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阿修羅螺 ーわたしは生きるために「ぼく」として生き残る-  作者: 朱崎
第三章 重見天日 新たな協力者
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第二十六話 銀色の簪




 木の葉が紅く色づく十月がもう終わろうとしている。

 過ごしやすい秋晴れが、少し肌寒さをはらんできたこの頃。


 日向はずっとそわそわして落ち着かない日々を過ごしていた。



 いつもの訓練を終え、明日は休日だ。

 風呂も夕食も済ませた日向は、隼と遊ぶのも断り、楓の部屋にやってきた。


 今日、十月三十一日は楓の誕生日なのだ。


 

 ごくりとつばをのみ、部屋の机で書類に向かっていた楓の隣に正座する。


「楓、あのさ、ちょっと話があるんだ」

 日向はそう言うと、真剣な表情で懐に手を入れた。

 楓がすっと眼を細めて、日向を見る。その眼は、まるで初めて会った時のような冷たさだった。

 部屋の空気が一気に冷えた気がした。

 日向が懐から金属を出した瞬間――


「えっ?」

 日向の視界は天井と、桜銀色で支配された。

 楓に押し倒されたのだ。

 両手を頭上でまとめられ、馬乗りした楓によって下半身は動かないよう固定されている。


「え、は?」

 いまだに頭の中が混乱している日向は事態を理解できない。

 楓の片手は日向の両手を抑え、もう片方の手には万年筆が握られている。

「えっと……楓?」

 もう二十三時だ。お互い、お風呂から上がって浴衣一枚に、羽織を着ている。

 どう考えたって、午後の任務の訓練の続きにしては時間がおかしい

 でも、それ以外に思いつかなくて、日向は苦笑いをして問いかける。


「訓練は、もう終わってるよね?」

 楓の表情は何も写さず、初めにあった頃と同じように日向を冷たい瞳で見下ろしてる。

 そういえば、楓から見下ろされるのはこれで何度目だろ?

 そんな呑気なことを考えられるくらい、この謎の体勢は続いた。


「お前、いま何しようとした」

 阿修羅から戻った時に聞いた以来の楓の地を這うような低い声に、日向は首をかしげようとしてやめた。

 さっきから首元には楓の片手に握られた万年筆の先が軽く触れている。

 力を込めたらいつでも、息を止める、と言っているように。

 日向は、やっと楓が冗談でこんなことをしてるんじゃないと気づく。


 下手したら、殺される。

 どくんっと心臓がいやに鳴った。

 楓が警戒心をもっているのは、この半年でわかっていた、でも、自分には他よりは信頼してくれていると思ってたんだけどなぁ。

 ちょっと傷つくなぁ、と眉を下げる。

 そして慌てて楓を見上げる。


「楓に渡したいものがあったんだ!」

 楓の表情は変わらない。その氷よりも冷たい瞳に悲しくなる。

「楓にはいつもお世話になってるから」 

 少し口ごもる。本当は驚かせたかったのに、自分のほうが今の状況に怖いくらいに驚かされている。


「お前の顔は、そんなものじゃなかった、わたしを殺そうとした、と考えても間違いではない顔だ」

「そんな鬼気迫る顔しちゃってた!?」

 日向は目を丸くして、眉を下げる。

「それは、楓を驚かせたかったからで……」

 より一層冷たい目に、日向は顎で服を指す。


「羽織の、懐に入ってるから、見てみて!」

 楓が万年筆をおき、日向の両手をまとめたまま、片手だけて日向の胸元の懐を探った。

 一応、気持ち程度にさらしを巻いているけど、薄着には違いない。

 さらしを巻いていてよかった、と思ったけれど、それでも楓の手が浴衣の上から触れると背筋がへんにゾクッと粟だった

 楓の手が、懐のなかでとまる。

 そして、日向が渡そうとしていた金属を出した。

 それは、扇のように柊が広がった小ぶりの白銀色の簪だった。


「えっと、本当は楓の髪に直接さしたかったけど、楓、嫌がるでしょ? だから、隙をついてさしたかったんだ」

 えへへ、と笑う日向に、楓はなんとも言えない無表情になる。

「なんでそこで、隙をつくって発想になるんや」

 そして、ようやく楓は、馬乗りで日向の身体の自由を奪っていることに気づいて、ゆっくりとはなれた。

 日向は上体を起こして、いつもより少し違い距離の楓に笑った。

 楓は、手の中の銀色の簪をじっと見つめている。


「……これは」

「へへ、珍しいでしょ? それ、柊木の葉っぱと実がついてて、派手過ぎなくて綺麗だからさ、楓にと思って」

 柊の葉が施された品のある簪は、部屋の照明にきらりと光った。


「前に、楓が教えてくれた、柊お兄さんのことさ、宝物みたいな思い出だったから」

 楓が、日向を見つめる。驚いたような、どんな表情をすればいいのかわからないような、そんな、困ったような初めて見る顔だった。


「楓が初めて教えてくれた宝物を、ぼくも大事にしたいなって思ったんだ……不躾じゃないといいんだけど」

 ちょっとくさいかな、なんて頬をかきながら照れて言う。

「あ、でも楓が金色の簪をすっごく気に入ってるの知ってるから、一緒にさしても邪魔にならないような、小さめの選んだんだ、ぼく、簪をさしたことないから、邪魔にならないかどうか、わからないんだけど」

