34_握手会
早朝、紗希はメールの着信で目が覚める。携帯電話を確認すると、トラのマーチのマネジャー小林からだった。
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『今週の土曜日』 2008/11/11 06:14
TO 宮永紗希
FROM 小林匡宏
おはよう。小林です。
15日(土)、八王寺駅、10時。
優斗のことで話があります。ご都合いかがですか。
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寝起きの紗希には意味が分からず、繰り返しメール画面を読み込む。
「紗希、遅刻するよ~?」
父親が部屋をトントンとノックする。
ハッとして飛び起きた。
部屋の外は秋も一段と深まりつつある。
前髪をルーズに編み込みしてブラシでミディアムヘアを整える。学校指定のブレザーとスカート、赤いチェックのリボン、ベージュのカーディガンをダボっと着こんだ。
幼馴染と待ち合わせて学校へ行く。
その道中、紗希は今朝のメールについて二人に相談する。
「広瀬先輩のことで話があるなら行くしかないわね」
チェック柄のマフラーの下から奈々がモゴモゴ話す。
「だよね…優斗さんのことだし…何かあったら相談に乗ってね」
紗希はうなだれる。マネージャーの小林が少し怖いと感じている。
「それはいいけど、この前の国際展示城の個人戦のこと、マネージャーさんに話したの?」
「まだ報告してない…」
朝から憂鬱顔の紗希だ。
「まぁ~何にしても私たちは味方だから、安心しなさい」
「だなっ!」
「ありがとう~~」
少し立ち直ることができた紗希だ。
他愛ないことを話しながら高校まで歩くと女子生徒が盛り上がっている。
「今日、優斗さまが学校に来てるって!!」
「見に行こうよ、優斗さま!!」
校舎の近くでは、女子生徒がキャーキャー言いながら走っていく。
「紗希は見に行かなくていいの?」
「うん、私はいいや…」
奈々と大輔が目配せし、そっとしておこうとアイコンタクトを送り合った。
11月11日――
八王寺駅に到着すると無表情の男性が目に入る。小林は長身なので、紗希にはすぐに分かった。
「…小林さん、おはようございます」
「おはよう。来てくれて良かった」
小林は髪をおろしていた。交流会で会う時は髪を上げているので普段より幼く見える。
「さっそく行こうか」
「あの、どこに行くんですか…?」
小林はモデル雑誌を取り出す。
「もちろん、優斗の握手会」
(マジですか、小林さんっ…)
紗希は声が出せなかった。
10時から営業する駅ビルに入り、6階の本屋を目指す。
本屋は広いフロアで、一角が握手会スペースになっていた。
握手会の列に並ぶため小林と共に急ぐと長蛇の列だった。列の最後尾は、階段を2段降りた廊下だった。
「早く来たのに混んでるな…」
「はい…それにしても…女の人ばかりですね」
ほぼ女子といって過言ではない。
綺麗な女の人ばかりで、高校生の紗希と社会人の小林という二人組は浮いている。
「握手会に参加する券はあるんですか?」
「いや、先着500人のみの握手会で無料なんだ」
(へぇ~無料で握手会に参加できるなら混んでて当たり前か…)
納得の紗希だ。
「あの~ちなみに握手会は何時からですか?」
「12時開始です」
(あと2時間も小林さんと二人きりですか…?)
