第二十二話 名隊五番隊副隊長の過去
「ふぁ~」
隣で盛大にあくびをする沖奈。
つられてあくびをする日向。
日曜日の昼食。
偶数である二班は、午前が休みだったため、かなりのんびりと起きることができた。
「うぅ……また夜の記憶がない」
焼き鯖定食を食べながら、正面に座っている隼を見る。
「ん、運んどいた」
「あはは……申し訳ない」
猫散歩のあと、寮に帰って夕食後に、隼の部屋でのんびりしていたのだ。が、部屋に戻った記憶がない。
「え、なに? 日向、隼の部屋で寝てたわけ?」
味噌汁を勢いよく机に置いた沖奈がぐいっと顔を寄せてくる。
その顔を、肘を張って防御しながら焼き鯖を食べる。
「沖奈には関係ないでしょ」
「あるよ!」
「え?」
勢いが良すぎる沖奈に思考をめぐらす。
「寝るならおれのところで寝なよ!」
「最近、ほんと遠慮ないよね!」
「もともとだろ」
隼がぼそっと呟くが、本当に先週の金曜日あたりから、一緒に戦学の食堂で昼食をとった頃からひどいのだ。
「沖奈の部屋に入ったら、もう二度と出れない気がする」
「あたりまえだろ」
「真顔で言うな」
肘で沖奈の顔を正面に向かせる。
「扱いひどい」
「沖奈なんか、咳エチケット扱いで十分だ」
肘に向かって咳をするときと同じ姿勢で、沖奈に対処する。
「日向のために徹夜で研究の計画を立てたんだよ」
「自分のためだろ」
「そうとも言う」
それから沖奈は、鯖に目もくれずに今夜の実験について延々と話しつづけた。
「とりあえず、日向は言われたことをやれば大丈夫だよ」
「なんか、色々えぐ……すごい実験内容だった気がしたんだけど」
「気持ちの問題」
「よし、一旦表にでようや」
最近じゃ、沖奈の遠慮が欠如しすぎて、軽口しかたたかなくなった。
まともな会話とは。
「なんか、お前ら仲良くなったな」
「まあね」「なってない」
隼を間に挟んで、日向たち三人は巡回のための集合場所に向かう。
集合場所では楓と月桂隊長が真剣な表情で話し合っていた。
最近、よく二人で話しているのを見かける。
「楓と隊長、仲良いんだ」
まだ巡回の開始までには時間がある。遠くで小さく見える二人を見ながら、日向はポツリとこぼした。
沖奈は日向をチラッと見る。
「月桂さんが、副隊長を名隊に引き入れたから、頭が上がらないんだろーね」
今夜の研究用のメモを見ながら、興味なさそうに言う。
「えっ? 何それ知らない!」
食いついた日向に、沖奈が口の端を上げて、掌を向けてくる。
「情報料」
「うっ……食券三枚」
「おれの質問表に答えて」
「それ、質問いくつ?」
前に安請け合いして、百問くらいの長文の質問に答えさせられたのだ。
「一○○問」
「いやだ、五〇問」
「九十五問」
「むり、六十五問」
「八〇問」
「七〇問ならいいよ」
双方絶対に引かない。
でも、楓自身が教えてくれることはなさそうなので、結局日向が負けて七十五問の質問に答えることになった。
「ぼくの個人情報が……」
「あって、ないようなものだよ」
「うるさい」
沖奈が腕を組み、楓と月桂隊長を横目に見ながら話し始めた。
隣の隼も少し気にしている。
「これは、知り合いの先輩から聞いた話なんだけど……副隊長が、元大隊だったのは知ってる?」
日向はうなずく。隼はぴくっと眉を上げた。
「ふーん、それは知ってるんだ。じゃあ、副隊長がいつ名隊に入ったかは、知ってる?」
横に首を振る。
「二年前だよ」
「二年前って……そしたら、十五歳のとき? 若っ!」
「お前は十四だろ」
隼のツッコミに再び首を横に振る。
「ぼくは、特例だもん、楓は実力でしょ?」
そう聞くと、沖奈はメモ帳を顎に当てて口の端を上げる。
「そうとも言えないんだよね」
「どういうこと?」
「ふふん、加えて五〇問」
「四〇問」
「しょうがないな……副隊長は、二年前の『中部関西国境戦』で大阪国を裏切って名隊に入ったんだ」
「えっ?」
「裏切った副隊長を保護する形で名隊に引き入れたのが、月桂さん。あの人、ちょっと変わってるから」
知らなかった。
そりゃ、そんな簡単に元大隊員が名隊に入れるわけがないとは思ってた。
だけど、実際にあの大阪国を裏切るという命知らずなことができるなんて、想像できなかった。
「ど、どうやって裏切ったの? 大隊員を信じるなんて、簡単にできないでしょ?」
「追加で一〇〇問」
「わかったから! 早く教えて」
沖奈はメモ帳を口元にあててニヤリと笑った。
「その前に、副隊長の大隊での地位ってどれくらいだったと思う?」
なかなか結論を話さない沖奈にモヤモヤしながら、日向は考える。
