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阿修羅螺 ーわたしは生きるために「ぼく」として生き残る-  作者: 朱崎
第三章 重見天日 新たな協力者
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第二十七話 暁の再来




「急げっ! 配置につけ!」

「はいっ!」


ヴーヴーッ 

―― 緊急事態発生! 緊急事態発生!

   住民は直ちに屋内に避難し、戸締りをすること

   緊急事態発生! ――

 


 十一月の金曜日。

 沈みかけた太陽の紅色が、愛知国を照らす日。

 名古屋の城下町に、五年ぶりにサイレンの音が響いた。


「死獅がでた」

 名古屋の城下町の入り口、大きな門の前で、二匹の死獅が暴れていると情報が入ったのは、ついさっきのことだ。


 名隊は、それぞれ住民の避難と、死獅狩りのために配置が指示された。


 五番隊は、死獅狩りの最前線だ。


「朝日奈と四守、楓くんは黄色の髪の方を!」

 月桂の指示に、日向は黒刀を握り直した。

 四つある城下町の入り口の一つ、西門の近く路地からのぞいた先には、まるっとした黄色の髪を右に流した、右手に布を巻いた小さな子どもがいる。


 その隣には、まったく同じ背丈の白い髪をした子どもが、きょろきょろと周りを見ていた。左に前髪を流して、左手に大きな布を巻いている。

 門の下、なにか指示を待つように二人はじっと立っている。


「子どもじゃないか」

 だれかの声が耳に入る。

 でも、その九歳くらいの子どもたちの周りには、真っ赤な血の池ができていた。


「ねえ、きい、暁隊長は?」

 きょろきょろしていた白い髪のこどもが、きいと呼ばれた黄色の髪の子どもに聞く。

「あー、なんか人を探してくるってゆってたよぉ? それより、しい、ぼくらはやくここのやつらやっつけないと、また箔にいじられるよ」

 きいは、しいという白い髪の子どもに話す。

 暁と、箔という名前には聞き覚えがあった。


「月桂さん、暁隊長という名前を聞きとりました。大隊七番隊の隊長だと記憶しています」

 楓が隣でイヤーカフの通信先に報告している。


―― わかった、黄色の髪のこどもを生け捕りに、難しければ殺してしまってかまわない 四番隊長の柴 波が、五秒後に号令をだす ――

 月桂が、二班全員の通信にそう伝える。


―― こちら七番隊、東門に大隊員が十五名! ――

―― こちら九番隊、十番隊、南門に大隊員が二十名! ――

 楓の耳にいくつもの報告が流れてくる。

 これは、襲撃だ。


 後方で、沖奈と敦と森が武器を構えている。

 反対方向の物陰には四番隊の柴波たちがしいを狙って構えていた。



―― 五、四、三、二、一 かかれッ! ――

 柴波の声が鼓膜を揺らす。


 日向は地面を蹴って、真っ直ぐにきいの元へ向かった。

 刀を抜いて、隼と共に挟み撃ちに――


「あはぁ、お仕事の時間だ」

 まっすぐに自分を見たきいの右手は、虎の形をしていた。

「え」

 一瞬で巨大化した虎の刃は、まっすぐ日向を襲う。


「どけ」

 鎖で日向の身体を引き寄せ、間一髪で刃を防いだ楓は、嬉しそうに笑むきいを睨んだ。

「どうやってここに来た」

「それは言っちゃダメって、暁隊長に言われてるんだぁ」

