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阿修羅螺 ーわたしは生きるために「ぼく」として生き残る-  作者: 朱崎
第二章 狂瀾怒濤 名隊五番隊
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第二十六話 日向の日常2



 ガッ キンッ

 土曜の午前の訓練場に、武器のぶつかる音が響く。



 巨大な斧が目前を過ぎた。

 寸でのところを、背中を逸らしてなんとか避ける。


 危なかった。


 すぐに姿勢を戻し、低姿勢で地面を蹴る。

 次の斧も避け、一瞬で間合いに入る。

 阿修羅斬り!

 鞘に入ったままの黒刀を下から上に勢いよく振り上げた。


「うぐっ」

 腹と顎に衝撃を受けた相手は軽く浮き、そして地面に倒れた。


「勝者、朝日奈!」

「ハァッ ハァッ ありがとうございました!」

 黒刀を腰に戻し、一礼をして手を差し出す。


「ああ」

 日向の小さくも、刀を握る固い手のひらを握り返す、大きな手。

「やるな」

 二班の副班長の藤が、目尻の深いしわを深めた真顔で日向を見る。

「ありがとうございます。藤さんの体力と力強さには及びません。とても勉強になりました」

 最近、猛勉強している敬語をなんとか使う。

 三十代後半のわりには恐ろしい程の体力をもち、後ろになでつけた黒髪とがたいの良さに、見た目は熊を連想させる。

 巨大な斧を自由に扱い、一振りで吹き飛ばされそうな威力をもつ。


「ふん、お前のスピードと力強さは評価してやる」

 手を離し、斧の位置を直しながら口の端を上げた藤に、日向はパアッと顔を輝かせた。

 藤には、以前の訓練場での暴走以来、距離を置かれていたのだ。


 日向の死獅容疑は相変わらず名隊内に残ったままだが、日々の任務の様子を見ている二班の藤たちは、少しずつ日向を見てくれるようになっている。


「あ、ありがとうございます、ぼく、藤さんに評価してもらえて嬉しいです」


 少しずつだ、少しずつ認めてもらえるようになってる。

 挨拶をすれば、たまには応えてもらえるようになってきた。

 苦笑いする藤に、日向はずいっと一歩近づいて、ニカッと笑った。


「これからも頑張ります!」

「おお、まあ頑張れ」

 自分より二十歳も年の下の少年に負けた苦い気持ちを握り潰して、大人の対応をした藤は、今晩は呑むと心の中でつぶやいた。




「日向、調子いいね」

 今日は、五番隊の一班と二班の合同で、くじで引いた五人の相手をする戦闘訓練だ。

 四戦を終えて、次の対戦相手のくじ引きが始まるのを長椅子に座って待っていると、爽やかな笑顔の沖奈がやってきた。


「沖奈、もう四戦目終わったの?」

「ああ、楽勝だったよ、近距離戦の相手ばっかりだったから」

「変な薬使ってない?」

「いやだな、おれは日向のために薬を用意してるんだ、三下(さんした)相手に使うわけないだろ」

「一回、リンチされるといいよ」

 支給品の水を飲みながら、訓練場の様子を眺める。


「最近は、日向に何を言われても喜べるようになってきたんだ」

「重症だね」

「幸せだよ」

 日向は沖奈からなるべく遠くに座り直す。


「五番隊の一班だから期待してたんだけど、意外と弱くてちょっと残念だった」

 ぽつりとこぼす沖奈を横目に見て、日向は対戦した四人を思い出した。


 一人目は、一班の槍使いで、大柄の男性だった。一瞬で間合いに入れたため、瞬殺だった。もちろん、気絶させるだけだ。

 二人目と三人目は、二班でたまに挨拶をする、違う流派の刀使いで、少し苦戦したけど、それでもすぐに倒せた。

 一番苦戦したのは、四人目の藤さんだ。二班の副班長で、楓の雑用を任されている藤さんは、巨大な斧を振り回す大胆な動きながらも、丁寧に小回りが利いた。


 それでも、勝てた。


「ぼくも、もっと人外的な強さを持ってる人が集まってると思ってた」

 訓練場を見ても、目に留まるのは、金髪を揺らして、黒い巨大手裏剣を操りながら高速で動く隼や、鎖鎌を操る楓だ。

 月桂さんは、以前に楓が言っていたように、戦闘能力は楓に少し及ばないくらいだ。それでも槍を自由に扱う手さばきは惚れ惚れする。


「たぶん、日向の実力なら、四番隊の副隊長くらいにはなれるよ」

「え?」

 沖奈はつまらなさそうに訓練場を見て、ぼそりと言う。


「五番隊(ここ)は歪(いびつ)なんだ。月桂さんも言っていただろ、問題児を集めたって」

「あ、そういえば」

 入隊式のあと、五番隊は再編成で問題児を集めた隊だと言っていた。


「見られているのは戦闘力だけじゃない、思想や特技がバラバラで、ちょっと問題があるやつらが集められてるんだ。だから、四守みたいな戦闘馬鹿がいるかと思えば、弱っちくても情報収集が上手い奴、副隊長のような訳ありの隊員がいたりするんだよ」