 何も言わない楓に不安になりながら、金色の簪と一緒にさせることをなんとか伝える。


「……」

 楓はまた柊の簪をじっと見つめて、黙ったままだ。

 いつもの無表情だけど、その眼は少し温かく、揺れていた。

「宝物ってそれぞれだと思うんだ。ぼくは、司にもらった御守りや、黒刀だけど、楓にとっては、その記憶だと思ったんだ」

 そう言って、まだ簪を見つめている楓を覗き込む。


「楓、さしてもいい?」

「……ええ」

 楓がもってる簪を受け取って、楓の正面から楓に近づく。

「楓、横向いて」

 楓は背後に立たれるのを警戒するため、正面からのがいい。

 楓が横を向いたから、日向は初めて楓の髪に触れて、金色の簪の邪魔にならないよう、慎重に白銀の簪をさした。

 そして、懐から手鏡を二つだして、合わせ鏡にしてみせる。


「わあ! 似合う!」

 金色の扇形の簪の横で、動くたびに静かに輝く柊の簪は、楓のためにあるようにみえた。

「うん! 綺麗、やっぱ似合うと思ったんだ」

 満面の笑みで、胸を張った日向は、まだ楓の表情に気づかない。

「ふふふ、ぼくって意外とセンスあるかも、たまに気分がのったときでいいんだ」

 まだ合わせ鏡で二つの簪を見つめる楓は、小さく口を開いたまま、じっとその二つの輝きを目に焼き付けていた。


「へへ、つけてもらえると嬉しいな」

 顔をのぞきこもうとした日向のあざが、ぐいっと押された。

「い、いて! な、なんで!?」

 喜んでもらえたはずなのに、っと楓に涙目で抗議するが、楓は何も言わない。

「き、気に入らなかった?」

 楓の無表情に、少しだけ優しい色が浮いているような、喜びがあるような、ないような。

 楓の前に改めて座り直して、にこりと笑ってみる。

 そして、真っ直ぐその桜銀色の瞳を見つめた。


「楓、ぼくを救ってくれて、いまも守ってくれてありがとう」

「……」

 楓はすっと目を逸らした。

「初めて会ったとき、楓がいなかったら、ぼくはここにいない。あの時あったのが、楓じゃなかったら、いまこうして保護してもらいながら好きに生きてはいられなかった」

「……」

「だから、ぼくは楓に出会えて良かったよ」

 日向は膝の上の浴衣をきゅっと握る。


「きみにぼくは、二度、君に命を救われたんだ」

 その言葉に、楓は思い当たらないようで、眉を少し寄せた。

「一度目は、初めて会った時、巨大な獅子から助けてもらった」

 日向はまっすぐ楓を見つめる。


「二度目は、国境戦のとき、ぼくが暴走して、薬で目を覚ましたとき」

「……」

「楓は、ぼくが五番隊を守った、よくやったって言ってくれた。きみの利になったって。楓が真っ直ぐぼくを見て、そう言ってくれたとき、ああ、生きていいんだって、認められた気がしたんだ」

 日向はふわりと微笑んだ。


「あのとき、本当の意味でぼくを救ってくれたのは、きみなんだ」

 楓の手に、手を乗せる。


 いつもならすぐに振り払われる手を、恐る恐る、でも、気持ちをこめて、両手で包む。

 楓に、にこっと笑った。


「楓、生まれてきてくれてありがとう! お誕生日、おめでとう」

 楓が目を見開く。


「ぼくを救ってくれて、ありがとう」

 楓は、日向の顔を見て、あいている方の手で前髪をくしゃりとして、

 それから、目を逸らして。

「……ああ」

 と、小さくうなずいた。

 目尻が少しだけ朱に染まっていて、そらされた眼が優しくて、それだけで、日向は泣きそうない嬉しくて幸せで胸がいっぱいだった。


「ふふ! 喜んでもらえてよかった! ぼくは、もう楓の隣を歩ける友人かな?」

 小首をかしげて、顔を覗き込む日向の顔を、ぐいーっと離しながら、楓はギロリとにらむ。

「まだまだや」

 楓はこういう時無表情を頑なに崩さない。

 でもその眼も、いつもより幾分優しく感じたから、にへっと頰が緩んだ。

 その日向の目尻のあざを、ぐいっと押して、楓は一つ、

「おおきに」

 と恥ずかしそうに呟いた。

 それが嬉しくて、どうしようもなくて、ずっとにやけが止まらなかった。


 少しは、近づけたかな。







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