35_11月のトラのマーチ交流会
数日後、紗希が家のソファに座ってテレビを見ていると、母親の加奈が帰って来た。
夕方に帰ってくるのは久しぶりだった。
「ただいま~疲れたわ~」
「お帰り~。大丈夫?お仕事大変なの?」
「そうねぇ…色々あったのよ~」
加奈はテーブル席に座ってぐったりしている。今日は早めに仕事を終えて帰って来たと話してくれる。
「ねぇ、俊介に聞いたんだけど…広瀬伊織と話したんだって…?」
紗希はソファからテーブル席に移動する。
「うん…この前のトレバト制作発表会に行ったときに話したよ。名刺ももらった…」
そう…と加奈は目をつぶる。
「お母さん…何かあったの…?」
嫌な予感がする紗希だ。
「落ち着いて聞いてほしいんだけど…伊織が倒れたの…」
紗希は驚いて声が出ない。
「それで今日は理恵とお見舞いに行ってきたんだけど…まだ意識不明らしくて…。紗希は伊織の息子の…ゆ…ゆ…」
「優斗さんだよ…」
「あぁ、そう、そう…。優斗君と仲良しだって聞いたから…一応、紗希にも話しておいた方がいいかなと思って…」
紗希と加奈が話していると、京太郎がやってくる。
「お風呂の準備ができたよ。お風呂から出たらすぐに食事ができるようにしておくから」
加奈はお礼を言いつつ、ノロノロと立ち上がる。
「お母さん、もう疲れちゃって…今日はすぐに寝たいの…また何かあったら紗希に話すからね」
「うん…」
これ以上、母親に聞けないなと思った。顔色が悪いし、ずっと仕事を頑張っていたのだろう、と思った。
次の日、紗希は学校が終わると、一人で仲野の病院に来ていた。
奈々と大輔には相談できなかった。
(倒れてから意識不明っていうし…少しだけ顔を見るのは問題ないよね…?)
母親から病室の部屋番号を紗希は聞いていた。
緑豊かな木々に囲まれた病院…どこが入り口か迷ってしまうなと思いながら歩いていると、見知った人物が目に飛び込んでくる。
携帯電話に付いているカエルのストラップとにらめっこしている人物…紗希は思わず声をかけてしまった。
「あの…優斗さんっ!こ、こんにちは…」
優斗が振り返る。
大きい目をさらに大きくしている。完全に驚かせてしまった。
「あ…あの…優斗さんのお父さんが入院しているって聞いて心配で来たんです…。優斗さんに会いたいと思って来たわけじゃありません…。いえ…本当は会いたかったんですけど…でも…どんな顔で会えばいいのか分からなくて…」
紗希は自分でも何を言っているのか分からない。だけど口が勝手に動いてしまう。
「それで…今日会えると思ってなくて…声かけちゃいました…。あぁ…あの…握手会は…小林さんに誘われて…優斗さんと握手できると思ってなくて…その…」
「こんにちは…」
久しぶりに聞く優斗の声は穏やかだった。
「握手会に来てくれてありがとうございました。僕も…紗希さんに会えて良かったです。ここだと寒いですよね…病院の中に入りましょうか?」
「は、はい…」
きっと優斗は何度も父親の見舞いに来ているのだろうと思った。優斗が案内してくれるので、その後に続く。
広い病院を移動中、中庭が見れる長いすがあった。少し話しましょうか、と優斗に言われ紗希は頷いた。
しばらく無言で中庭を見ていたが、紗希は思い切って口を開く。
「あの…私…優斗さんのお父さんに会ったんです」
「…うん」
「それで…トラのマーチのこと…話したんです」
「はい…父から電話があって…聞いてます…」
「…そうだったんですか?」
「はい、その時に…僕は父に酷いことを言ってしまって…。その数時間後に会社の人から電話があって…父が倒れて救急車で運ばれたから病院を教えるって…」
優斗は、その時を思い出してしまったようで苦しそうだ。
「何度か一人で来たんだけど…病室に…入れなくて…また酷いことを言ってしまうんじゃないかって……」
辛そうな優斗を助けてあげたいと紗希は思った。
「優斗さん…大丈夫です!優斗さんが暴走しそうになったら私が責任を持って止めますから!」
紗希は力強く立ち上がる。
「早く行かないと面会時間が過ぎちゃいますよ~」
「…そうだね」
優斗は決心したように歩き出した。
病室に入ると香坂が座っていた。
「君は、もしかして優斗君…?」
「はい、息子の優斗です。こちらは友達の宮永さんです」
紗希はペコッとお辞儀する。
「もしかして香坂さんですか?」
「そうです。初めまして。君のお父さんにはお世話になってます」
香坂は紗希と優斗を部屋に招き入れる。
優斗は香坂に促されて恐る恐る伊織のベッドに近づいた。
(父さん、すごく痩せてる…)
優斗は伊織の手をそっと握る。
(…温かい…良かった…)
ホッとして優斗は父親の容態を尋ねる。
「過労だよ。それで血液検査の結果、問題もあったからしばらく入院だってお医者様が…」
「過労って…父は倒れるまで仕事をしていたんですか…?」
(仕事が…トレジャーバトルがそんなに好きなの?)