 きゃっきゃと嬉しそうに笑いながら、虎の腕を振り回すきいの攻撃を防ぎながら、楓は眉を寄せた。

 ここまで話が通じる相手は、まだ死獅とはいわない、大隊員だ。


 日向は、楓の邪魔にならないように応戦しながら、しいのほうを見た。

 柴波が圧倒的な力で、しいを追い詰めていた。

 これなら、きっと大丈夫。

 そう思ったとき、

「やっと見つけたで」

 背後から、首元に真っ赤な大剣が当てられた。


「え……」

 真っ赤な上衣をたなびかせて、現れたその少年の声は忘れていない。

「うっ」

 気づけば、日向の腹に、小刀が刺さっていた。

 一瞬で全身が痺れて、立っていることもできなくなった。


「日向!」

 楓の声に、歯を食いしばって、背後の暁の腹を肘で殴る、けれど笑えるほどに力が入らない。

「きい、しい、さっさとそこらへんの片付けえや、遅いと箔の実験にまわすぞ」

「げ、帰ってくるの早すぎ」

 しいがうざったそうに顔をしかめる。


「はな、せ」

 口元まで痺れがまわってくる。

「お前のおかげで、おれは大出世や、感謝するで」

「どういう、こと」

「あの方がお前をほしがっとんねん」

 耳元で言われた言葉に、日向の頭は回らない。

 なんとか、腹に刺さった小刀を抜こうとするが、血が止まらない。


 あの方って誰、わたし、このまま大阪国につれていかれるの?

 首元にあてられた大剣が、緩められ、俵のように横抱きにされる。日向の視界は地面になって、もう力が入らない。


 だめだ、だめだ、阿修羅にならないと、このままじゃ。


「阿修羅、阿修羅螺……阿修羅」

 痺れた口を動かす、下を向く頭に血が上って、上手く閉じれない瞳から、勝手に涙があふれる。

 きて、きてよ、阿修羅!

 でも――脳裏にいつもの鬼が現れない。

 痺れた腕はもう動かない、あざに血を塗ることもできない。

 暁が、日向を抱えて動こうとした瞬間、目の前に鎖鎌が現れた。

 一瞬で避けた暁が、ぎろっとその持ち主を睨む。


「お前……なあ、お前とは一回話してみたかったんや」

 暁が、楓を呪い殺すような目で睨み上げる。


「お前、元大隊員やろ」

 その言葉に答える前に、楓が暁の首を狙って鎖鎌を放つ。


「答えろやッ!」



 そのとき、背後で叫び声が上がった。

「死獅だ!」

 ハッと振り返った楓がみたものは、二階建ての家を超えるような巨大な二匹の虎だった。

 グァルルルッ グァルッ

 地響きのような声と、その周りの血だまりに、何人かの名隊員がやられたことが一目で分かってしまった。


「四守、青守、黄色の死獅を、三班、四班は援護しろ!」

 月桂の指示の声に、楓はまた目の前の暁に向かい合った。


「日向を返せ」

「質問に答えろや、なぁッ!」

 暁の声は怒りで震えている。

 楓はなにも答えず、暁の抱えている腕を狙って鎌を放った。


「日向、自分の命くらい、自分で守れ」

 楓の言葉に、ぐっと歯を食いしばって、何度も自分に呼びかける。


「わたしの力になりたいんやろ」

 最近、日に日に悪くなっていく体調に気づかないふりをしていた。

 直りの遅い傷に、消えないあざも増えてきた。

 阿修羅がでなくなることを、考えもしなかった。

 いままで、ずっと消えろと思っていた阿修羅にすがらないといけないなんて。


「阿修、羅螺……」

 すっと目の前が暗くなる。

 日向の目尻の菊模様のあざが、少しずつ頬に広がっていく。

 