 口の端を上げて、沖奈が日向を見る。


「おれみたいな、名特研(めいとっけん)(名古屋特異態研究所)の変わり者も可愛がってくれてるしね」

「あ、変わり者の自覚はあるんだ」

「まあね、日向はおれと仲(・)良(・)く(・)しといたほうがいいよ」

「やだよ、なんで?」

「最初に否定するのね。名特研(めいとっけん)は、構成員が誰か、一般人は知らないんだ。もしかしたら街ですれ違った女性かもしれないし、管理人かもしれない」

 意味ありげに微笑む沖奈に、その真意が読み取れずに小首をかしげる。


「うーん……何が言いたいの?」

「名特研の構成員だって、初めて公開されたのがおれなんだ。構成員のもってる情報は、人(・)の(・)命(・)よ(・)り(・)も(・)高(・)い(・)」

「……死獅についての情報とか?」

「そう、だから気づいたときに、おれがいなくなってることだってあるかもしれない。まだ動きはないけどね」

「誘拐されるってこと?」

「そうそう、おれから、他の構成員について聞きだしたい人もいるだろうし、それこそ研究内容を洗いざらい吐かさせられるかも」

「沖奈ならペロッと吐きそうだね」

「酷いなぁ、おれは、こう見えても自分の欲望に忠実なんだ」

「そう見えるよ」

「自分の研究に邪魔になることは言わない」

「でも、沖奈の情報が欲しいのは、中部州民だけじゃないよね?」

「そう! いつか大阪国に攫われちゃうかも」

 どこか面白がるように目を細めて日向を見る沖奈に、日向は、相手が何を言いたいのかよく分からなかった。


「それは……危ないね?」

「だから、おれと仲良くしといたほうがいいよ」

「どうして?」

「日向が、おれの仲(・)間(・)だって約束してくれたら、きっと何があってもきみのことを外に漏らさないと約束してあげる」

 藍色の瞳が、怪しく光った。


「仲間って……そりゃ、仲間でしょ」

 呆れて、沖奈を振り返って肩をすくめる。


「え?」

「ぼくは、名隊の五番隊員で、沖奈も同じ五番隊員だ。ちょっと嫌だけど、もう仲間でしょ、何言ってんの」

 呆れた顔の日向に、ポカンと口を開けた沖奈。


「そっか」

「そうだよ、あんだけぼくの身体をいじくったんだ、仲間じゃなきゃ許してないよ」

「そっか」

「なに? 沖奈はぼくを仲間だと思ってなかったの?」

 膝に肘を立てて頬杖をついた日向に、沖奈が目を伏せて、口元を緩めた。


「いーや、大切な仲間だよ」

 嬉しそうに笑う沖奈が、久しぶりに人間らしくて、日向はくすっと笑った。


「そっか、じゃあ、沖奈がいなくなったら、探さないとね」

「日向がおれを見つけてくれるの?」

 嬉しそうに、気持ち悪いくらいの笑みを向けられて、日向は苦笑いした。

「やっぱ、少しの間はほっとくかも」

「そこは、一番に見つける! って言ってよ」

「もう終わってたのか」

 日向と沖奈の間にドスンっと座った隼が、長椅子にもたれる。

「あ、お疲れ! 水飲む?」

「ん」

 近くの棚から水をとってくる日向を見て、沖奈がギロッと隼を睨む。


「ほんと、お前邪魔だな」

「お前は、相変わらず気持ちが悪いな」

「日向、おれにも水ちょーだい」

「沖奈は自分でとれば?」

「ひどい!」

 軽口をたたきながらも、二人分の水を持ってきた日向に抱き着こうとする沖奈を、隼が止める。


「隼の戦闘見てたけど、やっぱり強いね」

 隼の腰に、小さくまとめられてぶら下がっている黒い武器を眺めながら日向がしみじみと言う。

 速さは日向と同じくらいで、力の強さや一撃の重さは日向を超えるのではないだろうか。体格も良いためリーチが長く、近接戦闘では負けなしだ。


「いや、そうでもない」

「その武器、ちょっと見ていい?」