「うん、まぁ…。最近はトレジャーバトル4の新作も大変だったしね…」
「そうですか…」
優斗はなんだかガッカリした。やはり伊織は仕事人間にしか見えない。自分を犠牲にしてでも仕事の方が大事なのではないかと思った。
「そろそろ行かないと…何かあったら連絡してね…」
香坂はカバンを持って部屋から出て行った。
「紗希さん…今日はありがとうございました。僕たちも帰りましょう…」
「待ってください、優斗さん!」
紗希は、優斗を引き留める。
「優斗さんがトレジャーバトルを嫌いな理由は、お父さんに関係してますよね?」
優斗は黙ってしまった。
「私…理由を知りたくて、優斗さんのお父さんに会いに行ったんです。そしたらお父さん、
優斗さんは何か誤解していると言ってました。ちゃんとお父さんと話したほうがいいんじゃないでしょうか?」
「…いいんだ、どうせ僕よりトレジャーバトルの方が大事なんだ」
「そんなことありません!あの日は忙しそうだったのに私のことを探して優斗さんのことを色々と聞いてました。その姿がとても必死で…優斗さんのことを大事に考えているんだなって感じました。だから私…優斗さんが何か誤解しているんじゃないかって思うんです…」
「誤解ですか…?」
そこで初めて優斗が紗希の方を振り向いた。
「…それはないと思います。昔から仕事が大事で…そのせいで母さんは出て行ったし…借金も作って…バチが当たったのかもしれません…」
優斗からの返事に言葉を失った。
「すみません…紗希さんには関係ない話しでしたね…」
「か、関係なくありません…!優斗さん…優斗さんは、お父さんにヒドイこと言ったって後悔したんですよね。本当はお父さんのことを大切に思ってるんじゃないですか?」
優斗は苦悶な表情を浮かべている。
「私、思うんです…。優斗さんが思ってること…言葉にして伝えないと…」
「思っていることを言葉に…?」
「はい…だから私も…優斗さんに聞きたかったことを聞きます…」
紗希は優斗に近づく。
「私……優斗さんに嫌われたかな…と思ってました…」
「嫌いに…?なりませんよ…。むしろ僕の方が嫌われたかなって不安でした…。紗希さんとは気軽に話ができる仲だったのに…僕のせいで関係を壊してしまったのかもしれないと…」
「そんな…私が優斗さんを嫌いになるわけ、ないじゃないですか…!」
紗希は泣きそうになるのを堪えて下を向く。
「…そうですか…それは…良かったです…」
優斗は晴れ晴れしていた。
「紗希さん…自分が思ってることを言葉にして伝える…ということは大事なことですね…父さんが目を覚ましたら…ちゃんと聞いてみようと思います」
「はい…」
お互い気持が落ち着くまでゆっくり話をして、一緒に帰ることにした。
日曜日はトラのマーチの交流会がある。その前日、マネージャーの小林からメールが来ていた。
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『今月の交流会について』 2008/11/20 16:14
TO 宮永紗希
FROM 小林匡宏
こんにちは。小林です。
優斗と交流会の活動について話しました。
結果、活動ルールの変更はなし、ということになりました。
取り急ぎご連絡まで。
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紗希はその場で飛び跳ねるほど嬉しかった。すぐに小林に返信した。
11月23日――
トラのマーチ交流会。少し早い時間に紗希たちは到着し優斗に話しかける。
「こんにちは~」
紗希の後ろには奈々と大輔がいる。
「あの…私の友達を紹介してなかったですよね?幼馴染で同じ歳の沖林奈々と越尾大輔です」
「初めまして、広瀬優斗です。紗希さんから色々と聞いてます。よろしくお願いします」
奈々と大輔は挨拶しながら恐縮している。
「すみません…私たちトラのマーチのメンバーじゃないのに勝手にブースの中に入ってきちゃって…」