予想外過ぎる展開に紗希は目を白黒させる。
「俺、ここで並んでるから飲み物とか適当に買ってきていいよ」
「いえ。大丈夫です…」
そうか、と言って小林が腰を下ろす。紗希も隣に座る。
あと2時間も立っていられない。
小林が前方に視線を向けながら口を開く。
「まぁ…楽に聞いてくれ」
「は、はぁ…」
「宮永さんに…ずっとお礼が言いたかったんだ」
「えっ…?」
「優斗がやろうとしている活動を止めてくれて、ありがとう」
「負けた人のIDを削除するってやつですか…?」
「まぁ…そうだな…。俺は反対できなかったんだ…その…優斗に嫌われるのが怖くてな」
言葉を選びながら話しているように聞こえる。
「宮永さんが臆することなく自分の意見をぶつけていて…優斗も心変わりしたのかな、と思うんだ…」
「そうですか……だけど…優斗さんには優斗さんの考えがあったんじゃないかなって…私、余計なこと言っちゃったんじゃないかって思ってて…優斗さんから連絡もないし、毎日すごく不安で…」
「大丈夫、何も不安に思う必要はない」
「…どうしてですか?」
「それは…まぁ…秘密だ…」
(…秘密?教えてほしい…)
小林に視線を向ける。
「悪いけど…少し席を外します」
言うなりスタスタとどこかへ行ってしまった。
体育座りをしている紗希はフゥーと息を吐く。
(なんか面談している気分…)
これから優斗と会うことに紗希はためらいを感じていた。
(私、どんな顔で優斗さんに会えばいいのかな…?ずっと会いたいって思ってたのに、いざ会おうと思うと気が乗らない。しかも握手するんだよね、優斗さん絶対に驚くよね…?)
『何しに来たの?』とか『仕事の邪魔だよ』とか言われちゃうんじゃないのかな、とネガティブ妄想が止まらなかった。
小林が帰ってきた。何やら色々買ってきたようだ。
「これ…飲めますか?」
温かい紅茶を渡された。実は少し肌寒かった紗希である。
「ありがとうございます…あったまる…」
頬に当てながらお礼を言う。
「あと、これも良かったら…」
白い箱の中にチョコレートケーキが入っていた。ケーキはプラスチック容器に入っており、食べやすそうだ。
「美味しそう…いただきます」
紅茶とケーキによって張りつめていた気分が和んでくる。小林は一緒にケーキを食べながら、トラのマーチの昔話をしてくれた。
「アイツと出会ったのは、俺が社会人1年目の時でな…」
優斗と出会って『トラのマーチ』を作ったこと、色々な人が入っては辞めていき、今のメンバー構成になったこと、真一の高校生時代、渉の中学生時代のことなど多彩だった。
小林の話しに時間が経つのも忘れ、のめりこんで聞いていた。
あっという間に握手会の時間になったが、もう少し聞いていたかった。それぐらい面白かった。
「うぅ~緊張してきました」
「大丈夫、楽にな」
握手会には3人の男性モデルが笑顔で対応している。中央に優斗が立っていた。
どうやら左から右に3人と握手する流れで人が動いている。
『立ち止まらないでください~危ないので、立ち止まらないでください~』
誘導係が繰り返し注意事項を述べながら人をさばいていく。
すぐに紗希たちの順番になった。
(ダメだ、緊張する…)
目の前に優斗がいる。優斗はまず小林の姿に驚いていた。
「こ、小林さんっ…?」
「おう、優斗、落ち着いたら…」
最後までセリフを言えず、流れに乗って次の人と握手していた。
紗希も何か言わなくちゃ、と意気込んだ。
「ゆ、ゆゆゆゆゆゆ」
「えっ…紗希さんも!?」
笑顔で対応していた優斗が驚きの表情に変わる。ものすごい表情になっているが、仕事として大丈夫な顔だろうか、変な心配をしてしまった。
なんとか握手会が終わり、紗希は安堵していた。
「今日は誘ってくれてありがとうございました」
「こちらこそありがとう」
駅に向かいながら小林と二人で話す。
「何も話せませんでしたけど、握手することができて嬉しかったです」
久しぶりに優斗と話すことができて嬉しく思う紗希だ。
午前中の憂鬱な気分はどこ吹く風で、テンション高く鼻歌でも歌いたい気分だった。
「宮永さんが少しでも元気になってくれて良かった」
小林は満足気だ。
(小林さんって話してみるといい人なんだな)
普段は仏頂面にしか見えないが、今日はどこか晴々しい顔をしているように見える。




