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阿修羅螺 ーわたしは生きるために「ぼく」として生き残る-  作者: 朱崎
第三章 重見天日 新たな協力者
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第十三話 沖奈と清の会合



 眩しいほどに城下町を照らす太陽。

 夏の暑さは衰えることなく、日に日に増してゆく。

 七月の下旬、土曜日の午後はどこか気だるげな空気をはらんでいる。



「ふぁぁあああ~」

 大きなあくびをした日向は長椅子にもたれかかった。


「ぶっさいくだな」

「日向、疲れてるの?」

 右手で青の頬をつまんで、左手で緑の頭よしよしと撫でる。


 ここは、柴波の屋敷の客間。

 午前の任務を終えて、そのままやってきた日向のシャツは汗で肌に張り付いている。


「日向、お前くさいぞ」

「うえー、ひどい、頑張ってたんだよ、今日なんか、違法移民の大洪水でさ」


 最近は関西州からの亡命者が後を絶たない。

 国境付近の警備をしている名隊員や治安維持法局からの報告からは、毎日三桁を超える数の違法移民が着の身着のままやって来るらしい。


 大阪国で、なにかが起こっている。

 中部州へ、本格的に攻め込んでくる日も近いかもしれない。

 城下町の人々の顔も暗い。


 大阪国の者は、人間じゃない、獣だ。

 もし大阪国がこの中部州を支配した時、他国民を人間扱いするわけがない。



「でも、たしかに日向の匂い、少しずつ変わっていってる」

「え?」

 緑の言葉に、思考の中から現実に引き戻される。


「そ、そんな臭い?」

 自分の洋シャツを引っ張って、くんくんと嗅ぐ。

「……確かに、汗臭い」

 炎天下の城下町で、十を超える人数の浪人を捕まえたのだ、汗もかく。


「そういうんじゃなくて……日向自体の匂いが違うんだ、初めて会ったときから、ちょっとずつ変わってるんだ」

 緑が不思議そうな顔をしながら、日向の手をつかむ。


「え、体臭? ぼく、まだ加齢臭がするほどの年じゃないよ」

 かなり傷ついた日向は、しゅんとうなだれた。


「ちがう、なんか……色んな臭いが混ざってんだよ、どんどん臭くなってる」

 青の最後の一言に心が砕かれた。


「お風呂入る」

 日向はため息まじりに青の頬をむにむにとつまんだ。


「やめろよ」

「あれ、ちょっと太った?」

 初めて会った時、青と緑の頬はこけ、身体は細く今にも倒れてしまいそうだった。

 まともな食事がとれていないのが一目瞭然だったが、いまの二人はまだ細いものの、顔色も良く、頬に年相応の膨らみがうまれていた。


「うるせえよ」

「ここのご飯、美味しいんだ、味は濃いけど」

 緑が嬉しそうに笑いながら、頬をつきだしてくる。

 緑の柔らかさの増した頬もつまんで、ほっと息を吐く。


「柴波さん、ちゃんと保護者やってるんだね」

「柴波さんっていうか、(ろく)さんだな」

 青が日向の手を払いながら、向いの長椅子を見た。

 いつの間にか、禄が人数分のお茶を用意して長椅子に腰掛けていた。


「うわ! いつからいたんですか?」

「ついさっきですよ」

 いつも気づいたら現れている禄はまるで空気のようだ。

 黒髪に黒い瞳の、中部州のどこにでもいるような顔つきの禄は、街ですれ違っても気づけないかもしれない。

 隠密行動にぴったりだ。


「日向さん、お風呂の用意もできています。清は起きたばかりなのですぐに研究は始められません。いまのうちに入ってきてください」

「いつもほんと、ありがとうございます」


 柴波の屋敷に来たらいつもお風呂に入らせてもらうのだ。

 寮では個室のシャワーしか使えないため、重宝している。



「いえ、お勤めご苦労様です。最近は特に忙しいと思うので」


 日向はお茶を飲み干して、長椅子から立ち上がりながら、ふと禄を見た。


 そういえば、禄が若草色の羽織を着ているところは見たことがない。



「禄さんって、何番隊なんですか?」

