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第一話 図南の翼






 十二月の終わりが近づく、曇天の空が広がる地。


「敬礼!」

 大阪城の眼下、広大な敷地に無数の紅の軍衣がたなびいている。

「大戦に向け、皆、準備を整えておけ」

 褐色の肌に燃えるような紅の眼、漆黒の髪をかきあげ、大阪国の王、凰煌緋毀は紅の上衣を羽織っている者たちにそう告げた。

 

「「「「はっ!」」」」



 暁は、真剣な表情で、数週間前に対峙した桜屋敷楓という男を思い出した。

「絶対に、おれが殺す」

 そう心に決めて、拳を握った。






―― 一番隊、二番隊、位置につけ! ――

―― 五番隊、西へ進め! ――

 ピアスから絶え間なく指示がとぶ。


 目の前には、紅の軍衣をまとった化け物たちが、地響きを鳴らしてやってくる。

 空はいまにも泣きそうで、重たい雲が太陽を隠している。


一九〇〇年 十二月 三〇日


 関西州と中部州の国境で、歴史に残る大戦が始まった。



 周りを崖に囲まれた平面の土地に、紅と若草色が西と東を境に埋め尽くしていく。


「わたしの傍を離れるな」

 そう言う楓の表情は暗い。

「わかった」

 日向はしっかりとうなずいて、楓に馬を寄せた。

 五番隊は、最前線で紅の軍衣を迎える。


 日向は馬に乗ったまま刀を構えた。

 もうはっきりと目視できるほどに近づいてきた大隊員は、近づくにつれて獣に姿を変えていく。

 心臓が地響きをとらえて嫌な音を立てる。

 もういまの日向は阿修羅を扱えない、それでも、中部州のために、愛知国を幸せにするために。


―― 進め! ――

 織田の号令に、若草色の羽織が翻った。


「いけ!」

「うおおおおおお!」

「進めええええ!」

耳をつんざくほどの叫び声。

襲い来る化け物たちを、ただひたすら、なにも考えずに斬りまくる。


 真っ赤に染まる目の前。

 人と人が斬り合い、真横を飛び交う弓矢と銃弾。

 遠くで爆煙が起こり、近くで首が飛ぶ。


「日向、前に出過ぎるな、お前は狙われとる」

 楓の声に、はっとして馬を引く。

 真横で知った顔が落馬して、何人目かもわからない数の人を斬りさく。

「うん」

 そう答えて楓の顔を見れば、無表情のままだけど、顔色が悪かった。

「楓、大丈夫?」

「自分の心配してろ」

 大隊を切り倒す度に身体に、鉛が溜まるような感覚が沸く。

 なんでだろう。

 歯を食いしばって、血の海を駆けた。


 ここを突破されたら、中部州は、これ以上の甚大な被害にあう。

 大阪国に支配されたら、きっともう……

愛知国は、終わる。


 大隊の本軍が見えた。


「大阪国の王の首をとったら終わり」

 そう呟いて、青と緑に言われた言葉を思い出す。

―― 「王を討ってください」 ――


 わたしが、大阪国の王を討てるの?



 そのとき、紅い影が高速で目の前にやってきた。


「見つけたで、桜屋敷!」


 何度も見たその紅い髪は、大隊七番隊長暁のものだった。

 この髪を見るとき、決まっていいことは起きない。


 暁は楓にひどく執着している。

 日向は楓を狙う死獅を斬りながら、楓の様子を見る。

 楓はただ冷めた目で暁を見ているけれど、その顔色はさっきよりもっと酷い。

「ここでなら、好きにお前を殺せる!」

 紅い大剣で腕を斬り、勢い良くそれを腕に塗り広げる。

 

