第〇話 生簀の鯉を眺める者 南の地の少年
「へぇー、これが……」
薄紫色の詰襟の軍服。
黒髪に薄紫色の髪が混ざった珍しい髪の少年は、書類を見て、口の端を上げる。
「やっと見つけた」
机の上に足をのせ、背もたれに体重をのせる。灰色のまざった鋭い猫目が新しいおもちゃを見つけた時のように輝く。
その首元には黒いあざが咲いている。
「見るからに弱そうだよね、ねぇ西ちゃん?」
背後にいる無口の大男に話しかける。西ちゃんと呼ばれた二十五歳の大男は何も答えない。
少年は一五歳とは思えないほど子供のようにむっと頬を膨らませ、書類に視線を戻した。
「朝比奈日向かぁー……不完全な印なんかつけちゃって」
少年はにやっと笑う。
「かわいそーに、なんも知らない子供なんだね」
「遊虎、あなたもまだ子供だ。それに、俺の名前は西ちゃんではない、西豪だ」
西豪が淡々と訂正する。
「うるさいなぁー、おれはもう力の使い方はわかってるもーん」
ふいっと顔をそむけ、椅子からおりると、両手を広げて窓に歩く。
城の最上階から見下ろす景色。
灰色の曇天のさきには気高く連なる山々と、雄大な海。
風が遊虎の髪をなびかせる。髪をかき上げながら、その景色を嬉しそうに見る。
「おれはもうこの景色を手に入れた。ここはもう攻略しちゃったんだよ」
首元の拳ほどある黒いあざに触れる。遊虎の癖だ。
「あとは、最後の敵を倒すだけだったんだけど」
遊虎はまたにやっと笑う。
「でもそんなつまらない遊びはやーめた。もっと、もっとみんな苦しまないとダメだよ」
遊虎の眼はなにも映さない。
「自分から、死んだ方がマシだって思うくらい、この世が地獄だってちゃんと気づかないと」
感情も人間が持つはずの熱も失せた遊虎の言葉は、灰色の曇天に吸い込まれてゆく。
「あいつを殺すまで」
ゾクッと身体の芯が冷えて、本能が危険を告げる感覚を西豪はいままで何度経験したかわからない。
「だからおれの退屈な日々も、そろそろ終わりにするんだ」
くるっと西豪のほうを向く。
そこには、いつもの「表」の遊虎がいる。
「さあ、楽しい遊びの始まりやけん。西ちゃんはどこに賭けるっちゃ?」
西豪に上目づかいで言う。気分で九州言葉に変わる遊虎に、西豪は顔をしかめる。
浅い息を吐いて、西豪はいつも通りの会話をしようと務める。
「あなたの悪趣味な遊びに巻き込まないでください」
「ちぇ、ノリが悪いなぁ」
また子供のように頬を膨らませる。
「でもね、西ちゃん」
猫目が鋭く光る。獲物を捕らえて離さない、野良猫のような眼。
「君はここにいる時点で、もうすでに巻き込まれているんだよ、おれの遊びに」