「ふふ、わたしは名隊員ではないですよ?」

「え! そうなんですか?」


 柴波が隣にいるのを許すほどの実力の持ち主が、名隊員でないことが信じられなかった。


「ええ」

 優雅にお茶を飲む禄は、微笑んで否定する。

「柴波さんのお供をしてるから、てっきり名隊員だと思ってました」

「ふふ、わたしはただの付き人ですよ」


 全然只者ではない禄はそう言ってピアスを叩いた。

 すぐに現れた使用人が、日向を風呂にまで案内する。



 すると、廊下の反対側から白衣を着た清が歩いてきた。


「あ、日向くん、おはよう」

「清さん! おはようございます。今日もよろしくお願いします」

「うん、よろしくね、今日は採血から始めるから、ちょっと痛いけど頑張ってね」

 艶のある美しい笑みに、日向は感嘆した。


「はい! それくらい全然大丈夫です」

 清は少し変わっているけど、常識人だ。

 このあと柴波とともにやって来る変人研究者と比べれば、どこまでも正常だ。


「今日は、日向くんのおすすめの研究者が来るって聞いたから楽しみだよ。彼の獅子の研究は素晴らしかったから」

 赤い唇が弧を描く。男性とは思えないほど綺麗だ。


「あー……生意気で少し頭が可笑しいので、遠慮なく締めてあげてください」

 苦虫を噛みつぶしたような顔の日向に、清は眼を見開き、興味深そうに笑んだ。


「きみにそんな顔をさせるってことは、かなり面白い子みたいだね。ふふ、大丈夫、人はみんな、どこかおかしい生き物だから。特に愛しいものに対しては狂うものだしね」

 先週とは違う、細長い眼鏡をかけ直しながら、清は楽しげに笑う。


「ははは……」

 日向は遠い目をして、清と別れた。

 風呂場につくと、着替えの深緑の浴衣と清の指示でさらしが用意されていた。


 日向は服を脱いで自分の肌の匂いを嗅いだ。

 さきほど客間で言われた言葉をかなり引きずっていたのだ。


「匂いが変わるってどういうことだろ」

 汗に湿ったさらしをとりながら、ふと、正面の鏡を見る。


「ん?」

 胸の間、左胸に近い位置に、紫色のあざのような斑点が見えた。


「いつできたんだろ」

 身体にあざができるのは日常茶飯事だ。

 今日の任務時の捕縛のときかもしれない。


「どうせ、明日には消えてるか」

 青と緑の血を飲めばすぐに消える。


 日向の頭からすぐに斑点のあざは消え、少しでも汗臭さを消すことに必死になった。






「なるほど、あなたがどれだけ非常識なのか、よぉくわかったよ」

「きみの常識が世間一般のそれと同じなら、の話だったら、ね」


「ええ、あなたとは一度じっくり話す必要があるかもしれないね」

「生憎、おれは人間には興味ないんだ、きみみたいな怪物にも」

「あなたの専門は死獅と毒だったよね、あたしは治癒薬なんだ。生命を維持させることも得意だけど、その逆も得意なんだよ」


 客間に戻った日向が見たのは、整った顔同士が薄い笑みを浮かべて毒を吐く光景だった。


 清の背後には、青と緑が怯えるような顔で隠れている。

 沖奈の手には二本の注射器。


 大体の状況はつかめた。


「沖奈、なにやってんの」

 黒刀をつかみながら、清の隣に立つ。


「日向! この人危ない」

 緑が震えた声を出す。

 それだけで、日向の頭に血が上る。


「ここに紹介するときに約束したよね、青と緑のことは大切に扱うって」

 キッと睨むと、沖奈はなんでもない、というように肩をすくめた。

「ただ、血をもらおうとしただけだって、だって、あの回復薬の原液だろう? はしゃがないわけがないでしょ」

 沖奈のもっている注射器の中は、まだ空っぽだ。


「日向、そいつ、本当に危ないよ」

 青が日向の浴衣をつかむ。


 うん、確かに危ないよ、こいつは。


 それでも、青からつかんでくるなんて珍しい。

 二人の怯え方は少しおかしかった。


「臭い、そいつ」

 また匂いの話だ。

 日向は自分の匂いを嗅ぎ、沖奈のほうを見る。

 沖奈からは別に異臭はしない。


「へぇ、面白い」

 沖奈は藍色の眼をギラリと光らせた。

「おい、なにしてんだ」


