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阿修羅螺 ーわたしは生きるために「ぼく」として生き残る-  作者: 朱崎
第二章 狂瀾怒濤 名隊五番隊
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第二十七話 五番隊隊長 月桂樹と日向




「日向くん、ちょっといいかい?」


 土曜の午前、五番隊全隊員で行った訓練の終了後、人気がなくなった場所で日向は月桂に声をかけられた。




「え? あ、はい」


 個人的に話したことのない月桂隊長に呼び止められ、少し緊張しながら返事をする日向に、月桂は優しく微笑んだ。


 今日も、黒いタートルネックを上衣の下に着ている月桂は、落ち着いた大人の男性の雰囲気をまとっている。




「よかったら、昼食でも一緒にどうかい?」


「え、ぼ、ぼくとですか? いいんですか!?」


 日向は驚きで声を裏返して、自分を指さした。


「ふふ、そうだよ、昼食はわたしの部屋に用意しておくから、三十分後に来れるかい?」


 小首を傾げる月桂の耳元の黒い三連のピアスがしゃらんと小さく鳴った。




「はい!」


 緊張と嬉しさで心が跳ねた。


「あ、日向くん、生魚は大丈夫かな?」


「大好きです!」


「それは良かった」


 優しい笑みに癒されながら、寮へ戻っていく月桂を見送る。


 ふと、月桂の赤茶色の柔らかい髪が、太陽の光で赤毛に見えた気がした。








「失礼します!」


 月桂の部屋は、楓の部屋の真下に位置し、広さも様式も同じだった。


「いらっしゃい」


 部屋に招いた月桂は、三十代前半の年に似合う落ち着いた茶色の着物を着ていた。その下にもタートルネックを着ている。


 赤茶色の瞳を細めて、目じりに少ししわができる笑顔で振り返った月桂が、中央の長机に案内する。




「まあ、ゆっくりかけてよ、料理はもう届いてるよ」


 長机の上には、重箱が置いてあった。




「よく見ててね」


「はい」


 どきどきしながらそれを見つめていると、月桂が嬉しそうにその蓋に手を添えた。




「ほれ!」


「ぎゃ!」


 重箱の中では、マグロの頭がこっちをじっと見つめていた。




「あははは、良い反応だよ」


 重箱は重なっておらず、一つの深い箱になっており、ダミー箱だったのだと今気づいた。




「最近の子は、なかなか反応してくれないから」


 満足げに頷く月桂は、きっと日向以外にもこの遊びをやっていたのだろう。


 日向は胸を抑えてホッと息をつくと、苦笑いで月桂を見た。




「面白かったろ?」


 やっぱりちょっと変わった人だ。


 無邪気に微笑む月桂に日向は苦笑して頷いた。




「かなり、その、印象に残る出会いでした」


 マグロとこんな出会い方をする機会はそうそうない。




「うん、満足したから、お寿司食べようか」


 長机の下から、寿司桶を取り出して蓋を開ける。


 今度は普通の寿司だった。いや、かなり高そうな寿司だった。




「わあ! 美味しそうですね!」


 目を輝かせる日向に、月桂は嬉しそうに目を細める。


「好きなだけ食べなさい」


「いいんですか?」


「今日は、一ヶ月頑張ったきみを労うために誘ったからね」


 目を細める月桂の優しさに、日向は心がほわんっと温まった。




「月桂さん……」


「この一ヶ月はどうだったかい?」


 寿司を食べながら、月桂が聞いてくる。


 日向は、寿司を食べる手を止めて、少しの間うつむいた。




「この一ヶ月……そうですね、少し、大変でした」


 うん、すごく大変だった。


 何度も死にそうになった。


 人の冷たい眼にも、慣れないまま、それでもそれを受け流すことには慣れてしまった。




「そうか」


 ぽんっと、日向の頭に手がのった。


 顔を上げると、目を細めた月桂が、日向をじっと見つめていた。


「よく頑張ったね」


 よしよしと、頭を撫でる手は、とても温かかった。


 そういえば、初めて月桂さんに会った時に手が触れたときも、すごく温かかったな。




「ありがとうございます。月桂さんが、隊員として扱ってくださったから、この一ヶ月も頑張れました」


 月桂さんは、少し変わった人だけど、優しい。


「ふふ、そう言ってもらえて嬉しいよ。きみは、大事な仲間だからね」


 寿司を食べながら、月桂は日向の近況を真面目に聞いていった。




「楓くんとは、仲良くできてるかい?」

 少し面白がるような、それでも心配するような笑顔に、日向は箸を止めた。


「えーっと、その……すごく、面倒をみてもらってます」

「ふふ、彼はちょっと堅物なところがあるよね」

 日向の反応を見て、月桂は微笑んだ。


「……はい。もう少し仲良くなりたいんですけど、忙しいそうで」

「そうだね、楓くんは優秀だから、どんどん仕事が舞い込んでくるんだ」

 大変だよね、と他人事のように笑う月桂をちらっと見る。


「どうしたんだい?」

「月桂さんが、楓を名隊に引き入れたって、聞きました」

「うん、そうだよ」

 あっさりと頷く様子から、別に隠しているわけではないようだ。


「その、楓は最初からずっとあんな感じなんですか?」

 十五歳の頃から、だれも寄せ付けない、無表情で感情を読ませない人間だったのだろうか。

 月桂はくすっと笑って、肯定も否定もしなかった。


