第三十一話 楓との約束、司からの便り
「えっと、王を討つって?」
胸の奥のもやもやが大きく広がっていく気がした。
「大阪の王、凰煌 緋毀を、討つために、あなたはいます」
青がかしこまって左手を心臓に、右手を後ろに、跪いて敬礼をする。その敬礼は見たものがない、形式だった。
緑も真っ直ぐに日向を見上げる。
「貴方は、四国・中国州の蘭花様――姉様が望みを託された片人様です。大阪の王、凰煌を討つあなたの支援をするためにわたしたちはこの東の中部州へ来ました」
改まった話し方に、日向は困ったように笑って二人に手を伸ばす。
「青、緑、そんなかしこまらないでも」
けれど、それは届かない。青は首を横に振った。
「わたしたちは、蘭花様の守り人、華守 碧人」
「わたしは、華守 翠人です。姉様の血を受け継ぎ、姉様を守り、そして監督する者です。本来、貴方の様な人に気安く接することを許される存在ではありません」
「えっと、二人の本名と、姉様のことはわかったよ、でも、別にわたしにはいつも通り接してもいいんじゃない?」
うーん、と首を傾げる日向に、青――碧人は首を横にふると、深く頭を下げた。
「許されません」
「わたしが悲しいんだけど」
しょんぼりした顔を見せると、緑がうう、と口をとがらせる。
もう一押しだ、と両手をひろげる。
「もう、抱きしめたりしちゃだめ?」
小首を傾げて寂しそうにすると、青も困ったように眉を寄せた。
「いまさらでしょ? わたしが二人に甘えてほしいんだよ?」
「……それなら、しょうがない」
青がそう言うと、緑が日向の胸にとびついた。
「うう、おかえり、日向」
「うん、ただいま」
青も抱きしめて、久しぶりにぎゅっと抱きしめ合って、やっと帰ってきたと息をつく。
「日向、話を最後まで聞いて」
困ったように青が言う。
「はいはい」
「いま、日向は、本来の力を使えなくなってる」
「本来の力?」
「阿修羅の力だ」
胸に暗い影が差す。
「このままあと一か月もたてば、完全に阿修羅の力が封印される」
「え、わたしの中から阿修羅が消えるの?」
ぱっと目を輝かせた日向に、緑がぎゅっと力を込める。
「消えちゃだめだよ、阿修羅の死は、日向の死だ」
「え」
「ぼくらに話せることは限られてる、本当は、日向の守人じゃないと話せないことばっかりなんだ。だから、ぼくらの言えることを言うね」
緑が顔を上げて、真剣な表情で言う。
「日向は、大阪の王を討つために育てられたんだ、姉様もそう。でも、五年前の関西州の戦争で、日本大陸は壊れた。日向を生き延びさせるために、日向の本来の地、中部州に逃がしたしたんだ」
緑の言うことはまだほとんど理解できていない。
それでも、自分が大阪の王を倒すために育てられたのだということに、不思議なほど納得してしまった。
「そうなんだ」
ぽつりと返すと、青が日向をじっと見つめる。
「でも、大阪の王を討つための日向の力は、いま封印されてるんだ、まだ封印には時間がかかるけど、完全に封印が完成したら日向は死ぬ」
その言葉に、日向の顔が引きつった。
「でも、封印がないと、いまのぼろぼろの日向は身体がもたなくて死ぬ」
分かりやすい説明に、日向はどうすればいいのか、ただ青を見つめた。
「大阪に囚われた姉様なら、日向を治せる。絶対に。そして、姉様に封印を解いてもらえばいい」
「それって、まず大阪の王を討たないと成り立たないよね」
二人はうなずいた。
静かな部屋に、日向が深く息をつく音だけが響く。
「わかった、やることは分かったよ、自分の命のためだ、頑張る」
日向は二人をぎゅっと抱きしめた。
いろんな物事がどんどんと進んでいく。
自分が何者なのか、もうすぐその答えがでる気がした。
「日向」
「楓! ふげ」
柴波の家に迎えにきた楓に、とびつこうとして片手で止められる。
「もう大丈夫なんか」
日向じゃなく、その後ろでうなずく清を見て、助かった、と会釈をする。
柴波と目を合わせることなく、楓は日向をつれて寮へ戻っていった。
「日向、隠していることを全て話せ」
楓の部屋、盗聴防止部屋で、向かい合って楓が開口一番に言った。
「えっと、その前に、楓、助けてくれてありがとう」
肩をひっこめてそう言えば、楓はため息をついた。
「ああ、あんさんが死んだら、わたしが織田首相に殺される」
「それは」
「礼はいい、なぁ、性別まで偽って、何がしたいんや」
楓の眼は鋭い。
バレたんだ。
口をつぐんだ日向に、楓は前髪をかきあげて、深いため息をつく。
「わたしの力になりたいんやないんか」
「なりたいよ! だから……」
日向は拳を握った。
「もともと、戦学に通うときから、男として生きようと決めてたんだ。名隊に入るためにも、男じゃないと戦えない。女は医療でしか戦えないでしょ」
「ああ」
「自分の身は、自分で守りたかったんだ、人より強い力もある、それに、楓に助けられたとき、わたしが女だってわかったら、楓は名隊につれていくこともなかったでしょ? たぶん、その場で殺してたでしょ」
「……」
女は戦えない、という考えは根強い。
男尊女卑の強い中、死獅のうたがいのある女はきっとその場で殺されていた。
「自分を守るためだ、だから、これは自己防衛だよ」
真剣に話す日向に、はぁ、もういい、と首を横に振る楓。
「楓」
姿勢を正して、日向は真っ直ぐ宣言する。
「ぼくが……わたしが男でも女でも、楓の味方に変わりはないよ、きみの隣を歩ける人でありたいんだ」
その言葉に、楓は目をそらす。
「それから、ぼくはいま、阿修羅が使えない」
楓はさして驚く様子もなく、そうか、と頷いた。
「いまから言うことは、誰にも言わないでほしいんだ」
そう前置きをして、日向は心臓に手を当てた。
風呂場で見た、いままで消えなかったあざのうえに重なるように咲いた、黒い二重菊の模様。
なんとなく気を失うまえのことを思い出す。
きっと、この封印は、楓がやってくれた。
日向は、青と緑が話した内容を楓に伝えた。
楓は静かに、目を伏せてその話を聞いていた。
次の日、日向は早朝に自分の部屋で目が覚めた。
外の寒さと部屋の温度の差で曇った窓に、薄灰色の伝書鳩がとまっていた。
「つかくん!」
司専用の有能な伝書鳩のつかくんに、バッと身を起こして近づく。
窓を開けると、空は灰色の雲で覆われていた。
寒い空気に窓を急いでしめて、鳩を見る。
灰色が全部司を連想させるから、日向は灰色の空とつかくんを見て少し苦笑した。
「会えないと、こんな悲しいんだね」
つかくんの足に巻かれた紙を取り外し、棚から餌になる米つぶをだして、つかくんに食べさせた。
「久しぶりだね」
灰色の空でもわくわくする心をおさえて、いつもより小さい紙を開く。
紙を広げて、その文字を読んだ瞬間、日向はひっと息をのんだ。
「楓!」
日向へ
時間がない。すぐに準備を。
大阪国が動き出した。
十二月三〇日 大戦争が起きる。
神守 司