 客間の扉が開き、柴波の低い声が響いた。

 深緑の着物を着た柴波は風呂上がりの湿った髪をかきあげて面倒くさそうに日向たちを見る。


「あ、友禅(ゆうぜん)! ちょっとこの子、非常識すぎるんだけど」

 むっと赤い口をとがらせた清に、沖奈はなんでもないというように肩をすくめる。

「おれはただ研究対象を診ようとしただけですよ」


 柴波の後ろで控えている禄が笑っていない笑顔で、柴波の大太刀を少し掲げた。

 柴波はため息をついて日向を見る。


「日向、沖奈の責任はてめえの責任だ。言うこと聞かせろ」

「うぇっ」

 しかたなく、両手に注射器を持った狂研究者を睨む。


「沖奈、この研究は清さんが進めるんだ。沖奈はあくまで補佐だよ、清さんの言うこと聞けないなら、青と緑に触らせない」

 沖奈はさっきからずっと青と緑を穴が開くほど見ている。

 二人は必死に隠れるように日向の浴衣を掴んでいる。

 どうしたんだろう。


「……わかった、我慢する。こんな素敵な獲物に出会えたんだからね」

 ニヤッと笑んだ沖奈は、注射器をしまって片手を清にさしだした。

「五番隊の沖奈爽知、名特研の研究者でもある。死獅のことなら任せるといい」

 胡散臭い薄い笑顔を浮かべる沖奈に、清は半目でその手を握る。

 清は大人だ。


兎丸(とまる)(きよ)だ。友禅の専属の医学研究者で医者も兼ねてる。専門は治癒薬の研究。しっかりとあたしの言うこと聞くんだね」

 ほっとして、日向は背後の二人を沖奈の前に出す。


「沖奈はかなり頭可笑しいけど、研究者としてはできるみたいだから、仲良くしてあげて」

 青と緑の背中を押すが、二人は沖奈を見上げて固まった。

 沖奈は薄暗い笑顔で二人を見下す。


「やあ、会いたかったよ、原液くんたち」


 一瞬、沖奈の手が、腰に常備している薬品に触れた気がした。


 手を伸ばす沖奈に、青が目を見開いて後ずさった。



「お前……」

「うぅっ」

 突然、緑がうずくまった。


「緑!? どうしたの?」

 慌てる日向たちを柴波がじっと観察する。


「……姉様……」

 緑の声が、静かな客間に響く。


「姉様、逃げて……ぼくが」

 青も額に両手を当てて、首を振る。

 その目は、遠くを見るように曇っている。


「おれは、守人(もりびと)だから……姉様を……」

 つばをのみこんだ。


 青と緑の、記憶が、戻ってきてる?


 どうしていいかわからず、二人を守るように抱きしめる。



(せき)(りょく)!」

 二人はうつむいて、歯を食いしばっている。


 背中をさすりながらも、二人の漏らす言葉を一言たりとも逃さない。


 この二人の記憶の中に、わたしの過去に繋がるものがある気がする。


 苦しそうに、夢の中でうなされているように、おぼつかない言葉が口からこぼれ落ちていく。

 日向は、その不安定な身体をしっかりと支えることしかできない。




「守らせて下さい」

 青の声が響いた。

 どれくらいの時間が経ったのかわからなかった。


 なにか不思議な力が働いているように、日向の頭もぼんやりとする。





「姉様……片人(かたびと)様を、見つけます」

 しばらくして、緑はそうぼそりと呟いたあと、ゆっくりと顔を上げた。



「日向……姉様のこと、思い出せた」


 瞳いっぱいに涙を浮かべた緑のとなりで、青はうつむいて袖を眼に押し当てていた。



「っ、良かった!」

 二人の頭を撫でようとしたとき、


「姉様ってのは、誰のことだ?」

 日向はそこで、やっと周りの状況を思い出した。


 ばっと振り返ると、柴波が鋭い深緑の眼で日向を見つめていた。



「その口ぶりだと、その存在のことを知ってたんだな」


 低い声に、日向は目を泳がせた。


「てめえとは、もう一度しっかり話をしなきゃならねーな」


 日向の肩を力強くつかみ、額がつきそうなほど近づいた眼ですごまれ、日向は固まった。



 やらかした。





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