【人の世の終わりは渦を巻く

 廻って 廻って 辿り着く

 修羅の世界】


 脳裏に唄うように流れる、記号のような言葉のようなもの。

 丸い巨大な円盤に描かれた六つの世界がぐるりと廻る。

 円盤の中心が切れるように開かれ、どす黒い闇の中から、鬼のような鋭い爪の伸びる指が現れる。

 闇の中から現れたのは三つ目の巨大な鬼。瞳の中には三つの渦が焔をまとっている。


 でも……その鬼は、黒く錆びていた。

 浮かび上がる言葉も、いまは歪にゆがんで見える。


 軋むように鬼が笑うと、目の前が真っ暗に染まり、脳裏に言葉が浮かび上がる。



「【阿修羅螺】」


 ビクンッ

 日向の身体が一瞬はねた瞬間――ザアァァッ

 城下町に溢れるほどの殺気が満ちた。


 一瞬、だれも動けなかった。

 息をするのも苦しくなるほどの殺気。


 ゆっくりと開いた日向の瞳には、鬼と同じ三つの渦の焔が浮かんでいる。

 ガァンッ

 街に響く音に、誰も、なにが起きたのかわからなかった。

 一瞬遅れて、暁のうめき声に、阿修羅に暁が投げられたのだと気づく。


「……日向、意識はあるか」

 楓の言葉に、日向がゆっくりと楓を見つめる。

「グァルッ でた! 噂のお気に入り! グァルルッ」

 虎の鳴き声に混ざって聞こえた、きいの言葉に、止まっていた時が戻ったかのように、皆がぎこちなく動き出す。

 黄色い虎が周りの名隊員を蹴散らしてまっすぐに日向に向かってくる。

 日向はゆっくりと黒刀を構えて、その巨大な虎を見据える。


「真・阿修羅斬り」

 小さく呟いた言葉と共に、高速で向かってくる虎に向かって、黒刀を下から大きく振り上げた。

 ザアァァァァァンッ

 真っ赤な血の雨と共に、決着は一瞬でついた。


「撤退や!」

 そう叫んだ暁の上衣を噛んだ白い虎が、名隊員を蹴散らしながら門の外へ逃げようとする。


―― こちら七番隊、東門から大隊員が撤退! ――

―― こちら九番隊、十番隊、南門から大隊員が撤退! ――


 日向はそれを追いかけるために一歩踏み込んだけど――

「ゴホッ」

 胸の奥からせり上がってきた咳をついたとき、赤黒い血を大量に吐いた。


「うっ ゴホ、ゴホゴホッ」

 咳が止まらない日向は、もう一歩踏み込んだとたん膝から崩れて、黒刀を落とした。

 ゴホッ ゴホッ とむせる度に大量の血を吐いて、鼻からも血が止まらない。


「日向っ!」

 楓が警戒しながらもその肩を支えたとき、目を見張った。

 日向の身体が、あの薬を飲んだ時のように、まるで生命活動を止めたほど冷たくなっていたからだ。

 咳は止まらないまま、地面に伏せる日向を、血で汚れることも気にせず、楓は自分の胸に引き寄せた。

 日向の身体は恐ろしいほどに冷たいのに、震えることもなく、ただ静かに血を吐き続ける。


「おい、朝日奈!」

 柴波が駆け寄って、日向の背中に触れた瞬間、ぱっと手を離した。


「冷た! 大丈夫か、おい、おい」

 こんなにも冷たい日向を見るのが初めてだったのだろう、目を見開いた柴波が焦って背中をさすっていると、


「柴波さん、日向のことはわたしが見ます、あなたはやることがあるでしょう」

 楓が、すっと抱き込むように日向の背中に手を回して、柴波に言い放った。

 その眼が、まるで敵を見るかのように鋭く、柴波は息をのんで眉を寄せた。


「……ああ、そうだな」

 いろんな言葉をのみこんで、柴波はやっと、周りの血の海の惨状に、自分の四番隊に指示をだした。

 月桂の指示で白い虎を追っていた者から、取り逃がしたと連絡が入り、周りは救助と周りの警戒、住民への指示など、慌ただしく動き出した。



「おい、日向、日向」

 慌ただしい西門にもたれさせた日向に、楓は呼びかけをやめない。

 やっと咳が止まった日向の鼻からは、まだ赤黒い血が流れ続け、口の中に溢れた血も唇の端からこぼれている。


 日向の身体は、冷たいままだ。

 黒い薬を飲ませた時、身体が冷たくなって、心臓が止まるのはほんの数秒だった。身体が動くのをやめて、そしてまた熱が戻るのは早かった。

 いま、その胸に耳を当てれば、小さく心臓が動いているのはわかる。でも、その鼓動の弱さに、楓は下唇を噛んだ。