「人っていうのは、相手によって“見せる自分”を変えるものだとわたしは思っているんだ」

 突然の月桂の言葉に、頭に疑問符が浮かぶ。


「“見せる自分”ですか?」

「日向くんも、ご両親に見せる自分と、友達に見せる自分、上司に見せる自分は変えるだろう?」

「あ、はい、それは同じだと怒られちゃうので」

「でしょう? だから、日向くんの質問に本当の意味で答えることはできない」

 月桂の言葉は、なんだか日向には難しく感じた。


「まあ、きっと十五歳の楓くんがきみに出会っていたとしても、今と同じ態度をとっていたかもしれないね」

 ふふ、と笑う月桂に、日向もははと苦笑いを浮かべる。


「ただ、まあ、楓くんが入隊した直後は、大きな戦争の後だったからね、楓くんへの当りも強かったよ」

「え?」

「仲間を殺した大阪国の血を引いてるんだ。楓くんは怒りの対象だったんだろうね、食事に毒を盛られるのなんて日常茶飯事だったよ」

「え……」

 なんともないように話す月桂に、日向は固まった。


「いまはだいぶ落ち着いたけど、元大隊員への不信感は拭えないんだろうね、楓くんはそれを乗り越えるために、毎日、人の何倍も働いてるんだ」

「……」

 日向は箸をおいた。


 楓が、「名隊には敵しかいない」と言った意味が、やっと分かった気がした。

 命を狙われていたんだ。当たり前のように。

 楓も、敵討ちの対象になっていたんだ。


「月桂さん、ぼく、楓の味方になりたいです。本当の友達になりたいんです」

 姿勢を正して、月桂を見つめる。

 月桂は興味深そうに見つめ返すと、

「そうか」

 と微笑んだ。


「楓くんも、良い部下をもったね」

 嬉しそうに笑む月桂は、何度か頷いた。


「わたしも、部下たちが仲良くなるのは大歓迎だよ。楓くんにも、日向くんの面倒をもっとちゃんと見るように言っておくよ」

「え、でも、楓に迷惑じゃないですか?」

「何を言ってるんだい、子犬に懐かれて嫌な人なんていないでしょう?」

「子犬……」


 月桂はゆるめた頬で、日向を見る。


「わたしも、きみが楓くんの味方になってくれたら、本当に心強いよ」

 

 心から嬉しそうな月桂の笑顔に、本当に楓のことを想っているのだと感じた。


 楓、ここにいるじゃん、みんなが楓の敵なんかじゃないよ。







「ご馳走さまでした」


 こんな高い寿司を食べるのは、家族の誕生日に食べた時以来だ。


「満足してもらえたようでなによりだよ」


「その、こんな良くしてもらって、ありがとうございます」


 もう、月桂に足を向けて眠れないと思いながら頭を下げていると、ぽんっと、目の前に小さな包みを置かれた。




「ん? なんですか、これ」


 お菓子の包みのようで、白い和紙に、桃色の水玉のような模様が描かれていた。




「ちょっといいところのお菓子さ。先日の実験に頑張ったご褒美」


「え! でも、もうご褒美ならたくさんもらっちゃいましたよ!」


 目を丸くして驚く日向に、月桂は目を細めた。




「それ、数が限られているんだ、みんなには内緒ね」


 口元に人差し指をあてる月桂は、いたずらをする子どものようにどこか悪巧みをするような笑みを浮かべた。




「うぅ、いいんですか?」


「みんなにバレちゃだめだから、ここで食べていってね」


 ご丁寧に、温かいお茶まで出してくれる月桂に、日向は何度もお礼を言って、お菓子の和紙を広げた。


 見たことがない包装紙の柄に、きっと高い和菓子屋のお菓子なのだろうと思いながら、中から出てきた茶色い饅頭を見る。




「かりんとう饅頭ですか?」


「うーん、ちょっと違うかな、一口で食べちゃうのが、つうの食べ方だよ」


 一口で食べられる大きさのお菓子だ。


 日向はつうの食べ方に習って、全部を口に含む。




 不思議な味だった。


 外側の饅頭の皮はよくある甘くて柔らかい生地だったけど、なかは餡子と、それから、どろっとした苦みのある液体だった。




「どう? 品のある味だろ?」


 苦いのが苦手な日向は、美味しいとは思えなかったが、貰ったものだ。


 笑顔をつくって、頷いた。




「大人の味がしました!」


「そうか、そうか、気に入ってくれたみたいで嬉しいよ、これからまた手に入ったら、日向くんにおすそ分けするね」


 う、しまった、正直に言っておけばよかった。


 日向は後悔しながらも、笑顔を無理やりつくった。


 お高いお菓子だろうし、そうそう簡単に手に入ることもないよね。




「あ、ありがとうございます」


「うん、わたしもこのお菓子がすごく好きだから、仲間ができて嬉しいよ」


 満足げな、それこそマグロの仕掛けが成功したときのような満面の笑みをたたえた月桂の笑顔に、いまさら、いらない、とは言えなくなった。




「新人の教育も、隊長の務めだからね、これからもまた定期的に声をかけるよ」


 扉の前まで案内されながらかけられた、優しい笑顔に、優しい言葉、日向はそれだけで心が温かくなった。




「はい! これからもよろしくお願いします!」


「ああ、もちろん。楓くんにもわたしからも言っておくから、仲良くなれるよう頑張ってね」


「はい!」




 最後に、日向の頭を優しく撫でた月桂の手は、やっぱり温かった。









2020年4月6日に、加筆致しました。

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