 長方形から、瞬時に円状の手持ち手裏剣に成形される漆黒の武器は、日向の心をくすぐった。

「ん」

 隼は片腰から一つ取り外すと、ボタン一つで手元で巨大手裏剣を成形した。


「おお! かっこいい!」

 手を伸ばしたとき、

「あ、やめろ」

 隼の止める声が耳に届くのが少し遅かった。


 黒い手裏剣の刃に触れた瞬間、 ドクンッ 心臓が鷲掴みされたような違和感が襲った。

 ジュッ

「いった」

 触れた指先が酷く熱くなった。

 指先の皮膚は、火傷したようにただれてしまっていた。


「え、え?」

 そのときの隼の行動は早かった。

 日向の指に水をかけて、手拭いで指先を力強くぬぐうと、短く切った手拭いで固く縛った。

「すまない、冷やしておけば、治る。少し時間がかかるが」

 いつも眠そうな目が、真剣味をおびて、申し訳なさそうに眉が下がっていた。


「いや、大丈夫だよ! ぼくが勝手に触ったんだし……それにしても、その武器は毒が塗ってあるの?」

 触っただけでこんなにも威力があるなら、かなり危ない武器な気がする。


 日向の言葉に、隼はちょっと困ったような顔になって、それから、何も言わずに一つ頷いた。

 その様子を、沖奈は黙って眺めていた。




「次の戦闘相手のくじ引きをします」

 楓の声が聞こえて、日向たちはくじを引きに行く。



「うそ……」

 日向は引いたくじから顔を上げて、くじ引きの箱を持っている男の顔を見上げた。


「なんですか」

 冷ややかな顔に、苦笑いしながらくじを見せる。

 一層冷たくなった楓の顔に、日向はなんとか笑顔をつくった。


「楓さん、よろしくお願いします」

「仕方がありません」

 ため息まじりに、訓練場の指定された場所へ向かう。

 審判役を携えて、日向と楓は向き合った。

 楓とちゃんと戦うのは初めてだった。


「えっと、その、お手柔らかに?」

 鞘に入れた黒刀を構えて、日向は疑問形で一礼する。


「はい、よろしくお願いします」

 楓も一礼して、鎖につながった大鎌と中鎌をそれぞれ両手に構えた。

 桜銀色の髪が風になびく。ハーフアップの髪に刺さった金色の簪が傾いた太陽の光に輝いた。


 楓は、本当は何番隊にいるべきなんだろう?

 大阪国の戦闘部四番隊長を討ち取れるほどの実力をもっている楓を眺めて、ふとそんなことを考えた。

 そして、やっぱり、人とは思えないほど、きれいだな、と改めて思った。


「はじめ!」

 審判役の声に、日向ははっと意識を戻して刀を握る手に力を込めた。

 目の前に、鎌が迫っていた。

 瞬時にしゃがむ。

 あっぶな!

 地面に手をついて、そのまま楓に向かって走る。

 休む間もなく、大鎌が襲い掛かってくる。


 楓は、鎖鎌を自分の手のように扱える。


 潔癖で汚れを嫌う楓は、大隊のとき、どんな生活をしてたんだろう、どんなことを考えていたんだろう。


 初めて会った時、なんで関西州の人間なのに、名隊にいるのか聞いたことがあった。

 そのとき、楓は、小さく静かに息を吐くように答えた。

――「戦争を、終わらせるためや」――と。


 月の光をうけた綺麗な顔は、怒りとどこか寂しさを含んでいるように見えたんだ。

――「わたしは、帝を殺した、大阪国が許せない。戦争で多くの命を奪う大阪国を許せない」――

 そう言った楓の眼は、酷く冷たかった。



 五年前に、いまの大阪国の王によって討ち取られた帝。

 一つ世代が上の人々の中には、帝は日本大陸の柱であり、現人神だと崇めていた者が多かった。国や州を問わず、絶対的な神という存在だと、人々は讃えていたんだ。いまでも、静かなる復讐者は大陸中に潜んでいるといわれているほどだ。