 グァルルルルルルルッ

 暁は、地を震わせ、巨大化した腕をだらりと下げ、大剣を握ったまま楓に襲い掛かった。

 楓はまるで舞うように馬から飛び下りて、暁と対戦する。

 日向はそれを横目で見ながら、黒刀を固く握りしめ、呼吸を整えて楓の背後を守る。


「元大隊で、このおれに挑むなんて、相当、彼岸花が咲き始めてるんやないか?」

 暁の言葉に、はっとする。

 楓の顔色は悪くなる一方だ。

 楓は何も答えない。


 元大隊の楓の中には、彼岸花の種がある。

 その種があるいま、大隊長ほどの役職を持っている者と戦うのは、自殺行為なんだ。


 二人、いや、楓と獣は激しい攻防を続ける。

 牛のような巨大な腕の暁の大剣が楓の前髪をかすめる。

 舞うようによけた楓が、うっと、息を詰めた。


「楓!」

「かまうな」

 楓は、懐から小袋をだした。

 それには見覚えがある。楓の友人から、鷹便で送られてきたものだ。


「お前、それ!」

 楓は、小袋からだした小さな瓶の中身をあおると、青白い顔を少しだけゆがませた。

 もしかしたら、彼岸花を咲かせないようにする薬なのかもしれない。


「はっ 諜報部の一番部隊ですら、お前のことは分からなかったけどよ、只者じゃねぇのはわかったわ」

 暁は、自分の足を大剣で傷つけた。

「でも、どうだっていい、おれは、あの方からより多くの血をいただいたんや」

 暁の足が、獣のように巨大化する。


「お前を殺すためにな!」

 地面を蹴ったのは同時だった。


 バシュッ

 真っ赤な血が雨のように降り注ぐ。


「ぐはっ」

 倒れたのは、片腕の使えなくなった暁だった。

 大鎌についた血を払いながら、楓は、暁にとどめを刺そうとする。


「お前がっ 豪さんをっ 殺したんだろ!」

 暁の悲痛な叫びが、戦争の渦中の怒号や悲鳴のなか、はっきりと響いた。

「なあ! おい!」

 地面に倒れた暁が、呪い殺すような眼で楓を睨む。


 楓は、何も言わない。ただ、虫けらを見るような冷たい眼で、大鎌を振り下ろすだけだった。

 そのとき、

「日向くん」

 足をとられそうなほど血が滴っているなか、目の前に、突然、月桂があらわれた。


「え、月桂さん、なんでここに?」

 グサッ

「え……?」

 腹を見れば、月桂の槍が刺さっていた。

 身体から力が抜けて、馬に乗った高い視界が、ぐらりとゆれた。


「日向!」

 暁をふきとばした楓がやってくる。

「楓、大丈夫」

 大丈夫じゃなかった。

 笑おうとして、やめた。

 槍をぬいた月桂が、日向を小脇に抱えて、楓と向き合う。


「月桂さん……」

「楓くん、時は、来たんだ」

 月桂の顔はいままで見せたどんな顔よりも無表情で、そう言った。


 楓は何も答えない。

 槍で、両手の平を斬った月桂は、その血で槍をなぞった。


 ウガァァァァッ


「え……」

 日向の目の前で、獣の鋭い爪を生やした巨大な腕の月桂が、唸り声を上げた。

「げ、月桂さん? なんで、それ、死獅……」

 目の前の光景が信じられなくて、身体が動かない。


「グルッ 全部、この日のためだったんだ」

 唸り声のような、低く、それでも月桂の声が、頭に響く。


「日向、どけ!」

 楓が、日向をかばうように前に立ち、月桂と対峙する。


「楓は、知ってたの?」

 混乱してうまく頭が働かない。

 腹から流れる血もとまらない。

 目の前の広い背中は、やっぱり、何も語らない。


 何が起きているのか、わからない、なんで、月桂さんが。

 死獅になってるの?


 なんで、楓は驚いていないのか。

 なんで、何も言わないのか。


 楓は、月桂に大鎌を振る。

 月桂は、当たり前のように、楓を殺すために巨大な爪を奮う。

 目の前の光景に、息ができない。


 ずっと、楓は月桂のことを信用していると思っていた。

 だって、あんなにも、あんなにも一緒にいて、仕事をしていたのに。


―― 「わたしとあんさんの存在は、愛知国の敵や。排除はされても、歓迎はされん」 ――

 やっと、その意味が分かった。


 楓は、本当に、一人ぼっちだったんだ。


 その瞬間、日向の身体が浮いた。

「てめえだけは持って帰る」

暁がかろうじて動く片腕で日向を抱えたのだ。


「はなせ!」

 大量出血で、日向はもう満足に暴れられない。

 でも、もうこれ以上、楓に迷惑をかけたくない。

 楓を、一人ぼっちにしたくない。


 わたしだけは、楓の隣にいたい。

 味方でいたい。


 暁は、獣の足で高速で走りだす。

「日向!」

「楓!」


 伸ばした手の先、楓の届かなかった手が、空をつかんだ。



 大阪に渡るくらいなら――

 楓は大鎌を構えた。

 

「殺す」


 楓は、暁に抱えられた日向の首を狙う。


 日向を殺すのは、わたしや。


 そのとき、日向と目が合った。


 日向は、笑った。

― ありがとう ―

 そう呟いて、困った顔で、いつも大丈夫と、嘯く笑顔で。

 

 楓は、真っ直ぐ、大鎌を振った。

 ガッ


「その顔、やめろって、何度言わせんねん」

 振りかぶった大鎌は、日向に届くことはなかった。


 その日、初めて、日向に向けた大鎌が、的を外れた。



「ぜってえ、殺してやる!」

 暁の叫びと共に、日向は、紅の軍の中へ消えていった。










お久しぶりです。やっと時間をつくることができたので、

これからゆっくりと投稿を再開していきたいと思います。

嬉しいコメントや評価など、本当にありがとうございます。

いただけたコメントを読んで、また続きを書きたいと思うことができました。

これからも、どうぞお時間のある時にお付き合いいただけたら嬉しいです。

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