「大丈夫ですよ。紗希さんの友達ということで特別に許可します」
優斗は容認すると言うが、奈々と大輔は首を横に振る。
「いえ…有難いんですけど…俺たちはメンバーじゃないし交流会が終わるまで外で待ってます」
奈々も大輔と同じ意見だった。
「紗希、私たち外にいるからね」
紗希もそうだね、と納得する。
交流会の開始時間になり、メンバーはリーダーの前に集合する。紗希も端の方から優斗を見る。
「今日は交流会の活動を皆さんにお伝えしたいと思います」
優斗はゆっくり、ゆっくり自分の気持ちをメンバーに伝える。
「僕が交流会の活動を変更しようと思ったのは、今年の夏のことです。ある出来事が…きっかけでした。そのことで僕は大幅に活動内容を変更しよう、と思うようになりました。
ですが…そのせいで大会の出場を辞退したり、グループのメンバーに迷惑をかけたりと…散々な結果になってしまいました…。リーダーの僕がちゃんと方針を決められず、皆さんにご迷惑をおかけして…大変申し訳ありません」
優斗は一礼する。
「そんな状況の中、マネージャーの話や、チームの皆さんと接するうちに、活動内容の変更がはたして正しいのか疑問に思うようになったんです。そして…僕はハッキリと思いました。活動内容の変更はする必要がない…と…」
優斗は紗希を見る。紗希は真剣に話を聞いていた。
「ですので、活動内容の変更はしません。これからも今まで通り楽しくトレジャーバトルができれば…と思っています。長くなりましたが待っていてくれて…本当にありがとうございました」
優斗の隣に立つ小林が話を引き取る。
「…聞いた通り、トラのマーチの活動に変更はありません。何か質問がある方はいらっしゃいますか?」
真一が素早く手をあげる。
「また大会にも出場するってことですか?」
「そうですね…大会についてはリーダーと相談の上、皆さんにご報告します」
今度は渉が手をあげる。
「小林さん…また他のチームをウチの交流会に呼んでほしいです」
「はい、近いうちに『ドッグタグ』の皆さんが遊びに来たいと言っていたので、何人か来る予定です。分かり次第、メールで報告します」
交流会が終わって、奈々と大輔は紗希の元へ歩いてくる。
「紗希ー帰るわよ」
「ちょっと待って、奈々」
紗希は帰る支度をすると優斗にコソッと話しかける。
「あの…お父さんはあれから…どうですか?」
「まだ眠ったままです…。来週の日曜日、また病院に行こうと思ってるんですが…」
「あの…お邪魔じゃなければ…私も一緒に行っていいですか?」
「はい、大丈夫です」
良かった、と紗希は思った。紗希も伊織の容態がずっと気になっていた。
「また近いうちに連絡しますね」
よろしくお願いします、と返事して、紗希は奈々たちの元へ走る。
「お待たせ~」
「ちょっとぉ~広瀬先輩となに話してたの~?」
「帰りながら話すよ」
「惚気は聞きたくないからな…」
紗希たちは楽しく話しながら歩いて行く。
交流会が終わるとメンバーがそれぞれ散り散りになる。
「真一さん、ご飯食べて帰りますか?」
「そうだな。優斗も付き合えよ」
「はい、今日は予定がないので平気です」
「じゃあ、ファミレス行くか」
真一、俊介、優斗、渉の四人は、サガを出て駅前のジョナクンに入る。食べたいものを注文するとすぐに料理が提供される。
「…優斗、紗希とは仲直りできたのかよ?」
「はい、ご心配おかけしました」
優斗はトマトベースのリゾットをゆっくり食べていた。
「おぉ、紗希と仲直りしてくれて良かったよ~。アイツ、ずっと元気なくてさ~。先月なんてマフラー抱きながら泣いてることもあって…」
「マフラーですか、俊介さん」
「そう、白いマフラー!!おれ、意味わかんなかった」
優斗はリゾットを噴出しそうになったが、グッと堪えた。
「おい、あんまり紗希を泣かすなよなー」
「はい、今度紗希さんに会ったら謝っておきます」
優斗は反省した。