楓は五番隊の副隊長になれるくらい強いし、なによりあんなに巨大な死獅を一回でも倒せたんだ。
「大隊って、たしか『戦闘部』だけで三〇番隊くらいまであったよね? それこそ……五番隊員くらいだったんじゃない?」
小首をかしげながら言う日向に、心底楽しそうに沖奈は言った。
「三〇番隊の下っ端隊員。人数調整のために再徴兵された、元はただの一般国民」
「え……あんな、強いのに」
あの強さでただの一般国民って……。
「ふふ、大阪国って、すごいよね」
沖奈は面白そうに笑う。
「笑い事じゃないよね」
身体の血がさーっと下がっていく。
「で、でも、楓より下の人も、いるよね?」
「副隊長より実力がない下っ端は、とっくに死獅にされてるよ」
「え……」
「死獅は制御できない、使い捨てだからね、数は必要なんだ」
「……」
「この前おきた、大阪国による四国・中国州への侵略戦争で、多くの人が亡くなった。もちろん、そこには大隊員や徴兵された大阪国民も少なくなかった」
ごくりとつばをのみこむ。
「その中で、大隊員は、敵じゃなくて、死獅の暴走によって殺された数の方が多かった……って噂もある」
「え!」
沖奈の言葉に、日向は息をのんだ。
「大阪国も、まだ死獅を完全に制御できてるわけじゃないんだ」
「そうだったんだ……じゃあ、どうして死獅なんて危ないものを造るの?」
「そりゃ、馬鹿みたいに強いからさ。言っただろ? 完全に制御できないだけで、制御はできるんだ」
「どうやって?」
沖奈は、それはそれは嬉しそうに、胸元から赤い石を取り出した。
「血の石さ」
「なにそれ?」
「血の結晶、大阪国の王のね」
「いぇっ!」
沖奈の掌にのる赤い楕円形の石は、深い紅色をしている。
隣で話を聞いていた隼も、顔をしかめる。
「死獅は、大阪国の王の血からできた武器に、身体を喰われることで成るんだ。血の支配に負けたとき、理性を失って、獣の衝動に従って暴走する」
沖奈は歌うように語る。
青い空が、沖奈のその姿が、話す内容とひどく不釣り合いに思える。
「でも、その死獅の武器に含まれた『王の血』を超える量を持っていれば、死獅を従わせられるんだ。強者に絶対服従するってシステムさ」
「そんなの、聞いたことない」
「そりゃ、秘密だからね」
人差し指を口元にあてて片目を閉じる沖奈は、そのまま隼をじろりと睨んだ。
「秘密にしてろよ」
お願いというよりは脅しだ。
「戦争時、大隊の隊長はこの血の石を使って指揮をするんだ。でも、死獅は興奮しすぎると、制御できなくて、暴走することがある。だから、完全には制御できてないんだ」
それって、血の石はかなり重要なんじゃないの?
「な、なんでそんなのもってるのっ!?」
「副隊長が持ってきたんだ。大隊の戦闘部、四番隊長の首と一緒に」
「……」
三〇番隊員の下っ端が、四番隊長を……討ち取った?
「まあ、副隊長はもとから月桂さんと裏で連絡をとって、大阪国を裏切ること、愛知国に寝返ることを約束していたらしいんだけどね。でも、それを実際にできる奴なんて、何人いるんだろうね、それも、隊長の首と石を持って」
楓……きみは、何者なの?
「大阪国民が皆一様に強いのか、副隊長が桁違いなのか、どっちだろうね。まあ、あんま興味ないけど」
沖奈はずいっと日向の顔を覗き込んだ。
「日向は、先週の日曜日に暴走したとき、確かにこの石に反応しなかった。日向は、この石より、体内に含まれている王の血の量が多いのかも」
うっとりと、頬を染めて日向を見つめる沖奈の眼に、日向は鳥肌が立った。
同居人であり、上司である、最近日向を放置しがちな保護者は、自分と大差ない異様な経歴の持ち主で、謎ばかりが増える。
そして、自分の中に、大阪国の王の血が流れているかもしれないことに、日向はなんとか発狂したくなるのを抑えた。
気持ち悪い。
一体、いつ、どこで、自分の中に大阪国の王の血が入り込んだのだろうか。
武器に喰われると沖奈は言った。
この黒刀に、王の血が入ってるの?
やっぱり、記憶のない九歳の間、わたしは大阪国にいたんだろうか。
口元を手で押さえ、片手で自分を守るように日向は二の腕をさすった。
「副隊長の成功話はこんな感じかな、まあ、だから月桂さんには頭上がらないわけ。あの人、色んな人に貸しつくるからさ。おれみたいに下手に頼みごとしないほうがいいよ」
肩をすくめて、楓と月桂のほうへ歩きだす沖奈。
もう、任務の始まる時間だ。
日向は深呼吸をしてその後に続く。
「……すごいな」
隼も、いまだに楓の成し遂げたことに驚いているようだ。
今夜、任務が終われば実験だ。
また一つ、自分の謎に近づく。
気合いをいれないと。




