天鬼は危なっかしいところが多いから。お守りの一つでも持たせておかないとね」
贈り物って素直に言えば良いのに、素直じゃなぁ。
でもめちゃ嬉しい。陽葵から何かをプレゼントしてもらうなんて今までなかったから。
「じゃあ私からも」
同じ出店に並んでいた指輪、黄色の薔薇の装飾が施され陽の光に当たり眩い光を放っている。
色合いも陽葵に合ってるし似合うと思う。
「私のは?」
私と陽葵のやりとりを見て自分も欲しくなったのか瑠奈が顔を覗かせてきた。
「瑠奈も欲しいの、じゃあ好きなの選んで」
すると瑠奈は嬉しそうに尻尾を振り瑠璃紺色の石が埋め込まれた四葉のネックレスを手に取った。
そんなことを思っている時だった。
通りの端に立っている少年に目が行った。
少年の頭上には大きな荷物が積み上げられ、それらをまとめていたロープが今にも千切れそうに細く伸びている。
「危ないっ!」
そう思った時にはすでに体が動いていた。
少年を庇うように覆い被さり、勢い余った私は壁に激突。
思いっきり顔面を壁に打ち付けてしまった。
「大丈夫? 怪我はない?」
ぱっと見怪我は無さそうだったけど心配になり声を掛けた。
すると少年が私の顔を見た途端、恐怖に顔を歪めていった。
どうやら少年この顔は私の角を見たのが原因らしい。
さっき壁にぶつかった衝撃で仮面が欠けてしまっていた。
私の額の角が露になり街の人々が騒ぎ始める。
ある者は血相変えて私から逃げ去り、またある者は武器になりそうなものを手に取って子供から離れるように私に罵声を浴びせた。
誰かが通報したらしくそれから間も無くしてラディクシアの職員達が駆けつけた。
到着するや否や職員は私を拘束しラディクシアへと連行した。
これ以上騒ぎを大きくしないために陽葵と瑠奈は別ルートで帰還するように指示を受けていた。
ラディクシアに着くと私の拘束は直ちに解除された。
「長官がお呼びですので執務室へ向かってください」
「わかりました」
やっちゃったな。
二人を巻き込んじゃったし、師匠にも無理言って許可してもらったのに。裏切っちゃった。
きっと今頃街は大騒ぎだろうな。
ラディクシアの人にも迷惑かけるだろうし。
「天鬼!」
陽葵と瑠奈が駆けつけてきた。
どうしよう。二人の顔見れないや。
「ごめん。私師匠のところに行かないとだから、ごめん」
逃げるようにその場を後にし、師匠の執務室へと向かった。
道中これまでにないくらい足が重かった。
訓練なんて比にならないくらい。
師匠の執務室に着き、重い扉を開ける。
私を見ても師匠は声を上げることなく、事の経緯を静かに聞いてくれた。
「事情はわかった。子供を救ったのは褒められることだが、これ以上お前に街への外出許可を出すわけにはいかない」
「わかってます。本当にすみませんでした」
「あとの事は俺に任せろ。お前は明日の訓練に向けてしっかり休め」
それ以上師匠は何も言わなかった。
何も言わないでいてくれた。それがありがたくもあり辛くもあった。
いっその事思いっきり叱責してくれたらなんて思ったりもした。
執務室を出るとそこには陽葵がいた。
「いやー、思いっきり絞られちゃったよ」
イタズラして怒られた子供みたいに振る舞ってみるけど、今私がどんな表情してるのかわからない。
「無理して明るく取り繕うとしなくて良いよ。辛かったでしょ」
そう言うと陽葵は私を優しく抱きしめてくれた。
辛い顔なんて見せたくないのに、徐々に呼吸が乱れていく。
「平気なフリなんてしなくてもいい、私達は家族みたいなものでしょ。天鬼が嬉しい時は一緒に笑い合いたいし、辛い時はそばにいたい。天鬼の街を守りたいって気持ちの強さも人一倍責任感を持ってるのも知ってる。でもさ、天鬼は一人じゃないよ、私達がいる。天鬼の背負ってるもの私達にも分けてよ」
今まで押さえていた感情が溢れ出し涙がこぼれ落ちた。
「どうして、私のせいでみんなに迷惑かけちゃったのに。守らなきゃいけない街の人を怖がらせて、私達が今までやってきたこと全部無駄にしちゃった」
「無駄になんてならないよ。きっとまだどこかで全部繋がってる。その糸をまた紡いでいけば良いじゃん。まだ何も終わってなんかない、ここからまた始めるんだよ」
ひとしきり泣き、私達は自室に戻る事にした。
「おかえり、時間あったからおやつ作っておいたよ」
「瑠奈が自分から料理するなんて珍しいわね」
差し出されたのは何の変哲もないごく普通のパンケーキ。
一口食べるとまた自然と涙がこぼれ落ちた。
「そんなに私のパンケーキが美味しかったか」
「死ぬほど不味い」
「瑠奈、これ何入れたの」
「別に変な物は入れてないよ。牛乳が無かったから水で代用したのと、砂糖も少なかったからその分蜂蜜をめっちゃ入れた」
「それだけ材料揃ってないのに何でパンケーキに挑戦したのよ……」
気が済むまで笑い合って気づけば辺りはすっかり暗くなっていた。
「ここにいたんだ」
ベランダで夜風に当たっていると後ろから陽葵が声を掛けてきた。
差し出されたカップから甘い香りがふわりと漂う。
「ありがと」と小さく礼を言って静かにココアに口をつけた。
「瑠奈は?」
「ソファーで寝落ちしてるよ」
「ほんと猫みたい」
適合の特性はこんなところまで反映されないはずなんだけど。
根っこから猫みたいな性格なんだよね。
「調子戻った?」
「うん、二人のおかげだよ。ありがとう」
そういうと陽葵は安堵したように息を吐いた。
「凹んでる私なんて解釈違いだもんね」
「そうそう、天鬼は馬鹿みたいに明るいのだけが取り柄なんだから」
「だけって、それ以外にも数え切れないくらい取り柄あるでしょ!」
思わず吹き出して二人で笑った。
ひとしきり笑ったあと二人で並んで夜空を見上げた。
ここからは街の灯りは見えない、でも微かに街の賑わう音が聞こえてくる気がする。
「……また行きたいな」
小さく呟くと、隣で陽葵が笑った。
「そうね。またいつか、三人で」