 大阪国の王は、復讐に燃える全大陸の民をことごとく撃ち返し、絶対的な強者となった。



 大隊を抜けるなんて、簡単にできることじゃない。

 死獅を心底恨んでいる楓は、いままでどんな風に生きてたんだろう。


 日向は、目の前に鎌を構えている楓を見つめた。


 楓のこと、全然知らないな。


「ねえ、楓、ぼくが勝ったら、きみのこと教えてよ」

 鎌を避けながら、真っ直ぐ楓を見る。

 楓は無表情のまま、日向を見つめ返した。


「いきなり、どうしました」

「ぼく、楓のことなんも知らないんだ」

「沖奈さんから、色々情報収集していると思っていましたが」

「げ」

 バレてたのか。

 日向が顔を引きつらせると、楓は大鎌を振り下ろした。


「集中しなさい」

 そう言いながらも、楓は全然本気を出していない。


「ねえ、ぼくが勝ったら、一つでいいからぼくの質問に答えてよ」

 ニカッと笑って言うと、いきなり目の前に鎌が飛んできた。

 急いで黒刀で防ぐと、楓が冷たい眼を向けてきた。


「いやです」

「ねえ、お願い」

 スッと楓の雰囲気が一層冷たくなる。


「何が目的ですか?」

「え? うーん、しいて言うなら、楓と仲良くなりたい」

 ニッと笑って言うと、楓の眉間にしわが寄った。


「必要ない」

 日向は鎌をよけながら、間合いをとる。


「一緒に生活してて思ったんだ。楓、友達いないでしょ?」

 ピタッと楓の手が止まった。


「いつも無表情で冷たいから、彼女も友達もいないんじゃないかって思ったんだ」

 日向は気づかない。

 少し離れた楓の機嫌が急降下したことも、審判役の男が何を言ってるんだ、と驚愕していることも。


「だから――」


「ほぉう、わたしに友人がいないから、同情してくれていると?」


「え、別に同情してるわけじゃ――」

「とても興味深い考察をされる……いいでしょう、面白い挑発です」

 日向はやっと楓の機嫌の悪い様子に気が付いた。


「ちょ、まって、挑発とかじゃな――うわ!」

 首を狙った攻撃を、間一髪黒刀で防ぐ。


「日向が勝ったら、好きなだけ質問するといい」

 いままでが遊びだったように、会話をする余裕も与えないほどの攻撃が襲ってくる。


「その代わり、日向が負けたら」

 ごくりとつばを飲み込んで、その言葉の続きを待つ。


「……また後で考えます」

「そっちのほうが、なんか怖い」

 楓のことだから、恐ろしい無理難題を押しつけてくる可能性もある。

 日向はそれでもニッと笑って構え直した。


「わかった、じゃあ、ぼくが勝ったらたくさん答えてね!」

 楓は一つ頷くと、勢いよく鎌を振り下ろした。

 楓の鎌は予測がしにくく、まるで生き物のように動く。

 日向はなんとか間合いに入るために鎌を弾きながら距離を詰めるが、それを楓が許さない。

 一定距離を保ちながら、不規則に鎌が襲ってくる。


 すごいや。

 まだ、楓は本気じゃない。

 それなのに、日向の息は上がってきた。


 楓は日向がどこまでできるのか見極めようとしているように、徐々に力を上げていっている。

 完全に楓に遊ばれている。


 次で、決める。

 一瞬の鎌の動きを読み取って、瞬時に間合いを詰めた。

 瞬間、

「え」


 何が起きたのか分からなかった。


 首元に刃があたり、両手が鎖で拘束されていた。

 少しでも身じろげば、首がとぶ。


「まだまだですね」

 目の前にいる楓は、表情一つ変えず、鎌を下ろした。

 ふわっと、鎖が解け、楓の手元に戻っていく。


「勝者、桜屋敷!」

 いつの間にか、日向たちを見ていた隊員たちも休憩場所へ戻っていく。


 日向はその場で、ポツンと立っていた。


 何が、起きてたんだろう。

 鎌の動きを読んだはずだった。それで、間合いを詰めて、楓に刀を振り下ろそうとしたとき……気づいたら、捕まっていた。


 そういえば、日向が阿修羅から意識を戻したとき、いつも鎖に捉えられていた。


「楓は……阿修羅を止めれるんだ」

 そうだ、簡単なことだ。


 楓は、阿修羅より強いんだ。


 平時の日向が勝てるわけがない。

 首元に手をあてて、皮膚を斬る直前でとめた器用な楓の手さばきを思い出す。


「すごいや」

 いつでも自分を止められる。


「きみは、一体、何者なんだろうね」

 月桂の元へ歩いていく楓の後ろ姿を見て、日向は乾いた笑いをこぼした。


 きみくらい強かったら、

「ぼくも、もう少し、違う選択ができたのかな」

 大阪国を裏切るという選択ができた楓は、きっとそれよりたくさんの選択があったんだろう。


 日向は右手に握った黒刀を見つめた。


 ここに、大阪国の王の血が入ってるのかもしれない。

 この身体にも、その血が流れているのかもしれない。

 楓の憎むものでできてるかもしれない自分は、楓にどう映ってるんだろう。


「きみの隣を、いつになったら歩けるかな」

 愛知国を守って、いつか、きみの隣を歩けるように。


「もっと強くならなくちゃな」

 きみの友人になれるように。


 日向は黒刀を握りしめて、集合の合図を出した月桂の下に走り出す。


 土曜の朝、まだ風は冷たい。







いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。

日向の日常2 の後半を日向の日常3へ移行いたしました。


ブックマークや評価、温かい感想が、とても励みになっております。

これからも、どうぞよろしくお願いいたします!


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