「沖奈さん、至急西門前まで来てください」

 戦闘時、姿を見ることのなかった沖奈を呼んだのは数分前だ。


「副隊長! 日向は――」

 そう言いかけて、沖奈は目を見開いた。


「副隊長……このままだと、日向は死にます」

 冷静な声だった。

「いまから言う場所に、誰にも見つからずに、二人だけで行ってください」

 聞いたこともないような真剣な声に、楓はうなずいた。

 楓は日向を横抱きにして、まっすぐに沖奈を見た。


「沖奈の判断で来た、と伝えれば大丈夫です。誰にも見られないように、そこで、禄と、清という男の言うとおりにしてください」

「わかった」

 楓は、誰も拾えないような沖奈の小さな声を聞き取って、その場から消えた。



「日向、死ぬな」

 呼吸すら聞こえなくなった冷たい日向を抱えて、裏道を駆ける。

 日向の身体はもう血の気が引いて、真っ白になっていた。

 楓のついた先は、高級住宅街につながる地下の入り口だった。

 そこに、なんの特徴もない男が立っていた。


「私は、柴波の従者を務めている、禄と申します」

 男は一礼すると、入り口を開いた。

 柴波という名前に、様々な情報がまとまって、合点がついた。


「お待ちしておりました、沖奈様からお話は伺っております」

 禄に案内された先には、何重にも重なった鉄の扉で守られた研究室があった。





「「日向!」」

 研究室から飛び出してきたのは、青い髪と、緑の髪の少年だった。


「その台に寝かせて……かなり危ないわね」

 白衣を着た清が、楓が寝かせた日向を見て赤い唇を噛む。

「青、緑、血をわけて」

「「はい」」


 楓は、目の前で日向の身体に血をわける二人の少年を見て、ただ静かに日向の真っ白な顔を見つめていた。







「桜屋敷様、よければこちらに」

 どれくらい時間が経ったのか、日向の心臓がゆっくりと、目に見えるほどに動きだしたとき、禄に声をかけられた。

 そこで息をつめていたことに気づいて、楓は一つうなずくと、ろくに続いて研究室を後にした。


「まず、よろしければ浴場へご案内いたします。お召し物もお替えになられたほうが、よろしいかと」

 そう言われて、自分の上衣から袴、若草色の羽織まで日向の血で真っ赤に染まっているのに気づいた。


「ええ、お借りします」

「落とせるかわかりませんが、お召し物はこちらで洗わせていただきます」


 案内された浴場で、楓は小さく息をついた。


「ほんま、らしくない」

 日向の保護者として、日向を守るために行動したまで。

 そう言い聞かせて、広い浴槽の中、温かいお湯を顔に浴びせた。

 日向が死ねば、駒が一つなくなるだけ。

 そう、それだけ。

 せいぜい、自分に迷惑をかけないように死んでもらえば、あとはどうでも良かった。

 はずだった。


「……くそ」

 長い前髪をくしゃりと掴んで、小さく吐きだす。

 大事なものはつくらない、全てが敵。

 そう言い聞かせてやってきたのに。

 楓は浴槽から上がり、ふと大きな鏡を見た。

 楓の背中には、大きな刺青がある。

 六つの華と、それを囲う美しい柊。


「あいつが、あんなもんよこすからや」

 いつの間にか、自分の心をかき乱す存在に舌打ちをこぼす。

 さっき、心臓がまた大きく動きだしたのを見た時、心からほっとした。


 日向の生死を、織田以外に決めさせてはならない、という命令のためだ。

 だから楓は日向を助ける。

 それ以外の意味はない、と言い聞かせる。


 日向が柴波の家に通っていた理由、沖奈と先ほどの白衣を着た研究者、そして、二人の少年。

 それだけで楓は理解した。

 日向は、自身の研究のために通っていたのだと。


 禄が用意していた客用の深緑の着物に腕を通しながら、柴波と日向の関係にどこかで安堵している自分に絶対に気づかないように楓は目を背けた。

 



「桜屋敷様、日向さんが目を覚まされました」

 禄の声に、楓は息を飲んだ。






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